せめて、真崎らしく。 -18ページ目

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。


続きを書き始める前に余談


今日朝起きた瞬間
昨日このシリーズを書き始めたことを思い出し、凄まじい不安と後悔が押し寄せた


これを読んで
◯◯にはどう思われるだろう
××にはがっかりされてるのかな
△△はきっと嘲笑している気がする

そんな感じで
なにひとつ確かな事実じゃないのに
頭に張り付く不安でいっぱい


でも


人の目に怯えることなく
自分自身を表現していきたい

感じたことを感じたままに
飾りも格好もつけることなく
素直な心と言葉で発信していきたい

それをできる人でいたい


そんな欲求の方が
今は不安より勝っている



そして


これを書くこと
ここに書いていることを

「受け入れてくれる」

と確信を持てる人がひとりでもいるから


やっぱり続きを書こうと思う



読んで下さってありがとうございます






*************




「感じること~」シリーズ
①にも書いたことだけど


「外向きの自分」は
とことん自分自身を責め続けた

「本当の自分」が泣いていても
その「泣くという行為」も「つらい・悲しいという気持ち」も全部まとめて否定してきた


義務なんだから
仕事なんだから
部下なんだから
組織なんだから
社会人なんだから
大人なんだから
"使命"なんだから


やらなければいけないし

できないことはおかしいし

できないことは全部自分が悪い

泣いたり悲しむ権利はない




上司や周りの声
時には叱責の言葉
全部が自分を否定するものに聞こえる

そうじゃない事も理性では分かってる

だけどもう
そういう気持ちの受信アンテナができ上がり
理性は感情に食らい尽くされる


且つ


自分が関わっている活動は

なんかこう
身内で言うなって感じだけど
ものすごくざっくり言えば

「人の役に立つ活動なんだろうなあ」

と、私は思っている活動で


それを動かしている人たちに
上手く気持ちを合わせられない自分が

なんだかとてつもなく
「嫌な人間」に思えて


嘘を、重ねた



「良い」と思っていないことまで
「良い」とアウトプットした

「やりたい」と思っていないことまで
「やりたい」と声をあげた



その本音は
本当に誰にも話せなかった


関係者はもちろん
今まで繋がっていた人たちに対しても


本音を話してしまった瞬間
「つくりあげてきた自分」
が、すべてが崩れてしまう気がして


まだどこかで信じて縋りたかった
「志高く誰かのために頑張れる自分」
という虚像ごと
自分の存在が消える気がして


他の人から良い評価を受け
時には尊敬され
時には頼られ
誰かのために本気になれる熱くて芯の強い人、なんて信じてくれる人たちがいて


そうじゃない自分を見せることが
段々と怖くなっていって



結局自分は
また無意識のうちに心の中で
そういった人たちに「責任」を押しつけ


「本当の自分」の声を
聞いているようで無視し続け

演技であることはもうバレバレなのに
それでもなお「外向きの自分」を演じ続けた






そんな状態を思い返したときに立った
自分の中の恐ろしい仮説



「自分を抑制し続ける」

その先にあるものは
おそらく「自傷」「他傷」だと思う


精神的にか肉体的にか
そこは人それぞれだとして

自分を傷つけるのが「自傷」
他人を傷つけるのが「他傷」

それが私の捉え方




私は「自傷」はしなかった
痛いことと苦しいことが怖すぎて

我が身可愛さに私が選んだのは「他傷」


そう言うと大げさだけど

簡単に言うと
感情を殺そうと努めて生じた歪みの矛先は
完全に「上司」へ向いていたと思う



「なんでこんな言い方するん」

「なんで辛いの分かってくれへんの」

「もういっぱいいっぱいなんやって」

「それ以上言わんといてって」

「もううちとかおっても邪魔やしイライラするって思ってんねやろ」



書きながら感じる
病的なネガティブ被害妄想


上記のことばは心の声

上司に伝えたことはなかった


なにかを伝えようと
場を設けてもらったことはあったけど
そこでも肝心なところは隠し続けた

それはもはや無意識レベルで
自分でも隠してることに気付かなかった



私が仕事でしんどそうな顔をしていたり
ため息ついたり
たまに涙が出てしまったり


そんな状況を見て
周りの人はとても心配してくれた


心配される言葉を受けて私は
「すいません全然大丈夫です」
「私が要領悪いんです」
そんな言葉を返していた




自分でも感じている


その裏には

「私上司からめちゃくちゃしんどい思いをさせられているんです」

というメッセージが
ありありと込められていたってこと



