今日は関係機関へ連絡することの多かった1日。

計画相談をやっていれば当然のことなのですが、計画相談の担当ではない利用者さんの件で今日は1日動いた感が大きいです。

 

朝出勤すると既に同僚が電話口で対応。

最初は利用者さんを相手に対応している様子だったが、途中で対応の様子が変化。違和感を感じたため、電話横でディスプレイに表示された電話番号を確認。利用者さんを特定して、様子の変化を理解しました。

 

何が起きていたのか。最初は利用者さんと話していたけど、途中から義兄に。

この義兄、かなり個性的な方で・・・いや個性的といえばなんか穏やかに聞こえますが、実際は「厄介」な方で、対応に苦慮する人。世間の常識が通用しない方で、傍から聞いているとおかしいことも「自分の常識は世界の常識」と考えるような人。そんな人からの電話を対応していました。

 

で、何が話されたかと言うと・・・利用者さんの入院。

正直普通に見ていいて精神症状の悪化など感じるところは一切ありませんでした。そんな義兄が利用者さんを入院させる理由は、お金の乱費と頑固。それと、認知症。

 

認知症・・・何だって?

申し訳ないけど、接していて認知症なんて微塵も感じません。確かに物事の了解の悪さは感じますが、普通に意思疎通はできますし、話も通じます。うちの父親も認知症ですが、利用者さんはどう考えても認知症とは思えません。仮に軽度の認知症だったとしても入院適応となるような状態とは思えません。

 

乱費に関しても、多少のギャンブルはやっていると思います。

ただ、今の生活を破綻させるような他者に対する迷惑をかけるような程ではないと思います。まぁ累積で考えたらそれは何とも言えませんが・・・それでも「現状」で判断をするのであれば入院させてまでと言う話ではないと思います。

 

専門職から見て、入院は適切とは思われません。

しかし義兄の理屈では、入院して何とかすると言うもの。当然ながら本人は同意していませんが、家族が同意するので入院は可能。これがいわゆる「医療保護入院」と言うものです。

 

精神科の入院は基本は「任意入院」です。

読んで字の如くであり、本人が入院に同意した上で治療するものです。任意なので、本人が退院したいといえば退院することができます。しかし中には明らかに精神障害が出ており治療が必要なものもあります。そのような場合に本人の同意を取るのは難しい場合があります。そのような場合は「医療保護入院」と言う形がとられ、本人の同意がなくても家族の同意があれば入院させることができます。

 

そして精神障害があるために自傷他害の恐れがある場合、「措置入院」となることも。

措置入院の場合は2人の精神保健指定医が「入院が必要」と判断した場合、都道府県知事の命令により強制的に入院させることができます。当然ながら人権に関わってくることですので、その流れや判断は法律に従って厳格に行われるものであります。

 

昨今精神科医療で問題になっているのは「医療保護入院」です。

国では医療保護入院の廃止も議論されていますが、一部からは廃止に反対する声もあり、議論は今も続いています。本当に必要な状況で運用されることを考えれば大事な制度でありますが、一部では不適切な医療保護入院が行われているとの声もあります。

 

今回のことも、不適切な医療保護入院にあたる可能性が非常に高いです。

本人の意向は関係なく、関係者(特に家族)が恣意的に入院の方向に持っていってしまうと、障害を持った人の権利が侵害されてしまいます。少なくとも、今回の入院は何が決定的な入院理由なのかがはっきりしていません。仮に認知症だったとした場合、認知症を診断するための手続きを踏んでいるのか。生理学検査・心理検査がされた上で判断されたのか、その部分が非常に不透明です。

 

とはいえ、じゃ自分達に何ができるのか・・・

悔しいながら、手を出せないのが現状です。明確な事実の積み上げがないと踏み込めません。仮にも「私的」な部分に介入するには明確に権利の侵害がされていることを証明することができなければ入りにくいです。障害者虐待から切り込もうとした場合も、具体的かつ客観的に虐待の事実が証明できなければ切り込めません。少なくとも今回の場合、仮に不十分・不適切なところがあったとしても医療の判断を受けた上でのことなので、切り込むのが難しい状態でもあります。(警察の「民事不介入」に近いところがありますね。)

 

この件については、もちろん役所にも報告しています。

この利用者さんがうち以外に通所している事業所にも連絡。その事業所の所長さんも「おかしいよね。どうにかならないかなぁ・・・」と。本当にどうすればいいのでしょうか。非常に難しい問題です。

今更ながら、精神科の薬が減っています。

減っているというか、うつ病発症前の状態に戻りました。いや、もしかしたらそれ以上に進んでいるのかも?

