「感じること」に責任を持つのは誰か⑥ | せめて、真崎らしく。

せめて、真崎らしく。

そんな感じです。




彼女とのLINEのやり取り
自分にはなかった考え方の連続で
それはそれは衝撃だった



自分に責任を持つということ


こう感じる自分だからどうするのか
ここからの行動が一番大事


そうじゃないと
周りとか環境、人のせいにして


「無責任」な人間のまま



からの


「自分の感じる気持ちに責任持つことが本当の大人だって思う」






「感じることを環境のせいにしてたやん」



続けて届けられたメッセージ

環境のせい?
してたっけ?(自覚なし)




「わたし?汗」

そう送り返すと





「してたよ^^」




上司のせいにしてたと思う


上司がこういう人だからって

仕事の内容がこうだからって


感じるのはイイけど
感じた事にも責任とってないと
誰が責任とるのか


上司がとるのか

周りがそう感じさせる責任をとらなきゃいけないのか





「そんな感じ(^o^)♪」



そんないかついやり取りの最後は
腹立つくらい可愛い顔文字で終わった










「感じること」に責任を持つのは誰か


この題名の答えは
もうわざわざ書かなくていいと思う




ので


少しだけ話を変える





この一連の出来事を通して
自分の中で気付いたひとつのこと



もしかしたら
こんだけ長い前フリ書いたけど

これが一番書きたかったのかもしれない





過去の出来事はpresentで
現在の自分と未来への志に繋がってる


っつー話は、嫌い



その一貫性は
筋が通っててとても美しいけど

美しすぎて
筋が通りすぎていて
逆にその志に縛られて窮屈になりそうだから


というか
なってる人だらけじゃない?


人間なんてそもそも矛盾した生き物だし
矛盾のない生き方しようなんてそれが一番の矛盾としか思えない

自分の心に対する矛盾
それこそ自分に失礼だ





ってゆう持論が前置き

以下本題





笑っているけど笑ってない


思ってないのに
思ってると言い聞かせてる


熱込めて語ってるけど
それがあなたの言葉に聞こえない


自分がそういうものに反応するって
自覚し始めたのは大学生の時

上辺の言葉と表情飾ってる人って
自分が感じた人には
なんか腹立って噛み付いてた

そんな攻撃的なのはここ近年で
そういう"違和感"に対するセンサーは
中学生の頃から装備されていた



自分も同じ体験をしたから
そういうセンサーが働くのかな


じゃあ自分は
なにかいろんな引っかかりがあって
自分を表現できなくなっている人たちに寄り添って
その人の言葉を引き出せる人になろう

「つかされてる嘘の言葉」に
気付いてあげられる人であろう


独りぼっちの不安と恐怖を
その人の隣にいて分け合うことができる
優しい人であろう


ひとりで寂しくて
思ってないこと言っちゃったり
笑いたくないのに笑ってたり


そんな経験は
「感受性」に名前を変えて
過去の自分からpresentされたもの



だから

それを活かして
誰かのために生きていくんだ



きっとそれが

私の「使命」なんだ










なんつー


「外向きな自分」の
「美しい志」には


もう振り回されたくない




そもそも私は
そんなにかっこ良くてデキた人間じゃない

「誰かのために」
で全力疾走できる人間じゃない
これでもかってぐらい超自己中

これは自虐じゃなくて
素直にそう思ってる


「子どものため」
だってもはや大義名分で

子どもといる時に
一番自分が「素」でおれるから
むしろ感謝してる存在


一般化できないけど
「彼ら」といっしょにいたい
だからそこに関わりたい


多分それしかないと思う






その人の本当の声
その人の本当の笑顔
その人の本当の想い


そこにふれたいという


その主語はいつでも「自分」



「私が」聞きたいんですよ

その人のこころからの声を





今回の一連の出来事でも
何度も「本音」という言葉が出てきた


「本音」とは
言い換えるなれば「素直な感情」



「本音を言わせてほしい」

そんな私の言葉は


「感情をぶつけさせてほしい」

と同義




感情が爆発した私は
溢れ出る「本音」を上司にぶつけた



「本音も言い合えへんような上辺の関係なんてそんなんクソおもんないじゃないですか!!!!」







今は、思う

私を動かしているのは
崇高な志なんかじゃない





『本当の自分を表現していたい』



『本当のその人の声を聞いていたい』





そして




『本音で人と繋がっていたい』







しかないんかなって、思う


分からんけど、そんな感じ






「感じること」の責任の所在を邪魔する
「外向きの自分」を追い払うため

「本当の自分」の気持ちを書いてみた


それでこのシリーズを締めようと思います




こんな長くて
こんなに素直に書く文章は

もしかしたら初めてかも



読む人がどんな気持ちになるのか
正直想像もつかないけど



ここまで読んで下さって

私の「本音」にふれて下さって



本当にありがとうございました





真崎@終わり