メソポタミア神話

  シュメール人、東方セム語アッカド人、アッシリア人、バビロニア人と

  後に移住してきたアラム人カルデア人の信仰した宗教であり、

  彼らの共有し、発展させた神話体系である。

  現代のイラク、クウェート、トルコ南東部、

  シリア北東部にあたるメソポタミアとよばれる地域で

  紀元前4千年紀から4200年にわたり支配的な宗教であり続けた。

  その範囲はメソポタミア全域におよび、

  その後およそ紀元後10世紀には

  アッシリア地域(メソポタミア北部)のみに縮小している。

 

  歴史    

    メソポタミアの人々は2つのグループからなっている。

    東方セム語派のアッカド人

    (後にアッシリア人、バビロニア人として知られるようになる)と

    孤立した言語を話すシュメール人である。

    彼らは統一国家を持つことはなく、

    しかし様々な都市国家や王国を形作った。

 

    まず紀元前4千年紀にシュメール人が現れる。

    彼らが先史時代に他の地域から移り住んできたのか、

    あるいはこの地域にもともと暮らしていたのかはわかってない。

    およそ紀元前3500年頃のものとして、

    最初のメソポタミアの宗教の痕跡が筆記の発明とともに確認できる。

    彼らはメソポタミア南部、

    後にシュメールとして知られるようになる地域に定住し、

    そしてセム族のアッカド人の文化に大きな影響を与えた。

 

    当時シュメール人は驚くほど先進的だった。

    筆記は言うに及ばず、

    原始的な数学、車輪、天文学、占星術、法律(タナハ)、

    組織立てられた医学、先進的な農業そして建築、暦などを発明した。

    彼らはウルク、ウル、ラガシュ、イシン、キシュ、ウンマ、エリドゥ、

    アダド、アクシャク、シッパル、ニップル、ラルサなどの都市国家を作った。

 

    紀元前2800年ころの王のリストにアッカド語の名前が初めて現れる。

    なおもシュメール・アッカド文化のなかで

    シュメール人が支配的な影響を持ち続けたが、

    紀元前2335年にサルゴンのアッカド帝国が誕生する。

    アッカド帝国はメソポタミアを統一し、

    アッカド人とシュメール人をひとつの支配のもとに置いた。

 

    少しずつシュメールとアッカドの文化と神々の習合がおこり、

    それに伴い少ない神々を信仰していたアッカド人が

    シュメールの持ち込んだ神々に重要な役割を担わせるようになった。

 

    紀元前2335年頃、サルゴンが全メソポタミアを征服し、

    アッカド人とシュメール人を世界で最初の帝国に組み入れた。

    そしてその帝国の支配はイランの歴史、

    レバント、アナトリア半島、カナン、アラビア半島におよんだ。

    アッカド帝国は2世紀の間続き、経済の停滞と、内乱、

    そして北東のグティ人の侵入により崩壊する。

 

    その後シュメールのウル第三王朝が復活を果たすが長くは続かず、

    メソポタミアはいくつものアッカド人の都市国家に分裂する。

 

    紀元前2100年頃メソポタミア北部ではアッシリアが勢力を盛り返し、

    南部ではイシン、ラルサ、エシュヌンナをはじめとする

    いくつもの王国が林立していた。

 

    紀元前1894年、小さな都市国家としてバビロンが興る。

    バビロンは侵入してきた西方セム語派の

    アムル人の興した都市であるが、

    彼らの支配したはバビロンの歴史の中の短い期間に限られる。

 

    この後いずれかの時期にシュメール人は

    アッシリア・バビロニア社会にまったく吸収されてしまい姿を消す。

    紀元前25世紀の後半から

    アッシリア人の王が続いていることが確認されている。

 

    彼らはメソポタミア北部とアナトリア半島の一部、

    そして北東シリアを支配した。

    紀元前1750年頃、アムル人のバビロンの王、

    ハンムラビがメソポタミアの大部分を支配した。

    このバビロニア帝国は彼の死後、

    アナトリアの山岳民族、カッシートの侵攻を受けて崩壊する。

    その後カッシートはバビロンを500年支配した。

 

    ハンムラビ以前の紀元前20-18世紀に

    覇権を握ったアッシリア帝国が

    ミドル・アッシリア帝国(紀元前1391-1050)として再び権勢を誇る。

    アッシリアはヒッタイトとミタンニを打ち負かし、

    エジプト新王国を近東から引き上げさせた。

    ミドル・アッシリア帝国はコーカサスから現代のバーレーンまで、

    キプロスからイラン西部までその版図を広げた。

 