 

減薬の話はしばらくしていませんでしたが、その後も着々と進んでいました。

体調が落ち着いてきて最初に減薬が始まったのはトリプタノール。元々はパニック障害を発症した当時に不眠でなかなか寝ることができず、トリプタノールの副作用を利用して試みたことが最初。それから長く飲み続けていましたが、先生が1番最初に無くす薬として選びました。

 

ただ先生も慎重に減らしたと思います。

多分一般的に減らす目安の期間を通常よりも長く見ながら減らしていったと思います。少しずつ、徐々に量を減らして、半年以上かけてトリプタノールを卒業しました。

 

そして次に手をつけたのは、イフェクサーという薬。

この薬は自分がうつ状態になって色々と試し、悪い状態を比較的良く改善させた薬。うつ状態の治療の中心となった薬で、減薬を始めるときは「いよいよ本丸へ」と言った感じ。でも、やっぱり減薬には不安でした。

 

で、つい先日、この薬も完全に無くなりました。

薬が無くなってから約半月、今のところ気分の落ち込みもありませんし、大丈夫と言ったところかもしれません。この薬が無くなったことで、今飲んでいる薬はパニック障害の治療を目的とした薬だけになりました。

1つだけ言うなら、心因性頻尿(表向きには)の薬は増えましたが・・・

 

まぁ正直なところ、減薬をしていくことは結構勇気のいることかなと思います。

自分の中では「薬を飲んで安定できるのであれば、無理して薬を減らさなくてもいいかな」と言う考えがあります。なので仕事でも利用者さんと面談するときに「薬をやめたい」と言う話を聞くときは「やめ急がなくても大丈夫」と話しています。自分でやめるのは絶対に止めますし、必要であればちゃんと先生の指示の下で行っていくことが安全であることも話しています。

 

そもそも減薬を怖いと思っているのは、減薬失敗の経験があるから。

ちゃんと先生の指示の下でやっていても調子を崩すことはあるし、その経験もしています。だから安易な自己判断で減薬することは絶対に勧めませんし、実際に自己判断で減薬・怠薬した人が体調を崩しているのをたくさん見ています。

 

だから「無理して減らさなくてもいい」と言う考えがあります。

もちろん減らせるものであれば減らすに越したことはないけど、今の薬を飲んでいて安定して落ち着いて生活を送っていけるのであれば、薬の力を借りることは全く問題のないことだと思います。

 

とはいえ、やっぱり「なくせるものは、なくす」と言うのも1つでしょう。

先生の立場としては薬がなくなることでの「QOL(生活の質)の向上」を図っていくことは当然のことだと思います。

 

なので先生から減薬の話があった時も「怖い」とささやかな抵抗。

抵抗しつつも、最後は納得して先生の指示通りに減薬に取り組んだわけです。その結果が今のところは、良好に働いているみたいです。もちろん先生からは「調子が悪かったら、すぐに言って」と言われているので、気をつけながらの治療はまだ続いていきます。

 

でも自分の中での警戒は未だに続いています。

うつ病は再発のリスクも高く、ならないように警戒していてもなってしまった自分。「パニック障害の薬(うつ病にも効果のある薬)を飲んでいるから大丈夫」と思っていても、なってしまうものはなってしまいます。ある意味自分はうつ病のハイリスクがあると思っているので、できるだけ自分自身を客観視しながら仕事を進めています。

 

いづれにしても、減薬をすることは難しいのと勇気のいること。

安易な断薬はかえって回復を悪くします。非科学的な話に乗ってしまうのはもってのほか。ちゃんと治療者(主治医)の元で正しく治療を続ければ、社会生活を営むことができると思います。精神の病気は長い時間をかけて治療し、回復していくものだと思います。焦らず、焦らず。

5月の始まり。世間はゴールデンの真っただ中。

そんな中、前回書いたとおりにイベントに参加してきました。利用者さんも一緒に参加してきました。

 

過去にもイベントの出店は経験があります。

しかし今回は「ワークショップ」も実施することに。自分も初めての経験だったので、正直どんな感じになるのか手探りの状態でした。

 

今回ワークショップでやったのは「世界で1つだけのオリジナルラベルを作ろう」というもの。

お店ではカレー以外にデザート(ゼリー)も販売しており、そのラベルは利用者さんにデザインしてもらったもの。であれば、ゼリーのラベルを自分でデザインして、それを貼って持って帰ってもらおう、という企画。

 

最初はうちのオリジナルゼリーに貼ってもらう予定だったけど、企画時の打ち合わせで「うちのゼリーじゃちょっと子どもにはクセがあるかも・・・」との意見から、リンゴゼリーに変更。普段お店で作っているゼリーは「カレー屋のゼリー」を売りにするために、色んなスパイスを使った紅茶ゼリーを販売。でもワークショップでは子ども向けゼリーにすることに。

