社会人になってからブログを書き始め、今年で17年。

途中休んでいた時期もあったけど、それだけ長く書いていればネタが被ることもあります。一応書く前に被っていないかを確認していますが、今日書こうとしたネタも9年前にさらっと書いていました。なので今回はさらっとではなく、ちゃんと書いてみることに。

 

福祉の仕事を明確に意識し始めたのは、大学4年の時です。

当時は卒論だけを残すのみで、授業はもうありませんでした。定期的に卒論の状況を報告したり指導を受けながら書いていました。一方就職活動は6月ぐらいには終え、あとは流れのままに進むだけでした。

 

ところが、方向性が変わってきたのは卒論を提出した後から。

卒論を提出し、口述試験に対応するためにいろんな本を読んでいました。当時自分が卒論で書いたテーマは、障害児の特別なニーズ教育について。まだ「特別支援教育」という名前が出てきていなかったときに障害児教育の在り方を書いた内容(だった気が・・・)でした。ただ口述試験を準備をすればするほど、障害を持った人に関わる仕事をしてみたいなぁ・・・という思いがだんだんと強くなっていきました。

 

口述試験でも、その後に指導教授から福祉の資格について紹介されることに。

その紹介された資格が、社会福祉士だったわけです。で、自分も「一生モノの、手に職をつけたい」という気持ちが強く、プロフィールにも書いてある通り、某家電量販店を就職1か月前に内定辞退、福祉系専門学校の進学となったわけです。

 

じゃそもそもの「福祉」のかかわりはどこかというと、大学1年の時。

大学に入学したての自分はまだ右も左もよくわかっていない状態でしたが、母親の健康状態は思わしくありませんでした。そして夏には人工透析導入に。何もわかっていないのですが、1つだけ知っていたのは「人工透析を受けていると障害者」ということでした。正しく言えば「人工透析を受けていれば、障害者手帳に該当する」ということですね。

 

そのことだけは知っていたので、とりあえず色々と手続きをしました。

入院中から行える手続き、退院した後に行う手続き、それらの手続きに必要な書類の取り寄せなど、ほとんど自分が市役所に行ったり病院に行ったりするなどして用意をしていました。ここが自分の福祉の始まり。ここを機に、社会福祉について勉強を始め、大学卒業後に福祉系専門学校で再度勉強し、福祉の仕事を続けているわけです。

 

福祉系専門学校で勉強していて、新たに分かったこと。

人工透析で障害者手帳に該当するのは知っていましたが、実は人工透析に至っていなくても検査値が判定基準に該当していれば障害者手帳に該当していたとのこと。これは専門学校で勉強しながら人工透析のハンドブックを読んでいるときにわかったことで、もっと早く知っていれば・・・という思いになりました。

 

そんなことがあって、自分の一番最初の志望職種はMSW(メディカルソーシャルワーカー)だったんです。

今でこそMSWも多くの病院で配置されるようになりましたが、当時はまだそんなにMSWが普及されておらず「非採算性」の仕事と言われていました。そのため求人数も少なく、障害者施設の生活支援員としてスタートしました。

 

それが今では相談支援専門員としての仕事をするまでに。

自分がこの世界で仕事を始めたときに、まさかこんな職種ができるとは思ってもなく、その職種に自分が就くとは思ってもいませんでした。ずっと体力勝負の仕事が続くのかなぁ・・・と思っていましたが、今までのことがこういう形で仕事になるなんて・・・やっぱり、いろんなことを経験するのが大事ですね。

 

余談ですが・・・福祉の「ふ」を知ったのは、高校1年生の時。

まだ子役(と言ってもずいぶん大きいですが)をしていた時に、「野に咲く花なら」という舞台に立たせてもらうことに。内容は筋ジストロフィーの療護施設内での日常や出来事を描いたもので、配役は筋ジストロフィーの患者です。自分は勝手に「筋ジストロフィーの人って〇〇なんだろうなぁ」と想像していましたが、役作りのために患者さんが書いた日記を読ませてもらうと、そこに書いてあったのは自分たちと同じこと、病気があっても考えていることは健常な人と同じことだったのに、ちょっとした衝撃を受けた覚えがあります。もうこの年なので当然理解はしていますが、別に病気や障害に関係なく、同じことを考えるのは当たり前のことなんですよね。まだ若かったというのもありますが、当時は偏見を持っていたんでしょうね。

