若布を沢山頂いたので、若竹煮を作りました。

畑から採って来た木の芽を載せて完成です。

この小さな葉っぱが有ると無しでは、見た目も味も違います。

 

 

余ったタケノコは竹の子ご飯にしました。

これにも木の芽です。

 

 

残った木の芽で木の芽味噌も作りました。

味噌と砂糖などと一緒にすり鉢で擂って作ります。

ちなみに擂り粉木も山椒の木です。

 

 

木の芽の爽やかな香りとほろ苦い味噌は、何に付けても美味いものです。

この味噌を豆腐に付けて焼けば、木の芽田楽に成ります。

 

 

竹の子ご飯は竹文の飯茶碗でいただきました。

広東型と言われる高台が高く口が広がった古伊万里の茶碗です。

 

 

同じ様に見えても見込み印や蓋の絵付けが異なるものが有りました。

古伊万里の飯椀は蓋付が多い様ですが、保温の為でしょうか。

今では無用な飯椀の蓋ですが、新香入れなどに使用する人もいる様です。

 


 

伐採跡の遺跡では多様な石器が見つかりましたが、中でも大きな尖頭器と思わ

れるものや石棒などが見つかっています。

それ以外の大きな石器としては、石皿が有りました。

縄文人の主食はクリ、クルミ、トチノミ、ドングリなどの木の実と言われます。

石皿磨石敲石で、それらを磨り潰していた様です。

そのため表面が磨かれて窪んだ石皿が多いのですが、平坦なものも有るようです。

 

 

この遺跡では磨石や敲石は数十個見つかりましたが、セットで使用されるはずの石皿はわずかしか見つかりません。

石皿には破壊されたものや、炉石などへ転用されたものも多いとされます。

他の遺跡で見つけた石皿には、赤く焼けたものや煤の付いたものが有りました。

石皿は調理だけで無く複合的に使用されたと考えられますから、平坦で多数の傷が残るものは、台石と言うべきものかもしれません。

 

 

平坦な磨面をもつ縦長の磨石は、ものの敲き割りと挽き砕き用で、平坦な石皿の上で上下や前後の運動で使用したもの。全面に磨面を持つ円形や楕円形の磨石は、磨り潰し用で、中央に円などの窪みの有る石皿で、円または楕円や水平運動で使用したものとされる様です。

 

 

それ以外にも凹石(くぼみいし)と言う表面が窪んだ石器が有ります。

この窪みに木の実を入れて殻を割ったとする説や、石器製作に使用した説などが有る様です。

 

 

昔別の遺跡近くの畑で大きな楕円の石を見つけたのですが、当時の私には石皿が分かりませんでした。

地味な石器ですから、畑の所有者も決して石器とは思わなかったでしょう。

今思えば希少な足付の石皿だったのですが、後で思い出して探してみたものの、見つけることは出来ませんでした。

 

 


 

 

 冷蔵庫の余りものでも、小皿に少しずつ盛って並べれば、美味しそうに見えます。

これが古伊万里ならばもっと素敵なのですが、これで良いのです。

印判は丈夫ですから、器をよく壊す私には最適です。

 

 

印判のモダンな図柄は、現代の食卓でも違和感を感じません。

この様な印判小皿は、少し前までどの家にも有ったものです。

我が家でもごく最近まで使用していました。

 

 

それ故、少し前なら骨董店でもタダで頂いたものです。

今では少し見直されているかもしれませんが、フリマなどでは百円以下で見かけることが有ります。

 

 

評価の低い印判小皿ですが、それでも百年近く前のものです。

それに、面白いのが図柄の多様さです。

珍しい図替わり印判も有りますが、私はシンプルな幾何学文様が好きです。

 

 

どこにでも有った普通のものが、いつの間にか無くなっていたということを、これまで何度も体験してきました。

印判小皿も手軽に求められるのは、今のうちかもしれません。

 

 

 

 

 

親戚から頂いた唐辛子です。

大きくて辛みも強いので、これで沢山「ペペロンチーノ」が作れます。

私は酒の肴として、ペペロンチーノを作ります。

 

 

ニンニク風味でピリッと辛い味は、日本酒やビールにも合う気がします。

暴君ネロが大好きだったと言いますから、二千年も前から愛されている味です。

イタリア料理ではペペロンチーノを食べると、作り手の力量がわかると言われます。

私のは適当ですが、シンプルなものが好きです。

 

 

作り残しのパスタは干からびて不味いものですが、私は翌日残ったペペロンチーノを、煮て食べることが有ります。

塩コショウなどで味を調えれば、ニンニク風味ピリ辛の塩ラーメン風に成ります。

つゆだくのスープスパゲティと思えば、食べられないことも有りません。

 

 

 

 

 

 

そば猪口を一つ頂きました。

大振りで窓絵に牡丹が描かれたものです。

ニューが二本有る大傷ものですが、そば猪口は私の収集の原点ですから、何でも有難く頂きます。

 

 

料治熊太氏のそば猪口によると、そば猪口の絵付けには寒暖同居表現が多く見られると言います。

一年を通じて使用される日用雑器のそば猪口が、季節に関係なく使用出来るように、あえて寒暖(冬夏)織り交ぜた図柄にしているという事の様です。

 

 

これは「雪輪露草文」のそば猪口ですが、雪輪は冬(寒)を、露草は夏(暖)を意味し、斜め格子は氷裂(寒)を、だみ潰しは夏の盛んな気象(暖)入道雲か?を表わしていると言います。

 

 

このそば猪口場合は、斜め格子は氷裂で冬(寒)を、羽のようなものは繁った葉っぱで夏(暖)を表わしているとしています。

 

 

そうすると、この頂いた蕎麦猪口も、斜め格子は氷裂で(寒)、咲いた草花は(暖)の、寒暖同居表現かもしれません。

 

 

全てのそば猪口に当てはまるものでは有りませんが、絵付けの組み合わせ方として、一理有る気もします。