前回の精神科通院から、1か月。

定期通院で、雨の中行ってきました。

 

前回から始まった、減薬。

1か月経っての経過は、順調です。睡眠の状態も変わりませんし、精神不安もありません。体調の変化もありません。

 

自分が受診する際、いつも睡眠時間をメモしたものを持参しています。

これはパニック障害(てんかんの疑いがあった時を含めて)で受診を開始してから始めたことで、当時は睡眠時間よりも体調の状態を記録していました。受診するときに何があったのか、自分が忘れずにちゃんと伝えられるようにするために始めたもの。

 

今のメモは、本当にきれいです。本当に就寝時間と起床時間を書いているだけ。

でも受診開始当初は、本当に色々とありました。今は1か月に1回のペースで受診していますが、治療開始当初は2週間に1回のペース。いつもA4の紙に印刷して持って行っていますが、今は1枚で収まっているものが、当時は2週間だけにもかかわらず2枚にびっしり書かれえて持参することがほとんどでした。何かしたあったということなんですよね。

 

当時の記録には、今思えば些細な出来事もものすごく書いている状態。

体調面から始まり、仕事での自分の状態や家での過ごし方など、本当に事細かく書いている状態。パニック様の発作もかなり起こしていたし、全体的に体調は悪い状態。そんな記録は4年ぐらい続き、5年目ぐらいから少しずつ落ち着きだしました。

 

その間、転職などもをして一時的に体調を崩しながらも、何とか生活。

ただ去年・一昨年は大きな変化もあって、かなり体調を崩したのは、既にお話している通りです。

 

そして今年、社会復帰し体調も良好。

職場環境も良好なので、体調変化はなく、記録もきれいさっぱりなものになっています。で今日はどうなるかなと思いましたが・・・しばらくはこのままいきましょうとのこと。

 

うん、正直ほっとしました。

「また減薬かな?」と思っていましたが、今のお薬を当面維持できることで安心しました。またここで体調を崩すことはしたくないし、今度は慎重に行きたい。確かに体調は良好だけど、良好だから継続になったのかもしれません。

 

今日から減薬2か月目突入。

このまま体調を安定させていきたいですね。

利用者さんとの朝礼を終えた後、事務所に戻り仕事をしていると、利用者さんが。

その利用者さんは7月に障害者雇用での就労となった人。でも状況は、かなり悪くなっています。

 

もちろん就職前に事前実習もしました。

その上での雇用となり、雇用に当たっての配慮事項なども確認はしていたみたいではありますが・・・どうやらそれも「なし崩し」になってしまったみたいです。

 

その結果、利用者さんは出勤できない状態に。

精神症状も出てしまい、とてもじゃないけど就労できる状態ではない状態に。就労支援センターの職員の方が間に入って調整をし、しばらく仕事は休むことに。

 

その状況になって初めて利用者さんと会いましたが、口数はない状態。

なので「今、寝れています?」と体の状況を気遣うことに。すると少しずつ今の状況を話してもらえました。やっぱり今の状態は、利用者さんにとっては合ってない状態みたいです。

 

自分の話にもなりますが、体を壊してまで仕事をする必要はありません。

必要がないというよりも、体を壊すような仕事はするものではありません。結局自分も仕事で体を壊してしまい、辞めてしまいましたからね。

 

何より大事なのは、健康。

その利用者さんは障害者雇用になる前までは生活保護を受給。就労したことにより保護も廃止になる方向でした。でも今のような状況では「頑張ってやっていこう」なんて言葉はかけられません。もう一度生活保護を受給して構わないから、健康を立て直す必要があります。

 

生活保護についての話は色々としたいのですが・・・今は置いといて。

利用者さんも最初は就労できたことの喜びや充実感があったと思います。しかし次第に労働環境が変化していき、一人孤立になる。そうなってしまった時、周りがヘルプを出してあげないと、孤立は一層進みます。

 

