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写真原人のブログ

写真原人による狩猟採集の結果報告



   『ことわざの由来とその後』

 


 助走をつけて、踏み切り板を蹴る。
 目の前に跳び箱がある。
 飛び越える。
 宙を舞った身体が、しなやかに着地する―。
 日常の場面で、こんな行為をしたり、見たりすることはめったにない。
 あの体育館独特の匂い―マットのカビ臭さが蘇ってくる。
「学校で習ったことなんて、社会に出たら何の役にも立たねぇよ」
 そう吐き捨てた経験のある人は多いだろう。
 例えば、朝寝坊したとする。いつもの電車に間に合わない。ただでさえ毎日ぎりぎりなのだ。当然、遅刻は確実。どうせ遅刻するなら、明日の朝、一日遅れで行ってやろうか―。そんな考えが一瞬過ぎりつつも、着るもの構わず、大急ぎで家を出る。何の余裕もない。汗だくになりながら走る。
 犬の散歩を楽しむじいさんが、思わず振り返る。
 頭にはスライムの被り物。ハロウィンのときのやつだ。なぜか彼はニット帽と間違えてしまった。
 緊急時にこそ、底力が発揮されるものだ。徒歩30分の距離を5分で駅に着いた。普段のオレは本気を出してなかった―意外と走れてしまった新しい自分を発見し、嬉しくなる。荒い呼吸が心地よく、頼もしい。
 いつもはエレベーターで済ませるが、駅の階段を三段飛ばしで上ってゆく。すでに太ももやすねは軽い張りを訴えている。
 券売機に並ぶ人々をよそに、全力で改札に向かう。まるで箱根駅伝の峠越えだ。乗車時刻の表示を見る。ダイヤは通常通り。遅れは最小限に食い止められそうだ。だが、人身事故や大雨などで、いつ遅延するかわからない。電車に乗るまでは電車じゃない。徒歩だ。安心してはいられない。
 改札横のキオスクのおばちゃんがちらっと目に入る。きつい剛毛パーマ―今日も健在で、嬉しくなった。非常時に変わらぬ日常性を見出せることほど、人をほっとさせるものはない。何だか大丈夫に思えてくるのだ。
 急ぐ心はつかの間、空白の時間に吸い込まれる。これを忘我の領域という。
 助走をつけて、踏み切り板を蹴る。
 目の前に自動改札がある。
 飛び越える。
 宙を舞った身体が、しなやかに着地する―。
 中学んときのO先生、元気かな。
 居残り練習させられても飛べなかった跳び箱が、今、やっと飛べるようになったよ。 
 きれいなフォームだったろ?先生。
 しっかり蹴って、両手を叩きつけるように、そして力強く前に押し出せ。白鳥の翼のようにめいっぱい大きく足を広げろ。
 そう先生言ったよな、ジャージの襟立てて。
 できたかな?できただろ?だって、ちゃんと飛べたんだもん。オレ、やっと飛べたよ!
 先生、元気かな、ハゲてないかな、住所わかったら、実家で作ってる里芋でも送ろうかな―。
 周囲の騒がしい声に振り返り、そのとき、やっと我に返る。
「つい、跳び箱と勘違いしてしまって・・・」
 不審者扱いされ、その日は大遅刻となってしまった。
 けれど、その後、跳び箱トークで思わず盛り上がり、疎遠だった同僚とも仲良くなった。
 跳び箱の効能である。