    アッシリア#新アッシリア時代(紀元前911から紀元前605)は

    紀元前10世紀から紀元前7世紀後半にかけて、

    当時の歴史上最も強力かつ広大な帝国を作り上げた。

    帝国は西キプロスから東は中央イラン、

    北はコーカサス山脈から南はエジプトのヌビア、

    そしてアラビア半島に及んだ。

 

    アッシュールバニパル、トゥクルティ・ニヌルタ2世、

    ティグラト・ピレセル3世、シャルマネセル4世、サルゴン2世、

    センナケリブ、エサルハドンら皇帝のもと、

    この帝国の拡大はメソポタミアの文化と宗教を遠方へと広げる一助となった。

    ネオ・アッシリア帝国の時代にはアラム語が

    帝国内でリングワ・フランカとしての地位を築いていた。

    アッカド語で残された最後の記録は

    紀元後78年に書かれた天文学に関わる文献で、

    アッシリアで見つかっている。

 

    バビロンに入場したカルデア人のナボポラッサルが紀元前625年、

    ネオ・アッシリア帝国に対し攻勢にでる。

    バビロニア人がメデ人(Medes、イラン系民族)と手を結ぶと、

    616年にはメディアのキュアクサレス2世が

    ナボポラッサルに同盟を持ちかけた。

    最終的に

    バビロニア人、カルデア人、メデ人、スキタイ人、ペルシア人、キンメリア人

    の連合軍がネオ・アッシリア帝国を攻撃した。

    この攻撃の後ネオ・アッシリア帝国は内紛の時代に突入、

    その後紀元前605年に

    アッシュール・ウバリト2世が死ぬとこの帝国は滅亡した。

 

    新バビロニアはかつて主従関係にあった

    アッシリアの帝国の大部分を受け継ぎ、

    その支配の下でバビロンは短い繁栄を誇った。

    しかし最後の王ナボニドゥスはほとんど政治に興味を示さず、

    月の神であるシンへの信仰に夢中になり、

    実権を少しずつ息子のベルシャザルへ譲っていった。

    加えて東のペルシャとメデ人が勢力を拡大していくと

    新バビロニアは紀元前539年、アケメネス朝に飲み込まれ、

    メソポタミア・ネイティブの王朝が途絶えることになった。

 

神々については以降に!!

 

2020年12月1日

昨日、ゴルフ5にゼグシオの中古クラブ(1W・5W・7I・P)を

買いに行ったが、結局は予想通り新品になった。

1W・アイアンセット(7・8・9・P・S)とキャディーバックで約18万円也。

ついでに庭でアプローチ合戦をするために、

マットとアプローチ用ネットも購入した。

 

以前ゴルフコンペの商品で貰っていた、

パター用マットを倉庫から引っ張り出して、

昨夜はリビングでパターの対決をした。

(負けたら1万円払うと・・・結果は完敗)

 

私のパターでは長くて持ちにくいと言って、

19日にキャリーバックのネームプレートを取りに行った時に、

勝ったのだからレディースのパターを購入してと言われる。

 

何とも情けない状況である。

 

妻は予定通り午前中は1階の残りの窓ふき。

11月24日に10カ月ぶりに大連から帰国し、

予定していた大掃除週間は今日で終わるようだ!

掃除マニア?流石である!!

 

私は進入路の生垣の剪定を!

 

午後はアプローチ合戦。

今度は絶対に負けられない・・・・!

 

追伸

朝の体温測定では二人とも異常なし。

倦怠感・味覚異常などの体調変化も無いので、

予定通り明日から一泊二日で高野山参拝に行く。

ブログはお休みして4日からに!

竜頭蛇尾

(りゅうとうだび)

 

  意味: 初めは勢いがよいが、

       終わりのほうになると振るわなくなること。

       頭は竜のように立派なのに、

       尾は蛇のようにか細くて、

       前と後とのつりあいがとれない意から。

 

  由来: 『景徳伝灯録けいとくでんとうろく』二一。

       「惜しむべし竜頭翻かえて蛇尾と成る」

 

菅内閣が誕生して3か月余り、

所信表明は国民に期待を持たせてくれたが・・・・!

国会答弁やコロナ対策の現状を見る時、

官僚に言いなりでは・・・と不安なものを感じる。

「竜頭蛇尾」とならないように、

褌を絞めなおして頑張って欲しい。

 

2020年11月30日

年金の日

  「いい(11)みらい(30)」の語呂合わせ。

 

年金の語源はペンションのようだ。

しかし、ペンションと言えば民宿を連想する。

年金とは程遠いのだが・・・・?