その一方で

「それを感じる自分はなんて悪くて弱くてダサくてダメな奴なんだろう」

そうやって自分を責め続けることにも
余念がない



言いたいことは我慢して
まずは言われたことぐらい
きっちりやってみせましょう

「社会人」であり
「部下」であり
「大人」なんだから

つべこべ言わずに行動なさいな
人のせいにしなさんな
あんたが全部悪いんだから



「外向きの自分」は囁き続ける
時には他人に姿を変えて







このブログは
上司に読んで下さいってお願いしている


心の叫びを訴えたいからじゃない

一応組織に属する人間として
行き過ぎたことを書いていないか
客観的にチェックしてもらうため



そもそも、前提として

「もう訴えた」から
今ここに書いている




この「もう訴えた」という出来事が
一連の記事の主題



伝えることを勝手に諦め
会社は組織は社会は大人はと勝手に決めつけ
自分を勝手にそこに縛り付け

自分を責め続けて
その裏で他人を責め続けて



そんな状態から

なんか、一歩だけ進めた気がした出来事






先週の月曜日



感情がぐちゃぐちゃになっていた私は

上司にメールで喧嘩を売った




真崎@続く




友人から来た

「誰、これ?笑」

という連絡


その連絡を受けて記事を見返す
そして愕然とした


誰、これ?




私はよほどの意図をもたせない限り
自分の書く文章に記号や顔文字は入れない

文字以外のものでニュアンスを表現するには
句点と改行と行間だけで十分
余計なものは入れたくない



活動ブログで書く記事には

その「余計なもの」が溢れていた









*^^*



私の声を表現するのに一切必要ない
むしろ別物に変えてしまうそれらの記号を

これでもかと盛り込んだ
はっきりいて「気色悪い」文章たち


内容もそう

おいおい
あんたそんな「イイコちゃん」じゃなかろうに

そんな感じ




これは、誰のことばなんだろう




本音と建前という話はあれど

こんなに顕著に
「実際の自分」「外向きの自分」

『2種類の自分』
の存在を感じたのは初めてだった



2つの自分が一致しないことが
どれだけ自分にとってストレスになるか

ここに来る前に、一度体感したことがある



心から良いと思えない
むしろまったく広まってほしくない
違和感だらけの教育ブログラム

それをよりにもよって
「仕事だから」と大切な仲間に勧めた自分は
なんて最悪な奴なんだと思った


このときも

自責と見せかけて
私はすべてを組織のせいにした

手遅れと分かっていても
私には謝らなければならない人がいる




あのとき自分が書いた言葉


「自分が良いと思ってないのに良いって言うのも、面白くないのに面白いって言うのも、勧めたくないのに勧めるのも、尊敬してないのに尊敬してるって言うのも、もう自分の嘘つくの嫌だ全部ぜんぶ辞める!!!!!」



感情のタガが外れて
そんな表現を放った

「外向きの自分」を
本気で放棄しようとした時だった





放棄した、はずだった


放棄したかった、はずだった





それなのに、また嘘の殻を被った





誰に頼まれたわけでもなく
誰に咎められたわけでもないのに

活動ブログを書く自分は
なぜか自然と「外向きの自分」になる



書くことは相変わらず大好きだったけど

活動ブログに関しては
書けば書くほど自己嫌悪になった
書いた記事は一度も読み返さなかった



ブログを書く時間が

憂鬱で仕方なくなった



家に帰ってからPCを開き
記事作成の画面を立ち上げ
キーボードの上に指を置いて
固まったまま2時間過ごしたこともあった


でも

それは私にとって
「仕事」であり「義務」であり
書けなくても、書かなきゃいけないもの


(「私にとって」をつける理由は、組織や上司にとっても「仕事」「義務」として与えてくれたものではあるけど、その捉え方は相手にとって本意ではないはずだから)



だから、書かなきゃいけない


自分を無理矢理動かして書く記事
そこに入ってくる上司からの指摘は
私の心をどんどん重くしていった


「もっとこういうこと書いて」
という指摘も

「なんで殻被って書くの、つまらないよ」
という指摘も

「ブログ書く目的分かってるの?」
という指摘も


本当に嫌で、苦しかった




そんなの自分がいちばん分かってる


そんなこと分かってるけど
その理性に気持ちが追いつかないんだよ


そうやって
心の中で悪態をつく自分がいた





でもその一方で


「外向きの自分」が
「実際の自分」に
いつもこうやって説教してくる


社会人なんだし
組織人なんだし
お給料もらってんだし

そんなわがままや感情ひとつで
仕事ができないなんて
そんなの許されるわけないでしょう?