 跳び箱の居残り練習させられそうな鳥と言えば、孔雀やニワトリの他に、おそらくキジも候補に入るだろう。
 尾っぽが長く、頬が垂れた顔は紅色で、胸は刺繍が施されたように艶っぽく緑に光る。目立つ鳥である。
 里山近くに暮らす。日本の国鳥として知られる。
 これまで三度遭遇したことはあるが、まともに撮れたことがない。
 まだ寒い頃、ため池の草むらでニアミスしたことがあった。餌をついばんでいたのだろう。他の小鳥たちもそこらにいた。1メートルの距離に、キジと人間が立っていた。言わば、桃太郎の距離だった。犬とサルを手なずけ、キジとともにいざ鬼ヶ島へ。腰からぶら下げたきび団子さえあれば―ふがいない自分をなじった。
 人があまり来ない場所で、安心しきっていたのだろう。それはこっちも同じだった。こんなときに限って、きび団子はおろか、カメラもぶら下げてなかった。
 ふいの闖入者に慌てた彼は、バサバサッと羽を広げ、鳥にしては低空飛行で逃げていった。きっと飛ぶのは苦手なのだろう。
 つい先日も、別の場所で遭遇した。200メートルほど見下ろす丘だった。草むらの中で、ひときわ目立っていた。初めてその声を聴いた。
「キィーン、キィーン」
 彼の頭上にいただけに、かなり響き渡った。声量も十分だ。市民ホールぐらいなら、ソロでやれる。ケーンケーンというより、自転車のブレーキ音に近かった。
 縄張りの誇示か、雌を誘う声なのか。隣は竹林だった。人のあまり入らない場所で、彼はひそやかな生を営んでいた。
 人が見ているとは気づいていない。この写真のように、春めいた陽光の中、溝にかかった橋を歩いて渡ると、姿を消した。
 海浜公園の小高い丘の上で、突然、鉢合わせしたこともある。そのときは、猛烈に走って逃げた。まるでダチョウのようだった。鳥なら飛ぶ場面だろう。「飛ばんのかい!」と思わず、ツッコミを入れたほどだ。陸上選手のように、とても追いつけない速さだった。
 そんなキジが跳び箱に挑むと、放課後になっても、居残り練習をしている。吹奏楽部の音色が物悲しく響く中、バスケ部やバドミントン部の生徒たちも、練習しながら、キジのことがそれとなく気にかかっている。
 立ち尽くした彼はただ、ホロ打ちを繰り返し、こう鳴くばかりだ。
「キィーン、キィーン」
 O先生が、叱咤する。ピシッと立っていたジャージの襟が、もうへなへなになっていた。
「ブレーキばっかかけてないで、早くペダルを漕げ!白鳥のように舞うんだ!」
 その言葉に、すっとぼけた彼の表情が一変した。真っ赤に染まっていた。まるでこう主張しているようだった。「自分、キジだし!白鳥ちがうし!自転車ちがうし!」。
 ホロ打ちをやめたのは、迷いがふっきれたからだろうか。さっきまでのとまどいが嘘のようだった。何かやってくれそうな気配が漂っていた。いよいよそのときが来た。
 助走をつけて、踏み切り板を蹴る。
 目の前に6段目がある。
 激突する。
 6段目もろとも吹っ飛んだ身体が、劇画調に落下する。
 ものすごい反響音に、帰り支度を始めた生徒たちの視線が集まった。
 悔しさで、彼のつぶらな瞳からほろろと涙がこぼれた。
 時間はかかったが、果敢に挑んだ彼を批難する者は誰もいなかった。
 O先生が、へなへなになったジャージの襟をピシッと立て、彼に寄り添った。どんな言葉をかけるべきか、O先生自身も迷っていた。これほど見事に失敗するさまは、長い教師歴でも初めてだった。そこに、清々しさすら感じたほどだ。一瞬間を置いて、踵を返した。
「さっさと帰り支度しろ」ぶっきらぼうに続けた。「オレんちで芋煮鍋でもいっしょに食おう。山形産のいい里芋が手に入ったから。カミさんが用意してくれてる。・・・勘違いするなよ、けっしておまえをダシなんかにしたりしないから・・・・」
 その言葉で十分だった。跳び箱なんて飛び越えなくても良いのだ。ぶっ壊したっていい。というのも、跳び箱の後は、期せずして、新しい関係性が生まれる場合があるからだ。
 吹奏楽部の音色もやみ、ほっとした生徒たちはみな帰った。
 O先生のジャージの襟と、折れ曲がった彼の長い尾っぽの先が、窓から射す夕日に照らされていた・・・。
 ケーン(キジ)もほろろ―このことから、『けんもほろろ』という諺が生まれたのは言うまでもない。そして、これには続きがある。
「跳び箱の後は芋煮鍋」
 災い転じて福となす、に似ている。併記として、こんな意味もある。
 ―O先生は山形出身でもないのに芋煮鍋を好む。
 新しい諺の誕生である。


