今ある拒食症の子ども達が出てくる小説を
読んでいます。
何年も前に娘が紹介してくれたんだけど、読む気に
ならなくて、放置していた。
ちょっと読んでみようかなって思って、軽い気持ちで
読んだら・・・かなりグロいので、題名はヒ・ミ・ツに
しておきます。
ただね、登場人物の台詞が的を得ているのね。
主人公の精神科医の台詞
「カウンセリングに来た母親が悩んでいたのは、
不良グループに入っているという三女のことなの。
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でも、問題なのは長女と次女よ。
父親への不満をおとなしい母親にぶつけられず、骨と
皮になっていたの。
もっとも母親に言わせるとふたりは成績もよく、外泊など
縁がない自慢の娘達だったんだけど。
非行という形で不満を爆発させた三女の方が健全だ、と
私はいったわ」
「拒食症の患者から親への恨みつらみを引き出すのは、
時間がかかるの。
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一度親をクソミソにけなす悪い子にならないとね」
そ~ねぇ~私たち親が意識して子どもをコントロールしようと
しちゃうところは、意識しているだけに、直していけると思うけれど、
意識していないところでのコントロールは、時としてそのコントロール
を「無償の愛」だと勘違いしちゃったり、「子どものため」なんてきれい
事にしてしまったりするから、
クスミソに言われる事も大切だと思う。
でも、これって親が泣かされる時期だよねぇ~
泣いて、泣いて、泣いて、それでも、
これでもか!って思うほどあんな事もこんな事も言われる・・・・。
私の場合はその殆どが覚えていないことだった。
子離れ、親離れの儀式なのかな~。
子どももつらいし、親もつらい。
では、次は拒食症の子どもの台詞
「いつもいつも子ども扱い。ママは先へ先へと何でもしてくれる。
それはそれはきちんとした主婦よ。
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花嫁学校の校長先生の席が空いたらまちがいなく推薦する。
でも、わたしの聞いて欲しいこと、して欲しくないことについては
何ひとつ耳に入らないの」
子どもに幸せになってほしいから、先へ先へと何でもしちゃう。
それが結果的に子どもを追い詰めることになる。
親は善意だと思っているから、余計始末に負えないのかも・・・。
「こんなに子どもの為を思ってしているのに・・・」
って思ったら、今までの自分がやってきた事を否定されたようで
なかなか受け入れられないよね。
否定されてるわけじゃないんだと思う。
ただね、もう先へ先へと親がやってしまう子育て期間の終了なん
じゃないのかな。
これからは、今までとは違う親子になっていく。
その為には、子どもの話しに耳を傾けて、子どもの応援者に
なっていく事が大切なんだと思った。
グロい小説の中に見出した真実に近い言葉。
私はダンナが忙しいというので、ダンナの仕事を
彼女は私と同じ歳。
昨日は「しゃべり場」でした。