高血圧を予防する生活習慣、知ってる?

 

知ってるけど、できていません。

別に、投げ出しているわけではありませんが・・・

 

今日は世界高血圧デーらしいです。

何ぞや・・・と思って調べてみると、日本高血圧学会が5月17日を「高血圧の日」と制定したみたいで、国際高血圧学会の一部門である世界高血圧リーグにより、高血圧およびその管理に関する啓発を目的として、2005年に「世界高血圧デー」創設されたみたいです。(日本高血圧学会ホームページより。詳しくは、こちらから。)

 

自分が「高血圧症」と診断されたのは、平成20年(2008年)のこと。

今までは特に何ともなかったけど、その年の健康診断を受けたときに、上の血圧が「190」をたたき出すことに。その時の問診の先生から「半端なく高い数字ですよ」と指摘され、通院することに。そうか、もう10年以上も通院しているんですね。

 

それからは投薬治療を続けて、血圧は一応安定。

でも・・・薬だけの治療に頼っていますね。ちゃんと運動をした方がいいと思っているのですが、できていませんね。今は車通勤ですしね。いや、何度かスポーツジムにも通ったのですが、1年を過ぎると停滞していくんですよね。今までに2回ジムに入会したけど、2回とも仕事が忙しくなって行けなくなってしまいましたね。今回も仕事が安定してきたらジムに行きたいなぁ・・・と思っていましたが、今のこの状況では・・・ねぇ。

 

いや、重要性は重々承知しています。

いますが・・・ハイ、ヘタレなのでヘタレで終わっています。

 

ちゃんと頑張りますから…時期が来れば。

 

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週末の定例職員ミーティング。

今日で入職して4か月が終了。そんな自分が、業務支援システム導入についての説明を行っている状態。小さな法人なので「入職して・・・」なんて関係ないけど、新入社員という肩書はほとんど通用していませんね。

 

業務終了後には、グループホームの職員さんと利用者さんのことで雑談。

話を聞いていて「そうなのかぁ・・・」と考えてしまいました。

 

入職してからB型の支援員として仕事をしてきましたが、相談支援事業所の相談支援専門員としての仕事をする日も着々と近づいてきています。理事会では6月からの実施が承認されているので、早くて来月から始まります。

 

当面の間は、B型の利用者さんだけを受けることに。

今自分が働いている地域には相談支援事業所が4つしかなく、うち2つの事業所に集中している状態。「せめて自事業所(うちのB型を利用している利用者さん)だけは受けてくれないか」との話から相談支援事業が行われることになり、その担当者として採用されたのが自分。なので自分が計画相談を行うのは既定路線・・・というか、その予定で仕事をしているわけであります。

 

利用者さんの中には、自分とかかわりができた利用者さんがいれば、そうでない利用者さんも。中には気になる利用者さんもいるのですが、まだ自分のかかわりが少ないため見えてきていない利用者さんもいます。利用者さんのことの雑談は、そんな利用者さんの話でもありました。

 

ふと、以前自分が書いていた「サービス等利用計画」の記事を見返しました。

記事を見ると結構前からやっており「あぁ、もうこんなにやっているんだ」と思いました。計画相談が始まったころは右も左もわからない状態で、自分も不安と心配の中スタート。やっていくうちに色々と思うところもありながら、ここまでやってきました。

 

職員さんとも話したのですが、利用者さんの支援がうまく回るかは、相談支援専門員の力量にもよる部分があります。今の職場に来てそれは強く感じており、どうやって利用者さんの生活を支援していくか・・・カッコつけて言えば「プロデュース」していくかが問われています。

 

自分が計画相談を始めたころは「何でこんなものを」なんて思ったりしました。

色々と考えても結局行政(市役所)からいちゃもんがついて「やってられるか」なんて思ったことも多々ありました。もちろん、計画相談が入ったことでうまくいったケースもありました。成功事例ができるとやりがいを感じますが、ほとんどの場合はそこまで感じることは多くないのです。むしろうまくいかないことの方が多く、色々と壁が存在するわけです。

 

その壁も様々で、本人自身の壁であったり、ご家族の壁であったり。

行政が壁になることがあれば制度そのものが壁になることも。その壁が根深かったりたくさんあったりすると「多問題ケース」とか「困難ケース」とかになるわけです。そこまで来ると1人の力ではどうにもならず、いろんな人の協力や連携が必要になってきます。もっとも、自分一人で何かできるとは思っておらず、むしろ自分が迷惑をかけることもあるのかな・・・と感じています。