(写真・文 写真原人)





   『迷子の季節』



 

 入道雲を後ろにして、長い坂道を登る。そんなとき、ふと、浮かんでくる映像がある。ちょうど半年前、同じ坂道を登りながら吐いた白い息のこと。身も心も萎縮しがちなあの季節を何とかやり過ごした―。そんな思いがあるのに、汗で背中にはりついたシャツに風を送りながら、あの寒さが、懐かしく、恋しく思い出される。酷暑のきびしさも、いずれそんなふうに感じるのだろう。不思議なことだった。
 季節ごとに染まる色にも、それ以外の季節の色が溶け込んでいる。過ぎ去った季節は遠くに行ったわけでもなく、迷子になって泣きじゃくってるわけでもない。思い出せば届く場所にあるのだ。そう考えれば、何もかも途切れず、今ここにある、ということを、ささやかながらにも実感できるかもしれない。

 いつのまにか、土手や畦の枯れ草、街路樹の枯れ木に緑が息づている。気にもとめなかった存在たちがにわかに主張し始める。まるで眠りから覚めるように、大きく伸びをして、立ち上がるかのようだった。われわれが毎日の生活を送っている間にも、光を求め、新しい道を少しずつ歩んでいたのだ。桜の開花よりも、季節の移り変わりの見事さを、そこに感じる。

 モンシロチョウが優雅に飛び回り、鳥たちの美しいさえずりが重奏となって響き渡る。この時期、普段は地味な鳥も、一流の歌い手になる。表に出れば、羽虫を振り払い、その傍らを燕が通過してゆく。今までいなかったものが、目の前に現れる。あらゆるものがつながり合って、展開、進行していく。確実に進む季節とはべつに、自分だけが取り残されている―そんな苦い気持ちを、この季節に抱くことがある。
 つられて、人間たちも、方々に出かけるようになる。閑散としていた場所が、急に笑い声に包まれ、活気づく。子供たち、家族連れ、カップル、老夫婦などが、申し合わせたかのように、一同に集う。冬の間、彼らはどこで何をしていたのだろうか―生活していたのだ―。降って湧いたような人出の多さに、そんな疑問さえ抱いてしまう。
 冬の間、ある公園の駐車場は、がらんとしていた。けれど、先日行ってみると、臨時の警備員が立っていた。もちろん、満車だった。すっからかんだったゴミ箱には、ゴミがあふれ返っている。人々の笑い声が、あふれんばかりのゴミに変わった。奇妙なマジックだった。
 夕方になれば、聞き慣れた音楽とともに、園内アナウンスが鳴る。遊具施設の利用時間を知らせるものだった。録音されたもので、ほとんど誰もいない園内に響き、空間の広がりを感じたものだった。それがいつしか、迷子を知らせるアナウンスに変わっている。
「○○くんというお子さんが迷子になっています、心当たりのあるご両親は―」
 一日に何回もあった。それほど多いのだ。迷子の子供は不安がり、しきりに両親を呼ぶ。一方、探していた親たちはアナウンスに安堵する。迷子になったことがなぜか心地よく、このまま遠くへ行きたいな―そんな子供も中にはいるかもしれない。誰々の何々、という縛りから解き放たれ、嬉しくなる。
 子供は迷子になるようにできている。

 昨年の秋口、なじみの海浜公園の松林に、ゴイサギが巣を作っていた。
 よく行く公園だが、初めて見る光景だった。20羽ぐらいいただろうか。コサギたちも混じっていた。人を怖れることもなく、夜になっても、「チュエッチュエッチュエッチュエッチュエッチュエッ、クワアッ、クワアッ」と彼らの鳴き声は騒がしかった。

