せめて、真崎らしく。 -29ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です











少し前から

気になっている人がいます






新井浩文とか
渡部篤郎とか
堺雅人とか





最近猛烈にマイブームなのは
ちょっと否めないんですけど





その人に出会ったのは
上記御三家に出会うよりも
もっと以前のことでした


多分、去年の秋ぐらいです






その人も年上です

本当の年齢は知らされていませんが
10歳以上は離れている気がします



平凡な見た目で
ちょっとだけ幸薄そうな雰囲気で
なんだかミステリアスな感じの人です





その人は

夜の公園に来ます




わりと大きい公園で
中には池があるんですけど




その池に

ワニが住み着いている




という噂が流れていて






その人は
夜になると公園にやってきて

その噂のワニに
手作りのエサを与えてはります





動物好きな人って
なんか好きです

ワニ好きってあんまり聞かないけど
なんかワイルドでいいなあって思います







あ、ちなみにその人既婚です




既婚なんですけど

どうやら相方が
浮気をしているらしいです



その人が浮気に気付いていることに
相方はまだ気付いていないらしいです





その人がワニにあげてるエサってのが
まぁ肉団子みたいな感じなんですけど



どうやらその肉団子の中に

相方の髪の毛や爪を

入れているそうです





その理由はどうやら


『相方への報復準備』


みたいです






ワニは

自分が「エサだ」と認識したものを
口にするそうなので



エサの中に混ぜている
髪の毛や爪の匂いや味を覚えさせ



いざその人が池に入った時に

「こいつはいつも食べているエサだ」

と思わせて












$せめて、真崎らしく。





ってゆう


疑いようのないフィクション
だったわけですけれども





一応補足しておくなら

「その人」は女性で



フィクションなら
どこの誰だって感じなんですけど






重松清の短編小説『ナイフ』





その中に収録されている


『ワニとハブとひょうたん池で』


の中に出てくる
どこぞのおばさんです





この話は
一度ブログで使わせてもらっています


「見栄とプライドのお話です」





手元に本がないので
少し話と違う部分もあるかもですが



題名に出てくる「ハブ」の通り

主人公のミキは「ハブ」です





中二病女子あるある
ある日突然誰かを仲間外れにする


みたいなので


仲間外れが「ハブ」です





この辺記憶曖昧なんですけど


いじめられているミキは
「自分がワニのエサになろうかな」
みたいな事を思っていて


なんかのタイミングで
夜公園行って池に近づいた際


そのおばさんに出会っています




上記のような肉団子の下りを
ぽつぽつつぶやきながら

本当にワニがいるのか
分からない池の中に向かって
ぽんぽん肉団子を放り込む




「このおばさんはココロを病んでいる」


ミキはそう思います



最初の出会いこそ
確か気味が悪くなって
ミキが逃げたと思うんですけど


何度か池で逢ううちに
なぜかミキはそのおばさんに

自分の「ハブ」の話を
話していくようになります




ミキは元々活発で友達も多く
親が逆に心配になるくらい
いつも外で友達と遊んでいるような女の子でした


そのミキが家にいるようになり

家のポストには
クラスの友達の名前で
カミソリが入った手紙が届き



さすがに


親も気づくし
教師にも伝わるわけですが




ミキの「プライド」があるから


親の前では笑って誤魔化して
誰にも本当の事を言いません





そのミキが唯一
今の状況を偽ることなく話せるのが


この「おばさん」なわけです









******************************




「友達とケンカでもしたの??」

と、おばさんが訊いた。




「そういうんじゃないんですよ,最近のイジメって」

評論家みたいに言える。




「ゲームなんです。誰かが困ったり落ち込んだりするのを見て,笑って,もっと困らせたり落ち込んだりするのを見て,笑って,もっと困らせたり落ち込ませたりする,そういう遊びなんですよ。で,あたしってね,ほんとはすごい人気者だったんですよ,クラスの。学級委員とかもやったり,ホームルームでも,あたしが一番多かったんじゃないかなあ,いろんな提案したり意見言ったりするのって。だからよけい,ゲームがおもしろくなるんですよ。最初から友達がいないようなコや目立たないコだったら,そんなにおもしろくないじゃないですか。あたりまえって感じで。でも,あたしなんかがやられとゃうと,すごい落差があるでしょ,そこがいいんですよね。転落の人生? てな感じで」