 

決して腕が鳴るわけではありません。戦々恐々も・・・しているかな。

自分がやってきた支援ってホントちっぽけなもの。そんな自分がどこまでできるのだろうか。自分一人で抱え込まずに、何でもざっくばらんに話したり聞いたり、相談したり雑談して見つけていけるといいのかもしれません。

職場の周りは、住宅地でありながら農地もあります。

その農地のほとんどは、梨畑。職場の近くの梨畑では、梨の袋掛けが行われていました。

 

3月の下旬に花を咲かせ、あっという間に袋掛け。

歩いていても実ができ始めたのに全然気づきませんでした。気が付いたらすでに袋掛けがされており「おっ、早っ」と思っていました。

 

自分の住んでいるところでも梨は名産ですが、職場の地域も梨が名産。

特にこの地域で生産されている品種はジューシーで甘くておいしい。デパートやスーパーに出回ることはほとんどなく、直売所でしか手に入りません。同じくぶどうも名産で、この地域で生産されるぶどうも市場に出回ることはありません。

 

毎年夏はこの梨とぶどうがデザートとして我が家にも出てきます。

それが今年は、もっと身近に買うことができるので、今から楽しみ。もちろん「高級種」に当たるものなので値段もそれなりにしますが・・・それでも、払って食べるだけの価値はあります。

 

生産者の方のご努力でその恵みにありつける梨。本当に、有難いことです。

今週からカレーショップの営業が1日増えることに。

と言ってもやることはそんなに変りないので問題はないけど、その分B型の方に関わることが多くなるということ。予定では来月から相談支援事業を再開することになっているけど、多分すぐにやることは少ないかなと予測。もっとも、相談支援をしながらB型にもかかわれる方が、気分的には楽なのかもしれません。

 

そんなわけで、今日も明日以降の営業に備えて仕込み。

ちょっと遅く入ったため、大部分の作業は利用者さんでできている状態。まだ手がついていなかったのは、サラダの準備。ニンジンの千切りがあったので、今までやったことはありませんでしたが取り掛かることにしました。

 

一応、他の職員さんに確認しながら進めることに。

千切り用のピーラーがあったので使ってみたけど・・・うーん、うまくいかない。ピーラーで引いても、千切りになっていない。なのでできていないものは自分で千切りをすることに。

 

またしばらくしてピーラーで引くものの、やっぱり千切りにならず。

ニンジンもピーラーで引くごとに、自分の体にはない「くびれ」ができていく状態。くびれを解消しようと引き方を変えてみるものの、今度は短い千切りに。うまくいかない・・・と必死になっていると、ニンジンが手元を離れ飛んで行ってしまう状態。その繰り返し、3回ほど。

 

ハイ、ギブアップです。

他の職員さんが「何か他にすることありますか?」と聞かれたので、ニンジンの千切りをお願いしてしまいました。うまくいかずゴメンナサイをして、他の方にお任せしてしまいました。決して千切りができないわけではないのですが、今日は放棄してしまいました。

 

できる人間ではないので、こんな時だってあります。

そんな時は素直に他の方に任せてしまうのが、逆に早く終われますからね。自分はその後、カレーの煮込みでコンロの前に1時間。暑かったですが、今日の千切りに比べたらまだ大したことありません。できるところをやればいいだけの話・・・って、ちょっと自分を正当化しているかも。所詮、自分もこんなもんです、ハイ...(^▽^;)

今まで入院したことある?

 

ハイ、入院したことあります。入院の経験は、人生で3回ほど。

最初の入院は保育園の時。猩紅熱にかかって入院。今は溶連菌感染症と診断されるけど、まだ保育園の時は法定伝染病で隔離対象になっていたみたいなので、診断とともに2週間近く入院。退院してもしばらくは自宅生活を送って、完全に大丈夫になって保育園に通園したような覚えがあります。

 

2回目は睡眠時無呼吸症候群の検査入院。

自分ではわからなかったけど、母親からは「呼吸が止まっている」と言われ、車の運転でオカマを掘ってしまったので、1泊入院をして検査することに。結果は・・・重度の無呼吸症候群との診断。深い睡眠に全く達しておらず、先生から「毎晩徹夜しているのと同じ」と言われたのは結構衝撃的な話だったなぁ。それ以来、毎日CPAPを続けています。

 