精神障害の人の場合、肉体的なものより精神的な支援が必要です。

就労できたとは言え、精神的な脆弱性があることには変わりありません。障害者が就労できる環境というのは、健常な人でもハードと思えるような環境が多いのも事実です。利用者さんが就労した環境も同じで、もし自分だったら続けていけないだろうな・・・と思います。なので3か月、よく頑張ったと思います。

 

どんなものより、健康が一番です。健康以上に優先するものはありません。

健康をなくしたら仕事もなくしますし、お金もなくします。また自分のことに戻りますが、自分も健康が害され仕事ができなくなり退職。自分の場合は障害者手帳を取得できたことで失業手当が手厚く貰うことができたので、幸いにもお金が尽きるということはありませんでした。でも、もし手帳が取得できなかったら・・・うん、貯蓄のない自分はお金が尽きていたと思います。

 

逆に健康であれば、仕事にも就けますし、収入も得られます。

就労継続支援B型の場合は満足な収入は得られませんから、必要であれば生活保護を受給するのも、方法の1つです。少なくとうちの施設を利用していて生活保護を受給している人の生活は、決して華美ではありません。質素に、慎ましやかに生活を送っています。生活保護を貰ってギャンブルに保護費をつぎ込んでしまうのは、ほんの一部の人だと思います。そういう人は、逆に何の支援も受けていないからそうなっているのであり、ちゃんと支援を受けている人は悪い使い方はしていません。

 

ちょっと話はそれましたが、健康第一。

その後のことは、健康になれば自然と次が見えてきます。戻ってくるところがあるから、戻ってきて、それから色々と考えて行きましょう。

職場に出勤して早々、母親からLINEが入りました。

内容は、父親のこと。スリーアップとのこと。

 

スリーアップ、介護認定で3つ上がりました。

今までは「要支援1」だったのが、今回は「要介護2」とのこと。どんな認定でこんなに上がるんだよと思いつつも、妥当な評価をしてもらったと思います。

 

介護問題・・・というか、本人は何も困ったことはないのですから。

そりゃそうだ、本人は何でもできると思っていますしね。別に体の介護を必要とする状態でもありませんから。問題は、認知症。

 

うーん、いつから認知症になったのでしょうね。自分もそこまで関心持っていませんでした。

明らかに指摘されたのは、3年前のこと。急性心筋梗塞で緊急入院となり、カテーテル手術をした後のこと。切開して止血した場所を自分で外してしまい、大流血。両手拘束のミトン対応になっており、先生からも「認知の方が来ているみたいです」との指摘。

 

心筋梗塞の対応で一段落した後、神経内科を受診。

そこで薬を処方され、かかりつけ医に戻される形に。で、今の長谷川式認知症スケールのスコアは13点とのこと。明らかに認知症です。

 

ただ、今までの介護認定では「要支援1」に留まっていました。

脳幹梗塞と脊柱管狭窄症をした母親の方が「要支援2」で、バリバリの認知症の父親の方が「要支援1」って、正直あり得ないって感じ。一度再認定を行ったのですが、その時も「要支援1」の判定。なので今回も変わらなかったら、不服申し立てを行うつもりでいました。

 

多分、3つ上がった大きな理由は、家族の話も加味したことだと思います。

今までの認定は全部本人に聞いて、家族には特に様子を聞かなかった状態。なので本人が「できる」と言ってしまえば、できると判断されてしまう。特に身体的な不自由もなく、理解しているかは別としてバスに乗って出かけることができることもあり、認知症の症状も軽く見られていたのだと思います。

 

でも今回は、立ち会った母親に調査の人が丁寧に様子を聞いたとのこと。

当然、母親としては色々と苦労がありますから、そのことはすべて話しました。本人が「できる」と言っても、実際には見当識のずれがあり、日にちも時間もあっていない。腕時計をつけているけど、その時計も正しく読めない。日中活動はテレビを見ているだけで、自発的に行動はあまりない。ただ、デイサービスは気に入っている様子・・・など、多分今の様子や母親の苦労を話したのだと思います。

