土曜日だけど、お仕事。

利用者さんと一緒に味スタに行ってきました。

 

今日は東京ヴェルディの主催するホームゲーム。

その中で「Green Heart Project」に参加してきました。ヴェルディさんとは障害者スポーツ教室でいつもお世話になっており、今回この案内を頂いて利用者さんを募り、希望した利用者さんと一緒に行ってきました。

 

案内されたのは、スタジアムのピッチサイド。

ピッチの中には入れませんでしたが、ピッチサイドでスポーツ教室が開催。最初は一緒に参加していましたが、次第に写真を撮る方に一生懸命になっていました。利用者さんもピッチサイドで普段よりもアクティブに参加していました。

 

ただ・・・自分、結構ここで一人盛り上がってしまいました。

まさかこんな近くで写真を撮れるなんて・・・テンション、上がっています。

もちろんここには載せられませんが、ピッチサイドで利用者さんと写真も撮りました。いい思い出です。

 

後半は、就労体験。

バックスタンド側のキッズゾーンで運営のお手伝い。今回の目的はこっちの方が大きく、実際に運営のお手伝いを通じて就労の1つを体験することが今回の狙いです。お子さんやご家族の方は多分気づいていなかったと思いますが、スタッフの一員として少しだけ一緒に仕事をしてきました。(こっちょの写真も利用者さんのプライバシーがあるので、写真は省略。)

 

利用者さんの表情は、みんないい顔。

普段よりも頑張っていたような感じで、途中体力が持つか心配でしたが、みんな最後までやり切りました。もしかしたら活動量は普段の作業より多かったと思いますが、それでも雰囲気が変わると頑張れるみたいです。

 

就労体験後は、希望者のみスタンドで試合観戦。

試合は・・・負けてしまいました。黄金期のヴェルディを知っているだけに、あの時の輝きを取り戻してほしいものです。

 

とはいえ、こういった活動を行ってもらえるヴェルディさんには感謝です。

ホームタウンでもあるので頑張ってほしいという思いと同時に、こういう機会を作ってもらえたことにとても感謝しています。色々と配慮もしてもらえ、本当にありがたいです。利用者さんも社会参加の機会なので、もっと多くの利用者さんに参加してもらえればと感じています。

入院から7日、無事母親が退院しました。

無事というより、早く病院から出たかったから退院したといった方が正しいかもしれません。

 

まぁ退院できたのも、医療として問題ないと判断した上ですから。

自分の中では明日か木曜かな、と思っていました。ただ明日は祝日で退院できるのかがわからないし、木曜日は午後に面談を組んでいるので午前中に退院かな、と考えていました。

 

でも実際はどちらでもない、月曜日。

本来月・水・金は人工透析があるのでその日に退院することはしないと思っていましたが、透析をした後で退院する流れになったので、相当とっとと退院したかったのでしょうね。

 

もっとも、母親自身が感じていた長期入院の不安もあったと思います。

2年前、脊柱管狭窄症で入院・手術をして退院したものの、在宅生活が困難になりリハビリ病院に入院した経緯もあり、そのことが頭の中にあったのでしょう。その辺は自分も若干心配していました。

 

ただ病棟を出た後の母親の足取りを確認すると、その心配はなさそうです。

ひどく「疲れた」とはいうものの、足がもつれることもなく、エスカレーターもいつもの見守りで乗ることができたので、おそらく大丈夫でしょう。

 

それにしても、近年は入院の多い年です。

2年前は脊柱管狭窄症で入院し、4年前は脳幹梗塞で入院。その4年前の入院は、自分の誕生日の日。そして昨日は、やっぱり42回目の自分の誕生日。なんだか自分の誕生日が妙に絡んでいる感じです。

 

退院後、普段から透析している病院へ直行し、処方箋を受け取ることに。

退院先で薬が準備できない(市立病院なのに準備できないって、なにそれ・・・って感じですが)とのことで、透析先の先生に処方箋を書いてもらうことに。もちろん透析先の先生にも色々と話した後、薬局へ。薬局でも経緯を話すと「出せないってことはないと思うけどね・・・」と、至極当然の話。同じものがなくても、同じ効果のある薬はいくらでもあるはずなので、そこの応用がきかないのはちょっと・・・というのも、薬剤師さんの話。ハイ、そう思います。