3回目は、精神科入院。ここでも書いている通り、抑うつ状態での入院。

最初は入院するつもりも全然なかったけど、あまりに自分の状況が八方塞の状態で在宅生活を送ることも困難な状況に。そのため1か月の休息入院へ。確かに休息入院は効果があって、ハッキリ言って何もすることがなくて暇だけど、暇なりにやっぱり環境を変えて休めることは精神の安定には大きな意味があったみたいです。ただし、その後復職したもののやっぱりうまくいかず・・・それから先の話は、今年最初に書いた内容の通りです。

 

まぁ入院はしないで済むなら、したくないですね。

幸いにも今までの入院先の看護師さん、そんなに変な人はいませんでしたね。特に精神科の場合はなんか病院というよりはホテルに泊まっているような感じでしたね。まぁ色々と特徴ある病院だったので、それが良かったのかどうか。

 

最後に、医療従事者の皆様、大変な時に頑張っていることに敬意を表します。

 

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ホント、タイトルそのままです。

パソコンを変えてはいませんが、ネットはちょっと変えました。ネットを変えたというか、自分の部屋のCATVをちょっと変えた形です。

 

やっぱり籠りがちになってしまうことは仕方ないこと。

だから、テレビでネット動画を見れるようにしました。今まではスマホでTVerやABEMATVを見ていたけど、これからはテレビでも見れることに。もちろん、YouTubeも見れるようになりました。

 

あわせてネットの方も、少しだけ変えてもらうことに。

ホントは下り1Gにしたかったけど、大掛かりな工事になりそうだったので小規模に。その結果、前よりもちょっと早く向上しました。

そして、ブログのデザインも変えました。

正直スッキリしたようなものがなかったので、テンプレートをもう少し充実させてもらいたいですね。本音は、今の医療従事者応援のデザインがあるとよかったんですけどね。ご検討のほど、よろしくお願いいたします。

こんなにも静かなGWが終了。

もっとも、ここ数年は「GWって何?」って感じだったし、それどころでもないという感じでしたから、休みらしい休みだったような気がします。と同時に、どこにも出かけずに休むことって結構ストレスを感じるものだとも実感。

 

何もしてないので、特段書くようなこともありません。

でも、ふと「あれってどうなったっけ?」と思いだしたことがありました。

 

雇用保険を受給しているときに、別の手紙で「雇用保険に関する大切なお知らせです」という封書が来ました。差出人は、厚生労働省。雇用保険をもらっているのに、何の知らせかと思いました。封を開けてみるといくつかの書類とともに、次の手紙も同封されていました。

初めはすぐに理解できませんでしたが、裏に受給時期が書いてあることで、理解しました。

どうやら自分も「給付漏れ」があって、その対象だったためにこのお手紙が来たんだな、と把握しました。

 

ニュースでは勤労統計が不適切だったという話を聞いていましたが、その統計をもとに自分が過去に受給していた雇用保険の金額が少なかったみたいで、追加支払いの対象になっていました。自分には関係のないこと・・・というか、まさか自分が対象期間に含まれているとは思ってもいなかったので、この手紙が来たときは「あ、そうだったんだ」と結構あっけらかんとしていました。

 

裏の受給時期を見てみると、2つの期間が書かれていました。

1つは初めて雇用保険をもらった時の期間、もう1つは再就職手当の対象となった就職日。「あぁ、貰ったなぁ」程度しか覚えていませんでした。確かこの手紙が来たのが、就職が決まったころだったような。ただ振込先の口座を送らないといけなかったので、注意書きを見ながらこの時に雇用保険をもらっていた口座と同じ口座にして返送しました。

 

で、あれから月日は流れて・・・まだ、振り込まれていないな。

多分振り込む前に何らかの決定通知が送られて振り込まれるのだと思うけど、その通知もまだ。まぁここに来てそれどころではなくなってしまったので、多分これもまだまだ先になるのでしょうね。別にこのお金を当てにしているわけではないし、同封されていた手紙には給付額の目安として1000円程度とのこと。この時はまだ20代だったから、多分金額はもっと少ないかもしれないから、何の期待もしていませんけどね。ふと思い出したので、何となく書いてみました。

ようやく都から届きました。

もう何年になるでしょうね、自立支援医療。

実はもう1枚一緒に届いて、その受給者証の有効期限は今年の3月までのもの。厳密に言えば3月から受給者証が新しくなって、4月から新しい受給者証になったわけで・・・って、意味わからないですよね。

 

話はさかのぼって、2月のこと。

就職して新しい保険証をもらったので、保険証の変更届出と自立支援医療の更新申請を同時に行いました。保険証が変わったり受給者証を更新するときは必ず所得区分の確認があり、普段は特に変わることはあまりありません。しかし今回は所得が大きく変わったため、市役所の人から「早めに所得区分の変更手続きもしますか?」と聞かれたので、お願いをすることに。