 

ワークショップでは子どもが描いた絵をスキャナで取り込み、シールとして印刷。

印刷したシールをゼリーに貼ってもらい、残ったシールはお持ち帰り。このワークショップの過程の進行を利用者さんにお願いしました。自分は主にパソコン操作。なので事前に利用者さんには説明をしていましたが・・・

 

実際には・・・うん、何とかなりました。

利用者さんも子どもに接しているうちに声掛けもうまくできましたし、自分はほぼパソコン操作に集中することができました。というか、利用者さんの対応が丁寧で上手。最初は「子ども、苦手だよ」なんて言っていましたが、始まってみれば上手に子どもと接していました。

 

今までへこたれることの多かった利用者さんも、子ども相手に奮闘。

途中で折れてしまうかな・・・と思ったけど、見事最後までやり切りました。最後までやり切れたのは今回が初めて。本当によく頑張りました。

 

結果、事前に用意していたゼリーはほとんど使うことに。

ワークショップは盛況のうちに終了。まぁ途中から雨が降ってきてその対応などで疲れましたが・・・

 

ただ、こういう機会に利用者さんに参加してもらえてよかったです。

どうしても内部だけで完結してしまうことが多い中で、外向けに利用者さんも参加していろんな人と関わることができるのは、とても大事な機会。以前にも東京ヴェルディの就労体験のことを書いたことがあるけど、対外的に関りを持つ機会ってなかなか大変。もちろん普段の作業でも「カレーを売る」ということはしているけど、こういう形はまた違うもの。もっと広く関りができるものであり、また次につなげていくための大事な一歩でもあるので、一人でも多くの利用者さんに参加してもらえると嬉しく思います。

 

まぁ経営的には、これを機にカレーを買いに来てくれると嬉しいのですが・・・

もちろん、今回のワークショップを活用しての「第2の矢」は打つつもりです。実際につながってくれれば、尚のこと良しです。

本業が進まないことを話していますが、正直何が本業なのかわかりません。

まぁ平たく言ってしまえば「何でも屋」の自分。直接支援と関係ないことも普通にやっていますし、法人運営のことも考えていますし・・・うーん、正直今の時点で法人運営のことを考えるとは思ってもいませんでしたけどね。

 

その「法人運営」に関係するかもしれませんが、ゴールデンウイークはイベントに出店。

5月は連休でカレーの営業も少ないので売り上げの減る月。だからこそ出られるものは出るという立場で考えています。ただ今回の場合は単純な「売り上げ」だけの話ではありません。利用者さんの工賃を稼ぐ必要もありますが、それ以外の側面もあります。

 

今回のイベントの話があったのは、3月のこと。

カレーショップにカレーを買いに来てくださっている方から「イベントを実施するので参加してもらえないか」との打診。その方は地元で子どもを対象にしたワークショップを定期的に開催している方で、ワークショップの案内もお店に置いていました。

 

そんな関係から、内部でも参加を検討し、イベントの内容を考えることに。

本当はカレーを売りたかったけど、さまざまな問題からカレーの販売はかなり非現実的なため、カレー以外のものを販売することに。

 

そしてもう1つ、ワークショップを考えることに。

今回参加を打診された際に「何か子ども向けにワークショップをやってもらえないだろうか」との依頼も受けることに。カレーのお店でワークショップ・・・正直何をするか悩みました。カレーは販売が難しい(本当はしたいけど・・・)状況の中で、うちの事業の1つである「カレー」といかに結びつけていくか。

 

さらにもう1つ考えるのは、どう利用者さんと関係を持たせるか。

うちは「カレーのお店」でありながら、就労継続支援B型の事業所。そこには利用者さんもいるから、いかに利用者さんに関わってもらいながら参加するか。利用者さんがいなければ、今回の参加は正直言って意味はありません。

 

今回イベントの参加を進めたかったのは、地域との関わりを持つこと。

うちの施設に限らず、多くの施設はその地域といろいろな関わりを持ちながら運営しています。時には利用者さんが迷惑をかけてしまうこともあるけど、それも理解してもらえているからこそ地域の中で施設の運営が成り立っているわけであります。

 

だからこそ、単純に商売するだけではなく地域社会の一端を担いたい。

ある種採算を度外視しながらやっていく必要もあり、売ることだけが目的ではなく地域の人に施設を知ってもらいたい、そこで利用者さんが活躍していることを知ってもらう機会にしたい思いがあります。

 

それが結果的に「こんなお店があるんだ」につながれば、万歳です。

ワークショップもそのきっかけの1つで、それがきっかけでお店に足を運んでもらえれば嬉しいし、売り上げにつながればなおのこと。地道な種まきみたいなものです。

 

