じなんぼうの伝言 -27ページ目







◎1枚目は宿のウラにあったなにか。あとはトロッコ列車とランデンですね。2枚目のなんだかわからないのはランデンの山ノ内の駅?です。
●幅がほんの数十センチしかない安全地帯風の駅?です。全景を撮りたかったのですが、ドアから半身を乗り出したところでドアが閉まり始めて中途半端になりました。
●3枚目からはトロッコ列車、大きい写真は帰りのランデンの車内にあった自動の改札機?。これは人生ではじめて見たもので、イチオー、記念てことです。


◎リハビリのあとは酒だ。
●このまえTVで居酒屋のレポートを見たが焼酎の「豆乳割り」というのをやっていた。まさに焼酎を豆乳で割るのだが、割合などは説明がなく、見た感じでしかわからないが、自分がマネしてやっているのは今のところは焼酎3:水2:豆乳2といったところ。焼酎はアルコール分25度。
●正直いってそんなに感心したものではない。始めは水を全然使わなかったが、飲みにくかった。水を入れると飲みやすくなったのだ。だけど今ある豆乳がなくなればやらないだろう。
◎「乳」つながりでは「牛乳割り」の方がよい。これはきっとどこかでやってるだろうがワシのは思いついてやったものだ。
●ワシはすっぱいものは好きくないので梅干やレモンを入れたりしない。ウーロン茶も嫌いなので使わない。コーラやせいぜいペットボトルのレモンスカッシュというので割っていたのだが、ある時それがキレたので牛乳を使ったのだが意外にも飲めた。
●豆乳より牛乳のほうがワシはいいと思う。
◎ドリンクとしては、最近一日一杯いや2杯やってるのが牛乳にココアかゴマを入れたものだ。
●これは必要でやっている。もう去年になるが、3月に足の金属板をとったのだが、それ以来、足や手の指の爪がおかしいのだ。(金属板の話は→http://blogs.yahoo.co.jp/ttdcx227/30243072.html )
●まず、入院中に両足の親指の爪がタテヨコ1センチくらいの面積で空気が入ったというか反り返ってしまったのだ。困るほどではないが靴下などをはくとき引っかからないように注意が必要だ。
●最近になって右手の中指と薬指の爪にたて割れが入り、そのヒビが肉の方に届いて血が出てきた。いまだにバンソウコウをしている。
●これはやはり金属板をとったせいだろう。レントゲンを見ると骨にはボルトをとったあとの穴があいたままだ。
●術後にDRに聞いたら自然に穴は埋まるということだった。素人判断だが、その穴を埋めるために体の他の部分にカルシウムがまわらなくなったんじゃないの。
●それ以前にもDRに、骨折には牛乳を飲んだほうがいいのかと聞いた事があるのだが、意外にもウンと言わなかった。リハビリとか運動がいいと言うのだ。
●そんなものかと思ったが、やはりこうなっている以上、とにかくカルシウムをとったほうがいいだろうと思った。カルシウムといえば牛乳だろう。
●ワシは牛乳は好きで、夏などは1リットルのパックも一気飲みできるほどなのだよアケチクン。だからだれやねん。
●ただ、牛乳だけを飲んでも面白味がないので、ここはやはり体に良いというゴマ(ひいたもの)かココアを入れてそれぞれ午前と午後にわけて一杯づつ飲んでいる。
●爪のほうは効果はまだはっきりしないが、よく知られている精神安定効果はすぐにわかった。ワシはケッコー短気なのだが、それがやや抑えられているのを感じる。
●爪のほうの効果はまたご報告しましょう。
☆写真はその「豆乳割り」とココア入りミルクね。豆乳割りのほうは半分しか入ってないが、これは「シングル」の量でスタンダードなのね。飲みかけじゃないよ。(214)