 

今日はちょっと、自分の福祉遍歴を書いてみました。

先日、サービス等利用計画を作成する時間の妥当性をここで書きました。

で、今日はモニタリング報告書を作成しました。

 

計画とモニタリング、中身は違う人です。

計画作成は約10時間ぐらい要しましたが、今回のモニタリングは約2時間。ずいぶんと違います。

 

この違いを分析してみると、1つは「計画」と「モニタリング」の違い。

計画の場合は本当に一から作り上げるものなので、様々な情報が必要。特にうちの事業所以外のサービスや資源を使っている場合は、その事業所からも話を聞く必要があるので、必然的に時間がかかります。そのうえで作成をするので、モニタリングに比べ時間を要するのはごくごく普通のこと。

 

2つ目は、内部でやっていること。

本来の計画相談支援は、第三者に属する人が担当するのが望ましいのは、何でも言っている通り。とはいえ、現状はそういっていられない状態であるため、計画相談の趣旨を踏まえながら自分も対応しています。

 

それでも、やはり内部で完結していれば情報収集は容易です。

利用者さんからの話も、お互いに知っているうえでの話になるので、理解も早い。必然的に外部から関わるのと内部で関わっているのでは、要する時間も変わってきます。

 

3つ目は、外部資源の利用の有無。

2つ目と関係してくるけど、内部だけで完結していれば計画・モニタリングの時間は短くなるけど、他の資源を使っていればその分だけ時間がかかります。例えば訪看(訪問看護)を使っていれば、訪看の担当者から話を聞く必要があるし、ヘルパー(居宅介護)を使っていればその事業所からも聞き取りの必要があります。でも使っているのがうちのB型だけだったら、その必要はありません。ですから、サービスが多くなればなるほど、聞き取りの時間がかかりますし、報告書の作成にも時間がかかります。普通に考えれば、当たり前のことです。

 

そして4つ目は、計画の内容。

内容を多く盛り込めば、それだけ評価する内容が多くなります。逆に内容が少なければ評価する内容は少なくなります。結局のところ、計画の作成者次第で変わるということです。

 

ただ、4つ目に関して間違ってはいけないこと。

内容が多ければいい・・・というわけではありません。「サービス等利用計画」は「個別支援計画」ではないということ。そこは間違えないようにしなければいけないと思っています。

 

サービス等利用計画は、いわば「全体像」を示すもの。

様々なサービスを使うことで、その人がどういった生活を送っていくのかをまとめているのが、利用計画。それに対して個別支援計画は、それぞれの事業所で何について取り組むのかを具体的な目標を立てて取り組んでいくもの。なので利用計画で具体的に何をするのかを書くのは、本来的には違うんですよね。そうならないように計画を立てなければいけないのですが・・・正直、自分でも不安な時があります。

 

今はまだ件数が少ないので何とかなっていますが・・・

これが増えてきたとき、自分がどれくらいまでできるのかわかりません。いずれにしてに無理のない範囲でやっていきたいです。計画やモニタリングに溺れるようなことだけは、ならないようにしたいです。

職場で食べているのは、チキン系が多いですね。

でも・・・カレーなら、何でもいいんです、ハイ。

 

職場で提供しているのは、インドチキンカレーとタイグリーンカレー。

インドチキンカレーは辛さ4種類、グリーンカレーはタイとシーフードとマイルド。その他に、肉を使わない豆野菜カレー。

 

まかない分が残ると、大体チキンカレー。

でも最近は完売することが多く、販売できない程度の中途半端に残ったもの。となると・・・本当のまかないで、残ったカレーを全部混ぜ合わせた「ごちゃまぜカレー」になります。チキンカレーも豆野菜カレーも、時にはタイカレーも混ぜ合わせてのまかないに。

 

カレーの販売翌日は、利用者さんの昼食がカレー。

販売分が残ったら翌日の利用者さん向けに。残らなかったときは、普通の市販ルーカレー。でもルーカレーはルーカレーで、安心するんですよね。

 