 

まぁいずれにしても早く退院できたのは、良かったです。

少し自宅での生活に馴染むためにも、父親のショートはもう少し続きます。ショート先の相談員さんからも今日電話があり、自宅に帰ろうとするのが見られるとのこと。ケアについてはすべてお任せしているので、対応変更も同意しました。母親に休んでもらうためには、もう少し時間が必要です。

 

正直、病院より自宅の方が安心できるのは、言うまでもありませんけどね。

昨日から今日にかけて、諸々の準備をしていました。

朝起きると既に父親も起きていたのですが、開口一番「テレビが映らない」とのこと。朝は自分の準備で精いっぱいだったので、流す自分。まぁ俗にいう「シカト」ですが、そんな時間はありません。

 

とは言いながらも、朝食を食べるときにテレビをいじるけど、やはり映らない。

ふとスマホもいじってみると・・・あれ、Wi-Fiが機能していない。でもまずは朝食を食べて死後tの準備が優先。自分が出る準備ができてから、色々と探ってみることに。

 

色々確認すると、固定電話も使えなくなっており、完全に全部がアウト。

うちはJ:COMにネット・テレビ・固定電話をお願いしているけど、これらがすべて使えない状態。別に電源が落ちている様子もないけど、モデムのonline表示が赤く点滅していることが気になる状態。電話をかけるにも、まだサービスは開いていないので、半休を取って対応することに。

 

仕事を終えて戻ってきて最初にしたのは、ショート先への電話。

本当に着の身着のままのような状態でしか準備できなかったため、改めて足りないものがないかについて確認。今のところ、特に不足しているものはないとのことで、何かあれば連絡を貰うことに、また消耗品費についても後で支払うので必要があれば買ってもらうことをお願いしました。

 

その後、J:COMに電話。現状を説明。

コールセンターでもブレーカーの確認をされたり、アンテナのゆるみの確認の指示。でもそれらしいものはないので、対応をお願いすることに。すると今日の対応もできるけど、時間が夜9時になるかもしれないとのこと。まぁテレビはともかく、電話とネットは必要なものなので早急に対応してもらわないと困るので、何時になろうが仕方なくお願いすることに。

 

その間、だいぶ時間があるので、母親の病院に荷物を届けることに。

大部分は昨日の段階で持って行っており、今日はこまごましたものをお届け。あわせて入院の手続きを確認すると、やはりまだ手続きはしていないとのこと。そのため入院窓口で入院の手続きを・・・と思ったその時、J:COMの工事担当者さんから電話。あと5分で着くとのこと。さっきのコールセンターへの電話から1時間後、もう対応ができるとのこと。どんなに早くても夕方5時ごろかなと予想していただけに、まだ病院の中。急いで自宅に戻ることに。

 

自宅に戻ると、既にJ:COMの方がお待ちの状態。

お詫びした後、現状を確認。すると「大元の電機はどうですかな?」とのこと。大元に供給されている電気の状態を確認され、最初は入っていると思ったいたのですが、話を聞くと保安器の方にも電気を流しているとのこと。保安器となると・・・ここじゃなく、兄貴の部屋。

 

担当者の方が兄貴の部屋に入ると「あぁ、これだ」と一言。

大元の電機は秋にの部屋にあり、本来ならコンセントにつながっていなければいけないコードが外れていた状態。なのでちゃんと差しなおすと・・・はい、直りました。

 

あー、非常に情けない。ものすごい凡ミス。情けない。

作業員さんと話をしながら、そういえば新しい機械を設置してもらった時に「このコンセントは抜かないでくださいね」と言われたようなことを思い出しました。すぐに原因が兄貴の部屋のコンセントと判断つけば、別に作業員さんを呼ぶほどのものではなかったんですよね。すっかりそのことが頭の中から抜けていたし、朝忙しい時だったからそこまで頭が回りませんでした。ホント、灯台下暗し。

