以前骨董市で求めたものです。

私が求めるものは、せいぜい千円単位のものです。

時に百円単位のものも有りますが、これもそうです。

 


布に見えますが、和紙に刷られた千代紙です。

以前ネットオークションで見つけたのですが、その時買えなかったものを、骨董市で見つけたのです。

値段も安かったので、好みの図柄を十数枚選びました。

 

 

 

窓辺で光にかざすと、更に鮮やかな文様が引き立ちます。

やはり、印刷の千代紙とは違った美しさです。

元々千代紙は、浮世絵師が作り始めたと言われています。

それ故、浮世絵と同じ様な美しさを感じるのでしょうか。

 

 

 

木版の千代紙の本来の価値は分かりません。、

それでも、百円や二百円で求めることが出来るのですから、嬉しいですね。

必ずしも美しさと値段は、比例しないということでしょう。

 

 

昭和レトロの懐かしい千代紙も有りますが、また違った面白さが有ります。

それらは、後から紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

前回のブログで書いた植村直己が使用していたエクスプローラーⅡを見つけました。

愛用していたセイコーのダイバーズウオッチも復刻版が作られている様ですが、50万円もする様ですから普通の人には手が出ませんね。

それほど優れた性能でもない古いダイバーズウオッチが、なぜ人気があるのでしょう。

 

「植村直己と山で一泊」ビーパル編集部編小学館文庫より

 

「植村モデル」はともかく、デザインや雰囲気の様なものでしょうか。

ちなみに私はダイバーズウオッチは、ほとんど持っていません。

ダイビングはしませんし、最近の時計は防水仕様ですから必要性を感じ無いのです。

唯一所有するのは「オリエント」の「スキンダイバー」です。

60年代に作られたかなり昔の時計ですが、ねじ込み式リューズの300m防水で、当時最先端の時計だったと思われます。

 

 

ガラスがひび割れていたので交換したのですが、純正部品でない為ダイバーズウオッチながら、洗顔も出来ないかもしれません。

やはり古い時計で一番困るのは、部品が無い事でしょう。

以前、知人から譲られた「キングセイコー」も、動かなくなったので修理に出しました。

 

 

私の住む小さな町にも、昔は3軒も時計店が有ったのですが、今は1店も無いのです。

行ったのは、知人に教えられた隣町の高齢夫婦が営んでいる小さな時計店です。

「今はあまり修理はしないのですが、とりあえず見てみましょう」と時計を置いてきました。

見積もりをもらう予定でしたが、二日後に「もう治っていますよ」と連絡が来ました。

ゼンマイが切れていた様でしたが、修理代が五千円だったので安心しました。

 

 

時計を受け取りに行くと、「この時計はセイコーの最晩期の手巻きで良い機械です。まだまだ使えますよ」と言われました。

50年近く前の時計が、まだまだ使えると言う事。・・・・・・つまり一生使えるということです。

手入れや修理をしながら気に入ったものを長く使う、今の製品では中々出来ないことですが、昔作られたものは、少し違う気がします。

 

 

 

 

 

久しぶりに伐採地跡の遺跡に行ってみました。

前回は調査範囲を広げて、これまで足を踏み入れなかった所まで探したのですが、思ったほど遺物は発見できませんでした。

やはり遺物は地中に有るのでしょうか。

 

 

再び原点に戻り、木材搬出で表土が剥ぎ取られた場所を探すことにしました。

以前、石棒や土器片などを見つけた所です。

地表に溜まった数センチの土砂と、それを除けた地表を探します。

すると、石鏃や大型の尖頭器などが出て来ました。

地中に埋まっている石器も有りますが、「始めからここに埋まっていたものか、重機などで押されて、ここで埋まったものか」ハッキリしません。

 

 

この三角錐状の石器は、先端がだんだん細く鋭くなっていますから、どう見ても槍先です。

「三稜石器」などに似ていますが、ただ、この石器は剥片ではなく、自然石を加工したものに見えます。

もうひとつも、分厚く大きな剥片を加工したものです。

 

 

先端及び基部が調整されていますから、これも尖頭器なのでしょう。

「剥片尖頭器」や「ナイフ形石器」に似ていますが、これらは古い時代の石器です。

少し離れた所でも似たものを見つけましたが、ただ、同じ様に見えても、必ずしも古い時代のものとも限りません。

判断するには、もう少し調査が必要です。

 

 

私は土器片などは、ごく小さなものまで採取していますが、少し変わったものを見つけました。

鏃状の縄文土器片です。

縄文土器を再利用した「土製円盤」や「土錘」などが有りますが、調べると「鏃状土製品」と言うものが有ります。

詳しいことは不明ながら、その可能性が有ります。

 

 

この遺跡でも、訪れる度に何かしら小さな発見が有ります。

充分に見たつもりでも、現場を何度も訪れ確認する事は大切なことです。

「現場百回」は、何にでも当てはまる格言の様です。

 

私が中学に入った時、両親が時計を買ってくれました。

セイコーの「ファイブアクタス」、青い文字盤のカットグラスです。

この時計は、故障もせずに良く働いてくれました。

それ以降、私の時計のほとんどがセイコーです。

探検家の植村直己が、セイコーの時計を愛用していたのは有名な話です。

 

 