今日はイベント前最後の開所日だったので、準備におおあらわ。

もちろんいつものカレーショップの営業もしながら、準備も同時進行。イベントに参加する利用者さんに対しての打ち合わせも実施。備品が足りず急遽買い出しにも行きました。ホント、バタバタです。

 

本番は5月1日。天気は・・・あまり良くなさそう。

でも当日はどれだけの人と子どもたちが来るのかなぁ・・・正直言って全然想像がつきません。ただ地域とのつながりを大事にしたいので、利用者さんにも活躍してもらいたいですね。こういう機会にいろんな理解につながっていけばと思いますし、子どももたちにも施設のある街が当たり前になって、馴染みのある場所になれると最高ですね。正直、ワークショップを進める自分は・・・ドキドキです。

ここ最近、別に大したことをしているつもりはないのですが・・・

なんとなく仕事が終わらない。終わらないというか、目処がつかないというか・・・

 

例えば、モニタリング。

今月予定している人は今月初めに早々と予定を組んだのに、まだ完成していません。予定している人の1人は何度も予定がキャンセルになって、未だに面談ができていない状態。あと、関係機関に連絡がとれていない状態。一昨日電話をしたけど、今月はまだご本人と会っていないので様子がわからないとのこと。

 

まぁこういうことは自分だけではどうしようもないこと。

自分の仕事は相手あっての仕事なので、自分の都合だけで仕事が進むものではありません。もちろん早い時はスラスラと進んで余裕がある時もあるのですが、今月は正直余裕がありません。

 

とは言いながら、精神的にはまだ余裕はあります。

本業以外のところの仕事で息抜きをしているからかもしれません。例えば昨日・今日は法人の携帯を契約するためにほぼ1日それ以外の仕事はしていない状態。隙間の時間にできることはしているけど、時間の目処が全く立たない状態だったので予定を入れての仕事はできない状態。

 

結局携帯の契約自体は昨日の時点で終わっていたけど、割引設定はできず。

そのため今日も朝からキャリアのショップに行って手続き。ただ今日は朝行った時点で全ての手続きができたので、時間を拘束されることはありませんでした。

 

で、午後からは3役会議。(勝手に「3役」って言ってるけど・・・)

今年度から処遇改善加算を取ることになったけど、実際にどのように配分をしていくか、また処遇改善加算の対象にならない人にはどうするか、の打ち合わせ。まぁ処遇改善加算の対象ならないのって、自分なんですけどね。自分は「相談支援専門員」なので、処遇改善加算の対象にならない事業。B型の支援もしているけど、表向きは計画相談支援事業のみに携わっていることになっているので、国の言う「給与アップ」の対象にならない人間。ただ法人として「それはあまりにも・・・」とのことで、対応を検討することになり、その席に「法人主任」として参加している自分。正直、微妙な立場ですが・・・

 

別のところではゴールデンウイークに参加するイベントの準備。

色々と準備をしながら、利用者さんのシフトも考えないと・・・まだ何も考えてないし、あと1週間・・・どうしよう。

 

まぁ今までの職場も、色々とやってきました。いわゆる「雑食」状態。

法人の仕事も今の自分には本業だけど、相談以外の部分も担いながら仕事を進めているので、時には本職が追っ付かない時もあります。今月はそれをかなり感じている状態。今月も残り1週間で全部できるかなぁ・・・下手したらモニタ、すっ飛ばすことになるのかなぁ・・・いやぁ、先が見えない。

 

別に大したことをしている実感がないのに、追い込まれている間満載。

そういえば今月は作業のシフトにもそこそこ入っていたかな?そう考えると・・・追い込まれているのは、仕方ないことかな。ま、何とかなる・・・かな?

新年度になり、社会は少しずつ新しい生活になっています。

近くの小学校も入学式でピッカピカのランドセルを背負った子どもたちがお店の前を歩いている姿を見て「あぁ、自分もあんな時があったなぁ・・・」と思わず感慨に耽ってしまいました。

 

そんな自分に、新年度早々新たな仕事が回ってきました。

それはケース担当。本来持つはずのない自分が、ケース担当です。

 

もっと厳密にいえば、一応ケースは持つことができないです。

自分の職場はは就労継続支援B型と相談支援事業をやっており、自分は相談支援事業の職員というのが建前。でもケース担当を持つということは、B型の利用者の支援をするということ。

 

もちろん作業支援もしているので、支援そのものは今もしています。

しかしあくまで立場は一歩引いた位置でやっていました。でも今回はそれを踏み越えてのこと。本来的には別事業なのでケースを持つことはあり得ないですし、相談支援専門員と支援員の兼務は一般的にはあまり望ましくないこと。でも、それを超えてやるには、それなりの背景があります。

 