◎リハビリも義務感がないとできないものなんだよね。これもいつか書いたかと思うけど、病院はリハビリが終るとき、何も注意のようなことは言わなかった。
●ユキちゃん先生が一言そんなことを言ったかなと思うがほんのお別れの挨拶程度だった。だが、それは必要がないということだろう。そう思って、ノンベンダラリといるのだが、自分なりには筋肉の衰弱は防ごうと思っている。
●ネットでそういったものを暇があれば見ているのだが、同感と思ったことがある、それは「毎日が薬」だったかな、つまり、ほっておいても体が自然に良くなって行くというのだ。
●これは実感としてある。リハビリの通院も終了して、特になにもしなかったが、足は悪化するようなことはなく、その後はむしろ体が軽くなってきているようなのだ。
◎ただ、自分としては何もしないというのも不安な感じなので最近はスクワットというのかな、リハビリでやっていたことを簡単なので一日一回はやるようにしている。
●自分の場合は小さいバーベルを両手に持って中腰の体勢になって10秒以上そのままでいるという簡単なものだ。
●これも初めの内は10秒はきつかったし、膝ががくがくしたが、1週間もやると「ガクガク」がなくなって時間も20秒くらいはできるようになった。
●いまのところ簡単で効果もわかりやすいので当分やるつもり。
○写真はそのバーベル。中国製で500円かな、持つところに断熱用のナントカをまいた。ひんやり冷たいってのがいやなのね。
○「自主トレ」でなくて「自主リハ(リハビリ)」だろうってお思いでしょうけど、リハーサルって言葉もあるし、ワシは入院中は病院内を松葉杖であちこち行くのを患者仲間には「自主トレ」って言ってたのね。
○ちなみに定時のリハビリに行くのは「デート」って言ってた。

●プラモ作り、再開に困難きたしている。そのうちということでカンベンしてもらおう。
古いプラモを整理してたら、なんと、作りかけのモデルが6機も出てきた。これは自覚症状のない「未完成病」ではないのか。
あのミカン星人が病菌をばら撒いている(スケビ)とされる・・・。
プラモを買ったが作らずに箱のままでしまいこむというのはよくある。すぐには作らないが、とりあえず「オサエテオコウ」というやつ。
この未完成病は重度が何段階かあるらしい。完成直前で停止状態になるのは軽症。
次はキットは買うのだが開けて一見すると、脳みその中では完成した姿が出来上がってしまうので充足感が得られてしまい、キットは箱のままオクライリとなってしまう。
次に重症となると、新製品、新キットが発売と聞くと、メーカーと機種を聞いただけで箱絵からキットのモールドの状態、付属のデカールまで想像し、そして完成してショーケースに入れた姿まで想像してしまってすっかり「満腹感」まで得られてしまうので、買うこともしなくなるという。この場合、発症以来なにも作っていないのに脳内のショーケースは満杯、本人も満足感があると言うこわい病気です。
プラモを趣味にしている人はかかりやすい病気らしい。各段階で自覚症状がでて「おれはまちがっていた」と気づけば治りも早く、最終的には「現物」を作り出すのが完治ということになる。
だけど6個も、しかも、どれも塗装寸前という状態だ、1~2個はあると思ってたが、こんなにあるとは「自覚」してなかった、自覚のないのは重症である。

◎昼間、配達証明郵便がきた。相手は社保庁である。中身は審査請求の棄却であった。しょうがない。
●ダメモトとは考えていたけど、宝くじと同じで、当たらないとは思ってもいざハズレとなればそれなりにはガッカリ来る。
●あれだけ考えて相談してダラダラと文章も書いたんだからね。
●通知は裁判になってもいいようにであろー、数ページにわたってこまごまと理由を書き連ねた立派?なものだ。
●だけどワシは最後の「取り消さない」というのと、最初の「棄却する」というのを見ただけ。中身は読まない。読んだってしょうがない。
●チクシホホー。みなさんザマアミロなんて言わないでね。
●明日から清く正しく生きていこう。