 

 pensionを電子辞書の英和辞典で調べると

  最初に

   「年金、恩給、扶助料」とある。

  また、別の意味として[フランス]

   「ヨーロッパ大陸のまかないつきの下宿屋、

    寄宿学校、住居と食事、

    ホテル・下宿屋などの三食付きの宿泊」

  の意味もあった。

 

年金は「いいみらい」を創る!

私にとってはまさにその通りである。

 

昨日の散歩でも年金の話になった。

中国にも年金があって、

しかも年金はその額に関係なく非課税らしい。

 

妻はこの制度では、

 「国の財政に破たんをきたすのではと危惧しており、

  日本のように所得として税金を課すのが合理的」

だと話す。

なるほど、ごもっともである!!

 

妻の年金加入は19年目で、

65歳まで勤めれば30年になる。

彼女にとっても「いいみらい」となって欲しいものだ!

 

午前中は1階の窓ふき(今日、明日で)。

私は網戸5枚の洗浄をする。

 

午後はゴルフ5にゼクシオの中古クラブを買いに行く。

女王様は、はたして中古で我慢できるだろうか?

今までは中古品など買ったことが無いはずで、

本人もそのことを心配しているようだが・・・・!

どうなりますことやら。

古家のゆがみを直す小春かな

  鑑賞: 小春は小六月とともに、陰暦十月の異名です。
       現在なら、十一月中旬から十二月上旬あたりの
       期間を意味しますが、
 
       近現代の例句をみると、
       小春日や小春凪といったおだやかな
       日和の情景として詠んだ句がほとんどです。
 
       その点蕪村の句は、
       小春を本来の意味で使っています。
 
       この時期、田畑の収穫を終えた農家は、
       ようやく傾いた家の建て直しに手が回ります。
       一家総出で、隣人を助っ人に、
       余裕があれば大工の棟梁も招くことでしょう。
 
       この作業は、無事に冬を越すためでもあり、
       晴れやかに新春を迎えるためでもあります。
       家の中を大掃除する前に、
       まずは普請を万全にしようという季節のいとなみです。
 
       そう思うと、
       「小春かな」で切れるのも納得できます。
 
       なお、小春の初 出を調べて みたら
       六世紀半ばに中国の年中行事を記した
       『荊楚(けいそ)歳時記』に
       「小春」(ショウシュン)の項がありました。
 
       鎌倉末期の『徒然草』155段には
       「十月は小春の天気、草も青くなり、梅もつぼみぬ」があり、
       江戸初期の『毛吹草』に
       冬の季語として定着しています。
 
       芭蕉は
        「月の鏡小春にみるや目正月」(続山井)の
       一句だけを残していて、
       これも陰暦十月として使っています。
         『蕪村俳句集』(岩波文庫・1989)所収。
          (小笠原高志)
 
このところ、日中は小春日和が続いている。
  奥は長野の弟が春先に設置したシイタケ栽培
  今年は収穫できそうにない(水をやっていないからか?)
 
  
吊るし柿や大根干しには暖かすぎるので、
出来が心配である。
(暖かいとカビがはえる)
 
2020年11月29日
妻が10カ月の大連生活で暇つぶしに、
始めたことが二つあった。
後は水泳も習いたいそうだ。
 (中国の学校にはプールが無いので、
  ほとんどの人が泳げない)
 
●ヨーガの個人レッスン。
   1回1時間で4000円ぐらい。
   私の場合は1時間半で500円(生徒は20人)だから、
   結構高いと思うが・・・会社まで来てくれる。
   こちらは今後も続けて腹の脂肪をとって、
   くびれを取り戻したいようだ!
 
●ゴルフの個人レッスン
  1回1時間で9000円ぐらい。
  20回の回数券を購入し、
  キャロウエイのゴルフセット(30万円ぐらい)を買って、
  20回目のレッスンはコースに出たらしい。
  (スコアは150ぐらいだったようだ、
   私も1回目はそのぐらい叩いたように思う)
 
昨日、散歩から帰って庭で15mぐらいのアプローチ合戦をした。
ゴルフ歴40年の私が、
ゴルフ歴20週の妻に負けるはずない・・・・が、
いい勝負だった。
 
高松市在住の友人R女子(留学生仲間)は、
ゴルフ歴5年で90を切っているようだ。
携帯で彼女のスイングを見せてもらったが、
プロのようなスイングで成績は納得できる。
(プロについて今でもレッスンしている)
 
彼女が使っているゼグシオを買いたいと言うので、
近日中にゴルフ5に行く予定である。
 
私のは数年前にジャパネットで、
クラブ・キャリーバック・靴・ボストンバックのセットが、
ジャスト10万円ぐらいだから、
道具では差をつけられそうだ。
 
しかし腕の方は負けるわけには行かない。
真剣に練習してキャリアの違いを・・・・・?
 