 

結果的に「コンセントに差しました」で対応は終了。

時間も20分ぐらいだったので、その後はまた病院に戻って入院手続きと、先生からのムンテラ(病状説明)を受けて、帰宅。ちなみにムンテラの内容は、診断は憩室出血。既にクリッピングで止血済み。様子を見て問題なさそうなら、来週あたりが退院のめど、とのことでした。

 

疑似一人暮らし生活、まだまだ続きますね。

今日は急遽、仕事を早退することになりました。

母親が病院に行った結果入院となったため、その対応をするために早退しました。

 

とはいえ、すでに今日は訪問の予定を入れていたので、それを済ませてから。

訪問終了後直帰という形ですが、実質的にはマイカー通勤をしているので、訪問が終わり次第すぐに対応できた形。やはりこういう時は、マイカー通勤の利便さを感じます。

 

訪問の内容は、計画相談の契約。

既に他の事業所が計画相談に入っていたのですが、うちのB型を利用している利用者さんなので、自分が担当することに。実際のところは諸々あった結果、全部うちが引き取る形がベストではないかとの判断。通院先も自宅からかなり離れた病院から自宅近くの病院に転院。主治医もうちの法人の理事長(精神科医)にお願いすることに。(余談ですが、前の職場も理事長は精神科医でしたが・・・全然違いますね、ハイ。)

 

予定の時間に、利用者さんの自宅に訪問。そこにはご本人とご両親が。

なので、ご本人も交えて契約を行いました。簡素化しようと思えば十分にできるのですが、そこは契約行為になるので、それなりに丁寧に。最初に重要事項説明書を説明したのち、契約書の説明。実際のところ重要事項説明書と契約書は書いていることが似ている部分がほとんど。なので契約書は結構割愛したかも。

 

それでも、丁寧に話せば全部の行為は20分ぐらいかかりました。

説明をしたのちに契約書にサインと押印。重要事項説明書もサインと押印。契約書と重要事項説明書は利用者さんと事業所双方で持つため、それぞれ2通作成。さらに個人情報に関する同意書も説明し、サインと押印。利用者さんとご両親にそれぞれサインと押印をいただくのは、毎度ながら恐縮すること。書くこととハンコを押すところが多くて、本当に申し訳ないです。

 

もちろん契約だけが目的ではなく、聞き取りも行うことに。

今回は個人票の作成は不要なので今すぐのことではないけど、一応今後作る前提の上で色々とお話を聞きました。なので、契約と聞き取りを合わせると1時間半。相談の時間を作ると、やはりこれだけの時間は必要になります。

 

訪問が終わった後は、母親の対応。

ただ実際は母親だけでなく、父親の方も対応。母親の方から父親のケアマネさんに連絡をして、ショートステイを利用できるように連絡をしたとのこと。そのため母親からの連絡よりも父親のケアマネさんからの対応が先でした。

 

うちの父親は認知症であるのは既に書いた通り。特に介護度が上がったことも既出。

そのおかげが、短期入所の利用も緊急性の高さから色々と対応してもらえて、早速明日から落ち着くまでショートが利用できることに。ただ・・・うちの父親、まだショートを利用したことがないので、そうなると契約が必要・・・で、その辺のことを確認しました。

 

で、予定通り契約をしました。

緊急である場合は後からの契約でも問題はないのですが、後日と言われてもその時間を平日に作るのは大変なので、自分の都合でもう分けなかったですが契約をさせてもらいました。

 

仕事では契約を「される側」でしたが、今度は契約を「する側」に。

訪問の時は自分が重要事項説明書や契約書を説明したけど、今度は説明をされる側に。そして契約書類にサインと押印をすることに。

 

契約が終わって準備するものの確認などを終わった後に、自分も名刺を渡すことに。

別に隠し立てすることじゃないけど、ここまできたら自分の素性も明かしてしまった方が楽だったので、何かあれば職場に電話してくださいとお願いしてしまいました。自分も今日は契約をしてきたので、説明やサインを求めることの申し訳なさは、自分も重々承知しています。分野は違えど、やらなきゃいけないことは同じですから。