いつものように詳しくは書けませんが、書ける範囲で。

うちの施設は精神障害の方を対象にした施設だけど、その中で唯一障害の違う知的障害の利用者さんがいます。もちろん精神的な面もあるのですが、基本は知的障害の方。今回、その方のケースを持つことになりました。

 

ただこの方の背景は一筋縄ではいかず、いろいろな経緯がありながらうちに来られた方。で、うちに来てもいわゆる「問題行動」と呼ばれるものが多くある方で、それは自分が入職する前から問題になっていました。もちろんこの方以外にも問題行動のある利用者さんはいるのですが、やはり目に余る部分があります。

 

今回もケース担当交代のきっかけは、問題行動。

簡単に言ってしまえば、施設内で販売しているものをお金を払わず取ってしまう行為、窃盗。過去の問題行動に比べれば可愛いものだけど、窃盗は窃盗。施設外でやれば完全に犯罪行為。警察のお世話になることです。

 

ほとんどの場合、ご本人から申告があって発覚するもの。

今回もご本人から申告があり発覚し、職員全員の前でご本人の意に反するような対応をすることを話し実施したけど、それから間も無く再度窃盗。さぁ、どうする・・・って感じです。

 

誤解のないように、前のケース担当職員が何もやってないわけではありません。

むしろ色々とやってきていました。厳しく言われることも当然あり、その時は反省をしているのですが・・・どうも長続きがしない。どちらかというと、少し注目行動的な部分も見られる感じ。

 

その注目行動で獲得できたと思われるのが、ケース職員との面談。

内容の良し悪しに関わらず、担当職員との時間が作れる。どうやら利用者さんも担当職員に実らぬ淡い心を持っている様子で、それがたとえ厳しい言葉を言われたとしても獲得する価値があったのかもしれない・・・という推測もあります。

 

実際のところ、前の担当職員がケース担当になって8年とのこと。

8年・・・それはやっぱり長いかな。ある程度の循環を考えて、本来であれば2・3年でケース交代をしていくのが望ましいと思うけど、それができなかった背景には家族との関係などいろいろな問題があった様子。で、これだけ長い期間担当になっていると、やはり利用者さんもそんな思いが出てくる・・・のかもしれません。

 

そんな中で決まったのが、ケース交代。

一応自分の建前もあるので、施設長との2名体制で行うことに。ただ、やっぱり異例のケースですね。間違っても利用者さんに「異例のこと」なんていえませんね。それだけで特別感を持たれ勘違いされるのは困りますからね。

 

自分としては、厳しい対応をしていくことは今までと変わりません。

今日の面談でも「笑顔でも厳しいですよ」と釘は刺しました。

 

ただ、正直プランはできていません。どうやって対応していくか。

一応今までの反省から距離感だけは注意する必要を感じています。決して見放さず、でも濃密にならないように突き放すことも。それでもって、白黒ははっきりさせておく必要も。

 

あとは「問題行動」に対してどのように対応していくか。

正直施設の中でも意見は真っ二つで「もう、うちでは見れないから他の施設が」という意見も。その意見もごもっともだけど、自分の中では「まだできることはないのか?」を考えていきたい。もちろんソーシャルワークだけで解決する問題ではないけど、どこまでそれを使っていくことができるか。

 

そしてこの問題はうちの施設だけの問題ではないということ。

とてもじゃないけどうちだけで解決できる問題ではないのはいうまでもないこと。でも残念ながら相談支援はどこもついてなく、関係機関も全くない状態。本当に今までうちの施設だけ丸抱えの状態。だからこそちゃんと行政にも関わってもらいたいし、仮にも「地域生活支援拠点を整備する」と言ったのだから、言った以上はその責任はちゃんと全うしてほしい。整備しただけで「あとは施設で・・・」なんて、そんな機能しないものはやめてほしい。これはうちとしては「困った」のだから、それを見て見ぬふりされては、本当にやるせないですから。

 

年度早々、難題を抱えた自分であります。

自分の体を壊さない程度に、色々と考えていたいと思います。

年度末にブログを書くのは久しぶりのような気がします。

ブログの方も気を抜いてしまうとあっという間に時間が経ってしまいます。

 

その間、色々と書こうと思ったことはたくさんあります。

ただ、書こう書こうと思っている間に時間は過ぎていくもので・・・ってか、単なる言い訳にすぎません。

 

まぁまだ振り返るほどではないのですが、無事に仕事は続いているところでしょう。

そんなに今の職場で時間が経っているわけではありませんが、入職した時に比べたら何の問題もなく仕事をしていると言ってもいいでしょう。自信があるわけではありませんが、とりあえず難なく過ごしていると言うところかもしれません。

 

