先月より、セブ島バナナチップスが在庫切れ状態となってしまっております。
ネットショップでご注文頂いているお客様、取引先の皆様、セブ島バナナチップスを買いに取扱店へ足を運んでくださってるお客様、本当に申し訳ございません。
5月中旬には遅くても入荷の予定だったのですが、想定外の事が続いて未だ現地で出荷できておりません。
遅延の理由には主に3点ほどあります。
そもそもは、昨年末の台風被害により、セブ北部の作物が壊滅的な被害をうけたことです。
それによりセブの流通してる作物価格が1~3割と上昇しました。
と、同時に、セブ島バナナチップスの仕入れ先が減ってしまってバナナの入荷が困難になってしまいました。
とはいえ、深刻な食糧危機でもないわけで、普通に手に入れる事はできたはずなのです。
2つめの理由が、猛暑日が続いた事です。
現在も引き続いて、雨が降らず、猛暑日が続き、作物への被害が大きくなっています。
Kapwaが提携している孤児院では、週に1度の消防車の給水に生活用水を頼っている状況ということです。
バナナはといいますと、食べられるものの、生産者のアイクさんいわく、バナナチップスの品質が劣化してしまい、食感と風味に影響してしまう。
という判断から、輸出を断念したようです。
ちなみに現在、国連食糧農業機関により「パナマ病TR4」(過去に世界的にバナナの脅威となったパナマ病の新型らしいです)が世界的に流行していると4月半ばに警報発表されました。
一応、うちのものは検査結果で問題なかったのですが、今後世界的なバナナ不足になる可能性があるかも…?
セブ島バナナチップスはカルダバ種ですが、日本で主に食べられるキャベンディッシュ種がこの病気に弱いらしいです。
さて、最後にですが、セブで十分な量のバナナが手に入らず、品質も低下してしまっている為
アイクさんが独断でミンダナオ島へ渡って、先月末からミンダナオのダバオで製造しました。
仕入れは、小規模農家から無農薬のものをというスタイルは変えず現地で仕入れと調理は終えたようです。
ただ、その間、連絡がほとんどとれず、アイクさんは輸出の手続きもしていると言っていたのですが、
いろいろな勘違いがあったようで未だ輸出の手配が整わず、現在にいたります…。
味とミッションにこだわった生産者の決断…。連絡さえこまめにもらえればこちら側からもいろいろと対処できたのですが。
本日、電話でやり取りしながら、空輸と船便での輸出の手配を進めたところです。
空輸は2日ほどで済みますが、運送会社のスケジュールもあるし、船便も早ければ1週間ですが2週間かかる事もあります。
6月10日には、ネパールへ出張するため、間に合うのか不安でいっぱいです…。
という事で、私も不安でいっぱい。おそらくアイクさんも不安でいっぱい。
お客様には大変長らくお待たせしてしまい本当に申し訳ございませんが、諸事情ご理解の上、もうしばらくお待ちください。
これからもセブ島バナナチップスをよろしくお願いしますー!
P.S.
セブ北部の農家さんたち、被災に加えて、猛暑で大変な生活だと思います。次は8月訪問しますが、元気にやってるでしょうかねぇ~
大変なことになりました。
2週間前にセブより帰国しましたが
2~3月のバナナの入荷がうまくいかなかったようで、バナナチップスの在庫が底をつきそうです。
というか、確実に在庫なくなります。
今週末は代々木公園にてアースデイ東京に出展するのでその在庫分と、
既に発注の予定の入っている、産地直送センターさんの分で在庫がなくなります( ;∀;)
最悪、明日の水曜日に現地で輸出されるはずですが…
今日電話で話した感じだと、難しいかも…
となると、在庫がはいるのは5月になるかもしれません( ;∀;)
また、アクセサリーをつくってるフェアトレード生産者のベレンさん
僕のセブ出発までに終わらせているはずの注文商品が未だ未納品…。
なんだかそわそわして仕事に手がつかない日が続いていますが、こちらからはどうしようもないです(泣)
とりあえずできる事さっさと終わらせて在庫が届いてから販売に集中できるよう頑張ります♪
ということでブログ更新しました!
