せめて、真崎らしく。 -17ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。






「受精の仕組みについて、男女の身体の機能の違いをふまえて説明しなさい」



高3の時の保健体育のテストに出た問題
たぶんこんな感じだった



私の解答は名誉のはなまる
すごいでしょすごいでしょ

もうその丁寧な描写たるや
公の場で読み上げようもんなら
軽く懲役くらうんじゃないかなーっていう生々しい模範解答




私の席の前には、ハルナ(仮名)



真「ハルナ、テストどやった??」

ハ「えーもうやばかった」



そんなハルナの解答用紙を覗き見
そこに書いてあったもの






「受精の仕組みについて、男女の身体の機能の違いをふまえて説明しなさい」





→「答:男は責める 女は受ける」






人のテストの解答見て

初めて吹いた



私の記憶が正しければ
この解答△つけられてた気がする

え、なに、ちょっと合ってる?


この解答にカッコつけて
「逆もまたしかり」とか書いとけば
もしかしたら◯ついたんじゃないのーて
体育の先生たぶんMだったし







「ゴーストスイーパー美神」

っていう
私が小学生の時にやっていた人気アニメ



高3の時たまたまこのアニメの話になって
懐かしくて友達と盛り上がった

近くにハルナがいたので
ハルナにも話をふる



真「ハルナ、「ゴーストスイーパー美神」って知ってる??」


ハ「誰それ転校生?」



絶対違う





そんなハルナの相棒が、マキ(仮名)


私は高校時代吹奏楽部に所属していて
マキとハルナは吹奏楽部の仲間
ふたりのパートが同じだったこともあり
いつもいっしょにいるコンビだった


さすがハルナの相棒なだけあって

マキも、相当飛び抜けてた



ふたりはいつも素で周りを笑わせてた


芸人的に狙ってとる笑いじゃなく
なんか、もう、素でいろいろ面白い2人

男女問わず愛されていたと思う
私の記憶にも未だに強烈に焼き付いてる



強烈に焼き付いていると言えば

マキの「ポジティブノート」


小難しい言い方をするなら
「事実に対する解釈を変える」
っつー自己啓発系で耳タコのアレ

「ペットボトルに半分水が入ってる」
という事実に対して

「もう半分しかない…」
という解釈と

「まだ半分もある!」
という解釈ができるなら

なるだけポジティブそうな
後者の見方が出来るといいよねー

的なやつ、だと思う


実はこの話
個人的にあんまり好きじゃないんだけど



「赤点を取ってしまった」



「あとは這い上がる快感しかない」



彼女のポジティブ表現は
個人的にドンピシャ

這い上がる快感に
デヘデヘしてるマキの姿が素で浮かぶ


自然体で
他人まで笑顔に巻き込む
マキの「ポジティブノート」


あれは、素敵だった


あんなポジティブノートだったら
自分もつけたいな
デヘデヘするやつ


ふたりとも
今どこでなにしてんだろ

急に逢いたくなった



真崎



彼女とのLINEのやり取り
自分にはなかった考え方の連続で
それはそれは衝撃だった



自分に責任を持つということ


こう感じる自分だからどうするのか
ここからの行動が一番大事


そうじゃないと
周りとか環境、人のせいにして


「無責任」な人間のまま



からの


「自分の感じる気持ちに責任持つことが本当の大人だって思う」






「感じることを環境のせいにしてたやん」



続けて届けられたメッセージ

環境のせい?
してたっけ?(自覚なし)




「わたし?汗」

そう送り返すと





「してたよ^^」




上司のせいにしてたと思う


上司がこういう人だからって

仕事の内容がこうだからって


感じるのはイイけど
感じた事にも責任とってないと
誰が責任とるのか


上司がとるのか

周りがそう感じさせる責任をとらなきゃいけないのか





「そんな感じ(^o^)♪」



そんないかついやり取りの最後は
腹立つくらい可愛い顔文字で終わった










「感じること」に責任を持つのは誰か


この題名の答えは
もうわざわざ書かなくていいと思う




ので


少しだけ話を変える





この一連の出来事を通して
自分の中で気付いたひとつのこと



もしかしたら
こんだけ長い前フリ書いたけど

これが一番書きたかったのかもしれない





過去の出来事はpresentで
現在の自分と未来への志に繋がってる


っつー話は、嫌い



その一貫性は
筋が通っててとても美しいけど

美しすぎて
筋が通りすぎていて
逆にその志に縛られて窮屈になりそうだから


というか
なってる人だらけじゃない?