◎京都でいろいろ見てきたが見落としはたくさんある。それはいいのだが、見るはずの無いもの、「怪」なるものも・・・。
★一条戻橋の怪・・・これは10/8のところに書いたのでそれを見てくださいね。もともとの戻橋の因縁は「帰りたい」という願いをかなえるというものだと思うのだが、自分の場合は「呼ばれてしまった」のだ。これは怪談だ。 http://blogs.yahoo.co.jp/ttdcx227/42866061.html
★オーブの怪・・・これは大寺でなく、知られてはいるが小さいお寺での事だ。その寺の門を少し入ったところに参拝者のためらしく床机が出ていたので座って休憩した。ワシも一応観光客だから扁額が唐破風にかかっていて、寺名を見ていた。
そのときその扁額周囲や破風から屋根にかけて青い煙がかかっていた。それは当然、参拝者があげる線香の煙だと思った。
路地のような狭い境内に、たしかに本堂の前に参拝者があげるろうそくをともす台があった。だが、よく見ると線香を上げるようにはなっていないのだ。
それにあたりにも屋根まで届くようなたくさんの線香などどこにもともされていなかった。第一、線香の燃える匂いなど全然ない。少なくとも寺の中には煙のもとなどない。
ではどこから来た煙だろうとは思ったが、寺の両隣はみやげ店があるが、煙が出るような食べ物を焼いているような店などないのだ。結局、わからないまま、その青い煙が漂う額のあたりの写真を撮った。
☆そして帰ってから修正の為などで大きい画面でその写真を見たらそこにオーブが映っていた。今でも覚えているが、肉眼ではそんな光のタマというかなにかそれらしいものはまったく見えなかった。上記したように、そのあたりをいつになく眺めまわしたのだから強く印象に残っているのだ。
4枚目に再掲しました、新京極の「永福寺」というお寺でのことです。
★大徳寺の怪・・・「怪」と言ってはお寺さん、仏さんに悪いが、変な経験だ。大徳寺境内には三門などと並んで建っている大きい建物は仏殿として、中に仏像が納められている。そこの前面の扉は開かれていて内部を見られるようになっていた。
☆学校の体育館ほどの大きさのある内部を見ると中には大仏と言っていいような、高い天井に届くような大きな仏像が堂内いっぱいに入っていた。それを普通に写真に撮った・・・と思った。そして立派だなと思うと同時にこんなに大きくて立派な仏像は聞いた事がないし、なんで知られていないのか、ここにもなぜなんの説明の立札もないのだろうと奇妙に思った。
☆そして京都から帰ってきて、このBLOGで大徳寺の記事を書こうと思って、当然、あの巨大な仏像の写真を探したが、あらあら不思議、いくら探しても見つからない。大徳寺での仏像の写真はたしかにあったが、それは向こう側の壁にはりつくように小さく写っているものしかない。釈迦如来像だ。
☆これはお寺を間違えたかと思って、仏像を写した他の全部の写真を見直したがやはりなかった。そしてその日の日記を確かめるとたしかにその大仏について「大発見」とさえ書いているのだ。しかしガイドやネットでさんざん調べたが大徳寺にはそんな巨大な仏像はないようだ。
☆キツネにつままれたというのか、だまされたような、あのでかい仏像はなんだったのか。その大仏の姿は今でもはっきり覚えている。全身黒漆塗りのように真っ黒で右手を上げて肩のあたりにうすくほこりもかぶっていた。それにしてもなぜ黒い大仏だったのか。
これは時間がたてばたつほど不思議な感じがしている。ちょっと見ただけなら見間違いと言うことも言えるが、その時自分は、一度その仏像をまじまじと見て、これはなんという仏像かと思って、扉の前にあると思った説明の立て札を探した。しかし立て札などはないことがわかって、そして、もう一度その仏像を見たのだ。もし見間違いなら、二度目に目をやったときにわかるはずだ。
ただ、いわゆるユーレイのような魑魅魍魎のタグイでなく、大徳寺と言う古今稀な名刹であるからして、ワシが見た幻影も仏さんであったというのが、かえって納得される。大徳寺さん、やっぱりすごい。
(もったいないことだが、あとで永観堂の「見返り阿弥陀」の伝説を思いだした、ワシが永観並みとはもちろん言わないが、そういうこともあっていいのだ、ということである。)
★八坂神社の怪・・・これは以前、京都に住んでいたときのことだ。ある時、八坂神社に見物を兼ねて参拝に行った。本殿の前に行っておさい銭を入れようとした時、賽銭箱の投入れ口の横木?のところに四つ折にした千円札が落ちずにのっかっていたのだ。
☆一瞬、これはもらえるな、などと悪いことを考えたが、すぐに思い直して、これは神様のものだから横取りなどしたらバチがあたるだろうと思い、小指の先で・・・へたにつかんだりしてドロボーと思われたくなかったから・・・つっついて賽銭箱の中にそれを落としこんだ。
☆その時宝くじを買って持っていたのだが、千円が当たった。そのとき「八坂神社の千円」を思い出した。自慢じゃないがワシは宝くじは末等以上は当たったことがない、これは八坂の神様がワシを見ていて「あの千円」をくれたんじゃないかと思った。
以上、魔界京都と思わせる出来事だ。もちろんどれも理屈をつけようと思えば「理性的」に説明はつくが、単純には不思議なことと思う。だが、これらはまんざらでたらめなものではないと思う。京都は「京のみやこ」として華やかな面もあるが、歴史が長い。それは悲惨なことも多かった事を表している。
その怨念、妄執もすさまじいものがあって、京都の町全体を覆っていると思う。それが京都の一面を作っているとワシは考えている。
PS・・・今日、07年10月30日。大徳寺の「まぼろしの大仏」がなぜ黒かったのかわかったような気がします。思い当たるふしがあります。まさかとは思いますが、もし「そう」ならおどろきです。

