下の子が放ったことば
「お母さんの二の腕を噛みたい」
今日読みたいからって買ってあげた
君の膵臓をたべたい を
パロディにしたようだけど
その歳でそれしに来たら
ただのマザコンど変態だぞ
「だって柔らかいし」
まだまだ赤子よの
下の子が放ったことば
「お母さんの二の腕を噛みたい」
今日読みたいからって買ってあげた
君の膵臓をたべたい を
パロディにしたようだけど
その歳でそれしに来たら
ただのマザコンど変態だぞ
「だって柔らかいし」
まだまだ赤子よの
児相の職員さんが来た。
春に年初の子どもたちの様子や気になることなど
定形の報告書で伝えた後に、
夏になるとはワーカーさんと里親支援担当が
二三人でぞろぞろやってくる。
最初の一・二年は毎月のように様子を見に来たけど
今はもう信頼してもらえているようで
年初の担当者挨拶と夏の定期訪問くらい。
思春期や受験の問題もあるので大変なのは当たり前。
特にこれと言って話すこともないので
ワーカーさんが子どもたちとお話するときのネタになるよう
近況と褒めポイントを伝えて、子どもたちを呼び込む。
最近は上の子、受験の苦労を実感して
昔以上に児相の職員さんを嫌ってる。
関係ないじゃんて思われそうだけど、
自分がどれだけ怠けていても
常にその中から褒めポイントを無理やり作って
褒めちぎられてきたことに少し怒っている様子。
普通のお家じゃ怒られることなのに
児相は何でずっと褒めてきたんだ?
だから変わろうと思えなかったんじゃないか。
いやいや、それに甘えて遊んできたのはあなた。
人のせいにばかりして自分は悪くないだって?
甘えてんじゃないよ。
どれだけ怒られても指示されても無視して
不機嫌になってきた自分を反省しなさい。
そう伝え続けてきたからか今日は違った。
褒められても
こんなじゃダメなんです。
それを聞いても褒めるばかりの里親支援の職員さん。
上の子の表情が曇る。
ワーカーさんは切り返し、
上の子の思いを汲んで応援してくれた。
今、自分の現実に向かってもがいてるところなんです。
甘い言葉を言う大人をずっと疑ってます。
色んな場面で自分の長所が輝かなくなってきて
自信がなくなってきてるように思います。
でも、努力できない子だから
今回の壁もどこまで頑張れるか…
受験も思い通りにいかない可能性がかなり高いです。
春にどんな結果になっても
この子なりに頑張ってきたはずなので
そこは褒めてあげていただけるとありがたいです。
合格したら一緒に喜んでいただいて、
不合格だったら具体的な支援を
親子ともども頂戴できると嬉しいです。
今のまま不合格だったら自尊心の傷が心配ですが…
私達はとにかくサポートしつつ見守っていくだけですね…
冷静に話しているようで
いろんな不安でぐちゃぐちゃな親の心中。
受験の合格発表まで真に気が休まることはない…だろうね。
いよいよ夏休み入りました。
忙しいです。
asdでadhdの下の子の不機嫌は収まってきたけど
上の子の受験の壁があまりに大きすぎて
キャパを超えかけたタイミングが何度も。
でも、これ以上下げられないレベルにまできてる。
幼い頃から義務から逃げ回って好き勝手遊んできたから
努力することもできない、積み上げてきたものもない。
うちに来てから少しでも楽しみながら
努力と責任を経験させて来たおかげで
受験の夏を迎えてギリギリ最低レベルの高校に
チャレンジさせられるかどうかってところにきた。
でも、上の子も非定型発達のグレーゾーンの上端なんだよね。
だから無理させられないのはわかってる。
でも、今になって勉強だったりスポーツだったり
どれだけ自分が怠けてきたのか、結果どうなったのか
痛感して傷つき始めてるんです。
でも、努力できない、頭がついてこない、
だからいろいろ悩んでいる様子。
高校には行きたい。
みんなのように進学したい。
勉強は駄目だけど続けてきたスポーツを
これからも続けたい。
そのためにも高校に行きたい。
でも、勉強もうキツい…
こんな人生だからこんなことになっちゃったのかな?
施設育ちだから?
実親に幼い頃殴られたから?
そんなことを口走るのを見ていて苦しくなる。
高校進学以外の選択肢も暇見て調べつつ
こんな生活できるよと示してきたけど
やっぱりお友達のことを意識する。
この子の頭では普通高校はかなりの努力が要る。
定時制でも定員オーバーだとキツい…
通信制、サポート校なら…
でも、本人の意思もあるから
難しいだろうけど普通高校進学を目標に
今取り組んでます。
入ったとしても続けられるのかも悩ましいけど…
でも、本人の意思をなにより大切にしつつ
少しでも自信を持ってもらえるよう
徹底的にサポートしていくことにしました。
というわけで、説明会、学校見学、体験入学、体験入部
もうママも付き添いでスケジュールぎっしり。
下の子の部活だの、二人の塾だの
送り迎え、洗濯、スケジュール管理、
もう暇なし。
そんな最中に小学校の時のスポーツ少年団のチームから
中3のOBOGの子どもたちでチーム作って
ちょっと小さな大会にお祭り的に出ないかって誘われた。
もう上の子も前の町を離れてかなり経つのに
地元の中学生だけでチーム作るはずなのに、
無理を押して許可もらって誘ってくれた。
懐かしい顔ぶれが名を連ねる。
あの子達にまた会えるのか。
どのくらい成長したんだろ?
