修士の学生が修士論文を提出し、修士論文の最終口頭試問対策のために、研究会を開いた。
同じ研究室だけでなく、他の研究室からも参加があり、さまざまな分野の研究発表を聞けた。
同じ教育学であるが、その対象は多岐にわたる。
出来は、どうあれ、卒業、修了めざしてがんばりましょう。
さて、その中で、満州の日本語教育を研究対象とした発表があった。
内容はともかく、言語を対象とするということのむずかしさをしりました。
この分野に自分自身がまったく無知なために、どうだこうだとは言えませんが、
時代とともに言語が変わるというよく言われることを想像させてもらった。
特にだれの論文かしらないが、「協和語」とかいうものが存在したそうな。
一種の俗語と理解してよさそうなので、ここではそう理解するが。
こういった特殊な時代、社会背景でもやはり俗語は存在したんだろうなぁ。
きっとこういう「俗語」を研究対象にしたものもあるんだろうけど。
どういう俗語があったんだろう。
かつて朝鮮では、教育勅語の冒頭をこういって遊んでいたという話を聞いたことがある。
「朕惟ふに…」
これをハングルにすると、「チンオモーニ」。
「お母さん」という意味になる。
民衆の知恵というか、この政府やら社会やらとはかけはなれた生活力(今はやりの-力って便利だねぇ)。
この権力をバカにしちゃう感じが好きです。
俗語とは少し話がそれましたが、「当時の言語」は、想像・理解しがたいことが多いだろうな。
とつくづく思う。
それは、たとえば、今の俗語を見てもわかる。
日本語俗語辞典
こんなのが俗語としてまかり通ってるわけですよ。
歴史ってのは奥が深いねぇ(この感想自体が歴史学に無知な証拠ですが)。
でも、歴史に限らず、この俗語を理解するという問題は、現代韓国を対象としている僕にも当てはまる。
それは、韓国語の俗語を理解できていないからである。
ただでさえ韓国語の単語を覚えるのに必死なのに、実際巷で使われているのは、ほぼ俗語。
外国人研究者には、俗語を含めた隠喩などの表現をいかに理解解釈していくかが大きな壁だと思う。
ということで、近々また韓国に行きたいと思います。