せめて、真崎らしく。 -25ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。



アウトプット

っていうとなんか意識高い



出すやつ




私が個人的に好きなブログ書いてる
同世代の広告屋さん

「どんな質でもどんな量でもいいから毎日アウトプットすることが大事」

的な気付きを書かれていまして



前はその考え
アンチっつーか反抗期的な感じで避けてたけども

なんかいろいろあって
そんでいろいろ思って
なんかやっぱり大切な気がしたので


短くてもいいから
10分くらいでサササッとでいいから

また、毎日更新してみようかなと
出すもん出してみようかと


「せめて、真崎らしく」

ってゆー
滑稽な心の叫びみたいな名前のわたしのブログ






アウトプットの種類


真崎基準で
すごい雑に3種類くらいに分けてみた


てか3つ目の事だけ書ければいいけど
せっかくなので前フリで2つ
前菜的なやつ





1.キラキラアウトプット



これ全然皮肉的な意味じゃなくて
素敵だなーと思うアウトプット


すごくいろんなこと頑張ってて
日々刺激的な毎日過ごしてる感じで
学んだ事もちゃんと記録代わりに文章にしてて
今日も出会いに感謝で
毎日が愛と輝きに満ちていて
多分そろそろ来年のキラキラ抱負が溢れだす


ひとまず
今の真崎のfacebookのタイムラインの
6割を占めている感じのん



ほんとに皮肉とかじゃなくて
みんなキラキラなさってる


応援しています

いいね!とか押させてもらています



眩しくて美しすぎて
読んでてたまに苦しくなっちゃうのも
こういうアウトプットな気もします


無理しないでね、ってたまに思う






2.日記とか雑記的アウトプット



もっと平凡な日常のこととか
日々感じたことーみたいなのとか
ふと書きたくなったから書くとか

語調は人それぞれだけど
まとめるなら「エッセイ」みたいな



私が好きな文章は
大概このアウトプット


その人の言葉が素であればあるほど
内容とか関係なくなんだか心地よくて
言葉がすっと入ってくる


上に勝手に載せた広告屋さん(事後報告でメッセ予定)のとか
そういう感じで、好き






3.居酒屋のトイレに跪いて口の中に人差し指つっこむアウトプット



これ、3段オチとかじゃなくて

本題本題



てか未成年は分からないかも
健全な大人も分からないかも

一応弁解しとくと
真崎は介抱して人差し指つっこんであげてた側の人間ですよ



つまりは

まあ吐瀉のことなんだけど



飲み過ぎ食べ過ぎ
アルコールが体内蔓延して身体フラフラ顔面真っ青


私が大学1年生の時
4年生の偉大なる先輩に言われた


「飲んで、飲んで、苦しくなったら、吐け。そして、強くなれ。(アルコールに)」






もう限界だ



つって

吐き出すようなアウトプット



これ、案外大切だと思うんす



人知れずでもいいし
時には盛大に、でもいいと思う

(≠吐瀉)