 公園の管理員たちは困っていた。松林の下には、遊具施設があった。ゴイサギやコサギの雛たちの夥しい糞で、子供たちが遊べない、と近くの住民から、クレームがあったという。同時に、せっかくだから保護せよ、という声もあった。管理員たちは戸惑っていた。
 糞の他にも困ったものがあった。雛たちの死骸だった。毎日、どこかに落ち、撤収しなければならなかった。
 何かの拍子に巣から落ち、カラスや野良猫の餌食になるのだ。羽が生えそろわないこの時期、飛ぶことはできない。ゴイサギだけでなく、コサギの雛の死骸もそこらに転がっていた。そのすぐ隣には、卵の殻が落ちていた。ついこの間、自分で突き破ったものかもしれなかった。頭上では、それぞれの仲間たちが、休まず鳴き続けていた。西日が差す頃、戻ってきた親鳥に向かって、精一杯口を広げる。兄弟や仲間とも小競り合いを重ね、成長していく。時が経てば、羽ばたきの練習を始め、やがて、そこらを飛び回るようになる。飛ぶのがうれしくてしょうがない。特訓の末、やっと自転車に乗れるようになった子供のようだった。
 松林のてっぺんに立ち、彼らは空を見上げる。空高く飛び回る自分の姿を想像しているのか。やはり、鳥たちは『空の申し子』なのだ。

 
 はじめ発見したときは、何かの間違いだと思った。
 この写真のように、巣から転落したのか、ゴイサギの幼鳥が、地上にひっそり佇んでいた。地元の自然資料館に問い合わせたが、ほうっておくのがいちばんだという。まわりに転がる雛と同じ運命を辿るのは、必至だった。物憂げな表情で、ただ立ちつくしていた。
 天気の良い日、地上で居眠りする彼に出くわしたことがあった。驚いて逃げたのは、ほぼ同じ目線の高さで、目が合った後だった。慌てぶりは、人間とあまり変わらない。とことこ歩いて、物陰に隠れた。通常の鳥なら飛ぶ場面だった。微笑ましくも、ほろ苦くもあった。
 何を食べ、栄養をとっていたのかわからない。地面や草を何度もついばみ、何だかもの悲しい顔をして、空を見上げる。人が近づくと、堤防沿いの木陰に隠れ、じっとしていた。ある夜、親鳥が遊具施設の上に立っていた。彼を見守るようだったが、餌を与える場面は一度も見たことがなかった。
 地上の鳥になってしまった彼は、まるで迷子のようだった。仲間たちはもうそこらを飛び回っている。途方に暮れ、決まりきったこれからを静かに受け入れる。そんなふうにも見えた。
 ところが、何日か経ったある日、突然、彼は両翼をばたつかせ、松の木を登り始めたのだ。急傾斜も平気だった。身体の割に大きな脚で、木肌をしっかりとらえ、ぐんぐん登っていった。あっという間に、手の届かない高さまで達した。弱りきったように見えたが、こんな力強さを秘めていたのだ。驚きだった。生き残るという本能に従い、何をどうすればいいのか、選択した結果なのだろう。地上にいるより、木の上のほうが数倍、安全だった。
 それから、日増しに上へ上へと登るようになった。松の枝に埋もれ、探すのに手間取るほどだった。夥しい糞が残るいつもの定位置には、戻らなかった。羽ばたいて地上に降りても、たくましく登ってゆく。飛び回る仲間のもっと上を見つめるかのような眼差し。空への欲求は、揺ぎなかった。
 しきりに羽ばたくようになったのは、その後だ。
 枝の先端まで慎重に歩き、向かいの木をじっと見つめている。明らかに飛ぼうとしていた。木との距離、自分の現段階の能力と可能性を見極め、行くか、行かないか、考えている。飛ぶ立つ準備はできている。けれど、まだ怖い―そんな感情が読み取れるようだった。何度も躊躇しては、諦め、しばらくして、また挑む。その繰り返しだった。
 きっかけとはあってないようなものかもしれない。ただ彼の中で、何かが閃き、あふれた。
 その瞬間、宙を舞っていた。向かいの木に着地すると、今までとは違う世界を知っていた。心を落ち着かせるように、バランスを保った。
 もう大丈夫だった。高みに登れば、他の仲間と見分けがつかなくなった。
 やがて、呼ばれた空に応えるだろう。
 遅れはした。苦い思いもした。とまどいの季節を過ごした。
 彼はもう迷子ではなくなっていた。