つまり・・・カレーなら何でもいいのかも。

色んなカレーがあって美味しいし、どのカレーを食べても1つとして同じものはないから、良いんですよね。まかないカレーもその日によって中身も変わるし、それがまた「まかない」でなければ食べられないもの。販売では食べられないカレーは、厨房の特権。

 

今週もカレー販売があります。

先週はちょっと思い通りではなかったので、完全完売できるといいな。

 

 

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本来なら休日ですが・・・出勤です。

今日は特養の清掃があり、清掃は祝日関係なく実施するので、利用者さんと行ってきました。

 

清掃だけなら半日で終わりですが、自分には他に仕事が残っているため、1日勤務。

通常では「なし」なのですが、事情を説明し事前承諾を得ての勤務です。

 

もちろん自分の仕事は、計画です。

何としても明日までに市役所へ提出したいので、今日中に仕上げることに。

 

この計画は、先週から着手した計画書。

先週の木曜日の記事につながっているのですが、水曜日から準備を始めることに。木曜日に契約と聞き取りを行い残業して作成。金曜日も定時が終わった後に残って作成し、そして今日作成を終えて施設長に確認してもらうことに。

 

自分にしては、結構突貫作業的な作成です。

この計画にどのくらいの時間を費やしたか計算してみたところ、水曜日の準備から今日の完了まで、おおよそ10時間程度。

 

この「10時間」って、実際のところはどうなんでしょう。

もちろんケースの内容やサービスにもよって変わってくると思いますが、一般的にサービス等利用計画(計画案・週刊計画・別紙1・2(個人票・現在の生活))を作成する際、他の相談支援専門員さんはどのくらいの時間をかけて作成されているのでしょうか。

 

計画を初めて作り始めた時、まだ何もわからなかったのですが、簡単に作っていました。

簡単につくていたというより、別紙1・2の提出を求められなかったことをいいことに、計画案だけを作って提出していました。今では考えられないことですが、最初のころはそんなものでした。

 

それから自分も経験を重ねてきました。

決して自分の計画が優れているとは思っていません。どんなに作っても本当に満足できた計画って・・・あまりないかも。計画が入ったことでサービス利用につながったりしたケースでは「計画が機能した」と感じて達成感を持つようなものもありました。

 

でも実際のところ、いろんな本やモデル案のような計画って立てられません。

事実、今回も色々と考えて作っては見たものの、心のどこかで「うーん・・・」って思っている部分もあって、納得できていないところもちょっとあるんですよね。

 

かといってこれ以上時間をかけてさらに上回るものができるか・・・うーん。

時間を書ければいいというものでもないし、かといって簡単に書きすぎるのもどうなのか。その中で、計画を作成するのに要した時間が10時間というのは、妥当なのか。本当はもう少しだけ時間をかけてさらに検討したいところもあります。

 

とはいえ、市役所からの提出指示期間がオーバーしてしまったので、出さないと。

自分の事情だけではないのですが、市役所には貸しを作りたくないので、ハイ。

 

他の計画相談支援員さんは、どのくらいの時間をかけて作成しているのでしょうか。

もっとも、大事なのは相談支援専門員の技量であることは言うまでもありません。

今日はこの認定証を取ってきました。正しくは、更新してきました。

 

今までも何度か救命技能講習を受けてきましたが、今日は再講習。

取得後3年以内に再講習を受けることで更新できていました。ただ学生の頃は普通救命技能講習を受けても再講習(もう一度講習を受ける)を受けることはありませんでした。

 

今回は一応時間をかけて取ったので、、再講習を受けました。

失効して再度受けると1日(8時間)かけて取らなければダメ。再講習なら半日(実際は3時間)で更新できるので、当然再講習の方が負担は少ないです。

 

再講習の内容は、再度技能の確認をすること。

そして今回に限っては「コロナ対策」も確認がありました。本来であれば心肺蘇生は人工呼吸を行うのですが、現在のコロナ感染が懸念される中では人工呼吸は行わず胸骨圧迫のみを行うとのことでした。ただし小児に関しては人工呼吸の必要性が高い(呼吸困難を原因とするものが多い)ため、技術を身に着けていて人工呼吸を行う意思があるときは実施するとのことでした。ただ、前提にあるのは、すべての傷病者が感染の疑いがあるものとして対応するとのことです。

 