ただ、北極点犬そり旅行の際は、ロレックスから送られた「エクスプローラーⅡ」を使用していたのですが、極寒で動かなくなって取材カメラマンのセイコーのダイバーズウオッチと交換したといいます。

でも、この「エクスプローラーⅡ」は故障した訳では無く、体に身に着けてなかったため油が固まっただけで、温められると直ぐに動き出したとされています。

この話は「BE-PAL」で読んだと思いますが、この時見た「エクスプローラーⅡ」の斬新なデザインが印象に残っていました。

この時計には、洞窟や極地など昼夜が分からない所でも使用出来るよう、大きな24時間針を備えています。

 

 

当時もアウトドアブームで、私もキャンプや登山、渓流釣りなどが好きでしたから、野外でも使える丈夫な時計が欲しいと思っていました。

丈夫な時計=探検家の時計=植村直己=エクスプローラーが頭の片隅に有って、セイコー以外で最初に求めた時計が、この「エクスプローラーⅡ」なのです。

でも、私が雑誌で見て欲しかった初期モデルは、既に生産が中止されていました。

求めたのは、当時販売されていたサードモデル、人気が無いため安かった白文字盤です。

かなり昔に求めたと思っていましたが、シリアルナンバーで確認すると、まだ20数年しか経っていません。

 

 

エクスプローラーには、原点でもある「エクスプローラーⅠ」も在るのですが、こちらの方がシンプルで私の好みです。

エクスプローラーは丈夫で正確ですから、何も不満は無いのですが、ただ当時ならば本当に欲しかった初期モデルも、まだ求めることが出来たのです。

しかし、中古でも新品より高価でしたし、信頼性も考えて新品にしたのですが。

 

 

今では、買えなかったこれらの初期モデルは、私では到底手が届かない高価なものに成っています。

それ以外の当時モデルも、概ね高値で取引されていて、中には数倍になったものも有りますから、正に「時計バブル」です。

一点ものでも無く量産された時計に、それほどの価値が本当に有るのか疑問ですが、値上がりを見越し、投機や投資目的で時計を求める人も居る様です。

でも、欲に駆られて求めたものには、愛着も湧きませんし、必ずしもリターンが得られる訳でも無いのです。

時計は使うもので、金儲けの道具では無いのですから、「自分が本当に欲しいものを求めれば良いのに」と私は思うのですが。

 

 

 

この前石器を探していると、山頂から営林署の車が下がって来て私のそばでUターンし再び戻って行きました。

ここは私有地で、林野庁の管轄外ですから何も問題は無いはずです。

後から考えると、黒い服装で斜面に蹲っている私が、熊に見えたのではと思いました。

狩猟シーズンも始まりましたから、熊に間違えられてはたまりません。

 

 

それ以降、私は目立つ服装に、明るい帽子も被ることにしました。

この地域でも、昔は全く見なかった熊や鹿などが、最近は時々出没する様になりました。

ただ、ここは東北とはいえ深山では有りませんから、私はまだ熊は見たことは有りません。

私が怖いのは、獣と一緒に広がっているダニや感染症です。

 

 

冬になって繁っていた草木が枯れて、虫や蛇の恐れが無くなりました。

いよいよ、これまで杉の根などが積み重って足を踏み入れなかった処を探す事にしました。

南向きの山の斜面ですから、「棄て場」の様な処が見つかるかもとの期待が有ったのです。

ただ、地表は木の根などで覆われていますから、探せるのはそのすき間です。

遺物は発見出来たものの、思ったほどでは有りませんでした。

数千年も昔のものですから、遺物が有るとしても、やはり地中なのでしょうか。

 

 

磨石や敲き石、剥片などは見つかりましたが、明確な石鏃や尖頭器などは見つかりません。

ただ、石斧と思われるものを幾つか見つけました。

一つは板状の礫を、敲打により整形したもの。

片方の先端が折損していて、石斧の刃が欠けたものに見えますが、板状の石棒が折れたものにも見えます。

 

 

もう一つは楕円の礫を、分割して作られた簡素な石斧です。

側面に原礫面が残り、一般的な石斧とは少し違う形ですが、円刃の刃先には使用した痕や、赤く焼けた痕も見えます。

 

 

私は石斧は、斧や鍬の様に木の柄に装着されて使われるものばかりと思っていたのですが、中には直接手に持って使用したものも有った様です。

そうすると、手近に在った扁平な礫をそのまま使用したり、簡単に分割しただけのものも有ったかもしれません。

 

 

この石器を見て感心したのは、礫を3度割れば簡単に完成し、一つの礫から複数作ることも可能なことです。

偶然なのかもしれませんが、石斧ならば効率的な形と言えます。

ただ簡易な作りでも、必ずしも古い時代のものと言えないのが石器の難しいところです。

 

 

今回も古い時代の石器に似たものを幾つか見つけたのですが、これらが単なる剥片なのか、偽石器なのか、難しいので判断できません。

ただ、ここで最初に鉄鏃や陶磁器を見つけた様に、出て来た遺物が全て同じ時代のものとは限らないのです。

 

 

ここは、二つの河川の合流付近にある山地の平坦部ですから、食糧や石器の材料も得やすく、昔から人が住むには最適な場所だったと思われます。

これまで確認した遺物から縄文時代は間違いないものと思いますが、それ以外の時代にも人々が住んでいた可能性は高いのではないかと思っています。