 
 小雨まだ残る海浜公園に、人の姿はなかった。
 凪いだ海と同じように、松林は静かだった。曇天で黒ずんで見える松の枝や葉があるだけだった。
 声も、姿も、巣も見当たらなかった。
 散った桜が、雨に濡れた地面で、もう一度咲いていた。


(写真・文 写真原人)





   『3年目の永遠』




「腹時計」
 などと人は平気で言う。
 旅先で、見知らぬ男女が意気投合する。連絡先を交換し、後日、再会する約束を交わす。
 約束の当日、男のほうが遅れた。待ち合わせは6時のはずだった。ところが、7時になっても、まだ来ない。電波が届かない場所にいるのか、連絡も取れない。すっぽかされたと感じた女は、怒って帰ってしまった。
 良い顔は旅先だけ。何度も騙された。許せないのは、相手じゃない。軽はずみに信じてしまった自分が許せないのだ―。
 そう女が、地元の飲み屋の大将に愚痴っていると、メールが来た。約束した男からだった。こんな文面が記されていた。
「ごめん、言うの忘れてたよ。6時と言っても、あれは僕の腹時計のことなんだ。だから、世間の、例えば、グリニッジ標準時だとか明石の子午線だとか、電車のダイヤとかの時間じゃなく、その、夕方、僕の腹が『グー』となる時間が、僕の6時なんだ。つまり、他の人とは時差があるってことなんだ。ちゃんと説明しておくべきだったよ・・・」
 難しい説明で女はよくわからなかったが、なぜかほっとしてもいた。「じゃあ、今、あなたの腹時計は何時よ?」
 そう送り返した。
「グーが2回鳴ったから、8時だよ」
 腕時計は10時だった。いつの間にか、返信する女の指が軽やかになっていた。本人ですら気づいてなかった。
「標準時と2時間の時差ね」
「うん、すごく正確なんだ」
「こっち来ない?」
「うん、行くよ」
 合流した二人は、再会を喜んだ。酒の力だけじゃない。旅先よりも親密になっていた。
 腹時計のおかげだった。

 

 あなたもご存知の通り、鳩は時計に使われがちな鳥だ。
「鳩時計」
 決まった時刻に巣箱のような穴から、鳩が顔を出す。
 ポッポーポッポー。
 のどかで、どこか哀愁を帯びた声。コタツでうとうとしている間も、鳩は待機し、きっちり時間を知らせてくれる。伝書鳩に利用されるように、律儀な鳥だった。
 誰が思いついたのかわからない。例えば、こんな時計があったらどうだろう。
「蛇時計」
 3時のおやつになると、穴からぬるっと顔を出す。ちろちろ動く舌先や妖しく光るぬめりも克明に再現されている。
 そして、こう叫ぶ。
「シャーッ、シャッー」
 威嚇するのだ。3時の威嚇。
 ダイエット志願者は、これで、つい食べがちな3時のおやつを踏みとどまる。それでも我慢できない上級者には、こんなのがある。蛇時計の向かいの柱に設置するものだ。
「蛇取り名人時計」
 3時のおやつになると、小窓から痩せたじいさんが出てくる。年輪刻んだ深い皺や何本か抜けた歯、痰のからみ具合も忠実に再現されている。先がYになった棒を突きつけ、こう叫ぶ。
「そこにいたかー!」
「シャーッ、シャッー」
 両者がやり合う間に、上級者は3時のおやつを存分に満喫する。3時の果し合いは、漁夫の利と肥満を得る。