 

まぁその後も色々と準備や母親の入院先に荷物を持って行くなどもしました。

とりあえず今日はここまで。まだ明日以降も動くことがあるのかなと思いますが、とりあえずは連絡待ち。面会もできず、入院先の看護師さんからも全然細かいことを教えてもらえない状態。なので、予定も立てられません。きっと急に決まって動き出すのでしょうね。

 

今日1日で契約をする側とされる側になった自分。

契約を結ぶのって、どっちも大変ですよね。

先日、ちょこっとだけ触れました。

一昨日が給料日。明細書には新たに「職務手当」が書かれ、支払われました。まぁ金額は、大した金額ではありませんが。

 

職務手当・・・一言で言ってしまえば、役職手当です。

入職してまだ1年も経っていないのに、役職手当。小さいな法人での役職なので、そんなに大きなことをするわけではありませんが、法人としての事務局主任という立場で仕事をすることにもなりました。

 

正直、この話があった時は結構悩みました。

何度も書いている通り、自分は役職に就いた結果、潰れてしまいました。もちろんそのことは施設長にも話しています。

 

前の職場での役職経緯は、ある意味「自然な流れ」でなったもの。

施設の開設準備室で仕事に携わった結果、3か月後に施設がオープンした時は「係長」としての待遇に。まぁここまでは自分もある程度は納得してのもの。しかしその半年後には「課長」としての待遇に。これは、全く望んでいなかった待遇。

 

そもそも「課長」となったのも、頑張りの評価とのこと。

でも頑張りの評価なら「評価給」というものがあったのだから、そこで評価されるならまだ理解できます。でも課長になっても、評価給はつかない状態。その辺はだいぶ掛け合った結果だったけど、役職をあげることで理事長は解決しようとしました。

 

今思えば、自分も覚悟がなかったのでしょうね。

同僚は施設長になり、自分だけではないのに「いやいや・・・」という姿勢だった。実際には同僚と一緒に施設運営のことを色々とやってきたけど、でもそれが自分には体調を崩す要因になることに。その後は言うまでもなく・・・退職に。

 

だから自分の中では「もう、役職には就かない」と思っていました。

今の職場でも相談支援専門員として細々と仕事を続けていくつもりでした。しかし結果的には役職を受けてしまった自分。

 

もちろん、バックアップをすることを前提なので丸投げではありません。

事実、そんなに主任らしいことはしていませんが、全体の調整っぽいことはしているかもしれません。自分が主任として見いだされた背景も、そんなところがあります。

 

本来であれば既に入職している職員が立つべき役職。

ただ実際のところは適性などもあり、なかなかその位置に立てるような人がいなかったのが施設・法人としての実情。そんな中に自分が入ってきて、なかなか進まなかったミッションを簡単に進めてしまったり、事務処理的なところもポンポンやってしまった自分。それを見て「やってもらえないか」ということでした。

 

実際のところ、前の職場でも、その前の職場でも事務処理はそれなりにしました。

特にその前の職場も今の法人同様、小さなNPO法人だったので、やっていることはそんなに大差ありませんでした。だから今やっていることは全く抵抗のないこと。自分でもその辺は慣れていたのでしょうね。

 

結局爪を隠すつもりが、出しっぱなしの状態に。

自分でも「それは良くないなぁ・・・」と思いつつも、隠しきれなかったのでしょうね。もちろん精神科の先生にも相談。すると先生からは「ちゃんと能力を評価してもらえているのだから、いいんじゃないのかな」とのこと。

 

そんなこともあって、最終的には受ける形に。

まぁ何か変わるのか・・・と言われれば、自分的には何にも変わらないかな。お願いされた仕事をこなしていくだけ。単純にGOサインさえ出れば、どんなこともやりますから。最近では新型コロナウイルスに関するかかりまし費用についての手続きもやりましたし。早い話、できる人がやればいいだけの話ですが。