 

言葉で説明をするとわかりにくいかもしれないので、これを参考に。

自立支援医療では通常の医療保険では3割負担になるところを、2割分を公費で負担し、1割負担で医療を受けられる制度です。また世帯(ここでは住民基本台帳でのことではなく、同じ保険;国民健康保険・協会けんぽなど毎に加入している同一の家族のことを「世帯」と呼んでいます)ごとの所得に応じて月ごとの自己負担の上限額が決められています。

 

なので市役所の人から「所得区分の変更手続き」を聞かれたのは、このことになります。

就職するまでは国民健康保険だったので父親・母親・自分の収入で負担上限額が決められていましたが、就職して自分だけの保険(健保)になったので自分だけの収入で負担上限額が決められることになりました。さらに所得区分は前年の収入をもとに計算されるため、前年ほとんど収入のなかった自分は必然的に所得区分が下がり、月額の自己負担上限額が下がったわけとなります。そのため本来の更新申請とは別に、所得区分の変更手続きをした分の受給者証も発行されて、所得区分が変わった3月までの受給者証と本来の4月からの受給者証の2枚が届いた、というわけになります。

 

そんなわけで、新しい自己負担上限額は5000円。これでも、中間所得。

去年までが10000円だったので、半額に軽減。上限が10000円だとなかなかそこまで行くことはありませんが、5000円になるとちょっと現実味のある話に。まぁ体調が悪くならなければ5000円にも届くことはありませんが、体調を崩して何回も受診するようになるとあっという間に5000円になるかもしれませんね。

 

ちなみに、一番自己負担上限額が少なかったのは、2500円の時。

この時は全く収入がなかったので低所得者として扱われ、さらに東京都からの医療費助成もあったので自己負担はなし。8か月ぐらいは医療費なしで受診していた時もありましたね。でも仕事を再開すればすぐに中間所得に戻るので、基本的に普通に仕事をしている人は10000円の自己負担・・・あ、自分の場合は「重度かつ継続」(高額治療継続者)だから上限が設定されているけど、そうじゃない人の場合は上限が設定されないで「医療費の1割」になりますね。これも一時期だけありましたが、すぐに先生が「重度かつ継続」にしたので、精神科の受診はも10000円上限で通院していましたね。なので今回は久しぶりに上限額が変わりました。まぁ来年の更新の時はまた10000円に戻ると思います。ちゃんと仕事を続けていればの話ですが・・・

ここ最近、支援らしい支援の話をしていません。

やっぱりその辺は障害特性の違いというのか、支援スタンスには違いはないのですがその中身に微妙な違いがあるのかもしれません。

 

社会人になってから一貫して障害者福祉に従事してきた自分。

その中でも知的障害の人の割合を半分ぐらい占めていて、残りの半分が精神障害の人。身体障害の人はそこまで多くなく、全体の9割ぐらいが知的と精神だと思います。知的障害の場合は訓練的な支援が大きかったと感じる一方で、精神障害の場合はまさに心理的支援が大きいのかなと感じています。なんかこの辺り、うまく適した言葉がなくて「訓練的」という表現も何か違う感じでもあるのですが・・・うまい言葉が見つかりません。

 

支援方法も大きな違いかな、と。

大体の場合、「支援」というと対面での支援、作業所なら通所してもらってその場で何かを行うことをイメージしやすい気もします。知的の人の場合はまさにこんな感じで、特に施設入所支援なんかは施設の中で生活上のことをダイレクトに行っている例かと思います。一方で精神の人の場合は方法が多岐にわたる。通所しての直接的な支援はもちろん、ご自宅を訪問したり一緒に同行して支援をしたり、中でも電話での支援というのは精神の特徴のような気もします。

 

今日も利用者さんから電話。

朝の電話で利用者さんからは「今日は行きます」という内容をもらっていたのが、午後の電話では「家のことを頼まれてしまったので、お休みします」との内容。そのこと自体は全然問題ではないけど、一昨日までの利用者さんはちょっと雰囲気が違っていました。

 

それは「コロナ」の影響。

一昨日に利用者さんから電話があったときに「Mitakeさん、私決められないんです」と切り出され話を聞くと、テレビで小池さんが「家にいて」「買い物は3日に1度で」というのを見て、家から出てはいけないものだと考えていたとのこと。そうする中で自宅にいるとだんだん自分が怠けてしまっているのではないかと感じ、家にいた方がいいのか、通所した方がいいのかわからなくなってしまった、というのが利用者さんの訴えでした。

