『ことわざの由来とその後』
助走をつけて、踏み切り板を蹴る。
目の前に跳び箱がある。
飛び越える。
宙を舞った身体が、しなやかに着地する―。
日常の場面で、こんな行為をしたり、見たりすることはめったにない。
あの体育館独特の匂い―マットのカビ臭さが蘇ってくる。
「学校で習ったことなんて、社会に出たら何の役にも立たねぇよ」
そう吐き捨てた経験のある人は多いだろう。
例えば、朝寝坊したとする。いつもの電車に間に合わない。ただでさえ毎日ぎりぎりなのだ。当然、遅刻は確実。どうせ遅刻するなら、明日の朝、一日遅れで行ってやろうか―。そんな考えが一瞬過ぎりつつも、着るもの構わず、大急ぎで家を出る。何の余裕もない。汗だくになりながら走る。
犬の散歩を楽しむじいさんが、思わず振り返る。
頭にはスライムの被り物。ハロウィンのときのやつだ。なぜか彼はニット帽と間違えてしまった。
緊急時にこそ、底力が発揮されるものだ。徒歩30分の距離を5分で駅に着いた。普段のオレは本気を出してなかった―意外と走れてしまった新しい自分を発見し、嬉しくなる。荒い呼吸が心地よく、頼もしい。
いつもはエレベーターで済ませるが、駅の階段を三段飛ばしで上ってゆく。すでに太ももやすねは軽い張りを訴えている。
券売機に並ぶ人々をよそに、全力で改札に向かう。まるで箱根駅伝の峠越えだ。乗車時刻の表示を見る。ダイヤは通常通り。遅れは最小限に食い止められそうだ。だが、人身事故や大雨などで、いつ遅延するかわからない。電車に乗るまでは電車じゃない。徒歩だ。安心してはいられない。
改札横のキオスクのおばちゃんがちらっと目に入る。きつい剛毛パーマ―今日も健在で、嬉しくなった。非常時に変わらぬ日常性を見出せることほど、人をほっとさせるものはない。何だか大丈夫に思えてくるのだ。
急ぐ心はつかの間、空白の時間に吸い込まれる。これを忘我の領域という。
助走をつけて、踏み切り板を蹴る。
目の前に自動改札がある。
飛び越える。
宙を舞った身体が、しなやかに着地する―。
中学んときのO先生、元気かな。
居残り練習させられても飛べなかった跳び箱が、今、やっと飛べるようになったよ。
きれいなフォームだったろ?先生。
しっかり蹴って、両手を叩きつけるように、そして力強く前に押し出せ。白鳥の翼のようにめいっぱい大きく足を広げろ。
そう先生言ったよな、ジャージの襟立てて。
できたかな?できただろ?だって、ちゃんと飛べたんだもん。オレ、やっと飛べたよ!
先生、元気かな、ハゲてないかな、住所わかったら、実家で作ってる里芋でも送ろうかな―。
周囲の騒がしい声に振り返り、そのとき、やっと我に返る。
「つい、跳び箱と勘違いしてしまって・・・」
不審者扱いされ、その日は大遅刻となってしまった。
けれど、その後、跳び箱トークで思わず盛り上がり、疎遠だった同僚とも仲良くなった。
跳び箱の効能である。
跳び箱の居残り練習させられそうな鳥と言えば、孔雀やニワトリの他に、おそらくキジも候補に入るだろう。
尾っぽが長く、頬が垂れた顔は紅色で、胸は刺繍が施されたように艶っぽく緑に光る。目立つ鳥である。
里山近くに暮らす。日本の国鳥として知られる。
これまで三度遭遇したことはあるが、まともに撮れたことがない。
まだ寒い頃、ため池の草むらでニアミスしたことがあった。餌をついばんでいたのだろう。他の小鳥たちもそこらにいた。1メートルの距離に、キジと人間が立っていた。言わば、桃太郎の距離だった。犬とサルを手なずけ、キジとともにいざ鬼ヶ島へ。腰からぶら下げたきび団子さえあれば―ふがいない自分をなじった。