もうみんないいお兄ちゃんお姉ちゃんなんだろう。
みんなの成長が見られるのすんごく楽しみ🥰
となると、夏休みに二日間、炎天下で丸一日。
高校の体験入部のスケジュールとも繋がるから
泥だらけユニフォームの洗濯と合わせて
今月末は地獄だわ…
とにかく大忙しです。
最近は上の子の相談のったり喧嘩したり
説得したり説明したり励ましたり愚痴聞いたり
濃い濃い毎日を過ごしています。
更新する暇がない…
この子どもの生きるエネルギーって
お馬鹿な子でもホントすごい。
それだけパワーあるんだ。
あなたならきっと大丈夫。
そう思う今日このごろでした。
ブログなんて書いてないで早くご飯作らなきゃ。
■安倍晋三元総理大臣殉職に対する家族会・救う会声明
ライフワークとして北朝鮮拉致問題に取り組んできた安倍晋三元総理大臣(以下、安倍総理と呼ばせていただく)が襲撃され殉職された。拉致というテロと戦ってきた安倍総理がテロに遭うという事態がなぜ起きるのか。悔しくて悲しくて言葉にならない。
安倍総理は90年代初め、まだ議員秘書の頃、有本恵子さんのご両親に訴えを受け、拉致問題解決に取り組み始めた。97年に家族会・救う会が運動を始めたとき、共に立ち上がってくれた少数の国会議員の一人だった。ほとんど孤立無援の戦いをしていた私たち、家族会・救う会にとって安倍総理の存在はどれほど心強かったか分からない。
2002年9月、小泉総理訪朝のときも官房副長官として政府内で拉致被害者救出を最優先にするべく渾身の努力をして下さった。訪朝に同行した安倍総理は翌日の朝、家族会・救う会のところに来て下さり、政府が断定形で「死亡」と伝えた被害者について、実は死亡確認作業がなされていなかったという重大な事実を最初に私たちに伝えて下さった。そのおかげで私たちは、“北朝鮮が一方的に死亡と通告してきただけで「死亡」は確認されていない、「死亡者」、「遺族」と呼ぶな”、とする緊急アピールを出すことが出来た。
2006年、第1次安倍政権が発足するや、総理大臣を本部長とし全閣僚が本部員の政府拉致問題対策本部を新設し、拉致問題担当大臣を初めて任命した。その体制は今も続いている。私たちは97年から政府内に拉致問題を専門に扱う部署を設置して欲しいと求め続けてきたのだが、それを実現してくれたのが安倍総理だった。
第2次安倍政権発足後、総理が先頭に立って拉致被害者救出のために努力された。その成果として米国トランプ大統領が金正恩委員長に3回も拉致解決を迫った。そのとき、トランプ大統領は安倍総理のメッセージを金委員長に伝え、金委員長は肯定的反応を示したという。米朝首脳会談が物別れに終わったため、その後の拉致問題の進展はなかったが、あのとき、安倍総理の平壌訪問の可能性が一番高まったことは事実だ。その後、安倍総理は「条件なしの首脳会談」を提案し、その提案はその後の菅義偉総理、岸田文雄総理にも引き継がれた。
安倍総理が主導した北朝鮮への最強度の制裁は今、効果を上げている。金正恩政権は存亡の危機から脱出するために拉致問題での日本との交渉を真剣に検討しているという情報がある。拉致被害者救出はこれからが正念場を迎える。そのときに、安倍総理がいらっしゃらないことは残念だ。しかし、私たちはここでくじけることは出来ない。全ての拉致被害者の即時一括帰国実現のため戦い続ける。安倍総理、これまで本当にありがとうございました。
令和4年7月8日
北朝鮮による拉致被害者家族連絡会代表 横田拓也
北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会会長 西岡 力
真偽は私には分かり得なくとも、
いろんな評価があった方だった。
どうかご無事で…
安倍さんの演説も街中で2度ほど見かけた。
私も支援してる某方々のために
何度も集会に足を運んでくださって
熱い思いと温かいお声をかけてくださった。
政治家の誰も相手をしてくれない時代から
寄り添ってくださっていた話はずっと聞いていました。
みなさんから信頼され、全員の希望だった。
私もその会の壇上でで5度ほどお話を拝聴していましたが
他の政治家とは違う温かい言葉に嬉しく感じておりました。
まだ倒れないでほしい。
まだやり残した仕事あります。
どうかまた元気で優しいお声を届けてほしいです。
どうか戻ってきてください。