 

その結果が、今回のスリーアップで「要介護2」に。

予想では「要介護1にはなってもらわないと・・・」と思っていましたが、その上をいく結果だったので、認知症の部分を適切に評価してもらえたのだと思います。

 

介護保険に限らず障害福祉サービスでもそうなのですが、「できる」というのは危険です。

結局「できる」という言葉1つで支援の必要性が変わってきます。調査員の視点も課題なのですが、本人や家族が安易に「できます」という言葉をそのまま聞いて判定に反映されてしまっては、本当に必要な支援が受けられなくなってしまいます。「疑う」という言い方は語弊がありますが、「できる」と言っても本当にできるのか、「わかる」と言っても本当にわかっているのかはちゃんと確認しなければいけません。例えば「今日は何月何日ですか?」とか「年齢はいくつですか?」とか、基本的なところはちゃんと確認するべきこと。そこで違和感を感じて、掘り下げればどの程度の認知症なのかは、推測できます。

 

障害福祉サービスの区分認定も同様。

なんでも本人が「できる」というからそのまま・・・ではなく、実際にやってもらうことが必要。あと、家族が本人のことを良く見せようとして「できます」と答えてしまうのも、大変問題であること。周りの人も「できる」と言ってしまえば、できると判断されます。その結果障害支援区分が低く出て「これはおかしい!」と言っても、本人の状況を正しく適切に、ありのままに伝えていないのですから、そうなるのは当然のことです。

 

「できること」があるのは、良いことです。

しかし「できない」ものは「できない」とはっきり言うことも大切です。より具体的に、何はできるけど何はできない、と伝えたり、こういうことができない、とはっきり例示することも必要です。支援が必要であることを伝えるのが、介護保険の認定調査や障害福祉サービスの区分認定調査で大事なことなのです。

 

と同時に、認定調査員の方の技量も高めていただきたいです。

「言葉に出ないこと」をしっかりとくみ取って、本来どのくらい支援が必要なのかを見極めていただきたいものです。

今日は支援システムのアップデートをお願いしました。

支援システムの導入も、色々と紆余曲折があったみたいです。

 

支援システムを導入したのは、今年の6月のこと。

しかし導入の検討が始まったのは、自分が入る前のこと。少なくとも、2・3年前から話題が始まっていたようです。

 

その間、一度導入を試みたものの、うまく機能はしなかったみたい。

そこから資料は色々と集めていたみたいだけど、実際の導入までには至らず。そうしている間に職員の退職などもあり、導入どころの話ではなかった様子。

 

そして今年、自分が入職してシステムの話が出ることに。

ちょうど前の職場でシステムを導入しての支援を行っていたので、システムの良し悪しは自分も何となく把握していました。そこで自分も関わって、資料を集めたり話を聞いたりしました。

 

その結果、5月には導入元を決定し、6月に納品。

今もカスタマイズをお願いしている最中ですが、2・3年停滞していた話が、自分が入ったことで一気に導入へ。こんなに話が早く動くとは、思っていませんでした。

 

で、今日は自分が主に使う相談支援のシステムのアップデート。

独自様式に対応するためのアップデートで、アップデートそのものは約20分くらいで終了。自分も内容を確認し、ひとまず安心。今まではエクセルのフォーマットに入力をしていましたが、これからはシステム一本で仕事ができるようになり、大助かり。まだ今日のアップデートでオーダーを出したので、もう少し時間がかかります。

 

あわせて、全体で使っているB型の支援システムについても確認。

あと1・2か月先にカスタマイズの納入がされるので、その間に取り急ぎ確認したいことを対応していただきました。その中で、国保連に請求するためのフォーマットにエクスポートする対応が何時になったらできるのかについて聞くことに。

 

すると「それって・・・これですか?」と、いとも簡単に説明。

あれ、もう入っていたの?B型の方のアップデートは8月にやってもらっていたので、実はその時に既に対応していた様子。それならそれで、早く言ってよぉ。

 