 オリンピックやサッカーのW杯は4年に一度で、それゆえに、待望もされ、参加者や視聴者などにさまざまな喜怒哀楽をもたらす。開会式などでは、白い鳩が空に解き放たれる。鳩は平和の象徴としても知られる。
 そうでなくても、鳩はそこらへんにいる。珍しい野生動物と違って、極地にいることもないし、動物園で観客の前に立たされることもない。
「ねぇ、パパ、鳩見に行こうよ」
 と子供がねだることも、あまりない。たまたま行った公園で出会えば、子供はすぐ追いかけ回す。
 以前に、こう叫びながら、幼児が鳩を追いかけ回していた。
「こらぁー!はとやろう!」
 母親が苦笑いしていた。「口が悪いなぁ」と。
 ただ生きてるだけなのに、野郎呼ばわりされる鳩も大変だ。
 もちろん、彼らはそんな扱いにも慣れている。子供の暴虐にさっと羽ばたいて、やり過ごす。猛スピードの車もとっさにかわすことができる。反射神経も良いのだ。
 意外と賢い鳥でもある。餌をくれそうな人を見分け、寄っていく。実は、人をよく見ている。危害を加えた人を覚え、以降寄りつくことはない。
 人はあまり鳩を見ない。見たとしても、ちらっと一瞥するだけだろう。ところが、鳩は人をちゃんと見ている。見ていないだろう、と思っている存在に、見られている。電灯の上で羽休みする鳩に、思い悩んだ顔なんかを。

 

 年がら年中、鳩は繁殖する。ピジョン・ミルクがあるから、というのが理由だ。簡単に言えば、餌の乏しい季節でも、体内に蓄えた栄養を雛に与えることができるのだ。
 糞害を引き起こすほどの旺盛な繁殖力―。
 そこらへんで見かけることができるのは、逆に、種としてのたくましさゆえ、と言えるかもしれない。
 そんな鳩の平均寿命は3年と言われている。
 短いのか、長いのか、それはわからない―人間と比べれば短いだろう―。
 3年の間に、数度の繁殖・子育てをする。それを考えれば、かなり密度の濃い一生と言えそうだ。
 今目の前にいる鳩は、同じ場所であっても、3年前とは違う個体だったりする。人間が知らないところで、世代交代が繰り返されている。
 やたらと首を動かし、目をしばたたかせる。忙しなさも、彼らの特徴の一つかもしれない。落ち着きがない、と見えるその内部で、人間とは次元の異なる時間を刻んでいる。鳩自身も突き動かされている。その速さこそ、『鳩時計』なのだろう。
 この写真のつがいも、少なくとも、3年後にはこの世にいない。
 100年前の人物写真を見たときのように、一瞬気が遠くなる。
 そして、3年目の春、お互い、およそ3年越しの想いが実り、やっとつがいになれたのが、この瞬間だとしたら―。
 3年刻む鳩時計は、物語を産み落とす。
 そこには、永遠が刻まれる。



(写真・文 写真原人)




   『ナンデの森から今へ』



 なぜ、はあらゆるものにつきまとう。なぜそこにそれが在るのか、
過去を遡って知ることができたらいいのに、と思うことがある。
 宇宙や地球の誕生、自分の祖先の始まり、チョコボールに目や足、くちばしをつけて、『キョロちゃん』と命名したときの企画会議など、挙げればきりがない。
 実際にその場に居合わせ、目撃できたとしたら―。飲み屋でのちょっとした小ネタになるだろう。
 タイムマシーンですっ飛んで、事の成り立ちを目撃したい。目撃したからには報告したい。酒がまわりきった二軒目の空白の時間を突いて。そんな衝動に駆られる。『へぇー』の嵐がきっと待っている。