 

当然、名刺に書くほどの役職でもありません。ホント、内部的な話だけ。

対外的には「相談支援専門員・社会福祉士・精神保健福祉士」ですから、そこが本業です。本業を生かして仕事をしていくのが自分の役割。ただ、前の職場みたいに同じ失敗だけは繰り返さないようにしないといけませんね。

人相手の仕事なので、予定が変わることは普通です。

今日も作業のシフトに、相談の予定などいろいろと入っていました。

 

一応相談支援の「専従」なのですが、実際は作業にも入るので「兼務」。

市役所にも専従として出した以上、堂々と「兼務しています」とは言いにくい感じ。だけど実際は両方行っているので、今の状況では相談だけの仕事というわけにはいきません。それを知らずか、勝手に「まだ(計画相談の件数)できるでしょ」なんて言う市役所の職員に反発したい気持ちもあります。(この話をするとまた長くなるので、またの機会に。)

 

今日も予定を組んでいましたが、1つだけ流れることに。

利用者さんの病院受診が長引いてしまい面談時間に間に合わなくなってしまったので、もう一度日程を調整しました。その分他の仕事ができる・・・と思って関係機関へのモニタリングを実施しようと思っていました。

 

でも・・・実際は、思い通りになりません。

以前利用していた利用者さんから電話があり、自分が応対すると電話口で泣き出してしまう状態。ゆっくり話を聞くと、希死念慮が続いて辛いとのことで、可能であればうちに来て面談しましょうと話す自分。利用者さんも「行ってみます」とのこと。

 

その5分後、利用者さんが到着。

面談室で今の心境を確認したうえで、話を聞くことに。話の詳しい内容はあまり言えませんが、今は体調が悪く就労先の職場を休んでいるとのこと。主治医の先生からも休息を指示され休んでいて、少しずつ調子が上向きかけたときに、希死念慮が出てきてしまい辛くなってしまったとのことでした。

 

で、その元凶になっているのは、やはり仕事。

頑張って仕事をしているものの、職場の人にはその頑張りが伝わっていない様子。心無いことも言われ、それで気持ちが落ち込んでしまっている状態でもありました。もちろん障害者雇用なので配慮は求めているのですが、最近はその配慮もないがしろになっているとのこと。

 

うーん、状況は違えど、仕事が苦しいという状況はどこか自分と似ています。

自分も前の職場は結果的に退職したし、仕事にもならなかった状態。続けていくにも仕事を辞めるにも、どっちに転がっても厳しい状態でした。利用者さんの話はまさに、自分が経験した状況とかなり似ているものでした。

 

利用者さんの話を聞いたうえで伝えたことは、体を壊してまで仕事をする必要はない。

先日も似たようなことを書きましたが、何より健康が大事。健康さえあれば仕事はいつだってできるし、仕事ができればお金も入ってくる。でも健康でなくなったら、元も子もありません。世の中に体を壊してまでするような仕事はありません。

 

そんなことを、自分の体験も踏まえて話しました。

しっかりと面談を行ったので、利用者さんも話をして落ち着いてきたとのこと。希死念慮についても収まってきたので、今日はそのままお返しすることに。ただ何かあれば遠慮なく施設長に連絡をすることだけは、約束してもらいました。

 

先延ばしのできない相談だったので、対応するのは当然のこと。

突発対応をするのは当たり前のことですが、面談が終わった時は定時近く。関係機関も業務を終了している状態だったため、結局モニタリングの聞き取りはできませんでした。時間ができても別の相談があれば対応するのが自分。なかなか思い通りにならないものです。

今月も半分が過ぎたところ。

そんなに計画数はまだやっていないのに、今月は結構追われている状態。新規の計画はないけど、モニタリングが4件。で、完了しているモニタがまだ1件。とりあえず1件はめどが立ったけど、それでも今月中にあと2件、終わるかなぁ。

 