いろいろ書きたいこともあります。
孤児院と提携して計画していることとか。
6月9~24日でネパールいく事になったこととか。
3月のセブ滞在のことも~
頑張って更新していきたいとおもいます\(^o^)/
2週間前にセブより帰国しましたが
2~3月のバナナの入荷がうまくいかなかったようで、バナナチップスの在庫が底をつきそうです。
というか、確実に在庫なくなります。
今週末は代々木公園にてアースデイ東京に出展するのでその在庫分と、
既に発注の予定の入っている、産地直送センターさんの分で在庫がなくなります( ;∀;)
最悪、明日の水曜日に現地で輸出されるはずですが…
今日電話で話した感じだと、難しいかも…
となると、在庫がはいるのは5月になるかもしれません( ;∀;)
また、アクセサリーをつくってるフェアトレード生産者のベレンさん
僕のセブ出発までに終わらせているはずの注文商品が未だ未納品…。
なんだかそわそわして仕事に手がつかない日が続いていますが、こちらからはどうしようもないです(泣)
とりあえずできる事さっさと終わらせて在庫が届いてから販売に集中できるよう頑張ります♪
ということでブログ更新しました!
いろいろ書きたいこともあります。
孤児院と提携して計画していることとか。
6月9~24日でネパールいく事になったこととか。
3月のセブ滞在のことも~
頑張って更新していきたいとおもいます\(^o^)/
ボランティアやってみようかなと、思っている人の足を踏みとどまらせるものの一つが。偽善の存在。
社会の為に、誰かの為にと思ってやりたいなと思っているんだけども、この気持ちは偽善なのかもしれないなぁ…。
そんなことで悩んでる人が意外といたりします。
実は、これは日本独特の事なのですが、僕の考えを紹介します。
●善と偽善の違い
虚栄心や利己心からくる意欲であれば偽善、本心や良心からくる意欲ならば善意。
「貧しい子供がいる実態をしってなにかしたいと思った。」こういう思いが本心として真っ先にあったのであれば偽善ではないと思います。
●偽善のボランティアの例
では、偽善のボランティアってどんなものなのだろう。
ということでいくつか典型的な例をあげてみます。これらと比べれば自分は偽善者ではないと胸を張れると思います。
・企業がブランドのイメージアップの為だけに寄付をして、寄付したことをアピールして利益の回収を目指す。
・青年海外協力隊にいけば、その国のトップの人や、企業のお偉いさんとつながりができて途上国で起業してチャンスをつかみたい自分にとっては有利らしい。だから青年海外協力隊にいく。
(※青年海外協力隊は青少年の育成を目指すものでもあるので、ボランティア精神ないからといっていけないとかそういう事にはならないと思いますよ。)
・テレビでボランティアしてる人が称賛を浴びていた。自分もあんなに褒められたい。ボランティアしよう。
・あのボランティアサークルで自分の好きな人が活動しているらしい。自分もあのサークルでボランティアしよう。
●善と偽善の境目なんてそもそもない
善良であることを偽る事が偽善。
何が偽善で何が自己中心的なのか。そんなことは考えたらきりがありません。
だれもが認める普遍的な境目は存在しないのです。
人間は基本的に欲求をもち理性でコントロールして行動するだけのものですから、完全に無垢な善意なんて論理上成立しないことになります。
●自分の意志を持つことが大切
また、現場で働いている者から言わせていただくと、支援者の意志が偽善か善意かなんてどうでも良いのです。
1日1食で過ごす子供に差し出された食べ物がどういう経緯でもたらされたにせよ、命をつなぐ食べ物であることにかわりありません。
支援者の動機がどうであれ、その結果によって人の命が救われる事があるのです。
それに、よこしまな考えで行動を起こしたことをきっかけに、行動している内に本心から誰かを救いたいと動きだす人もいます。
とりあえず、偽善でもなんでもいいから、自分はこうしたいんだっていう自分の意志をはっきりさせておく事が重要です。
●なぜ海外の人達を支援するのか
国際協力で特に言われる事です。僕は幸いにも直接こんな事を言われた事ないですけど。