この機能があるだけで、事務量が全然変わります。

本当はそのまま国保連に送信できるcsvファイルが一番だけど、それでも今のフォーマットで出せるようになるだけでも大違い。ちょうど月末だし、タイミングも良かった。これで来月の請求は少し仕事が軽くなりそうです。

 

支援システムの導入は、確実に仕事の効率化につながっています。

うちみたいな小さな法人でも導入できるのだから、効率化を目指すなら必要ですね。

仕事もだいぶ慣れ・・・と言っても、まだ1年は経っていません。

それでもいろんな業務をするようにもなりました。

 

今日は直接の業務ではないけど、法人GHの入居検討会でした。

自分がGHの入居決定をするわけではありませんが、オブザーバーとして参加しています。

 

今日の方については、とりあえずお試し(試泊)はいいかな。

当然ながら個別のケースですので細かくはお話しできませんが、病院のPSWさんの見立てや主治医の意見も揃っていたので、その辺も判断の材料にしました。

 

以前の職場でも、入所相談は受けていました。

直接支援の立場ではありませんが、施設の代表者として相談をお聞きすることは何でもありました。実際のところ、結構断っていたケースはいくつもありました。半分は自分たちの問題、支援力不足で受け入れが難しいものでした。こういう形は、本当に申し訳なかったのですが、過信して受けて結果的にダメになってしまうのは、入所された方にも申し訳ないことなので。

 

と同時に、目的がはっきりしていないケースでお断りする形もありました。

要は、ただ単に退院したいだけで、入所することを目的にしているパターン。どう話を聞いても「そりゃ、無茶だよ」と思えるケースも結構話を聞いていました。ご本人と直接お会いして「まだ、その段階じゃない」というケースもありました。

 

もちろん、藁をもすがる思いで来ているのかもしれません。

しかしこちらの支援力とともに、ご本人や周囲の認識も判断の上で大きな要素になります。ただ家は嫌だから入所したいとか、いろんな問題をご本人が認識できていないとか。そもそも、「入所」が今の段階なのか、というものもありました。

 

本人としては病院を早く出たい気持ちはわかります。

でもそれだけで「いいよ」とは言えません。大事なのはその先で、どんな風に地域の中で過ごしていきたいのか。入ることが目的ではなく、入ってどうしていきたいのかがないと、話としては難しいものがあります。

 

そこに行きつくには、やはり周りのサポートも必要です。

ちゃんと医療をしっかり受けて地域生活の体制が整うことや、退院後もしっかりとしたバックアックを受けることができるか。現場の支援だけでは限界がありますし、現場だけで完結するものでもありません。いろんな支援者が協力しながら進めていけるのであり、病院が「(退院したら)治療する必要はないから、関係ない」というような姿勢では、受け入れ側としては不安です。

 

別にパーフェクトな体制で来てください、と求めているわけではありません。

ご本人の現状認識も大事なことで、「退院したら、通院しない」というのでは困りますし、何でも「できます」と言われてしまうのも考えもの。むしろ「これは苦手です」と言える方が、こちらとしては安心します。なので今日の検討会でもご本人さんに「苦手なことはありますか?」と聞いています。

 

GHにしろ、訓練施設にしろ、支援を必要としている人であることには変わりありません。

大事なのは退所後のこと。退所後を見据えて、入所の段階からそれを考えて行けることが重要なことなのだと思います。うちのGHの入居者を募集するときも「退居後のことをイメージして」と告知しており、いつまでも居れる場所ではないので「一時しのぎ」の場所と考えているのでは、GOサインは出ません。だから、周りのサポートやご本人の現状認識が必要だと思うのです。

 