たしかに、今回の講習は3年前に比べると状況は大きく違います。

講習もいつもはたくさんまとまって、小グループで講習を受けていました。しかし今回は1人に対して1台ずつ練習台が用意。それも成人だけでなく、子供、乳児セットで用意。もちろん訓練用AEDも1人1セット。ハード面では、とても待遇がいいですよね。

 

ただ人工呼吸は今回はなし。

3年後にどうなっているかで、次の再講習でできるかどうかでしょうね。次回の講習は、全部の実技ができるかな。

いやぁ、暑い、暑い、暑い。

今日は1日、汗だくになりながらの仕事でした。

 

午前中は、特養の清掃。

いつもより1人少ない体制で行ったので、自分も色々回りながら清掃。特養なので当然ながらマスクを外すことはできず、口の周りはムレムレ。清掃から帰ってきた後のポロシャツは、汗まみれ。私服に着替えることに。

 

午後は、明日販売するカレーの下ごしらえ。

今日は初めて肉のカットと焼きに、玉ねぎ炒め。お肉を既定の量にカットするけど、大雑把には許容範囲内だけど、たまに多めに切ってしまうことも。もちろんその逆もあるけど、とにかく食数に合わせた肉の個数が必要。でも・・・最後は帳尻合わせで切らざるを得ない状態。結果的に大きい肉と小さい肉が存在。その辺は・・・明日の厨房の人に、盛り付けで調整してもらうことに。

 

切った後は、お肉を焼く。初めての焼き。

「焼き色を付ける」と聞いていたので、強火で表面を焼き付けることに。当然ながら、暑い。汗も滴る。それでも手を止めず、焼いていく。

 

お肉を焼いた後は、玉ねぎを炒めることに。

結構時間がかかってしまったので、玉ねぎはコンロ2つ使って炒めることに。火力の強いコンロと普通のコンロの両方を使い、玉ねぎの炒め具合を見ながらフライパンを入れ替えて炒める。焦げ付きそうになったらまたフライパンを入れ替えて炒める、の繰り返し。もちろん、暑い。汗も滴る。それでも手を止めず、炒めていく。

 

炒めた後は、カレー煮込み。今日はルーを入れるところまで。

強火でガンガンに煮込んでいき、灰汁が出てきたら取る。煮立っている中で灰汁を取るので、手が暑い。ある程度灰汁を取って、煮込んだお肉を取り出してからルーとスパイスを入れ、さらに煮込み。お肉を焼き始めてから、ずっとコンロの前に立ちっぱなし。かなり、暑い。汗も滴る。それでもカレーが焦げないように、煮続ける。

 

肉を焼き始めてからカレーの下準備が終わるまで、コンロの前。

終わった時はマスクはびしょびしょ。私服に着替えたTシャツもビショビショ。汗がエプロンまで染みている状態。予備のTシャツに着替えてお色直し。

 

その後少し利用者さんと世間話をした後、計画相談の契約。

契約と合わせて、初回聞き取り。ある程度のことは把握していたけど、細かいことは利用者さんから聞き取ることに。ある程度分かっているとはいえ、聞き取りはしっかりやらなきゃ計画書が書けないので、言葉を選びながら現在の状況やこれからのことについて確認。

 

聞き取りが終わって、ようやく計画書の作成に着手。

計画書のほかに個人票も作成。色々考えながら作成していたら、職場に残っているのは自分だけ。と言うより、本来の定時は聞き取りを行っているときに迎え、聞き取りが終わった時には、ほとんどの職員が退勤。自分は残業覚悟でやるつもりだったので、ここからが本当の仕事でした。

 

いや、本当の仕事と言うとちょっと語弊があるかな。

施設職員としては清掃作業や下ごしらえも仕事。で、相談支援専門員としては契約や聞き取りの面談、計画書の作成が仕事。今の自分の立ち位置は・・・どこなのでしょうね。

 

一応、配置上は専従の相談支援専門員。

でも実際は、支援員兼務の相談支援専門員。普通にカレーの厨房にも入っているし、特養にも清掃に行く。明日は公園清掃にも行くし・・・実態は、兼務ですよね。

 