 

自分の答えは、好きなようにしていいよ、との返事。

なんかこれだけ聞くと身も蓋もないような感じですが、やっぱり決めるのは利用者さん自身。今のご時世、自分が「来なさい」と言って来るのを強制させることはできないし、「家にいなさい」と留めさせることもできません。通所するかしないかは利用者さん自身で決めるのが自己決定。ただ何のヒントもなく決めるのはさすがに大変なので、あくまで「個人の考え」であることを前提にアドバイスはしました。1つは無理して通所する必要はないこと。都の通知でコロナを理由に通所が難しい利用者さんには在宅での活動も通常通所の支援を行ったのと同様に扱う、というのが出されているので不安な気持ちを持ちながら通所する必要はないし、家でできることを取り組んでいくというのであればそれはそれとして尊重するということ。もう1つは、通所することは決して不要不急の外出ではないということ。確かに3密対策のことは伝えているけどそれは通所を拒むものではなく、通所したい人はいつも通りに通所しても構わない。利用者さんにとって「通所」することは社会生活を維持していくために必要なことと言えるので、通所するために外出をすることは構わないということ。この2点を伝えました。

 

その話を聞いた利用者さんは「え、そうなの?」と、何か発見したかのような返事。

翌日(なので昨日の話)、この利用者さんは遅れて通所し、午後のプログラムに参加。そして今日は電話でお休みするとの連絡をもらったけど、あわせて利用者さんからは「昨日のプログラム(DVD鑑賞)、楽しかったです。また(DVD)見てもいいですか?」と聞かれたので、誰もテレビやDVDを見ていなかったらいつでもいいよ、と返事。一昨日までの電話は何か靄に包まれたかのような感じでしたが、今日の電話はどこかスッキリしたかのような、自分で判断して決めたことをしっかり伝えてきてくれた印象を受けました。

 

支援には自己判断をして、それを尊重していくことも必要。

何か特別なことをしているわけではありませんが、何かあった時の種やヒントを伝えていくことも、自己決定のための支援なのかな、と感じています。

仕事に復帰して3か月半。

だいぶ仕事には慣れてきましたが、それでもやめられないのが求人検索。別に転職をするつもりは全くありませんが、それでも半ば強迫観念的に見てしまう自分がいます。で、求人を見て「今のところよりいい求人はないな」と納得する自分。

 

昔はハローワークの求人も毎日見ていましたね。

今は検索システムが変わったので毎日見ることはなくなりましたが、それでも暇を持て余した時には検索してしまいますね。あと、福祉人材センターの検索や福祉士会の求人情報など。

 

改めて実感することは、本当に仕事に戻ったタイミングが良かったということ。

きっと今の職場の求人を見つけることができなかったら、今頃も求職活動をしていたと思います。で、自分の希望するような仕事も見つかってないので、本当にドンピシャのタイミング。幸いにも職場環境もよく、我ながらに生き生きと仕事をしている感覚があります。前の職場の人が今の自分を見たら、覇気の違いにビックリするかもしれません。極端な話、死んだ魚の目をしていたかもしれません。それくらい、前と今では違います。

 

こういうのって、やっぱり「縁」なのかもしれませんね。

実は今の職場、まだ精神保健福祉士を持っていなかった15年以上も前に応募しようとしたことがありました。でもその時は応募しませんでした。理由はハローワークから問い合わせをした時に「女性の職員が欲しい」と言われてしまい、自分から応募を断念しました。今は相当の理由(同性介助を必要とする)がなければそんなことは禁止されていますし、その当時はどうだったのかなぁ。多分ダメだったと思うけど、当時の施設長はちょっと変な人(長く勤めている職員さん曰く)だったため、ちょっと特殊な環境だったみたいです。そんなことがあったなんて、今の雰囲気からは感じませんね。あ、でもやっぱり長くいる利用者さんからも前の施設長の評判は良くないので、やっぱり特殊な感じだったのかもしれませんね。

 

そんな経緯もありながら入職した今の職場。

ちゃんと土日は休みだし、祝日もちゃんと休み。夏休みもあるみたい。夏休みのある職場なんて、最初の職場以来のこと。夏休みを有休でとっていた自分にはありがたいもの。現場の支援もしながら、近いうちには計画相談の仕事も始まる予定。前にも書きましたが、骨をうずめるつもりで仕事をしていきたいですね。