進まない理由の1つに、利用者さんと面談できていないこと。

そのうちの1人の利用者さんは、うちに来れていない状態。作業シフトも組んでいるけど、調子が良くないとのことで、お休み中。

 

その利用者さん、うちだけでなく他のB型事業所も利用しています。

その事業所では「在宅支援」を行っており、うちに来ていない時はその事業所の在宅支援を受けています。

 

この「在宅支援」、本来はないメニューなのですが、今年だからこそできたもの。

コロナの影響で就労支援施設に通所できない場合、いくつかの条件をクリアすることで、通所したものと同様の取り扱いができるもの。ただし時限的なもので、今のところは今年度限りの対応。でも在宅支援をすれば、通常の報酬算定ができるので、しっかりやっているところは意味のある支援です。

 

で、この利用者さんに当てはめた時・・・個人的に「在宅支援?」って思っています。

別にコロナで来れないわけではなく、今は体調が良くなくて来れない状態。別に欠席をするのは構わないのですが、うちに「体調が悪くて来れない」のに、他の事業所で「コロナの影響で来れない」と在宅支援の対応することは、今回の通知の趣旨にあっているのか。別にコロナの影響で来れないわけではないし、現にうちには通所している。であれば、今の支援は「在宅支援」ではなく、通所できるような支援をしていくのが筋ではないのか。そのための働きかけをしたうえでの「在宅支援」であれば理解できますが、そこまでやっているのかなぁ・・・というのは、正直見えてこない状態。

 

事実、自分が立てた計画も「コロナ前の状態に戻す」と位置づけ。

話を聞いていてちょっと突っ込みたいところがあったのですが・・・できませんでしたね。

 

多分自分が独立して仕事をしていれば、言えるかもしれません。

でも今の自分は完全独立ではなく、B型の事業所に併設されている相談支援事業所の相談支援専門員。委託で事業を行っているわけでもないし、本当に法人事業として行っているだけのこと。もちろん個人的にはニュートラルな立場を維持することを心掛けています。

 

ただ・・・じゃ他の事業所から見て、自分はニュートラルに映るのか。

今回のことも、見方によっては「B型事業所にいる職員」として見られると、横から他の事業所のやり方に口をはさんでいるだけの人になりかねず、誤解が生じる。これが併設事業所の相談支援専門員としての悩ましいところ。

 

これ、委託を受けている事業所とか、単独相談支援事業所なら違うと思います。

今まで自分が関わって来たのは、この形。だから純粋にニュートラルな立場で話をしてきたので、利用者さんからもニュートラルだし、事業所からもニュートラル。だからどちらに対してもニュートラルな立場で話をすることができ、話のしやすさはあります。

 

一方、併設事業所の相談支援専門員だと、ともすれば「B型の職員?」と見られることも。

ちゃんと話の分かる人であれば「B型はB型、相談は相談」として分けてもらえると思いますが、一歩違えば「他の事業所に言われる筋合いはない」的な感じにもなりかねず、そうなるとニュートラルな相談支援専門員としての話として聞いてもらえないのではないか、と考えてしまいます。

 

まぁ言わなきゃいけない状況の時は、言わざるを得ないでしょう。

でも現状としてそのことを自分から指摘するのは・・・うーん、直球は投げられませんね。どうやって何となく、やんわりと話をするべきか・・・単独事業所なら話はもう少し早いのですが、併設事業所の悩ましいところでもあります。

8月に上級救命講習の再講習を受けてきました。

そして今日は、応急手当普及員の再講習を受けてきました。今回も上級救命再講習と同様、取得後3年以内に再講習を受けることで、認定期間が延長されるもの。上級救命同様、応急手当普及員も時間をかけて取ったので、再講習を受けました。ちなみに再講習を受けずに失効して、再度普及員講習を受けると・・・初めからなので3日間の講習になります。

うん、その時間を考えたら、半日で済む再講習を受けておいた方がいいですね。

 