「ナマコを初めて食べたやつはえらい!」
 というセリフを口にしたことがある人は、案外、多い。
 そして決まって、こう付け加える。
「なんであんなグロいもの、食べる気になったんだろ」
 何かの内臓がそのまま、飛び出したかのような形状。グロテスク、という言葉はナマコのためにある。そんなことを感じた人もいるだろう。
 確かに、口にしてみるのは、勇気が必要な生き物だ。つるつるしてきれいなものが好きな現代人にあっては、なおさらだろう。
 大昔の人にもそれなりのいきさつがあった。
 遠い昔、人々はけものを追って、日々暮らしていた。飲み炊きのための土器を作った。あるとき、土くれを手に、昔の人は悩んでいた。見れば、ある程度、壷の形はしている。首を傾げる相手に、仲間が問うた。
「どうしたんだ?さっきから首をひねって」
「いや、どうも、しっくりこなくて」
「イケてんじゃん。ちゃんと壷になってんじゃん」
「何か足りない気がしてさ、デザイン的に」
「マジで?それでいいじゃん。ちゃんと壷ってんじゃん」
「何だかなぁ。何かいいアイデアないかな・・・」
 そこに海から戻ってきた仲間の一人が、網籠から、ぶよぶよしてうねうねする地味な色の物体を、どさっと地面に投げた。
 みな顔を見合わせる。?という表情だ。
「何だ?それ!」
「落ちてた」
 ぶっきらぼうに答える。仲間から、変わり者扱いされてる男だった。
「落ちてたって、どこに?」
「海」
 それきり黙って、海からの男は、小屋掛けの筵で寝転がった。こうなったら、目が覚めるまで、誰が呼んでも男は起きない。
「あいつは、いつもそうなんだ。いっつも要らないものばっか拾ってきてさ。何の説明なしに。いったい、どうしろって言うんだ、こんなもの!」
 と相談を受けてた男が、地味な色の物体を蹴飛ばした瞬間、土器作りの男が叫んだ。
「閃いた!」
 地味な色の物体を慌てて拾い、半乾きの土器に押し付けた。表面に物体のイボイボの文様がかたどられた。見たこともない柄だった。何もない空間に『美』が生まれた。
 早速、おこした火の中に入れた。激しく燃える炎を見つめながら、軽い酔いにも似た感情に彼は満たされた。会心の作、という予感に、胸が高まった。
 気づけば夜になっていた。気配を感じ、振り向いた。
 海からの男は、もう起きて、土くれまみれの地味な色の物体を岩にぶつけ、飛び出した中身を、「酒のアテにぴったりだ」と頷きながら食らっている。
 何だかんだ言って、頼もしいやつだ―この壷が焼き上がったら、そいつをアテに一杯飲ろう―。
 海からの男の名は、『ナマコゥ』と言った。それにちなんで、土器作りの彼が、地味な色の物体を命名した。それから、時代が進むにつれ、ちっちゃい『ゥ』が取れて、現在の『ナマコ』となった―。
 こうして、ナマコの命名、それを食す習慣の他に、新たな歴史が生まれた。
 ナマコ式土器―。
 縄文時代よりずっと昔に作られたと言われる。残念ながら、発掘された事例はまだない。


 この写真の主人公の始まりも、そんなふうに解き明かせたらと思う。
 この池の鴨類は彼だけだった。日中、アオサギやコサギ、ダイサギなどが獲物を狙ったり、羽を休めたりしている。まわりは小さな団地だった。渡り鳥が飛来することもあるようだが、まだ見たことがない。水面の落ち葉が、桜の花びらに変わっても、彼は一人だった。泳いだり、餌をついばんだり、誰に向かってかは知らない―ときどき、鳴いたりする。ちゃかすように、ハクセキレイが頭上を飛び回る。
 いつからそこに居るようになったのかは、わからない。かつて仲間が居たかどうかも。そして、日々、何を思うのかも、わからない。
 ときどき、こんなふうに思うことがある。
 目の前の鳥に変身できれば、と。そうすれば、警戒されることなく、いっしょに話ができる。何を感じ生きているのか、知ることができたら、率直にうれしい。タイムマシーンに乗って、時空を超えるように、種を超えて、出会う。知らない世界とは、そんなことを言うのだろう。
 四次元ポケットにはきっとある。タイムマシーンの隣に陳列されたりして。大昔の人たちも夢見た道具かもしれない。そんなものはどこにも売ってない。この広い世界、肝心なものほど、売られていない。
 好き勝手に泳いで休む彼の時間に寄り添って、シャッターを切る。ファインダーの中で、対話する。感情や魂、みたいなものが垣間見れる。その一瞬は幻想に過ぎない―としても。 
 なぜそこに在るのか、誰にもわからない。
 遡ることができるのは、それぞれの思い出が尽きる―あのぼんやりとした霧のようなところまで。その先は、謎に帰す。
 たゆたう水に浮かび、彼は今を生きる。



 (写真・文 写真原人)