午前中は2階の和室の窓ふきを予定。
さて、その間私は何をさせられるのか?
 
午後は散歩をして、
帰ったらまたアプローチ合戦をするのかなぁ・・・?
 

ナンム

  シュメール神話の海の女神。

  天地を生んだ母、全ての神々を生んだ母なる祖先と称される。

  シュメール人にとって彼女は始原の存在であり、

  永遠の昔から存在していたものと考えられている。

 

  世界にはまず最初に原初の海であるナンムが存在し、

  彼女は天と地が結合している「天地の山」アン、キを生んだ。

  アンは男神、キは女神であり、

  アンとキの結合から大気の神エンリルをはじめとする神々が誕生した。

  また、ナンムは神の代わりに働かせるために人間を造った。

 

  ナンムを表す楔形文字は表意文字で「海」「深淵」を意味しており、

  容姿はウルから出土した蛇の頭を持つ女神のように

  蛇女神として表現されている。

 

  メソポタミアでは宇宙は女神が宇宙を妊娠し、

  出産することで誕生すると考えられていた。

 

ニンフルサグ  

  シュメール神話における大地の女神であり、

  運命を定める7人の神々に名を連ねる女神である。

  基本的には、土地の繁殖・豊穣を司る女神とされるが、

  シュメール寺院に伝わる聖歌によれば、

  「天における真に偉大なる女神」とみなされており、

  歴代のシュメールの王は

  ニンフルサグの「乳により養われた」ともいわれていた。

  また幾人かのシュメール王にとって守護神となっていた。

 

  角のついた頭飾りに段々のスカートをまとい、

  肩には矢筒を背負った姿で描かれることが多いが、

  つながれたライオンの子を伴った姿で描かれることも少なくない。

 

  「エンキとニンフルサグ」

    ニンフルサグとエンキとの間には、ニンサルと呼ばれる娘がいた。

    ニンフルサグが不在の間に、

    エンキはニンサルとの間にニンクルラという娘をもうけた。

    ニンクルラはまた、エンキとの間にウットゥという娘をもうけ、

    さらにそのウットゥとも関係をもった。

 

    しかし、エンキは、ニンサル・ニンクルラに対するのと同様、

    しばらくするとウットゥのもとを去ってしまい、

    困惑したウットゥは、戻ってきたニンフルサグに助言を求めた。

 

    ニンフルサグはウットゥに、

    エンキの精を体から取り出して土に埋めるように言った。

    ウットウがそのとおりにすると、

    埋めた土から8種類の植物が芽を出し、みるみると成長した。

    エンキはこれらの植物を見るや食べてしまったが、

    それがもとで自分の体の8つの臓器に病を得てしまった。

 

    ニンフルサグは、

    エンキの体から植物を取り除いてそれらに生命を与え、

    8つの神(アブー、ニントゥルラ、ニンストゥ、ニンカシ、ナンシェ 、

    ダジムア、ニンティ、エンシャグ)とした。

    これによって、エンキは癒された。

 

シン

  古代メソポタミアで信仰された月の神(男神)。

  シンはアッカド語の名前であり、シュメール語ではナンナ。

 

  シュメール人の都市ウルの主神でもあり、

  アッカド時代になるとメソポタミア諸王の王女が

  ウルのナンナ女祭司に任じられるようになり、

  また人名の一部としても用いられることが多くなっていった。

  またウルと並んで、

  メソポタミア北部のハランもシンの祭儀の中心であった。

 

  シンは月を司り、大地と大気の神としても信仰されていた。

  月の規則正しく満ちては欠ける性質から「暦を司る神」とされ、

  同時に、月は欠けてもまた満ちることに由来し、

  豊穣神としての側面を持ち合わせていたと考えられる。

 

  シンボルは三日月で、

  三日月に似た角を持つ雄牛と深い結びつきを持つとされた。

 

ニンガル

  シュメール神話におけるヨシの女神。

  エンキとニンギクルガの娘で、月神シンとの間に、

  太陽神ウトゥと金星の女神イナンナやイシュタルをもうける。

 

