相互性にはちゃんと関係があるはず。 | にゃんともワンダーランド

にゃんともワンダーランド

猫ばっかの我が家の日常とオタクな話で進行していくと思います。猫好きさん、オタクな方はどうぞ。
ご指摘などは常識の範囲内でお願い致します。

こんにちは、ネコバッカ王国です!

きりっとした横顔☆

最近動物虐待、動物虐殺などの凄惨な事件が各所で起こっておりますね。非常に嘆かわしいことですが…。この手の事件は単独で複数起こしていることもありますし、ニュースなどの報道により模倣犯が出てくるなどありますね。ニュースに取り上げられているのもごく一部だと思われることが本当に嘆かわしいことであり、かつ刑罰にあう犯人というのはひどく少なく法律上モノにあたる彼ら動物への取締りはやたらと甘いところがありますし…。もっと生き物にたいして共生することを考える世になってほしいと思います。法律上モノになるのならばモノに対する取り締まりをもっとしっかりして欲しいですね。

こういった動物を蔑ろにする大人(過去はこどもでありましたし、ヒトと表現致します)は危険性のある人物です。こどもであるならば将来人畜ともに脅かす存在になる可能性があるとまでいわれています。まぁ単当直入に言えば犯罪を起こしかねないということです。それであるからしてこどものうちから親やその他周りの保護者陣が気をつけて万が一の際は早期発見を怠らないことが大事です。

決して間違ってはいないと思いますが、問題への対策はこれだけなのでしょうか?こどもへの注意換気のみなのでしょうか?大人側は口しか動かさないのしょうか?

別にボランティアをしろといっているわけではないですし、動物飼ってみろなんてことは言いません。そんな安易なことは言えません。決意のかたまっていない方に無理強いはしません。

ヒトビトは普段動物へどう接しているのでしょうか。勿論それはヒトによって違うとは存じますが、デリケートで視野の広いこどもの目にはきちんと見えていますし感じとることができます。
例え動物と暮らしていてもただ飼っているだけであればそう感じるでしょうし、動物を蔑ろにする視線を持っていればそういうものなんだろうと思うでしょう。いつも口にする美味しくなって来てくれた畜産動物への感謝の言葉や(建前だとしても)想いがなければそれでいいんだろうと思うでしょう。
例えばですが。学校などで飼育している動物が亡くなってしまって可哀想だと感じお墓を作り手を合わせるのと、死んでしまって仕方ないねと言い学校のどこかへ埋めておこっか、というのでは大分差がありますね。
大事に想うことが大事であり、それを伝えてあげることが大事なのではないのでしょうか?伝えてくれない大人、伝えてくれないヒトビトの周りでこどもはどうやってそれを吸収するのでしょう。勿論何処かしらでこれはよろしくないと思い気付くこどももいるでしょう。でも大人の背中を見て育つといわれているほどです。大人がこどもに与える影響は大きいと思われます。
相手は自分の鏡。目をそらさないことが大事ですね。



ペット産業への靡きを次の幸せを現在待つ子達へ流れを変えるために、ヒトビトの意識改革はとても大事であり、それは動物虐待、動物虐殺をなくすためにもとても必要だと思っております。
もっとシェルターや愛護センターの存在実態を知っていただきたい。飼うか飼わないかはそのヒトビトの環境もありますから一概に言えないところはありますので伏せますが。知ることはとても大事です。
動物まで、こどもまでどうか視線を下げて大人の物差しを変えてみてください。