ただ障害種別によって、考え方も違ってくると思います。

重度GHであれば「終の棲家」的になることもあると思いますし、長く滞在できる「滞在型」であれば長いスパンでの支援もあるでしょう。でも「通過型」や支給期限の限られている施設である場合は、やはり「その先」を考えて支援することが必要です。「入居」は目的ではなく、1つの過程であります。人生は長いのですから、長い人生のほんのひと時の過ごし方を一緒に考えて行くのだと思います。

連休明け・・・というか、厳密には昨日出勤しているんですよね。

今日がカレーショップのため、昨日は仕込み。利用者さんも何人か参加して、仕込みをして今日の開店に。

 

終わった後に、他の職員さんとある利用者さんの件について意見交換。

その方はあと3年で65歳を迎える方。いわゆる「65歳の壁」というものです。

 

ここでも何度は触れていますが、65歳になると原則「介護保険」の対象です。

なので居宅介護(ヘルパー)を使っている人は介護保険にも同様のサービスがあるので、支給は障害福祉サービスから介護保険へと変わります。その辺の問題点は、過去にも何度となく話していますが、「障害」と「介護」では支給するにあたってのポイントが違うので、必ずと言っていいほど問題になるものです。

 

一方介護保険にないサービス・・・いわゆる就労系のサービスは、引き続き支給されます。

なのでこの原則から言えば、就労継続支援B型は介護保険にないサービスなので、65歳を過ぎても支給を受けることができます。

 

ですが65歳以上の支給については、実際には自治体によって考え方が変わります。

65歳を過ぎたら無条件に支給されずに介護保険に移行させるケースがあれば、65歳になった時点で支給を受けていれば継続されるケース、65歳以降の新規申請も受け付けて支給されるケースなど、その対応はまちまちです。

 

今回考えた「65歳の壁」は、このケース。65歳を過ぎても就労系サービスは支給されるか。

原則から言えば支給はされるのですが、では「就労継続支援A型」はどうなのか?

 

「就労継続支援」には「A型」と「B型」の2つがあります。

大きな違いは、雇用契約があるかどうか。A型の場合は労働基準法に基づく雇用契約があります。そのため最低賃金の対象にもなります。一方B型の場合は雇用契約によらないものなので、最低賃金の対象にはなりません。ただどちらも障害福祉サービスになるので、利用契約はあります。またサービス等利用計画の作成対象にもなりますので、市町村からの支給決定がないと利用できません。

 

で、A型では労働基準法の対象になるため、当然ながら就業規則もあります。(あるはず)

それぞれの事業所でも就業規則で定年を何歳かに定めていると思います。おそらく多くのところは65歳に設定しているところが多いのかなと思いますが、就業規則の定める定年になれば、利用は終了。雇用も終了になります。

 

問題はその後。65歳で終了し、支給も終了。

しかし就労意欲がある場合、B型でもいいから仕事をしたいと希望した場合、65歳を過ぎても「就労継続支援」の支給はされるのか。

 

A型の支給に関しては「但し書き」があるので、それに基づいての判断でしょう。

しかし「A型→B型」の支給は、果たして実際に行われているのか。正直自分もこういうケースはまだやったことがないので、実際にどう判断されるのかは、それぞれの市町村判断によるのでしょう。ただ・・・できることなら65歳以上になっても「A型→B型」を支給してもらえる担保は欲しい。

 

仮に今62歳の利用者さんがめでたくA型への就労が決まった。

でも65歳定年だから、65歳になったらA型の利用は終了する。そうなった時、まだ就労意欲があるから、以前いたB型での就労を再度行いたい。そうなった時に「定年で終わったから、B型の支給はしない」となってしまった場合、短期的には就労できたけど長期的にはその人の意欲や希望にそぐわない形になってしまうので、A型への就労がベストとは言えないもの。

 

一般就労をしている人に関しても、然り。

障害者雇用で一般就労している人が65歳で定年になったけど、その後も就労意欲があって、雇用契約にはならないけどB型事業所で体が続く限り働きたい、となった場合に果たしてB型を支給してもらえるのか。介護保険のサービスを利用することだけが幸せではないはずだし、こういうケースが出てきたときに市町村はどう対応するのか。