*******************************








家族でもない

教師でもない

学校の友人でもない



「誰か」








これを



『第3の関係性』



と呼び

ひとりぼっちの中高生たちが
その繋がりを持てる環境づくりをする

ひとりの女性の講演会に行きました






『難民高校生』という本を書いた

「仁籐夢乃」さんという方です



学校・家庭に居場所がなく

月25日を渋谷の街で
ぶらぶらと過ごし


同じような感じの友達と
いつもつるんだり
変なバイトもしてみたり



「楽しい」けど「楽しくない」




そんな彼女は

ある出会いから生まれた繋がりで
少しずつ変わっていって

希望を持ち
行動を始め
いろんな過程を経て



今は



居場所のない中高生支援

をしているそうです






そんな彼女が語っていたのが


『第3の関係性』


です







第1の関係は「家庭」


第2の関係は「学校・職場」




うまく言えないので
語弊を恐れず真崎的に言うなら




第3の関係は「その他」













真崎は

親になにも話さない子でした




というか




どちらかと言えば

怒られない為に
嘘とかついてた子でした







あと

なんとなくずっと思ってたのは




「先生になんでも相談しろよ!」




みたいな先生には

なにがあっても相談しないなあ





って事でした







その理由としては



湊かなえ「告白」に出てくる
ウェルテル先生がしてるような

パブリックオナニーの肴には
意地でもなりなたくない



みたいな
ひねくれた気持ちは
もちろんあるのですが







やっぱり


親もしかり
教師もしかり
同じコミュニティの友達しかり





「近すぎ」ます


いろんな意味で






近すぎるから

話せないこと



たぶんいっぱいあります








嫌いとかそういうのじゃなくて




近すぎるからこそ


自分にも相手にも
たくさんの感情が入ってしまったり





近すぎるからこそ


今は心を守るために目を逸らしたい
目の前の現実の渦中にいる人ゆえに
距離がほしくなったり





近すぎるからこそ


「この人から一番を認められていたい」

そんな存在になりやすいがゆえに
「駄目」な自分を見せられなかったり




すると

真崎は思うわけです










なんかこの辺りって


「役割」や思ってます






「家族」だから
「友達」だから
「親友」だから
「恋人」だから
「教師」だから




「第1の関係」だから

「第2の関係」だから






できることもあれば



できないこともあると思います









真崎自身

これ自慢とかじゃなくって




人間関係に関して
勉強したり研修受けたりして


どちらかと言えば
人からは相談される事が多くて


その人の今の状況における
「第3」のポジションから
話を聴いたり話したりして


「真崎に話せてすっきりした!」
「なんか大丈夫な気がしてきた!」
的な言葉もらったりもしてて
















自分が


「第1」
「第2」


となる繋がりの中では




頭で分かっていても


身近だからこそ
余計な感情がたくさん入って





時にはそこで人を傷つけ


人間関係を崩壊させてきた






っていうのも


ここ最近のことも含めて
直面してきた現実なわけです

いやはや情けない話です












前あるブログで読んだ話ですが




不登校支援をずっとやってきて
たくさんの中高生が前へ踏み出す
そのきっかけをつくってきて


その道の中では
すごく尊敬されている方








の、息子さんが不登校で








親である自分には心を開かず


その方が信頼している
不登校支援者の人に

プライドを捨てて





「息子と話してほしい」





と頭を下げたそうです

















この記事を書くにあたって
最初に伝えたかったのは




数ある重松清作品の登場人物の中でも
真崎はこの「おばさん」が
すごく重要な人として
印象に残ってること



仁籐さんのお話と絡めて
「おばさん」のような『第3の関係性』が
人には必要なんじゃないかってこと













だったんですけど










それもあるけど




ちょっと

それだけじゃなくなりました











誰かにとっての「おばさん」でも







誰かにとっては「家族」で


誰かにとっては「先生」で


誰かにとっては「恋人」で


誰かにとっては「友達」で


誰かにとっては「仲間」で











だからこそ







そんな自分だからこそ
安心して相談できる


そんな「誰か」もいれば






そんな自分だからこそ
近すぎて向き合うのが難しい
今は少しだけ離れていたい


そんな「誰か」もいる












「おばさん」になれないからって






ちゃんと話し合えない


向き合えない


本当は良い関係性築きたいのに
全然上手くいかない








そんな自分が情けない


そんな自分は悪い











みたいな












なんか分からんけど


そんなふうに自分を責める











みたいな













そういうの



しなくていいような気がします







真崎





ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です











七夕で

織姫さまと彦星さんが出会う
年に一度のロマンチックな日に




「媚び」


みたいな話していました







2年前のちょうど今頃知り合って
つい最近アメリカから帰国した
友人女性とです




「アメリカではあんまり気にしてなかったけど、日本に帰ってきたらなんだか「美白しなきゃ」みたいな気持ちになったの。でも、「あれ?なんで美白しなくちゃいけないんだろう?」って考えたら特に理由はなくて、それから全然気にしなくなった^^」