ただ1つ言えるのは、心は穏やかと言うこと。

利用者さんを目の前にしても一応は余裕がありますし、普通にくだらない話もしていますからね。

 

心の穏やかさと言う点で考えると、つくづく病んでいた自分を振り返ります。

今振り返っても「あの時の自分は、異常」と思うのですが、じゃどこから自分がおかしくなったのか・・・と言うのは、正直未だにわからないです。何と言うのか、知らず知らずの間におかしくなっていき、もう手がつけられない状態だったのかも。

 

予兆といえば、当時の同僚に「辞めるときは一緒です」と言ったこと。

一緒に開設準備からやってきて、何かあったときはいつも相談してきた関係。多分自分もいっぱいだったし、同僚もいっぱいだったはず。だからこそ、辞めるときは一緒なんて話をしていたのだと思います。

 

それから少ししていつもの精神科通院で、ドクターストップ。

この時のドクターストップが良かったのか悪かったのか、症状はさらに進むことに。この時にはトイレに駆け込んで籠ることが増えてきて、自分の席には座っていられない状態。そしてさらに進むのは、何もできないと言うこと。いつもやっていることができない。おそらく施設の中で1番パソコンに詳しかったはずの自分が、物品の発注1つすらできない状態。ワンクリックすればいいだけのことが、できない自分。

 

今思えば、もうここで決断していても良かったのかもしれません。

ただその時はうつ病のセオリーである「重大な決断はしない」と言う方向のもと、少し長めの休職で様子を見ることに。休職期間は3ヶ月。その時は先生も悩んでいたみたいだったけど、自分としてはもう耐えられない状態だったのでしょう。

 

結果的に3ヶ月の休職は、一時的には良かったのかもしれません。

「一時的」と言う表現は、最終的には退職という選択をしたので「先延ばし」という意味では正しい判断だったかもしれません。ただ同時に復職の時には退職するという選択肢を持って復職時の面談を受けていました。で、その時の結論はもう少し続ける。強く慰留されたため、それを無碍にできなかったというのが正直な気持ち。

 

しかし半年後には退職の決断をしました。

退職するに大きく傾いたのは、保護者対応ができなかったこと。ある意味で1番基本的なことができなかった自分に「もう、この仕事は続けられない」と判断させたのだと思います。

 

正直なところ、自分の相談職はここで終わるつもりでした。

相談職というか、福祉の仕事そのものがここで終わりになるかなと思っていました。でも少し休んで休息する時間が持てたためか、蓋を開けてみたら同じ仕事に戻っていました。だから久しぶりに再開したブログでは強い不安を吐露していました。

 

それが今では、何の問題もなく仕事をしています。

それどころか、納得いかないことには市役所に食って掛かる姿勢まで見せているのですから、完全回復ですよね。病んでいる人間がこんなことできませんからね。仕事のパフォーマンスも戻っていますし、先々の計画作成やモニタリングの予定を見て「うわぁ・・・」と思いながら笑っていますから。これも余裕がなければ笑っていられないですし。

 

ここまでできるのも、心が穏やかで無ければできないでしょうね。

今のところ減薬も順調に進み、離脱症状もなく進んでいます。もちろん減薬は先生の指示通りに行なっており、自己判断では絶対にやりません。ってか、自己判断は怖くてできません。本音は減薬しなくても・・・と思う部分もありますが、減るに越したことはありません。ただ、今飲んでいる薬が全部なくなるのは・・・あるのかなぁ。これもなくなるに越したことはありませんが、それにはまだまだ時間がかかると思います。あくまで今はうつ症状に関わる薬の減薬なので、主たる障害であるパニック障害の薬を減らすのはまだ先の話かもしれません。

 

ちょっと外れた話ですが、休息する時間が持てたのは、制度のおかげ。

仕事ができないと判断した時に精神保健福祉手帳の取得をし、形だけでも求職活動をしていた時も失業給付を長い期間もらうことができたから。就職した後も手帳を持っていたことで就職後の一時金ももらえたので、経済的な面ではだいぶ安心して休むことができました。もちろん求職活動はしていましたが、体調に合わせて無理のない範囲でやっていたので、お金のことを気にせずにできたのも良かったですし、自分が納得して仕事を探せたのも大きかったかもしれません。焦らなかったのが、何より大きかったのかもしれません。

 

ちなみに今は精神保健福祉手帳は持っていません。

先生から「次の更新はできないかな・・・」と言われ、早々と返還しました。手帳は一生持たなくていいですし、役割が終われば返せば返すか更新しなければいいだけのこと。その代わり、自立支援医療は今でも使っています。自分の状況に合わせて上手に制度を利用していくのも、大事なことです。

 