まぁ色々と運営上の都合があるので専従にしていますが、それだけでは食えません。

だから兼務することは全然構わないし、法人の都合で動いても構わないと思っています。むしろ計画だけでなく作業にも参加できることで、自分のストレスを解消できていますしね。以前の働き方より今の働き方の方が、自分には合っていると思います。

 

ただ・・・結果的には本業が後になっているのが、今日の仕事。

できれば定時の中で本業をやるのが筋なのですが・・・ちょっと色々と事情&個人的考えがあるので、今回は稀な形。その理由をここで言わなくても済むような対応であれば、良いんですけどね。

相談支援事業所は、利用者さんの声も聞くし、施設の声も聞く。

中立的な立場に立って物事を見ていくことが必要だと考えています。

 

今まで自分が計画相談をしてきたのは、このスタンスがとれる場所。

最初は完全に計画相談独立で行っていたし、課長として仕事をしてきたところも自前の利用者さんと外の利用者さんが半分半分ぐらい。しかし今の職場は、どっぷり自前です。

 

今日、計画相談のことで2人の利用者さんから相談がありました。

1人はまだ計画相談が入ってなく今はセルフプランで、今回を機に自分に計画を立ててほしいという人。もう1人は既に計画相談が入っていて、自分の計画相談に変更したいという人。

 

個人的なスタンスとして、まだセルフプランの人は自分が対応。

既にほかの事業所さんが入っている人は、その事業所さんでお願いしたいという気持ちがあります。理由は、中立な立場で見てほしいから。

 

以前にも書いたような気がしますが、そもそも事業を再開する話は資源不足から。

今自分が働いているところの計画相談事業者数は、非常に少ない。見た目の数としてはあるように見えるけど、実際は2か所だけ。それも、市の委託を受けている事業所だけ。

 

そんな状況なので、2つの事業所からは「せめて、自分の事業所だけでも」という話に。

元々うちもやっていたけど、人員的な都合から休止。そして自分が入職したことで計画相談を再開。決してうちも積極的な姿勢だったわけではなく、「自分の事業所だけでも」という声に対応する形で再開したわけです。

 

もちろん、自分のところを囲ってしまうのは、決して中立ではありません。

しかし今の実情として、計画相談が2つの事業所しかないため、その事業所に集中してケース数がひっ迫状態。それを改善するために、うちが再開することで2つの事業所の負担を軽くしていくことが目的でした。もちろん、市からの委託ではないので全部自前です。

 

ただ、既に計画相談が入っている人の計画をもらうつもりはありません。

理由は、最初に書いた通り。本来は第三者の立場で見れる事業所が入るべきもの。だからうちが計画相談をやる必然性はそんなにありません。でも計画相談の事業所数が絶対的に足りない状況では、ミッションとしてはやっていく必要もあったため再開した。計画相談事業を「廃止」ではなく「休止」にしたのは、そんな背景もあったからなのかな・・・と考えています。

 

その観点から、まだセルフプランの利用者さんは自分がやる。

そうじゃない人はできるだけ今の事業所でお願いしたいです。とはいえ最終的には「どうしても自分に作ってほしい」という話であれば、拒否もできません。多分、今日相談のあった利用者さんは自分が作ることになると思います。

 

自分のところで完結させるのも、決してメリットがないわけではありません。

利用者さんの負担軽減という意味ではメリットだと思いますし、お互いに知っている関係の中で作ってもらえることの安心感と言うのもあると思います。でもなかには、あえてうちじゃない事業所さんで立ててもらった方が良いケースも。たくさんのサービスを使っている人はうちじゃない方が良いと思うし、相談できる場所が分散されているのもメリットだと思います。複数あれば、仮にある事業所との関係がこじれたときに、他の事業所で相談できる。そんなのもメリットだと思います。

 

なので、自分は自前の利用者さんを担当するけど、できるだけニュートラルに。

その姿勢は忘れないで仕事をしていきたいと思っています。

8月になりました。関東地方もようやく梅雨明け。

これからはまた暑い夏がやってくるとのこと。

 

今のところ、身体的にはそんなに厳しい暑さは感じません。

去年も暑いと言われましたが、体的にはそれほど厳しいものではありませんでした。

 

ただ、一昨年の夏は本当に厳しかった。

テレビでも「災害級の暑さ」「命の危険がある暑さ」なんて言われていました。本当にそのとおりでありましたが、今までの中で一番体に堪えた暑さでした。

 