人間なんてそもそも矛盾した生き物だし
矛盾のない生き方しようなんてそれが一番の矛盾としか思えない

自分の心に対する矛盾
それこそ自分に失礼だ





ってゆう持論が前置き

以下本題





笑っているけど笑ってない


思ってないのに
思ってると言い聞かせてる


熱込めて語ってるけど
それがあなたの言葉に聞こえない


自分がそういうものに反応するって
自覚し始めたのは大学生の時

上辺の言葉と表情飾ってる人って
自分が感じた人には
なんか腹立って噛み付いてた

そんな攻撃的なのはここ近年で
そういう"違和感"に対するセンサーは
中学生の頃から装備されていた



自分も同じ体験をしたから
そういうセンサーが働くのかな


じゃあ自分は
なにかいろんな引っかかりがあって
自分を表現できなくなっている人たちに寄り添って
その人の言葉を引き出せる人になろう

「つかされてる嘘の言葉」に
気付いてあげられる人であろう


独りぼっちの不安と恐怖を
その人の隣にいて分け合うことができる
優しい人であろう


ひとりで寂しくて
思ってないこと言っちゃったり
笑いたくないのに笑ってたり


そんな経験は
「感受性」に名前を変えて
過去の自分からpresentされたもの



だから

それを活かして
誰かのために生きていくんだ



きっとそれが

私の「使命」なんだ










なんつー


「外向きな自分」の
「美しい志」には


もう振り回されたくない




そもそも私は
そんなにかっこ良くてデキた人間じゃない

「誰かのために」
で全力疾走できる人間じゃない
これでもかってぐらい超自己中

これは自虐じゃなくて
素直にそう思ってる


「子どものため」
だってもはや大義名分で

子どもといる時に
一番自分が「素」でおれるから
むしろ感謝してる存在


一般化できないけど
「彼ら」といっしょにいたい
だからそこに関わりたい


多分それしかないと思う






その人の本当の声
その人の本当の笑顔
その人の本当の想い


そこにふれたいという


その主語はいつでも「自分」



「私が」聞きたいんですよ

その人のこころからの声を





今回の一連の出来事でも
何度も「本音」という言葉が出てきた


「本音」とは
言い換えるなれば「素直な感情」



「本音を言わせてほしい」

そんな私の言葉は


「感情をぶつけさせてほしい」

と同義




感情が爆発した私は
溢れ出る「本音」を上司にぶつけた



「本音も言い合えへんような上辺の関係なんてそんなんクソおもんないじゃないですか!!!!」







今は、思う

私を動かしているのは
崇高な志なんかじゃない





『本当の自分を表現していたい』



『本当のその人の声を聞いていたい』





そして




『本音で人と繋がっていたい』







しかないんかなって、思う


分からんけど、そんな感じ






「感じること」の責任の所在を邪魔する
「外向きの自分」を追い払うため

「本当の自分」の気持ちを書いてみた


それでこのシリーズを締めようと思います




こんな長くて
こんなに素直に書く文章は

もしかしたら初めてかも



読む人がどんな気持ちになるのか
正直想像もつかないけど



ここまで読んで下さって

私の「本音」にふれて下さって



本当にありがとうございました





真崎@終わり



雨とスタバとなんかのコーヒー

男と女と涙と修羅場


かっこよく言ってみたかっただけ
約1年前のスタバでの1シーン



「言いたいことがあるなら言って」


目の前でそう話す人がいて
私は俯いてひたすら黙っている
もうちょっとで口を出てきそうな言葉を喉で殺して代わりに涙をボロボロ流してる



「やってる事、これでいいんですか?」
「これ教育じゃなくて自分の正しさの押しつけやないですか?」



多分

たったこれだけの事が言いたかった



でも、結局言わなかった、はず



被害者っぽい言い方するなら


「言ったところで受け入れられない」
「否定と拒絶が返ってくるだろう」


自分の固定観念なのか
その人との関係性ゆえなのか
そんな思考のストッパーがあった


「言いたいことがあるなら言って」

の後ろに


「言うな」

が見える感じ


そして私はまた勝手に
伝えることを諦めて
その人と自分を心で責め続けた








話は変わって、1週間前


会社の1室で
私は上司と対峙して座っている




「本当の本音を言わせてほしい」
「仲直り前提の喧嘩がしたい」