明日から新年度。また新しい年度が始まります。

で、早速明日は理事会。理事会かぁ・・・もう慣れたけど、緊張するなぁ。

気がつけば、また1ヶ月近く何も書いていませんでした。

最近の常套句になっていますが、至って健康です。昨日はコロナワクチンの3回目接種を受けてきました。喜ばしいというのか残念というのか・・・熱は出ていません。周りは熱が出るなどしていますが、自分だけ熱が出ないとなんか変な感じがします。

まぁ腕の痛みは御多分に洩れず出ていますけどね。

 

そういえば時期は年度末。そこそこに忙しいです。

計画も立てながらモニタリングも作りながらパツパツの日程で行っていますが、相変わらず市役所から何か言われると「イラっ」としてしまう自分がいます。

 

これでも最近は多少市役所の意向も聞くようにしています。

就労継続支援B型の支給も本来なら「原則の日数」(週5日余裕で通える日数)でいいものを、ちゃんと実体に合わせて日数を書くようにしています。ここでは長くなるので書きませんが、就労継続支援B型は実際に通所した日数だけ訓練等給付費を請求するので過剰な支給にはならないのですが・・・その辺を市が変なこだわりを持っているので、一応は合わせるようにしています。

 

要は「余計なことを言われたくない」だけのことなんですけどね。

必要なところはちゃんというけど、不毛な争いは避けると言う最近の自分の対処法なだけです。(もちろん今でも納得していないところもありますけど・・・)

 

とはいえ、今日も市役所から「〇〇さんの計画で・・・」と電話。

イラッと思いながらも電話に出ると、計画は出されたもののままいこうとのこと。ただ、その後の言葉が障りました。

 

「これで上(上司)にかけるけど、この人65歳以上だからもしかしたら何か言われるかもしれないから、その辺は伝えてもらえる?」

 

はい、出た〜って感じ。65歳には出し渋り。

何でこんなことを言うのかなぁ・・・って感じです。

 

日本には「介護保険法」と言う法律があります。ご存知ですよね。

65歳以上で介護の必要な方(あるいは40歳以上で特定疾病に該当する方)は介護保険で介護給付を受けることができます。

 

一方で障害を持った人には「障害者総合支援法」と言う法律があります。

これは障害を持った人が生活上の支援を必要とする場合、申請することで支援を受けることができます。ヘルパーさんなどはもちろんのこと、一般就労できない人は就労のための訓練を受けることができます。

 

就労継続支援B型はその訓練の1つで、障害があることで一般就労・一般雇用が難しい場合は契約することで利用することができます。ちなみに就労継続支援にはA型とB型があり、A型は雇用契約(労働基準法が適用される)があり、B型は雇用契約がありません。なので、A型の場合は最低賃金が保証されますが、B型にはそれがありません。

 

ここで問題になるのが「障害を持つ65歳以上」の人。

法律では原則として65歳以上は介護保険の給付が優先され、それでも給付が足りない・あるいは介護保険では支給されない場合は障害者総合支援法からの支給になります。

 

この優先の原則は、介護保険と障害者総合支援法に同様のサービスがある場合です。

例えはヘルパーさんは介護保険にも総合支援法にもあるので、65歳になったら原則として介護保険からの支給が優先されます。デイサービスも総合支援法には「生活介護」と言うサービスがあるので、原則的に介護保険が優先されます。

 

ただ、総合支援法にあって介護保険にないものもあります。

視覚障害をお持ちの方が使える「同行援護」というサービスは介護保険にはありません。なので、このサービスについては65歳を超えても利用することができます。

 

そしてもう1つ、訓練等給付に当たるものも同じです。

就労継続支援B型はその1つで、介護保険に同じようなサービスはありません。ですので65歳を過ぎても希望すれば支給を受けることができます。

 

ところがうちの自治体は、その支給を渋っているのが現状。

どんなサービスに対しても「65歳を過ぎたら原則介護保険」を掲げており、できるだけ介護保険を利用させたがります。なので自分はその対応として必ず「就労継続支援B型の支給は不可欠である」と意見を付します。

 

それでもなお支給されない可能性を見せる姿は・・・何なんでしょう?