それに


「志持って、子どものために!!って頑張ってるはずの人間」がそんな自分本意な気持ちのために足を止めてちゃ駄目でしょう?




なにが辛いのか自分でも分からない

分からないけど
いつも胸が苦しくて

毎日泣きながらブログを書いた


仕事っぷりも最低で
ブログ以外でもずっと気持ちが落ち込んでいた



書く度に自己嫌悪になり
ひとつひとつの仕事が苦しくなり
上司の声に耳を塞ぎたくなり
次第に組織や関係者の目が怖くなり



なにかに怯えながら

それでも「外向けの自分」に責められて
自分の気持ちも分からないまま
自分がなにをしたいのか見失ったまま

仕事を「こなす」


そんな日々が続いていた







ちょっと疲れたので
キャラメルポップコーン買ってきます



真崎@続く



連続記事を書いていく前に
最初に書いておきたいのですが


仕事を始めてからの話を書くにあたって
今関わっている組織や人のことも
必然的に出てくることになると思うし

例えば
私がネガティブな感情を書くことで
その組織や人のことをネガティブに取られる方もいらっしゃるかもしれないので


そこは

切り離していただけたらありがたいです


結局は私の感情の話で
組織がどう人がどうって
関係あるようであんまり本質じゃないと思うので



且つ


これからそんな記事を書いていくことを
先ほど上司に電話でお伝えしたら

「いいんじゃないの」

って言って下さったので


そういうことです
そういう感じです


よろしくお願いします







************




「外向けの自分」


という存在に気付いたときの
動揺と嫌悪感は半端なかった




まずは、その話

気付いたきっかけの話から







「キミにブログを書いてもらおうと思っている」



今の組織に来て最初のときに
上司からこの指示をもらった


とても嬉しかった
嬉しかったしテンション上がった


書くことが大好きで
書くことが一番の自己表現だと思ってる

そんな自分にとって
仕事の一環に「書く」を置けるなんて
この上ない幸せに思えた






2社目を2ヶ月で辞めた


その2週間後に入社が決まった場所
2社目とはいわゆる「同業他社」


そして今の上司は
上司でなかった頃から私が一方的に尊敬していた人

ここに来る前にブログで書いた気がする
私が愛読していたブログを書いていた人



その方との最初の面接は

正直思い出したくもない


全部バレてんじゃないかな
って思わせる視線を前にして

口から出る自分の言葉は
全部ぜんぶ嘘に聞こえた
面接で泣いたことなんて初めてだったし


その方のブログから感じる温度感と
実際目の前にしたその方から感じる温度感には
若干差があった気がしたけど

泣いている私を前にして
いろんな文脈から

「真崎さんの信念を大切にしてほしい」

という言葉をその方がくれたとき


「ああ、やっぱりあのブログを書いている方だった」

と思った記憶がある



終わった後絶望を感じたながら人に逢いに行って
散々落ち込んで慰めてもらって

そのときに採用の電話がかかってきて
その電話で嬉しさと驚きで叫んだ記憶がある



この下りは

今回の連続記事のテーマを書くにあたって
結構重要になってくると思ったので書いた




話を戻すと


そんな方のもとで
自分が関わりたいと思っていた仕事で

その上その仕事の一環で
「書く」ことをやらせてもらえるなんて


こんなに嬉しいことはあるだろうか


実際に働き始める前の自分は
そんな希望でいっぱいだったと思う



そして

このブログとはまた違う
活動関係のブログを書き始めた

いちばん最初の記事は
短い自己紹介の記事


そのブログを更新して
自分の使ってる各SNSに貼付けた



その直後

関西にいる友人から
すぐに連絡が来た




「誰、これ?笑」





真崎@続く