 

これ、結構大事な問題ですよね。

実際問題、障害を持っている人が65歳になってデイサービスに通うのと、お金は少ないけど作業活動に参加して社会の一員として関わっていくのでは、気持ちは全然違うものだと思います。自分は長く障害福祉に携わっているので、利用者さんや相談があった時は、迷わずB型を勧めます。実際にもう65歳を過ぎてうちのB型に来ている利用者さんのサービス等利用計画では、調書(個人票)には「本人の意欲もあり、サービスの利用は適切である」と必ず一言加えて、B型の利用は必要なものであることを伝えています。正直、デイサービスで介護を受けることより作業をして社会とのつながりを持てる方が、はるかにその人の社会的役割を持たせることにもなりますしね。

 

いざそのケースが現実になりそうなときは、これはもう交渉でしょうね。

この辺は何としても理解していただいて、支給決定してほしいものです。

自己研鑽のために、久しぶりに研修に行ってきました。

本当はもう少し前にも研修の予定でしたが、新型コロナの影響で中止に。今回の研修もどうなるかと思いましたが、開催されることになりました。

 

ただ、予定通りの研修にはなりませんでした。

当初は1日研修の予定でしたが、受講予定の人を全員受講させるために、午前・午後の2部制に。そのため半日研修となり、自分は午前の研修。

 

会場もコロナ対策で、1人1つの机に。

当然ながら隣には誰も座らず、席の配置も市松模様のように互い違いの配置。研修内容も集団演習はせず、基本的に講義形式でした。まぁこういう状況なので、仕方ないですよね。

 

あと個人的に違ったのは、公共交通機関を使わなかったこと。

車通勤にまた慣れてしまい、できるだけ接触を避けたいとの気持ちが強く、研修会場近くのコインパーキングに駐車。研修後はそのまま車で職場へ。もっとも、研修会場と職場がそんなに離れていなかったからできたことです。

 

今までは研修なんかは当たり前に受けていました。

でもこういう状況になると、当たり前のことができないんですね。研修に演習はつきものと思っていましたが、演習のない研修には若干の物足りなさを感じています。東京都の相談支援従事者の現任研修は中止になり、初任者研修も一部は映像配信での研修に。それが主流になるのは個人的には避けたいですが、しばらくの間は仕方ないのかもしれません。

 

研修テーマは、アウトリーチ支援とストレングスモデル。

以前の職場でアウトリーチ支援を受けていた利用者さんの支援をしたことがありますが、アウトリーチ支援そのものについては言葉としての理解でした。そのため今回は、今後あるかもしれないアウトリーチ支援の理解と、支援技法を学んできました。

 

自分の中では、アウトリーチよりも支援技法のが関心を持っていました。

その中で出たのが、「ストレングス・マッピングシート」を使ったニース把握。計画相談で計画案を作成するとき、利用者さんに将来の意向や希望を聞いているのですが、なかなかご自身で将来のことを描くのが難しい方もいます。

 

そんな時に自分は良く「夢とかある?」って聞くことがあります。

今日やったストレングス・マッピングシートはまさに「私のしたいこと、夢」を書いていくもの。そこから今の現状や、夢を実現するための強みなどを自由に書いていき、最終的に2週間程度で達成可能な目標を設定していくもの。

 

これ、利用者さんのニーズ整理にもピッタリ。

自分も利用者さんと一緒に取り組んでニーズややりたいこと、現状を把握することのできるツールがあればと思っていたけど、これは使えそうな感じ。うん、本を読んでもう少し理解してみよう。

 

って、単純な自分。

いいと思ったものは、すぐにでも取り入れたい性格で、そのためなら本の出費なんて痛くもかゆくもありません。ただ、本はどんどんと積みあがってきていますが・・・

 

やっぱり研修で勉強するのって、いいですね。

本当は復命書がなければもっといいけど・・・業務だから、仕方ないですね。

ここ最近・・・というか、今の職場で仕事をして感じること。

利用者さんに「今の自分」をいかにして理解してもらえるかということ。

 