飲んで食べて
溜めて溜めて

身体フラフラ
顔面真っ青



んな時は


我慢して次の日までダルさ引きずるよか

いっそ吐いてしまった方が
案外楽になったりする



強くなるかどうかは
アルコール以外のことは知らないけど


でもまあ
ちょっとでも楽になる、かも、な点では

そういうのって
あるんじゃないかと思うんす




たとえが汚くて恐縮で
そして以下不謹慎だけど


そういうアウトプット

個人的にすごく惹かれたりする






出すことは、いいですね


ってことで
これからもうちょい小出しでいきます




そう、それ本題だったわ



真崎


今日はお休み
横浜マックなう


今わたしの周り360度見渡す限りJK
女子高生の大群
24歳四面楚歌




「〇〇ってさー化粧濃すぎだよねー人変わってるよねー」

「だよねーてか化粧って別に意味なくないー?」


みたいな会話が聞こえる
語尾がーすげーのびてるー



右ではふたりの子が
たぶん受験勉強かテスト勉強してる

イヤホン耳につっこんで
ガリガリガリガリ
すごく集中してる


最近カフェに入ったら必ず見る
一生懸命勉強してる中高生たちの姿

個人的に、すごく好きな光景


「がんばれー」って思いながら

中学受験のテキスト
隣で必死に解いてる24歳
「たすけてー」って思ってる




2人組のJKが立ち去るのを
4人組のJKが全員で見てる


2人が立ち去った後で

「ね、今の見た?」
「見たあー!」

て言って笑ってる
多分「スカート短すぎない?」とか「足太すぎない?」とかって話してるっぽい



その笑い方、知ってる知ってる

私の大嫌いな
人を馬鹿にして見下す笑い方





4人のうちの1人の子が
頑張って笑ってる

たぶん、なんだけども




だよなー、と思う


目の前のあなたがどうかは
実際分からないけど

そこで一緒に笑わないとか
そういうのやめようよって言うとか
そんな選択肢実際ないよなーて


笑いたくないなら笑わなければいい
嫌なら嫌って言えばいい

んなこた分かってるっつーのって
そういう話じゃないんだよって





自分の話



自分に嘘をつくことよりも

自分がひとりになることの方が
自分が誰かに笑われることの方が

何百倍もつらくて嫌だった中高生時代



自分がひとりにならないために
自分が後ろ指さされないために

たくさん嘘笑いをして
たくさん嘘の言葉を吐いて
たくさん人を馬鹿にした
嫌なこと言われても笑った



「本音」も「正論」も

お呼びじゃないですよーて


誰かの声と見せかけた自分の声


ですよねーと返事するのも
これまた自分




というか

ずっとそんな状況にあったら
自分の中の「本音」と「建前」なんざ
見分けつかなくなるんじゃね?って思う

なんたる恐怖イベント






いろんな人が、ブログ書いてる


今の仕事就かせてもらってから
自分の身内的な人たちだけでなく
いろんな人のブログ読むようになった



中には

本音フルスロットルみたいなブログもある


見てるこっちが「すげー」って思うぐらい




誰かにとっては「ナイフ」で
誰かにとっては「毒」で
誰かにとっては「なに言ってんの?」



になり得るだろうと

そう思う、その一方で




誰かにとっては「盾」で
誰かにとっては「安定剤」で
誰かにとっては「そう!そうなの!」



に、なりそうな

そんな、その人自身の、本音





人の心にはびこる感情なんざ

自分の本当の"声"なんざ


いつだってキレイなもんじゃないし

人様に見せられる素敵な代物じゃない事の方が多いんじゃないかって思うけど





それを感じてる人は

ひとりじゃないですよーって



それだけでなんか

ちょっと嬉しい、気がする



自分にとっても

誰かにとっても









随分話が逸れた



目の前で
笑ってないけど笑ってる
  
  ような気がする女の子




笑いたくないなら
笑わなくていい

言いたいことがあるなら
言えばいい



なんてことは

ビビり真崎には言えないけども




今自分の中にあるほんとの気持ち
それ、大切に保管していてね

って思う



罵倒でも悲鳴でも罪悪感でも

それが自分の"声"なら
そのまま置いておいてほしい



気が向いたら
いつか発信してくれると嬉しいな


つって

これはただの私の願望




上の、ブログの話じゃないけど


上手くいえないけど




たぶんソレ
いつかどっかで


誰かのためになる気がする






つーか

JK全員、生足出しすぎだわ




真崎



殴り書き記事

いつもに増して
すごく読みにくいです


だけど自分にとってすごく大切なこと






大学のバレーボールサークルに所属していた時、私のことを無視する先輩がいた


というか80人近くもいれば
自分の事をみんながみんな好きなわけがない
今となっちゃ「まあそんな人のひとりやふたりいるだろう」って感覚




ただ、その時その場所にいる自分にとっては、そんな悠長な問題じゃない


その人と逢うのも