多分この人のケースは支給されると信じていますが、もし何か言ってきたら・・・そのときは自分も言いますね。法律や通知には「支給して良い」と言っているのですから、それを拒否するのはどう言う理由なのかをちゃんと問いただす必要があります。

 

それともう1つ、65歳になったら一律介護保険にと言うことにも疑問です。

特に就労継続支援の場合、65歳になったらいきなりデイサービスに行けって・・・今まで仕事をしていることが生き甲斐だった人に、急に「支給できませんので、デイサービスです」って、それってありなの?って思います。逆にデイサービスに行くことで今までの自分を否定されたと思う人もいるはず。自ら進んでデイサービスに行くのであればともかく、就労継続支援B型に通いたいと思っている人に対してはやはり支給するべきものだと思います。だって、本人の意思なんですから。

 

ってか、すでに問題化しようと思っているケースもありますけどね。

その辺は他の人と連携をとなりながら。自分も多少は学習しましたから。

 

もしも何か言ってきたときは・・・淡々と対応するのみです。

相談支援専門員は、利用者さんの権利を守っていくのですから。

法律的な話で・・・様々な世界で「六法」と呼ばれるものがあります。

一般的な「六法」では「憲法」「民法」「商法」「民事訴訟法」「刑法」「刑事訴訟法」のことを指すことが多いですが、福祉の世界でも「福祉六法」と言われるのがあります。「福祉六法」の場合は「生活保護法」「児童福祉法」「身体障害者福祉法」「知的障害者福祉法」「老人福祉法」「母子および寡婦福祉法」があげられます。

 

今日話したいのは、生活保護法。

福祉に携わる人、あるいは福祉のことを勉強してきた人にとって「憲法25条」は暗記しろと言われるまでの条文です。

憲法第25条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 ② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

で、これを具体化したものが「生活保護法」になるわけです。

今の職場でもそうですが、今まで自分が仕事をしてきた職場では必ず生活保護を受給している人がいました。つまり、あらゆる福祉の分野(高齢者・障害者など)において生活保護法を知らない・・・というのは、話にならないのです。

 

なぜこんな話題を上げるのか。

特にYahooニュースのコメントを見て感じるのですが、生活保護を受給している人に対しての風当たりが、あまりにも強いことに危惧を感じているからです。先日もこんな記事がありました。

 

 

内容はリンクに任せるとして、Yahooニュースにも同様の記事がありました。

そのコメントを見ると、この記事に対する賛同する意見は少なかったです。福祉に携わっているものとしては、その感覚に違和感を感じました。

 

恐らくそのような考えの背景にあるのは、不正受給や必要性の問題。

「ホントにこの人に必要なの?」と思うような人がもらっていることに不信感を持つ人が、きっとそのような意見を持ち、それに付随する人が多いのだと思います。

 

もちろん、何でもかんでもいいと思ってはいません。

保護費でギャンブルをしている人の理解が得られないのは当然の話ですし、保護を打ち切れと言いたくなる気持ちもわかります。今の自分の職場で生活保護をもらっている人の中にギャンブルで消費している人はいませんが、でも少なからず問題のある人もいます。

 

うちの場合はどうするか・・・問答無用、市役所に報告です。

生活保護をもらっていて、お金の面で問題のある利用者さんについては市のケースワーカーさんに連絡をし、対応を考えます。色々と考えた挙句、どうしようもないとなった時の最終判断が「保護停止」あるいは「保護廃止」になるわけです。

 

ただ、実際に福祉施設を利用している人で停止・廃止になるのはあるのかな?

少なくとも、自分が今まで関わってきた中で停止・廃止になったことはありません。やはり「障害」の特性上、そのような判断になることは少ないのだと思います。

 

自分は生活保護を申請したこともありませんも、もらったこともありません。

恐らく多くの人はそうだと思いますが、生涯申請しないと言い切れるかというと・・・わかりません。別に自分だけでなく、誰でもそうだと思います。いつ何時自分の経済事情が変わって生活に困窮するか、それは誰にもわかりません。

 

だから憲法25条で生きることが保証され、生活保護法があるのです。

普通の人であれば、安易に生活保護の申請なんて心理的に大きな負担になるはずです。本当に困り果てて生活保護を申請するのだと思いますが、そこで心のないお役所対応をされた日には、それはもう「絶望」以外他ならないと思います。

 

もし自分が生活保護を申請しなければならない立場になったとき、Yahooのコメントを受け止めきれるでしょうか。一部の受給者の呆れ果てた生活ぶりによって、生活保護を受給している人全体がそのような目で見られることは、あってはならないと感じています。

 

昨年、生活保護基準額引き下げの裁判の時も、厳しい言葉が並んでいました。

「裁判を起こすくらいなら働け」なんて書き込みもありました。でも・・・それができていれば、やっていると思います。頼るところは生活保護しかない、だから支援してくれる人のもとで戦ったのだと思います。そのことを批判するのは、正直どうなのかな・・・と思います。

 

誤解のないように言いますが・・・明らかにおかしいものは正すべきです。

そのうえで、必要な人にはちゃんと保護をしていく必要があります。生活保護を受給している人は決して贅沢をしていません。誰が見ても明らかに贅沢な生活をしているのであれば、正すべきです。それは、毅然とした対応を取ればいいだけの話です。

 

Yahooのコメントをする前に、今一度相手の立場に立ってほしいと感じています。