このような言い方をしてしまうのは偏見かもしれませんが・・・

「できるときの自分」をわかっている人と、そうでない人では、そうでない人の方がある意味楽観的であります。そのため、わかっている人だと「できる自分」と「今の自分」の理解に乖離が起きていることすら理解できないこともあります。

 

そういう自分も、乖離を経験しています。

休職して復職して、自分の思い通りのパフォーマンスができない。いつしかそれが苦痛になり、適応できない状態となって、仕事を辞める結果に。まぁそれはそれで、十分な休養を得て社会復帰出来たので、結果的には良かったのかもしれません。

 

形はどうであれ、自分みたいに帰結すればいいと思います。

でも実際にそこまでいけるのはかなり大変なことで、言い方1つも考えなければいけません。「できていない」という言葉ですべてが片付けばいいのですが、プライドを持っている人にその言葉は・・・なかなか投げかけられません。

 

いや、理解はしているのだと思います。

利用者さんと面接するときに「最高が10、最低が1だと、どのあたり?」なんてことを言って自己認識の確認をすることがあります。ある利用者さんも、「一番(物事が)できていた時が10だとすると、今はいくつぐらい?」と聞くと、低い値を答えます。だから、できていないことはわかっているんです。

 

ただ実際に行動をしてみると、できているときの自分で行動しています。

傍から見ると「ちょっとできていないよなぁ・・・」と感じて対応をするのですが、利用者さんは頑張ってしまう。今のできない状態を受け止め切れていない状態なんですよね。

 

で、自覚がないとこれはこれでまた大変で・・・

今まで色々と抑圧されていた状態が解放され、それで事が済んだと感じてしまう利用者さん。でもそんなことないんですよ。今は一時的にハッピーな状態かもしれませんが、でも虐待の状態は続いている。それをご本人に伝えても、ご本人にはその認識がないんですよね。

 

障害者虐待の場合、虐待されている本人の「自覚」は問いません。

虐待をしている側の自覚も問いません。なので実態として虐待の状態であれば、本人はどうであれば「虐待」なんです。でもそれを理解してもらえないと、支援が先に進まないんです。

 

いかに今の状態を理解してもらえるか。

物事的には一言で解決してしまうかもしれませんが、実際はそういうわけにはいきません。支援は一方的に行えるものではなく、ある程度の相互認識がないと進みません。そういう中で「難しい支援」というのが出てくるのだと思います。現実を理解してもらうのって、言葉以上に難しいですね。

精神科の定期通院。

仕事に復帰してからは順調に過ごしていることを報告しつつも、常に再燃への不安を口にしている自分。実際、うつ病(自分の場合はうつ病と適応障害が混ざったような感じなのかもしれませんが)などの精神系の再燃率は比較的高く、油断すると再燃しやすいことも理解しているので、余計に警戒をしているのかもしれません。

 

そんな中、先生から減薬の提案がありました。

正直、自分の減薬成績はあまりよくなく、今までの中でうまくいった減薬はパキシルを40mgから30mgに減らすことができた1回だけ。体調を大きく崩した時に処方された薬(ドグマチール・ピーゼットシー)は既になくなりましたが、依然としてイフェクサーは続いている状態。若干抵抗感があるのが、本音です。

 

その中で選んだのは、トリプタノール。

先生に「逆にどの薬を残しておいた方がいいですか?」と相談して決めたのが、トリプタノール。離脱症状のことを含めたうえで、おそらく「毎食後」に飲むパキシルと「就寝前」に飲むトリプタノールであれば、就寝前を少しずつ減らした方がリスクが低い、としたのかもしれません。

 

元々トリプタノールは不眠に悩んでいた時の手段で処方されたもの。

もちろん当時のパニック障害に合わせて併用したら、睡眠もうまくいった背景があったので、長く続けて飲んでいる薬になっています。なので、先生としてはそこから手を付けることに。