って彼女の話

めっちゃ分かるわあと思って






『なんかいろいろおかしいよなあ』




って話してました






モテ髪
モテメイク
モテ仕草
モテ体型
モテる話し方
モテる女はここが違う
これがモテ女だ


モテモテモテモテモテモテモテ
モテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテモテ






雑誌やテレビで見るような


「モテ」








『これ、「媚び」よな』




みたいな事を
そんな彼女と話していました






彼女が日本に帰ってきてから
急に「美白しなきゃ」的な気持ちになったのも



美白=美しい

美白=モテる




みたいな価値観が
今の日本の若者に蔓延している
ひとつの「空気」だからだと思います








真崎と彼女の思考で
すごく似てるのが



「世間がこうだから自分もこうする」



という事に
ものすごい反発心があるとこで






メディアで表現される

「モテ」





ここに流されるのって
なんか違う


それは男性や他人
世間に対する「媚び」ではないか





という考え方でも
すごく一致しました

あくまでイチ価値観です













とはいえ

まあいろいろぶっちゃければ






「目が大きい人が可愛い」

から


真崎は
アイプチ(二重にするメイク)して
アイシャドウして
アイラインひいて
目尻につけまつ毛をつけて
外に出ます







「痩せてる方がキレイ」

から


真崎は
お腹の肉をたぷたぷして
ちょっと溜め息つきながら
頑張って腹筋とかして
昔は市販の漢方とか飲んだりしてて
(食事は絶対ガマンしない)








やっぱり真崎自身も


どこかその「媚び」に
のっかってる部分はあるみたいです







小学校低学年の時は
アトピーで全身真っ赤で
上級生の男の子にいじめられ



中学校の時には
単純に見た目が可愛くないのに
なにかとしゃしゃるからなのか
また男の子にいじめられ




大学生になって
ちゃんとメイクしたり
服装に気を使うようになってから


少なからずそんな扱いはされなくなり
今まで言われなかった「可愛い」という評価をしてくれる人も(ごく稀に)出てきたりして






過去の経験と

その後の変化からの
周囲の反応のギャップから





見た目へのコンプレックス
見た目で人を評価する人への恐怖
男の子への苦手意識



見た目を取り繕っている時限定の
変な「自信」





そんな気持ちや感覚を

自分自身もすごく知る事になりました










オシャレやメイクは
純粋に楽しいし


取り繕うとかじゃなくて
自分の魅力をより引き立てる
素敵なツールだと思うし






且つ






見た目の美しさは

やっぱりすごく
自分の自信に繋がると思います









「他人から良い評価を受けるから」






です

多分














『TRAPRO』


という
真崎が注目しているサイトがあります





社会問題(だと自分が感じる事)を
個人が自由に投稿し共有できるサイトで


様々な社会問題に
その当事者と意識高い方々だけじゃなく
いろんな人が知ったり関わっていく
そのハードルやコストを下げて
みんなが当事者になっていく



みたいな


真崎的な陳腐な説明ですが
そういうのを実現する可能性を持った
面白いサイトだと思っています








このサイトで
共有されていた社会問題の中で


圧倒的な閲覧数でバズっている
(話題になっている人気記事)



『摂食障害』



に関する記事があります







摂食障害の説明に加え


その投稿者ご自身の体験談
拒食時・過食時のご自身の写真


なども赤裸々に掲載された

すごくショッキングな記事で





いろんな記事を見てきたけど


真崎の中でも
断トツでインパクトでかい記事でした









昨日


TRAPROを運営している団体の
違う事業の研修に参加してきて





そこで出会った女性と
仲良くなってお話させてもらって



なんかTRAPROの話になって



真崎が所属していた団体も
TRAPRO載ってますみたいな話になって



へぇーってなって



私も何個か記事書いてるよーって
その女性の方が言って



へぇーってなって



どの記事ですかーってなって



摂食障害の記事だよーってなって



へぇーってなって



…ってなって









直後


東大駒場の真ん中で
真崎は絶叫して








みたいなことがありました












ずっと読んできた記事で
真崎にとってはある意味芸能人的な存在でもあった人で



且つ



記事に出てくる写真は

摂食障害の影響から
顔のパーツは同じでも
体型や雰囲気は全然違っていて




だから



言われるまで
まったく気付かなかったし


不謹慎なぐらい
お逢いできた事が嬉しかった感じです









鼻息荒く


その方の話に聞き入りました













$せめて、真崎らしく。







『摂食障害は社会問題だよ』






その方の言葉で

一番印象に残っている言葉です






真崎は摂食障害に関する知識を
ほとんど持ち合わせていないですが



様々な原因がある中で

その方が記事で特に強調しているのが




「ダイエットからの摂食障害」




でした







大学2年生の時のダイエットで
彼女は摂食障害を発症



1年半で25kg痩せて

次の1年で30kg太ったそうです



(記事より引用)