簡単に個人的な見解を示すと「衣、食、住、すべてにおいて日本の生活は海外からの輸入、海外の人達に頼っているのだから、国が違う事で線引きをするのはおかしい。」
より論理的に国際協力の意義とは、以下の3つに大分できると思います。
・道徳
いうまでもないので省きます。
・責任(義務)
かつて日本が他国から支援をうけていたように日本も他国へ支援しなければいけないという義務。グローバル社会を構築し、それを先導している先進国として社会的に弱い立場にある途上国を支援するべきという義務。また、日本は途上国から安価に物を買い取っており、それも貧困を導いているという事からの責任。
・外交(日本の為)
国際社会における日本という国が友好国をつくるという事。また、過去の謝罪という意味合いのもの。そして、貧困がテロや戦争、疫病につながるという点から、リスク回避という意味合いでの自国防衛という事。
●そもそもボランティアを勘違いしてる日本人
日本ではやたらとボランティアが美化されていたり、偽善の代表的なものになってしまっている感じがあります。
日本の文化としてボランティアというものがもともとなかったので少し歪んだ解釈がなされていることがあるのは仕方のないことなのかもしれません。
日本は社会の問題は町内会のようなところでみんなで解決しようと動き出すか、政府にまかせるのが一般的なことでした。ボランティアが一般的に普及するのは阪神淡路大震災以降です。(NPOは98年)
スウェーデンでは9割の人はなんらかのボランティア組織に属しており、平均して1か月で6時間ものボランティアを行っているというのです。
しかしながら、ボランティアとはそもそも「自主的に無償で社会に奉仕する活動」であり、偽善であってはいけないなんて事でもないです。
スウェーデンは国柄として組織づくりが盛んなので、組織に属しているから仲間の為に、仲間と一緒にする活動としてボランティアがあるだけだったりします。
チャリティで有名な国、開発学で最先端をいくイギリスでは、キャリア教育、市民教育としてのボランティアの位置づけがあります。義務教育でボランティアをちなみに、大学在籍中にイギリス人教諭にボランティアについて聞いてみたら、「なんだかわからないけどイギリスにいたらボランティアするけど日本にいたらしないね。」と言ってました。
そもそもボランティアを勘違いしてる日本人といっておいてなんですが、ボランティアの解釈、定義は国によっても違ったりするものです。
ただ、日本では少し歪んでとらえられてる事が多く感じられます。
このまま話を進めると、わけのわからないところまで話が飛んでしまいそうですね。とりあえず、ボランティアをやる理由なんかは偽善でもなんでもいいから、自分はこの活動がやりたいんだっていう自分の意志が重要なんだと思います。
社会の為に、誰かの為にと思ってやりたいなと思っているんだけども、この気持ちは偽善なのかもしれないなぁ…。
そんなことで悩んでる人が意外といたりします。
実は、これは日本独特の事なのですが、僕の考えを紹介します。
●善と偽善の違い
虚栄心や利己心からくる意欲であれば偽善、本心や良心からくる意欲ならば善意。
「貧しい子供がいる実態をしってなにかしたいと思った。」こういう思いが本心として真っ先にあったのであれば偽善ではないと思います。
●偽善のボランティアの例
では、偽善のボランティアってどんなものなのだろう。
ということでいくつか典型的な例をあげてみます。これらと比べれば自分は偽善者ではないと胸を張れると思います。
・企業がブランドのイメージアップの為だけに寄付をして、寄付したことをアピールして利益の回収を目指す。
・青年海外協力隊にいけば、その国のトップの人や、企業のお偉いさんとつながりができて途上国で起業してチャンスをつかみたい自分にとっては有利らしい。だから青年海外協力隊にいく。
(※青年海外協力隊は青少年の育成を目指すものでもあるので、ボランティア精神ないからといっていけないとかそういう事にはならないと思いますよ。)
・テレビでボランティアしてる人が称賛を浴びていた。自分もあんなに褒められたい。ボランティアしよう。
