この前、古いセイコーの「クロノグラフ」を知人から頂きました。

「クロノグラフ」は、ストップウォッチ機能が有る時計のことです。

調べると、頂いた「クラウンクロノグラフ」は思いがけず貴重なものの様です。

1964年のオリンピックの年に発売された日本発のクロノグラフとされています。

初期製の裏蓋には「五輪」が刻まれていた様ですが、残念ながら確認できません。

 

 

当時の値段は8,500円ですが、ただ60年前ですから、今ならどれ程だったのでしょうか。

私はセイコーの機械式のクロノグラフを幾つか持っていますが、これらも全て50年近く前のものです。

それ故外見は傷だらけですが、ただ中味には問題はありません。

これほど前のものがまだ使えると言う事、つまり一生使えると言う事です。

 

 

私はここ二十年くらい新しい時計は求めていません。

お金が無いことも有るのですが、欲しいと思う時計もあまり無いのですね。

それに私は、新しいものよりも古い使われたものの方が好きなのです。

時計は既に十数本有りますから、これで一生充分だと思います。

 

 

 

 

 

 

 以前は斜面の地表で石鏃を見つけました。

そうすると、上から流されて来た土砂の中にも遺物が含まれているかもしれません。

そこで、フルイを使って探すことにしました。

フルイは発掘現場でも、ごく小さな遺物を発見するために使われているそうです。

 

 

黒曜石は出なかったものの、石器を作った際の破片や石鏃を見つけました。

小さな石鏃は長さ1,5㎝厚さ1㎜重さ1g程度でしょうか。

疑問は、「こんなに小さくて本当に使えるのか」と言う事です。

小さく軽いので、矢柄への装着やバランスなどの問題が有ります。

 

 

調べると、鏃と矢柄の間に「根挟み」と言われる中間柄を使ったのではと有ります。

確かに、これなら小さな鏃でも装着は簡単、重さのバランスも取れます。

また、当初は大きかった鏃が折損したり再生されて小さくなったとも有りましたが、本当のところはどうなのでしょう。

 

 

石鏃以外にも石器とは思うものの、何か分からない不思議なものも見つかりました。

尖った先端が、牙や動物を連想させる不思議な形です。

サドル型の石の先端には剥離があり、磨かれています。

三脚石器に似ていますが、道具では無いのかもしれません。

 

 

左の石の先には、頭の様なものが作られています。

これらの形自体に何か意味が有って、祭祀などに使われたものかもしれません。

 

 

それ以外にも、磨かれた玉石や石器に見えるものが幾つか見つかりました。

おまけは、「アンモナイト」の化石です。

 

 

これまでも石器を探していて、化石を見つける事は良く有りました。

アンモナイトはこれで三つ目です。

冬になり草木が枯れて、虫や蛇の心配が無くなりました。

今後は、杉の根が積み重って、これまで調査出来なかった所に足を踏み入れる予定です。

 


 

 

この季節になると、毎年知人から必ず牡蠣を頂きます。

宮城は広島と並び牡蠣の産地です。

海が綺麗ですから美味しいのは当たり前ですが、ただ私は生牡蠣は苦手なのです。

 

 

そこで、火を入れて食べるのですが、殻付き牡蠣はシンプルに蒸し牡蠣にしました。

私の一番のお薦めの牡蠣料理は、牡蠣のオイル漬けです。

牡蠣を焼いた後、ニンニクと南蛮を刻んだオリーブオイルに漬けるだけですが、旨味が濃縮され、これが酒の肴には最適です。

 

 

今回は鮑の「開口」が有ったので、一緒に頂きました。

「開口」と言うのは、その季節最初の漁の解禁です。

年末年始の需要を見込んで、この時季に漁が始まる様です。

 

 

コロナの影響で浜値は昨年より低い様ですが、それでも鮑は高価ですから有難いことです。

生きていますから、刺身で食べられますが、私は身が柔らかくなる酒蒸しにしました。

緑色のものは鮑の肝ですが、これも新鮮ならば美味いのです。

 

 