なぜ


『摂食障害は社会問題だよ』


なのか





その方のお話も含めた上で

真崎流に言語化させてもらうならば





「見た目至上主義」
的な社会の空気


人間関係の歪みから来る
存在不安・焦燥感






です









幼少期や学生時代(~高校)は

自分を取り巻く環境のほとんどが
学校と家庭であり




その中の人間関係


友達や恋人
教師などの大人

そしてやっぱり、親




その人たちとの関わりが
自身の人格や価値観に及ぼす影響は


ものすごく大きいと思います



そこで得た傷が癒えないまま
大人になっても苦しんでいる人を
わりと多く見てきました








摂食障害の記事を書いた方も

元を辿れば
親との関係性の中で



「認められたい」

「そのために完璧にならなければ」



という気持ちを
持つようになったそうで






そんな時に
周りの人に言われた


「〇〇ってぽっちゃりだよね」


という言葉

(否定的なニュアンスだったのかは聞きそびれました)







細い=美しい




どこか
そんな風潮があるのは否めない中で









ぽっちゃり=美しくない


美しくない=完璧じゃない







完璧じゃない=認められない











想像の範囲でしかないですが




そんな感覚って

想像を絶する恐怖な気がします












慢性的な存在不安からの
周囲からの言葉や評価


それらの要因が絡み合って



ダイエット

そして摂食障害



という事になったんだと思います












先だしになりましたが
上記に1枚写真を貼りました


摂食障害の記事中に出てくる
フランス人の元モデルの方の写真です


(こちらも記事からの引用です)






13歳で拒食症を発症してた彼女は

この写真の時の体型



身長165cm
体重32kg



だったそうです






ファッションモデル業界では
細見が常識とされていたそうで


その環境を考えると
やはり女性や社会の中では




「細い=美しい」




という価値観が蔓延して
ダイエットする人もいたと思います







このポスターは
「拒食症啓発キャンペーン」のもので




拒食症で死に至る

その危険性を訴える目的だったそうです





原因は不明ですが


彼女は28歳で亡くなっています


















アメリカ帰りの友人と
たくさん話しました



摂食障害の記事を書いた方から
いろんな話を聴きました



最近なんとなく気が向いて
「へルタースケルター」を見ました



本谷有希子さんの
「乱暴と待機」という本を読みました








ここ1週間の中での

これらの出会いやインプットを通しての
また自分自身の経験を通じての





つまるところ


真崎が今感じているのは








「見た目至上主義」という空気が
どこか蔓延している社会だということ





「見た目至上主義」は
特に女性の「精神的飢餓」を
煽るということ





美しさに対する評価は
その人に自信も与えるが
その奥に慢性的な不安も与えること





表面的な見た目の美しさは
永続性のない不確実なものであること





「美しくない」という評価は
もちろんその人の価値観や環境によるが
想定外にその人の不安を煽るということ
その評価をする側は無意識でも
人の心を切り裂いてるということ