そんな一昨年の自分は、精神的にも最悪でした。

今の体調も踏まえて振り返ってみると、精神症状と身体機能というのは非常に密接な関連があるように感じます。

 

例えばてんかんの場合、一般的に言われるのは発作の要因。

気圧が低かったり寝不足だったりすると発作が起きる要因の1つとして考えられています。気圧の低い状況や寝不足で身体機能の不調が、発作という症状で表れているものだと思います。

 

自分の体調もまさにその通りで、この頃は寝ることができませんでした。

休職期間に入っていることから服薬調整を行ったのですが、その結果なかなか寝れず、起きるのが早い。午前3時には目覚めて寝れなくなり、精神的に不安定な状態でした。またその時にあったのが、足のむずむず感。むずむずと言うより、足がじっとしていられない状態。貧乏ゆすりではありませんが、寝ると足が震えて静止させることができない状態でした。

 

その他にも、「待つ」のもできない状態。

通院のため病院に行っても、その待ち時間が非常に苦しく、しんどい状態。薬局での待ち時間も同じ。テレビを見る気力もありませんでしたが、それでも「見たい」と思っている番組になるまでの時間も、待つのがしんどい。それも苦しかったです。

 

そこに暑さが加わって、身体的に最悪の状態。

外に出ることもできないし、家の中にいても精神不安・情緒不安定。そんな状態の自分に対する情けなさと何もできない自責感に、毎日母親のもとで泣いていました。

 

精神症状はおそらくMAXで悪かった状態。

そんな状態だと身体機能もかなり落ち、いろんなものに対しての抵抗性も落ちていたと思います。それが夏だったので、自分の場合は暑さに対する抵抗性が落ち、完全にぐったりしている状態でした。

 

それに比べ去年の夏は、一昨年のような状態ではありませんでした。

もちろん暑かったのは同じですが、精神症状はほとんどありませんでした。退職して3か月経っており精神的なストレスから少しずつ解きほどかれ、睡眠状態は改善。待つことも苦ではなく泣くこともありませんでした。明らかに精神症状は落ち着いています。なので暑さも堪えませんでした。

 

で今年は仕事をしていますが、問題なし。

ややペースを上げそうになっている自分がいますが、それをやるのは禁物。でも体調は良く、心身ともに良好。「心身」という言葉、まさに「心」と「体」であり、つながっているもの。精神症状の良し悪しは身体機能にもつながっていることを、ここ数年の自分の状態から言うことができます。

 

今年も本格的な夏がやってきますが、体調には気を付けましょう。

そして心の状態にも気を配って、夏を乗り切りましょう。

今の職場で、初めての有休を使いました。

どこか遊びに行く・・・というならいいのですが、自分の場合はその割合は低いですね。

 

今日の有休は、母親の通院同行へ。

もう何年になるかな、長いこと通っている大学病院へ行ってきました。

 

診察室に入ると、先生から「お久しぶりですね」と。

1年ぶりの診察。診察というか、経過観察です。で、今度は半年後に。

 

経過観察しているのは、脊柱管狭窄症。

母親が定年を迎えてすぐ、徐々に症状が悪化。何度かブロック注射もしたけど、あまり思うような効果なし。ひどいときはオピオイド鎮痛薬(麻薬成分)も使ったけど、大きく変わることはない状態。当時の先生は手術に消極的で、薬だけで対応することに。

 

状況が変わったのは、先生の交代から。

最初の先生が異動で別に先生になり、その先生から「脊柱の先生に診てもらいますか?」と案内され、今の先生に。先生に色々と相談した結果、手術で改善する可能性は高いとの判断に。

 

ただその時は母親がまだ手術に難色を示していました。

状況的には100mも歩けない状態で、スーパーで買い物をしていてもすぐにしゃがみ込んでしまうくらい。レジまでしゃがみ込むと「大丈夫ですか」とお店の人が駆け付けるくらい、傍から見れば大変な状態で、十分に日常生活に支障をきたしている状態でした。

 

流れが変わったのは、2年前。

自分が体調を崩して休職している間に、手術をして直してしまえばと説得。自分のことは棚に上げているけど、母親の動けない状態には何とかしたいと思っており、病院に行って相談。すると先生からは「やった方がいいと思います」と言われ、手術を受けることに。