言葉を交わすのも
一緒のコートでプレーするのも


自分にとって怖くて仕方がない

関わる度に心が擦り減る感覚

無視されてもスルーして笑っていられるほど
心は鈍感でいてくれない
何度もトイレで泣いた




一緒のコートにいると身体が強張る

失敗したらどうしよう
冷たい目で見られたり舌打ちされたりしたらどうしよう
どうしようどうしようどうしよう




大好きで楽しいバレーが

その彼と一緒のコートにいる時のプレーは


「勝ちたい」
「みんなと楽しみたい」

じゃなくて

「その人に嫌われたくない」


が身体を動かしていたぐらい
自分の心の声なんだから分かってる




「ミスしないように」


なんて思えば思うほど
身体が強張って足が動かない
ボールも変な方向に弾いちゃう

チラリとその人を見ると
私がミスしたそばからもう背中向けてる





その人との関係性が本当に辛い
関わって傷つきたくない

でもサークルにいたい
みんなでバレーを楽しみたい

というか正直
その人とはめちゃくちゃ仲良くしたい

無理だと分かっていても
自分は万人と仲良くしていたい
誰ひとりからも嫌われたくない





とった解決策は

荒ぶる心臓落ち着けながら
その人に連絡とって呼び出してタイマンで話すこと


夜中に公園行って
空が明るくなるまで話した
お互い本音でぶつかり通した





私がチョーシのって周りが見えてないから
無視される事で気づいてほしかったらしい


理由はめっちゃ分かりましたと受け止めたのちに、「でもそれめっちゃ腹立ちますわ」「無視とか人としてどーなんすか」と随分偉そうに話した


んでいろいろ言い合った
今思うとほんとに生意気な後輩だったと思う






結果を言えば、その後うそのように関係性が良くなった


こういう現象度々あったけど
今だにこの「思ってることをお互い直接本音で話す」という方法で関係性が改善するロジックはよく分からない




関係性が良くなったら
またバレーが楽しくなった
またサークルが大好きになった







いつも、そんな感じ



自分の悩みの元を辿れば
結局誰かとの関係性


家族でも
中学校でも
高校でも
大学でも
サークルでも
NPOでも
前々職でも
前職でも


その場の人間関係が上手くいっていない時は、もうほんと、なんかもうほんと駄目で、なにやっても最悪で



コートの中で

「ミスしないように」

って身体強張らせて
結局よけいに状況悪化させてる
あの時の自分の感覚




「クライアントのために主体性持って仕事しろ!どこ見て仕事してるんだ!」


ある組織にいたとき
何度も聞いたこの怒声


その声が響けば響くほど

「クライアントのために主体性持ってやる仕事」ではなく「上に評価されるために顔色伺ってやる仕事」に変わっていく感覚が、自分の中にも組織の中にも蔓延する


その感覚で動く自分
その自分がする行動
その自分が話す言葉
その自分が書く文章


誰のためのものか
なんのためのものか

んなこと自分の心が一番知ってる
自分のことが一番嫌いになる瞬間
反吐が出るくらい





そんな壁、今まで何度もぶちあたってきた



その壁の超え方を

「関係性が良くない・良くなりたい相手と直接本音で話す」

こと以外、私は知らない




先輩を公園に呼び出したように

先輩後輩同世代
学生社会人男女問わず


今まで何人も呼び出して
いっしょにお酒飲んだりして
何人も本気で言い合いして
ぜんぶぶつけ合って


すごい効率悪いし
その方法が正しいのかよく分からんし


だけど、それしか分からなくて

且つ、それで良くなってきたことが、なんかたまたま多かった



人間関係がひとつ変わるだけで
他の状況まで、わりと変わった
それも、良い方に


社会人なってから
いちどもこの方法試せていないけど
ビビりゆえ






こんな事言うと、なんだかすごく自己中心でかっこ悪い気がしちゃうけど



いかなる環境においても
自分にとってなにより大切なのは


「志」よりも

「良好な人間関係」の方が先



志を持った同志たちが
職員室の人間関係に潰されていったように

誰かとの関係性ひとつで
脆弱な人のこころなんて簡単に壊れるから

いかなる環境下でもひとりで志貫けるほど
自分は立派で崇高で強くてかっこ良い人間じゃないから





人間関係に対して究極に臆病で
心が脆弱な自分がすごく思うのは



主体性を育むのは


「志」の、もっと前にある

「良好な人間関係」であり

「安心感のある繋がり」ってこと




そこに生まれる安心感が

「認められるためにやらなきゃ」な行動を
「ちょ、まじでこれやりたいんすけどどうっすか!?」な行動に変えてきた、し、変えると思う


この考え、自分に都合良すぎ?





ただ、それを知ったなら


それをつくっていく努力をするのは
それは誰かに求めることじゃなく
自分が踏ん張るところだと思う
自分にとって大切なことだから







そう、そんな感じ

そんなことを気付かせてもらった昨日



自分にとっては

本当に本当に大切なことなんだ




真崎