冗談だとしても
見た目の話で陰口叩いて笑ってる人達は
その辺もっと自覚してほしいということ





というかその行為が
いかに安易でクソくだらないことか
まじでふざけんなということ











あとは







目に見えるものしか見ようとしないのは


個人的に
すごく愚かな事だと思っているので







ちょっとクサい言葉ですが
真崎の希望的観測も含めて








『本当の美しさは目に見えない』







って感じのことは

わりと強く思っています







真崎






ブログをご覧の皆さま
いつもありがとうございます
真崎です








『アンチ「頑張れ」


という声を
よく聞く気がします





「頑張れ」と言われることで
「自分は頑張っていないのか」
という自己否定に陥るとか



本人的にはもう十分頑張っているのに
安易に「頑張れ」と言われると
自分の頑張りは認められていないと
更にその人を追いつめるとか







「がんばれ だめ」


で検索すると





『うつ病患者に「頑張れ」は禁句』


みたいなページが
たくさんヒットしました






かくなる真崎も


「頑張れ」という言葉は
どちらかといえば大嫌いです




言われるのは別に大丈夫だけど


自分が言うとなると
ものすごく怖いです








真崎が見てきた「頑張れ」は


多くが空振りしていた気がします





誰かが誰かに「頑張れ」を言うとき

例えば勉強の指導などのとき



その言葉の響きとは裏腹に
相手が鼓舞されてる様子は一切なく
むしろ反発的なエネルギーになっていて




「頑張れ」という言葉が


残された「頑張る意欲」を
むしろ更に削ぎ取っているのでは




と、感じていました










デリケートな心には

「頑張れ」という言葉は
時にとても冷たく響き




「頑張れ」と言う

その一歩前に

かける言葉や
できる行動がある


というか必要






真崎は

そういう風に思っていました


















そんな中で






真崎の心の中に

強く強く残っている





「頑張れ」





があります










『ドラゴン桜』


というドラマの中に出てきます








ドラゴン桜とは




「元暴走族の駆け出し弁護士・桜木建二(さくらぎ けんじ)は、経営破綻状態となった落ちこぼれ高校、私立龍山高等学校の清算を請け負うこととなる。

破綻を回避し経営状態を良くするためには進学実績、それも東大の合格者数を上げるのが手っ取り早いと考え、5年後に東大合格者100人を出すことを掲げる。

そのための第一歩として特進クラスを開設し、スナックのママをやっている母のような生活を見て人生をあきらめかけている水野直美と、裕福な家庭で育つも落ちこぼれてグレている矢島勇介を受け入れ、1年目でも最低1人の合格者を出すことを定め、そこに以前から受験指導に大きな実績を上げつつも、いろいろな事情で表舞台から消えていた個性溢れる教師を集める。」





みたいな話です

(wikipedia)




上記のあらすじは原作のもので

原作とドラマのキャラ設定は
少し異なるらしいです





放映当時
高1だった真崎は

毎週欠かさず
『ドラゴン桜』を見ていました

(小池徹平の大ファンだったゆえ)




もう8年前になるらしく


ドラマの展開の詳細や
登場人物の言葉などは
ほぼほぼ忘れているのですが








1つだけ



頭に焼き付いて離れない

そんなセリフがあって








それが






「頑張れ」






でした











状況きちんと説明できるほど
鮮明に覚えていないのですが




長澤まさみが演じていた「水野」は
特進クラスの生徒で
東大目指して勉強していました


でも受験を目前にして
小料理屋を営んでいた母が倒れ
水野はすごく心が揺れました


母が入院している間
小料理屋を自分が回すことになり
特進クラスで勉強を続けることが
困難であると考えた水野は
特進を辞めると言い出します



納得がいかない特進クラスメンバーは
これまで通り授業を受けながら
全員でシフトを回して
水野の店を手伝うようになりますが



日々の勉強の疲れも重なり
体力精神共に追い込まれる仲間を見て
これ以上みんなの足を引っ張れないと
水野は演技をうって仲間の手伝いを拒否



特進クラスを辞めたものの
母の看病と店の経営を両立させながら
水野は「独習」で東大受験勉強を続ける決心をします









そんな水野と

桜木先生とのやり取りでした





桜木先生が
水野にこんな言葉をかけます











**************************






良い教師について 
正しく学ぶ


それが 最速にして最善の方法だと
世の中の大半の連中は思ってる



だがよ


一つだけ
一人で学ぶ独習に敵わない部分がある





それはな

「密度」だ




勉強に打ち込む時間の濃さだ




孤独ゆえに濃く
そして、濃いが故に強い




 





だから俺は


俺が最も嫌いな言葉を
一度だけお前に言う










"頑張れ  




頑張れば 必ず望みは叶う。"









**************************








ドラマの話で

キレイに編集されてる部分は
もちろんあると思うんですけど




なんでこんなに
このシーンが印象に残っているのか
考えてみれば







「頑張れ」

という言葉が




本当の意味で相手を鼓舞する言葉




としての力を持って

人に届けられたからで






そんな「頑張れ」を


今まで
この23年間生きてきた中で


真崎は聞いた事がなかったからだと思います








真崎は




「寄り添うこと」をしても

「背中を押すこと」は苦手です




タイミングを見誤れば

相手の心を傷つける恐れがあると思っているからです








だから


「頑張れ」を使うのは怖いです









でも最近
すごく思うのは




「背中を押すタイミングがある」




ということです







具体的にいつどの状況で
みたいな事は分からないけど


心が整い出して
自分の足で踏み出そうとして
でもまだ少し怖くて
たくさん不安もあって





そんな状態の人がいる時に



桜木先生ではないですが















『ここにいるから、頑張れ。』














そんな「頑張れ」を



言える人にはなりたいと思っています







真崎