前職で働いている時に
上司に言われた
「なんだか真崎さんの方が不登校の子みたいだね」
今の職場に来てから
上司に言われた
「キミと関わるときは不登校生と関わるときと同じ感覚だよ」
今の職場に来てから知り合った
不登校経験者のお姉さんに言われた
「真崎さんはこっち側の人間だと感じます」
少し前にいろいろお話した
年上の引きこもりの方に言われた
「真崎さんの感性は引きこもりと似てる」
まじか
なんか軽く殿堂入りしてる
社会不適合こじらせた真崎が
今それとなく社会に出られている
その状況で思ったこと
ひねくれ者の私はかつて
「感謝教」
という新興宗教の存在を考えた
なんか、変だ
って感じてた
ずっとずっと
つらいのに
苦しいのに
悲しいのに
腹立だしいのに
「この状況は自分の成長のために与えられたチャンス」
「自分にとって苦しい人間関係は今の自分にとってなにか意味があるんだ」
だから
この状況に、この人に、「感謝」
とか、そんな感じ
ポジティブな人は羨ましい
前向きに物事を捉えられる人は
なんぞ素敵なものよと思う
ただ、無理ポジは嫌い
自分のこころを押し殺す行為だから
無理矢理なら
捉え方なんぞ変えんで良い
つらいなら
苦しいなら
悲しいなら
腹立だしいなら
泣け
喚け
怒れ
叫べ
なんつーか
そうやって感情を解放した先に
なんか気持ちすっきりした先に
例えば
そん時隣にいてくれた人とか
話聴こうとしてくれた人とか
ふれてくれてた人とか
ご飯つくってくれてた人とか
どっかで見守ってくれてた人とか
かつてのなにかとか
素直に、感謝できる時とかくるんじゃないのって私は思ってる
なにが言いたかったんやっけ
そう
そんなひねくれ系女子だったので
こういう場で「感謝☆」とか書くの
それはそれはもう嫌というか
ちょっと蕁麻疹出そうなレヴェルだったけど
こんなやりづらい感性の私
殿堂入りもした
ひとつボタンを掛け違えば
私はもしかしたら今ひとりで部屋にうずくまっていたのかもしれない
こうやって今外に出ていて
いろんな人と関わりたいと思っていて
おこがましながらなんかしら人の役に立ちたいーとか思えてるのって
ああ
これ、自分の力やない
もうそれこそ
周りの人のおかげでしかない
もう認めざるを得ない
すべての筋が一本に通った
私が今ここに立てる理由
きた、自然なやつ
自然で素直なやつ
感謝です
ありがとうございます
真崎