・あのボランティアサークルで自分の好きな人が活動しているらしい。自分もあのサークルでボランティアしよう。
●善と偽善の境目なんてそもそもない
善良であることを偽る事が偽善。
何が偽善で何が自己中心的なのか。そんなことは考えたらきりがありません。
だれもが認める普遍的な境目は存在しないのです。
人間は基本的に欲求をもち理性でコントロールして行動するだけのものですから、完全に無垢な善意なんて論理上成立しないことになります。
●自分の意志を持つことが大切
また、現場で働いている者から言わせていただくと、支援者の意志が偽善か善意かなんてどうでも良いのです。
1日1食で過ごす子供に差し出された食べ物がどういう経緯でもたらされたにせよ、命をつなぐ食べ物であることにかわりありません。
支援者の動機がどうであれ、その結果によって人の命が救われる事があるのです。
それに、よこしまな考えで行動を起こしたことをきっかけに、行動している内に本心から誰かを救いたいと動きだす人もいます。
とりあえず、偽善でもなんでもいいから、自分はこうしたいんだっていう自分の意志をはっきりさせておく事が重要です。
●なぜ海外の人達を支援するのか
国際協力で特に言われる事です。僕は幸いにも直接こんな事を言われた事ないですけど。
簡単に個人的な見解を示すと「衣、食、住、すべてにおいて日本の生活は海外からの輸入、海外の人達に頼っているのだから、国が違う事で線引きをするのはおかしい。」
より論理的に国際協力の意義とは、以下の3つに大分できると思います。
・道徳
いうまでもないので省きます。
・責任(義務)
かつて日本が他国から支援をうけていたように日本も他国へ支援しなければいけないという義務。グローバル社会を構築し、それを先導している先進国として社会的に弱い立場にある途上国を支援するべきという義務。また、日本は途上国から安価に物を買い取っており、それも貧困を導いているという事からの責任。
・外交(日本の為)
国際社会における日本という国が友好国をつくるという事。また、過去の謝罪という意味合いのもの。そして、貧困がテロや戦争、疫病につながるという点から、リスク回避という意味合いでの自国防衛という事。
●そもそもボランティアを勘違いしてる日本人
日本ではやたらとボランティアが美化されていたり、偽善の代表的なものになってしまっている感じがあります。
日本の文化としてボランティアというものがもともとなかったので少し歪んだ解釈がなされていることがあるのは仕方のないことなのかもしれません。
日本は社会の問題は町内会のようなところでみんなで解決しようと動き出すか、政府にまかせるのが一般的なことでした。ボランティアが一般的に普及するのは阪神淡路大震災以降です。(NPOは98年)
スウェーデンでは9割の人はなんらかのボランティア組織に属しており、平均して1か月で6時間ものボランティアを行っているというのです。
しかしながら、ボランティアとはそもそも「自主的に無償で社会に奉仕する活動」であり、偽善であってはいけないなんて事でもないです。
スウェーデンは国柄として組織づくりが盛んなので、組織に属しているから仲間の為に、仲間と一緒にする活動としてボランティアがあるだけだったりします。
チャリティで有名な国、開発学で最先端をいくイギリスでは、キャリア教育、市民教育としてのボランティアの位置づけがあります。義務教育でボランティアをちなみに、大学在籍中にイギリス人教諭にボランティアについて聞いてみたら、「なんだかわからないけどイギリスにいたらボランティアするけど日本にいたらしないね。」と言ってました。
そもそもボランティアを勘違いしてる日本人といっておいてなんですが、ボランティアの解釈、定義は国によっても違ったりするものです。
ただ、日本では少し歪んでとらえられてる事が多く感じられます。
このまま話を進めると、わけのわからないところまで話が飛んでしまいそうですね。とりあえず、ボランティアをやる理由なんかは偽善でもなんでもいいから、自分はこの活動がやりたいんだっていう自分の意志が重要なんだと思います。