王 維(おう い、699年 - 759年 / 701年 - 761年)
中国盛唐の詩人。
同時代の詩人李白が“詩仙”、杜甫が“詩聖”と呼ばれるのに対し、
その典雅静謐な詩風から詩仏と呼ばれ、
南朝より続く自然詩を大成させた。
韋応物・孟浩然・柳宗元と並び、
唐の時代を象徴する自然詩人である。
とりわけ、王維はその中でも際だった存在である。
画についても、“南画の祖”と仰がれている。
觀獵詩(猟を観る詩)[五言律詩]
漢文
風勁角弓鳴
將軍獵渭城
草枯鷹眼疾
雪盡馬蹄輕
忽過新豐市
還歸細柳營
廻看射鵰處
千里暮雲平
書き下し文
風勁(つよ)くして角弓(かくきゆう)鳴(な)り
将軍渭城(いじよう)に猟(りよう)す
草枯れて鷹眼(ようがん)疾(と)く
雪尽(つ)きて馬蹄(ばてい)軽(かろ)し
忽(たちま)ち新豊(しんぽう)の市(いち)を過(す)ぎ
還(また)細柳(さいりゆう)の営に帰る
鵰(ちよう)を射(い)し処(ところ)を廻看(かいかん)すれば
千里(せんり)暮雲(ぼうん)平(たいら)かなり
現代語訳
きびしい風が張りつめた角弓の弦に
吹きつけて鋭い音をひびかせ、
将軍は渭城でたか狩りをする。
草が枯れているのでたかの眼は獲物を見のがさず、
雪が消えた一面の大草原に獲物を追う
馬のひづめも軽やかだ。
あっという間に新豊の町を通り過ぎ、
また、細柳の兵営へと帰ってゆく。
さきほど鵰を射たあたりをふりかえってみると、
千里のかなたまで続く平原に、
夕暮れの雲が静かにたなびいている。
鑑賞
これはある武将の猟に同行してその様子を描いた詩である。
強い激しい風がビュービューと吹きすさぶ吹きさらしの中、
ピーンと張った弦も鋭い音をたてる。
荒々しくもはりつめた空気が伝わってくる。
この詩は頷聯(がんれん)の対句が絶妙である。
冬枯れの大草原、あたり一面薄茶色の乾いた草が広がる。
そこへ鷹を放って獲物を追うのである。
鋭い、きつい鷹の目。
この「鷹眼疾く」の句が、力強い緊張感を盛り上げる。
雪尽きて、とあるのは、
山すその雪の深いところからけものを追い出して、
広い草原へ出ることをいう。
草原の雪は消えやすく、雪がなければ馬の蹄も早くかける。
手足もかじかむような寒気の中を、
騎馬武者の一団は、軽やかに馬を進める。
若々しく雄々しい姿。
彼らは勢いよく新豊の町へくり出してゆく。
新豊という町は名高い美酒の産地である。
「忽ち過ぎ」、
とあるからかけつけ三杯といった風に酒をあおり、
サッと引き上げる。
帰り行く先は勇名轟く細柳の営である。
最後の二句は、故事を用いつつ、気宇壮大に結ぶ。
[鵰(ちよう)・・・ワシ、タカの大型肉食鳥。
北斉の名将斛律光(こくりつこう)が狩猟に行き、
雲の上を飛ぶ大鳥を射たところ、
首に命中して旋回しながら落ちて来た。
観れば鵰だったので射鵰の名人とたたえられた故事]
漠々たる夕暮れの雲の広がりとともに、
緊張は解け、こころよい疲労に身をゆだねる心境。
2026年6月24日
ドレミの日
イタリアの修道士グイード・ダレッツォが
「聖ヨハネ賛歌」のラテン語の歌詞の各節の
最初の音を使い階名唱法を考案したとされる。
このことにちなんで聖ヨハネの誕生日を
ドレミの日と呼ぶようになった。
階名(かいめい)
ある音階を構成する各音に名称を割り当てて歌う
階名唱法において使われる音の名前であり、
「主音に選ばれた音に対する相対的な高さ」を表す。
現代の日本で使われるのは長音階を構成する7音に下から
「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」
の音節を割り当てる方式で、
最初の3音から「ドレミ」とも呼ばれる。
午前中は集会場で老人健康講座(さんさん会)。
午後はお家カラオケを!!