人があまり来ない場所で、安心しきっていたのだろう。それはこっちも同じだった。こんなときに限って、きび団子はおろか、カメラもぶら下げてなかった。
ふいの闖入者に慌てた彼は、バサバサッと羽を広げ、鳥にしては低空飛行で逃げていった。きっと飛ぶのは苦手なのだろう。
つい先日も、別の場所で遭遇した。200メートルほど見下ろす丘だった。草むらの中で、ひときわ目立っていた。初めてその声を聴いた。
「キィーン、キィーン」
彼の頭上にいただけに、かなり響き渡った。声量も十分だ。市民ホールぐらいなら、ソロでやれる。ケーンケーンというより、自転車のブレーキ音に近かった。
縄張りの誇示か、雌を誘う声なのか。隣は竹林だった。人のあまり入らない場所で、彼はひそやかな生を営んでいた。
人が見ているとは気づいていない。この写真のように、春めいた陽光の中、溝にかかった橋を歩いて渡ると、姿を消した。
海浜公園の小高い丘の上で、突然、鉢合わせしたこともある。そのときは、猛烈に走って逃げた。まるでダチョウのようだった。鳥なら飛ぶ場面だろう。「飛ばんのかい!」と思わず、ツッコミを入れたほどだ。陸上選手のように、とても追いつけない速さだった。
そんなキジが跳び箱に挑むと、放課後になっても、居残り練習をしている。吹奏楽部の音色が物悲しく響く中、バスケ部やバドミントン部の生徒たちも、練習しながら、キジのことがそれとなく気にかかっている。
立ち尽くした彼はただ、ホロ打ちを繰り返し、こう鳴くばかりだ。
「キィーン、キィーン」
O先生が、叱咤する。ピシッと立っていたジャージの襟が、もうへなへなになっていた。
「ブレーキばっかかけてないで、早くペダルを漕げ!白鳥のように舞うんだ!」
その言葉に、すっとぼけた彼の表情が一変した。真っ赤に染まっていた。まるでこう主張しているようだった。「自分、キジだし!白鳥ちがうし!自転車ちがうし!」。
ホロ打ちをやめたのは、迷いがふっきれたからだろうか。さっきまでのとまどいが嘘のようだった。何かやってくれそうな気配が漂っていた。いよいよそのときが来た。
助走をつけて、踏み切り板を蹴る。
目の前に6段目がある。
激突する。
6段目もろとも吹っ飛んだ身体が、劇画調に落下する。
ものすごい反響音に、帰り支度を始めた生徒たちの視線が集まった。
悔しさで、彼のつぶらな瞳からほろろと涙がこぼれた。
時間はかかったが、果敢に挑んだ彼を批難する者は誰もいなかった。
O先生が、へなへなになったジャージの襟をピシッと立て、彼に寄り添った。どんな言葉をかけるべきか、O先生自身も迷っていた。これほど見事に失敗するさまは、長い教師歴でも初めてだった。そこに、清々しさすら感じたほどだ。一瞬間を置いて、踵を返した。
「さっさと帰り支度しろ」ぶっきらぼうに続けた。「オレんちで芋煮鍋でもいっしょに食おう。山形産のいい里芋が手に入ったから。カミさんが用意してくれてる。・・・勘違いするなよ、けっしておまえをダシなんかにしたりしないから・・・・」
その言葉で十分だった。跳び箱なんて飛び越えなくても良いのだ。ぶっ壊したっていい。というのも、跳び箱の後は、期せずして、新しい関係性が生まれる場合があるからだ。
吹奏楽部の音色もやみ、ほっとした生徒たちはみな帰った。
O先生のジャージの襟と、折れ曲がった彼の長い尾っぽの先が、窓から射す夕日に照らされていた・・・。
ケーン(キジ)もほろろ―このことから、『けんもほろろ』という諺が生まれたのは言うまでもない。そして、これには続きがある。
「跳び箱の後は芋煮鍋」
災い転じて福となす、に似ている。併記として、こんな意味もある。
―O先生は山形出身でもないのに芋煮鍋を好む。
新しい諺の誕生である。
(写真・文 写真原人)