みたいな

小っ恥ずかしすぎて読み返せない
自分は冷静なつもりだったけど感情爆発なメールを早朝に上司に送りつけ

もはやメールの時点で喧嘩みたいで
メールで本音を伝えることを諦めた矢先
上司が忙しい仕事の合間を縫って直接話す時間をつくってくれた




本音を言わせてほしい


確かに自分で言った



でも

上司と顔を合わせて
最初に出てくる言葉は
これまた筋違いの責任転嫁な言葉ばかり



あれ、こんなこと言いたいんだったっけ




いちばん最悪だったのは


「こんな私はもう辞めさせて、志あって仕事もちゃんとできるええ人雇った方がいいと思います。」


みたいなやつ
どんな新手の人材コンサルよ


辞めるか辞めないか

それすらも私は
自己責任で選択することを放棄して
上司に責任を押しつけようとした




でも、これは本音じゃない

こんなことが言いたいはずじゃなかった

辞めたいなんて本音じゃない





「言ってない本音があるんだね?」


そう上司が促してくれた時に
自分の中で


「これを伝えなきゃ」


というものがバチッと浮かんだ




浮かんだ瞬間に


「うわ、こんなん絶対伝えられへん」


ってなって



「うわこれやばい無理です、めっちゃ怖い、どうしよ絶対伝えられへん、え、絶対いやや」


勝手にパニクった




自分からふったくせに
なかなか言い出すことができず

しばらく上司の方見ながら二の足踏み続けた







言えたのは



もうええわ!
っていう開き直りだったのか


目の前の人を信頼していたからなのか




それは正直分からないけど






言った




言えた

言ってしまった

言わせてくれた







「そうだったんだ笑」




怒るとか失望するとか
じゃあもういいよ、とか


そんなリアクションを予想してたけど

上司は笑ってくれてた気がする





本音をここで書くなんて
怖くてできやしないけど

ものすごく簡単に書くなら



「やりたいことはやりたいし、やりたくないことはやりたくない」



という
クソガキのわがままみたいな事だった






「やりたいことはやりたい」



仕事に関して
ネガティブな事ばかり書いたけど


全部をネガティブになんて捉えていない

それこそ、元々「やりたい」から来た



子どもや不登校生
心になにかを抱えた子
本当に言いたいことが言えない子


子どもと話したり勉強教えたりすることは
私にとって心からのやりがい

「本当の自分」が
好きだと言ってやっている仕事



絶対無理だと言いながら
受験勉強を頑張ってきた子が合格したこと


ずっとある本音を言えなかった子が
それを一番伝えたかった人に伝えられたこと



仕事をやっていて
心から「良かった」ということは
まだ正直数えるほどしかないけど


私は、そんな子どもと関わることができるこの仕事が、きっと好きだ







「やりたいくないことは、やりたくない」



「やりたいくない」を
「やりたい」と嘘をついてきた私にとって

これを発することは
全身悪寒がするほど怖いことだった



こんなの受け入れられるはずない
だって大人だし社会人だし組織だし

そんな
自分を縛り付けていた思い込みは




「それ、よく言ったね」



っていう
皮肉抜きの上司の言葉で溶けた





その他にも
多分いちど全部吐かせてもらった

上司に対して思っていたことも含めて



上司は、このクソわがままな本音を
どっぷりと受け入れてくれた



「それ、今まで言わせてなかったんだね。ごめんね。」


謝ってくれた気がする
かくなる真崎は内心土下座




「仲直り前提の喧嘩」は

私が一方的に喧嘩ふっかけまくって
そしたらそれを受け止めてもらえて


終了、たぶん







このシリーズ①で書いた

「いつも自分が折れそうになった時になんとなく連絡したくなる友人」

に連絡して、出来事をお伝えした




そしたら



「自分大事にできたね^ー^」



またしても
深いわって
ツッコミたくなる言葉が返ってきた




これが、「自分を大事にする」?





上司とのやり取りこそ
そのときの私は「他責」だと感じていた


だって自分のこと棚に上げて
思ってること全部勝手にぶちまけてるわけ




「上司に思ってることぶつけながら「めっちゃ勝手なこと言うてるー他責ー」とか思ってたけどな」



私が送ったところ




「自分の感じる気持ちに責任持つことが本当の大人だって思う」



そう返ってきた


深っ




真崎@次が最後