 

ただ・・・トリプタノールは、ちょっと鬼門かも。

トリプタノールは今までに2回減薬に挑戦したけど、うまくいかなかった覚えが。最初の減薬ではいい感じに進んでいたけど、途中で精神不安になって元に戻すことに。2回目の減薬は、体調を崩している真っただ中。仕事を休んでいるので、この時期を利用して減らしてみようとのこと。しかし結果は・・・精神不安に早期覚醒、アカシジアとまでは言わないものの寝ているときに足が落ち着かないなど、あまりにも色々と置きすぎるために元に戻すことに。(アカシジアは、今冷静にその時の状況を振り返ると、もしかしてアカシジアのような状態だったのかな、と感じています。)

 

で、今回が3回目の減薬挑戦。

まぁ前回の減薬挑戦時に比べれば、精神状態はすこぶる落ち着いています。気持ちも安定しているし、減薬をしてみるタイミングとしては悪くないと思います。あとは気持ちの問題。既に2回失敗していることへの不安がちょっとあります。自分の中にも結構頼りにしている部分もあるので、この先どうなるかは不安。でも処方の単剤化を目指すなら、やっぱり避けては通れません。

 

うーん、ちゃんと減薬できるかな。

今日から早速開始ですが・・・やっぱり不安ですね、ハイ。

午後はフリー。厳密には予定があるけど、調整のできる予定。

なのでプログラムにお邪魔していました。

 

うちの「就労継続支援B型」は、単純なB型ではありません。

就労支援ととしてのB型の役割はありますが、一方で居場所的な役割もあります。「プログラム」として活動しています。イメージ的には地域活動支援センターみたいな感じです。

 

以前にも「スクラッチアート」をやった話もしました。

今回は「お邪魔」という立ち位置だったので、利用者さんの輪の中に入らせてもらった感じ。一緒に世間話をしてきました。最初は「養命酒はお酒か?」という話から始まり、それからお酒の嗜み、匂いの話になったらドルチェ&ガッバーナの話になって、みんなで「香水」を聞いた後に「Zeebraを聞きたい!」という話になって、みんなで聞いてお開き。

 

うん、こういうの、嫌いじゃないですね。

むしろ、好き。作業より、計画よりこっちの方がいいかも。(いや、計画も作業も大事ですけどね。)

 

もっとも、自分が一番長く携わっているのは、地域活動支援センター。

前の職場は地活そのものの立ち上げをしましたし、その前の職場ではプログラム運営もしていました。その中で利用者さんと関りながら何かをするってことの楽しさを自分の中でも見出していました。

 

特に軽作業支援をしていた時は、アイロンビーズが「販売」として形になりました。

実際に自分が持ち込んだものが形作られ、利用者さんの手で成長した時の嬉しさは何とも言えないものでした。

 

前の職場でも利用者さんから喜ばれることに嬉しさを感じていた自分。

身をもって利用者さんの反応を感じ取ることのできることが好きなんだと思います。プログラムではありませんが、昨日も帰る利用者さん相手にみんなと立ち話。そんなことをしている自分に、充実感を味わっていました。

 

なので、プログラム活動は結構やりたいのだと思います。

ただ・・・あくまで自分の立ち位置は「相談支援専門員」なので、そこがメインにはなりません。計画を作ったりモニタリングをすることが仕事の前提にあって、その上で作業やプログラムでの利用者さんとの関わりから、利用者さんの今の状況を把握したり、新たな利用者さんの一面を見つけていくのだと思います。

 

そういうことを考えると、やっぱり「地活」は自分には合っていたのだと思います。

でも地活を経験していなければ今の自分はありませんし、今の立ち位置にも立てていません。すべては経験で、それがあるから「プログラムがやりたい」と思っているのでしょうね。相談支援も大事ですし、B型の事業も大事ですが、居場所になるプログラムも同じぐらい大事なものです。