酒は気仙沼の男山の「蒼天伝」。

本醸造ながら、微かに吟醸香がするキレのある酒です。

三陸の港町の酒ですから、魚介に合わない訳が有りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お寺の近くに有る遺跡の続きです。

遺物が見つかったのは、寺の墓地から少し離れた山の伐採跡です。

今度この伐採跡の近くまで、墓地が拡幅されると聞きました。

行って見ると、既に整地が始まっていましたが、遺物は何も見つかりません。

そこで、伐採跡をまた探して見ました。

小さな土器片を見つけた場所の周りを掘ると、黒土の中から土器の底の部分や石器らしいものが出て来ました。

 

 

さらに少し上の方を探すと、地表に小さな石鏃を見つけました。

久しぶりに見つけた石鏃らしい石鏃です。

周辺では少し大きな石鏃も見つかりました。

偶然にも私の今日の新聞の運勢は「見当はずれの場所を探っているのかもしれない」でした。

遺物は高い上方から低い下方へ動くことは有っても、その逆は普通考えられません。

そうすると、石鏃を見つけたこの上にも遺跡が有ったのでしょうか。

 

 

少し下がった所では、小さな球状の敲石を見つけました。

私の知る遺跡では、不思議とこの小さな球状の石器が出て来ます。

球形の石は通常、川の下流や海岸でしか見ることは有りません。

標高の高い山中に有れば、石器の可能性が高いのです。

この石には敲き痕が有るので、敲打具と思いますが、どの様に使用されたのでしょう。

小さいので、敲く対象は決して大きなものでは有りません。

石器加工に使うとしても、重さもあまり無いので仕上げの段階でしょう。

そうすると、台石に載せた小さな木の実や昆虫、食物を取り出す為に巻貝や骨でも敲いたのでしょうか。

 

 

球形の石にはツルツルなものや赤く焼けたもの、黒いタール状の色の付いたものも有ります。

この球の形に何か意味があるのでしょうか。

ツルツルなものは摺り石として使われたと思いますが、確かに、敲き石ならどこでも点で敲くことが出来ます。

投げやすいので石つぶてとして、狩猟具や武器として使われた可能性も有るかもしれません。

 

そして何より、球形は縄文人がいつも見上げていた太陽や月の形と同じですから、何か特別な意味が有ったのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼岸の墓参りついでに、以前見つけたお寺近くの遺跡に行って見ました。

思いがけず嬉しい発見が有りました。

両面加工の美しい尖頭器が見つかったのです。

以前何度も見た所ですが、雨で土が流されたのか、重機で土が押されて現れたのでしょうか。

尖頭器は槍先に使用されたものと言われていますが、この石器も小さく見えますが8㎝も有ります。

 

時間が経ったので、少し景色も変わっていました。

伐採跡は、整地のため斜面の一部に土が被せられていました。

遺物の採集は難しくなるかもしれませんが、遺跡は地中に残るかもしれません。

雨で土が流されたのか、斜面には大きな石が幾つも頭を出していました。

尖頭器以外にも、石鏃や石斧、石棒らしきものを見つけました。

 

 

石鏃は剥離が不明瞭で少し怪しいものですが、磨製石斧は基の部分だけですが、丁寧に磨かれたものです。

また、今回初めて石棒らしきものを複数見つけました。

折損したものは、研磨により扁平に整形している様です。

川原石を利用したものは、陵や先端などに敲き痕があるものの、石全体の整形は確認できません。ただ赤く焼け煤が付いています。

 

 

石棒類は、火に投じたり折損し、あえて破壊したものが沢山の遺跡で見つかっている様ですから、関連が有るかもしれません。

ただ、近くの地中に大量の炭化物を確認したので、後に、たき火や山火事などで焼けた可能性も有ります。

 


地表付近には、炭以外にも木の皮などが混入していました。

たぶんこの場所は、これまで何度も林道の造成や杉の伐採と搬出により、地表が削られ地層が攪乱しているのでしょう。

遺物は少ないものの広範囲に散らばっている様ですから、どこかに攪乱せずに旧表土が現れている所が有るかもしれません。

冬になり草木が枯れたら、再び探したいと思います。