まぁ正直なところ、3年間で応急手当普及員として活動することはほとんどありませんでした。前の職場でもそこまでやることはなかったし、ボランティアもやっていないので、今の生活に必要か・・・という点では何とも言えませんが、結果的に持っているのと、もし再度必要となった時に3日間の講習を受けるのは、さすがに骨が折れます。それを半日(実際には3時間)の講習で済むのですから、8月の時の再講習同様、負担は少ないですね。

 

内容としては・・・駆け足で、指導法の確認。

恐らく参加されている人のほとんどは、上級救命講習を受けている(と思われる)人で、自分もその1人。ましてや自分の場合はつい先日に再講習を受けたばっかり。なので、みんな技術は持っています。なので自分たちが指導を受ける・・・というのはありません。あくまで「できない人」を前提にした指導。なので自分も「ハイ、数えてくださいね」「良いテンポですね」と、まぁありきたりなことばかり。だってみんな、上手だもん。

 

技能考査も筆記考査も、全員クリア。晴れて認定証交付です。

 

これで、次の再講習は3年後。

何かの時に役に立てばいいですけどね。

 

今日のカレーショップは、ちょっと違ったカレーショップ。

利用者さんの1人が、配置換えを行いました。

 

元々この利用者さんは配達を担当されていた方。

配達を担当される利用者さんは数少なく、配達の中軸を担っていた方。ただこの利用者さんから「配達を辞めたい」との意向があり、今日から厨房で作業することに。

 

その理由を話せば長くなるのですが、ざっくり言ってしまうと人間関係。

決して険悪な状態だったわけではないのですが、利用者さんの中にわだかまりができて、それが解消されず、辞めたいということに。他にも心身の不調もありましたが、そこが一番でした。

 

で、新しいシフトになって最初の日。

こういう日に限って職員体制が手薄になっている状態。でも・・・利用者さん同士は何とも言えない、妙な連帯感を持ちながら作業していたように感じました。

 

厨房の方は、新しく利用者さんを迎え入れてサポートしながら作業。

厨房のことを全く分からないわけではないので、要所要所で慣れている利用者さんが教えたり、助けたり、手伝ったり。普段少し攻撃的な利用者さんも、今日はサポートモードで、みんなと連携しながら作業に取り組まれていました。

 

一方、貴重な人材が減った配達は、それなりに機能していました。

もっとも、ほとんどの配達を自分が車を運転して配達をしたので、利用者さんの力での仕事という点では「・・・」と感じてしまいます。それでも、なかなか配達の作業をうまくできない利用者さんに対して、口調の厳しい利用者さんも手厳しさを見せつつも、その利用者さんなりに丁寧に伝えようとしている姿がありました。

 

なんかそんな光景を見ていて、自分が思ったほどの混乱ではないのかな、と感じました。

いなくなればいなくなったで、それなりにできる。新しく入れば協力してサポートする。ショップを営業していると必ず何かしら起きているのですが、今日は想定以下でした。むしろ、以前よりうまく動いているのかなとも感じられるものでした。

 

うーん、これはこれで、いいのかな。

今日が最初の体制だったからうまくいったのかもしれないし、もしかしたら今後新たな問題が出てくる可能性は十分にあるけど、その時はその時でまた考えればいい。事実、ちょっとした行き違いもあったけど、それは普段の作業の中でも想定できたこと。その対策をすればいいだけのことだし、これからも何かあれば対策を練ればいいだけのこと。意外と利用者さんの方が冷静に受け止めていたのかなとも思います。これも1つのグループワークですね。

夕方、法人の事務局長(GHの世話人さん)が駆け付けました。

他の職員さんのことを気遣って、その様子を確認に来てくださいました。

 

きっかけは、施設長とのやり取り。

朝の職員ミーティングで、先週金曜日の出来事を報告した時のこと。施設長は不快感を持ち、やや当てつけのようにその職員さんに対して苦言を呈していました。

 

言いたかったことは、報告・連絡・相談(ほうれんそう)をしなさいということ。

ただそこまでネチネチ言わなくても・・・という違和感は感じていました。少し感情も入り混じったような感じの苦言。

 