ニンニル

  シュメール神話における女神で、エンリルの配偶神である。

 

  ニンリルは家族とともにディルムンで暮らしていた。

  夫となるエンリルに暴行を受けたニンリルは、

  水を注がれて後に月神となる男児ナンナ(シン)を身ごもった。

  罰としてエンリルはエレシュキガルの冥界の王国へ追放され、

  ニンリルもその後を追った。

  エンリルは「門番」に扮して彼女を妊娠させ、

  死の神となる息子ネルガルを生ませた。

  同様にエンリルは「冥界の川『人喰い河』の男」に扮し、

  ニンリルに冥界神ニンアズを生ませた。

  最後にエンリルは「船頭」に扮し、

  第4子である河と運河の神エンビルルを生ませた。

 

  これらすべての所業は、

  シン(ナンナ)を昇天させる身替わりを作るためだった。

  

  ニンリルは死後にエンリルと同じ風神となった。

 

ニヌルタ

  シュメール地方を中心としてまつられた大地の神で

  農業や狩猟などの豊穣をつかさどった。

  後に狩猟から戦闘の神の要素が派生し、

  後者の神として崇められるようになった。

  当時(紀元前3千年紀)のメソポタミアは

  都市国家間の争いが激しかった上に、

  多数の捕虜をしばしば殺害していたために犠牲者が多く、

  ニヌルタの性格も時代が下るにつれてより

  戦闘の神としての性格が強くなり、「戦士の王」の祖形となった。

 

シュメール神話はこれで終了。

メソポタミア神話については以降に!!

 

2020年11月28日

太平洋記念日

  1520年11月28日に、

  ポルトガルの航海者フェルディナンド・マゼランが、

  後にマゼラン海峡と命名される

  南米大陸南端の海峡を通過して太平洋に出たことに由来。

  マゼランは、

  その時「El Mare Pacificum(平穏な海)」と表現している。

  彼の船は初めて世界を一周して帰国し、

  地球が丸いことを証明した。

 

窓ふきは結構重労働(力を入れて磨く)らしく、

午前中に済ませ、

散歩を午後にすると言われている。

私は網戸を外して洗う(いつもは年末の仕事である)。

 

昨日のメイン作業は玄関のタイルやレンガをタワシで磨くことだった。

確かに見違えるように綺麗になっている。

 

私にはコンクリート部分の汚れを高圧洗浄機で洗浄するようにと・・・・!

数年前にしてからになるので大分汚れている。

網戸の後にするつもりである。

多分これで私の分担は終わりだろう!

 

 

 

 

竜蟠虎踞

  (りゅうばんこきょ)

 

  意味: 竜や、とらのように抜きんでた能力を

       もった者がある地域にとどまって、

       そこでその能力を存分に発揮すること。

         ▽「蟠」はじっと居座ること。

           「踞」はうずくまること。近づくのが困難な状態を指す。

         本来は、地勢が険しく、

         攻めるのに困難な意で用いられたが、

         転じて、

         竜やとらのように力強い勢力をもった者が居座って、

         他を威圧する地域・集団を形成する意味になった。

 

  由来: 『太平御覧たいへいぎょらん』一五六に引く「呉録ごろく

 

       『太平御覧

         中国宋代初期に成立した類書(一種の百科事典)の一つである。

         同時期に編纂された

         『太平広記』、『冊府元亀』、『文苑英華』と合わせて

        四大書(宋四大書)と称される。

 

トランプ大統領はまだ敗北宣言をしていない?が、

政権以降の手続きは認めた?ようだ。

このままホワイトハウスに居座られたら、

アメリカは世界中の笑いものになっていただろう!

めでたし、めでたし・・・・かなぁ・・・・?

 

2020年11月27日

新型コロナウイルスの感染者急増を受け、

飲食店への時短営業や休業の要請が

4都道府県(北海道・東京・愛知・大阪)に拡大した。

 

県は「GO TO イート」について、

現時点で制限は行わないと決めた。

元々外食をしないので、

私は利用していないので、関係ないのだが・・・!

 

一昨夜は寄せ鍋と日本酒(磯自慢)。

昨夜はステーキとワイン。

今夜はおでんと焼酎(梅酒)に!

 

一応予定してい3日間が無事終わりそうだ。

明日からのメニューは冷凍庫の中を見て考えよう!

ヤレヤレ!

私作る人、妻食べる人は変わらない。

 

午前中は散歩。

 

午後の掃除タイム中は私も外の掃除の続きを!!