 

手術は成功。その後リハビリ不足で再入院もありましたが、症状は改善。

歩いていても痛みが走ることはなく、鎮痛薬なしで生活を送ることが可能に。手術前の説明で、先生からは「QOLを高めることができるなら、高齢でも(手術が)可能であればするし、やる意味はある」と説明。その説明に、自分は納得していました。

 

手術をして半年後に経過観察で確認、さらに半年後の確認でも問題なし。

なので今度は1年後に・・・ということで、今日の経過観察につながりました。

 

今回も何もなければ1年後だったと思いますが、何かあるので半年後に。

脊柱管狭窄症としての症状はないのですが、最近になり腰の痛みを訴えるように。また歩行も一歩目が出ないなど、少しおぼつかない状態。既に脳神経外科と神経内科も受診し、そっちの方では大きな異常は見られないとのこと。ただ、頸椎がやや狭まっているとの指摘。

 

そのことを話したら、先生からは「できればそのMRI、見たい」とのこと。

半年後の経過観察時に腰のMRIを取ることも決まり、先生が総合的に判断することに。先生は脊柱を専門とする先生なので、そのMRIを見れば何かしらの診察ができるのだと思います。

 

まぁ正直なところ、また手術というのは避けたいな・・・というのが本音。

母親もこれ以上の手術は望んでいないので、その判断をどうするかは悩ましいところ。そうなりそうになったら、また先生とじっくり相談かな。目的は、QOLの向上だから。

今日の午後のプログラム、ちょこっと空いた時間ができることに。

非常勤さんにお任せのつもりでしたが、結果的に自分も入ることになりました。

 

この「ちょこっと」の時間、結構大事なんですよね。

プログラムや作業があるとなかなか使うことができないのですが、フリーになると何でもできるので、こういう時に自分が色々と「お試し」をしています。

 

今日お試しをしたのは、スクラッチアート。

前の職場でもプログラムでやったことがあり、その時の反応はいい感じに。なので今回も、やってみました。

 

用意したのは、ダイソーで売っていたスクラッチアートのシート。

たまたま昨日買い物をしていたら見かけたので、自腹で購入。それでも4枚入っていて100円なので、安いものです。

 

最初に利用者さんへ、見本を見せることに。

見本と言っても、ただ線の上をなぞっただけ。なぞると下から色が出てくるので、まずやってみましょうと伝え、削ってもらうことに。

 

すると自分が思っていたよりも早く、利用者さんが進めることに。

前の職場でもそうだったけど、何故か男性はゆっくりと進める一方で、女性はテキパキと進めているのが、スクラッチアート。理由はわかりませんが、不思議です。

 

一通り線を削ったら、今度は好きなように削ってもらうことに。

ここからは利用者さんそれぞれの個性に任せました。事実、個性的な削り方でとても鮮やかな作品に仕上がりました。

 

このスクラッチアート、何度かプログラムの案として提案をしていました。

ただ利用者さんにとってはイメージがしにくいのか、やってみたいという声は出ない状態。そういう時に「ちょこっと」の時間ができると、自分の持ち込みを試すことができます。

 

ちょっと前では、やはり空いた時間にゲームをしました。

「はぁっていうゲーム」も試しましたが・・・その時は、ちょっと難しかったみたい。内容的には面白いので、また何かの機会にトライしてみたいですけどね。

 

で、今回のスクラッチアートは、何となくいい感じに。

ちょっとだけ芸術的な要素もあって、みんな楽しんてもらえた様子。全部削り切れなかった利用者さんは持って帰ってやってみるとのことで、これもいい感じ。プログラムに採用されるかどうかはわかりませんが、イメージはつかんでもらえたみたいです。

 

基本的に自分、こういうことをするのが好きだと思います。

そこには地活のプログラムで培った経験もあると思いますが、利用者さんと一緒に何かをするということに楽しみや喜びを持っているのだと思います。一応今の本職は「相談支援専門員」ですが、それ以外のこともできるのが自分にとっても窮屈にならずに済み、程よいバランスで仕事ができるのだと思います。

 

これからも色々と小ネタを用意して、空いた時間にできるように。

うーん、次は何を用意してみようかな。