ただ事前に世話人さんから施設長に一報を入れたときに、異変を察して連絡。

その職員さんも事前に連絡があったので、あまりダメージを食らわずに済んだみたいです。

 

以前、世話人さんから自分が入職する前のことを教えてくださいました。

自分が入る前、施設内(職員間)の環境は決して良好ではなかったみたいで、施設長の当たりの強さから職員が辞めてしまうという事態が続いていたとのことでした。もっと遡れば、その前の施設長は法人の私物化をして大変だったみたいですが、それを何とかしたのは、今の施設長。施設長と職員が協力して施設の立て直しをしてきたとのこと。

 

ただ施設長は上に立つことが苦手とのことで、今の立ち位置もやらざるを得ないための位置。

施設長なりに色々と苦労をしながらやってきて、職員が立て続けに辞めてしまったことを反省して、今の自分への対応になっているとのことでした。

 

正直なところ、施設長は管理的なことより現場の方が好きなことは感じます。

週1回のカレーショップでは職員全員が関わって運営していますが、ショップに入っているときの施設長はどことなく楽しそうで、利用者さんとのやり取りもまんざらではない感じ。利用者さんからも慕われていることは自分も肌で感じているので、元々は現場がいいんだろうなぁ・・・って感じています。

 

自分もどちらかというと、現場が好き。

今の立ち位置としては「相談支援専門員」だけど、きっとそれだけじゃやりがいを感じていないと思います。計画を書くだけではなく、実際に利用者さんと接しながら仕事ができるから今の仕事を続けていられるし、その関わりも自分にとっては心地いいです。自分の根底にあるのは、やはり現場なのだと思います。

 

世話人さんからは、自分が入ったことで「緩衝材」になっているとのこと。

なので感謝をされていますが、自分はそんなに特別なことをやっているわけではありません。ただ、他の職員さんの気持ちもわかるし、施設長の気持ちもわかります。自分も同じ立場だったら、絶対にやりくりはできませんから。

 

それを理解できるのは、以前の職場で「課長」という立場に立ったから。

「課長」と言いつつも、実際には施設の運営に関わっていた立場。施設長に近い立ち位置にいたことは間違いありません。近い立ち位置・・・というか、実際には部門のトップでしたし、事実「施設長」という立場での仕事もしていました。自分は決して望んでいなかった立ち位置だったけど、やらざるを得ずになったので、今の施設長と状況はほぼ同じです。

 

課長だったときは、本当に大変でした。

結果、体を壊して休職し、課長の立場を外れて復帰はしたけれど体調は戻らずに退職。その後のことは既に書いている通りですが、やっぱり本来自分が望んでいた立場ではない仕事をしてきたことの代償は非常に大きかったということです。だから、今の施設長にも潰れては欲しくないし、もちろん他の職員が潰れてもいけない。潰れたことを経験した身としては、何としてもそれだけは避けなければいけない。

 

今の職場ではそんな思いを持ちながら、できるだけシェアしていくことを心掛けています。

仕事のシェアはもちろんのこと、気持ちのシェアもしていく。他の職員さんのケアもしながら業務を進めていく。施設長のサポートもしていく。

 

そう、一応「法人事務局主任」という立場になったから、その意識を持っています。

施設長が抱えていた仕事を、自分ができる範囲の中で行っていく。施設長の負担を減らすため、結果として施設全体が円滑に進んでいけるようにするためにも、ほんの少しだけ施設長のブレインになれればと思いながら、仕事もしています。

 

話はそれましたが、前の職場は心身ともに疲弊してしまいました。

あまり経験したくないものでしたが、結果的にそれが今の職場で「同じことを繰り返さない」という思いの元仕事をしているのは、課長という立場に立ったことがまんざら悪かったわけでもなさそうです。

 

もし、またやれと言われたら・・・少なくとも、40代のうちは勘弁です。

色んな意味で器が大きくなってからにしたいものです。もっとも、一番いいのは今の「相談支援専門員」をしながらB型の現場に携わって、縁の下で施設長を支えていくのが、自分にとってやりやすい仕事の仕方かもしれません。