年度末にブログを書くのは久しぶりのような気がします。

ブログの方も気を抜いてしまうとあっという間に時間が経ってしまいます。

 

その間、色々と書こうと思ったことはたくさんあります。

ただ、書こう書こうと思っている間に時間は過ぎていくもので・・・ってか、単なる言い訳にすぎません。

 

まぁまだ振り返るほどではないのですが、無事に仕事は続いているところでしょう。

そんなに今の職場で時間が経っているわけではありませんが、入職した時に比べたら何の問題もなく仕事をしていると言ってもいいでしょう。自信があるわけではありませんが、とりあえず難なく過ごしていると言うところかもしれません。

 

ただ1つ言えるのは、心は穏やかと言うこと。

利用者さんを目の前にしても一応は余裕がありますし、普通にくだらない話もしていますからね。

 

心の穏やかさと言う点で考えると、つくづく病んでいた自分を振り返ります。

今振り返っても「あの時の自分は、異常」と思うのですが、じゃどこから自分がおかしくなったのか・・・と言うのは、正直未だにわからないです。何と言うのか、知らず知らずの間におかしくなっていき、もう手がつけられない状態だったのかも。

 

予兆といえば、当時の同僚に「辞めるときは一緒です」と言ったこと。

一緒に開設準備からやってきて、何かあったときはいつも相談してきた関係。多分自分もいっぱいだったし、同僚もいっぱいだったはず。だからこそ、辞めるときは一緒なんて話をしていたのだと思います。

 

それから少ししていつもの精神科通院で、ドクターストップ。

この時のドクターストップが良かったのか悪かったのか、症状はさらに進むことに。この時にはトイレに駆け込んで籠ることが増えてきて、自分の席には座っていられない状態。そしてさらに進むのは、何もできないと言うこと。いつもやっていることができない。おそらく施設の中で1番パソコンに詳しかったはずの自分が、物品の発注1つすらできない状態。ワンクリックすればいいだけのことが、できない自分。

 

今思えば、もうここで決断していても良かったのかもしれません。

ただその時はうつ病のセオリーである「重大な決断はしない」と言う方向のもと、少し長めの休職で様子を見ることに。休職期間は3ヶ月。その時は先生も悩んでいたみたいだったけど、自分としてはもう耐えられない状態だったのでしょう。

 

結果的に3ヶ月の休職は、一時的には良かったのかもしれません。

「一時的」と言う表現は、最終的には退職という選択をしたので「先延ばし」という意味では正しい判断だったかもしれません。ただ同時に復職の時には退職するという選択肢を持って復職時の面談を受けていました。で、その時の結論はもう少し続ける。強く慰留されたため、それを無碍にできなかったというのが正直な気持ち。

 

しかし半年後には退職の決断をしました。

退職するに大きく傾いたのは、保護者対応ができなかったこと。ある意味で1番基本的なことができなかった自分に「もう、この仕事は続けられない」と判断させたのだと思います。

 

正直なところ、自分の相談職はここで終わるつもりでした。

相談職というか、福祉の仕事そのものがここで終わりになるかなと思っていました。でも少し休んで休息する時間が持てたためか、蓋を開けてみたら同じ仕事に戻っていました。だから久しぶりに再開したブログでは強い不安を吐露していました。

 

それが今では、何の問題もなく仕事をしています。

それどころか、納得いかないことには市役所に食って掛かる姿勢まで見せているのですから、完全回復ですよね。病んでいる人間がこんなことできませんからね。仕事のパフォーマンスも戻っていますし、先々の計画作成やモニタリングの予定を見て「うわぁ・・・」と思いながら笑っていますから。これも余裕がなければ笑っていられないですし。

 

ここまでできるのも、心が穏やかで無ければできないでしょうね。

今のところ減薬も順調に進み、離脱症状もなく進んでいます。もちろん減薬は先生の指示通りに行なっており、自己判断では絶対にやりません。ってか、自己判断は怖くてできません。本音は減薬しなくても・・・と思う部分もありますが、減るに越したことはありません。ただ、今飲んでいる薬が全部なくなるのは・・・あるのかなぁ。これもなくなるに越したことはありませんが、それにはまだまだ時間がかかると思います。あくまで今はうつ症状に関わる薬の減薬なので、主たる障害であるパニック障害の薬を減らすのはまだ先の話かもしれません。

 

ちょっと外れた話ですが、休息する時間が持てたのは、制度のおかげ。

仕事ができないと判断した時に精神保健福祉手帳の取得をし、形だけでも求職活動をしていた時も失業給付を長い期間もらうことができたから。就職した後も手帳を持っていたことで就職後の一時金ももらえたので、経済的な面ではだいぶ安心して休むことができました。もちろん求職活動はしていましたが、体調に合わせて無理のない範囲でやっていたので、お金のことを気にせずにできたのも良かったですし、自分が納得して仕事を探せたのも大きかったかもしれません。焦らなかったのが、何より大きかったのかもしれません。

 

ちなみに今は精神保健福祉手帳は持っていません。

先生から「次の更新はできないかな・・・」と言われ、早々と返還しました。手帳は一生持たなくていいですし、役割が終われば返せば返すか更新しなければいいだけのこと。その代わり、自立支援医療は今でも使っています。自分の状況に合わせて上手に制度を利用していくのも、大事なことです。

 

明日から新年度。また新しい年度が始まります。

で、早速明日は理事会。理事会かぁ・・・もう慣れたけど、緊張するなぁ。

気がつけば、また1ヶ月近く何も書いていませんでした。

最近の常套句になっていますが、至って健康です。昨日はコロナワクチンの3回目接種を受けてきました。喜ばしいというのか残念というのか・・・熱は出ていません。周りは熱が出るなどしていますが、自分だけ熱が出ないとなんか変な感じがします。

まぁ腕の痛みは御多分に洩れず出ていますけどね。

 

そういえば時期は年度末。そこそこに忙しいです。

計画も立てながらモニタリングも作りながらパツパツの日程で行っていますが、相変わらず市役所から何か言われると「イラっ」としてしまう自分がいます。

 

これでも最近は多少市役所の意向も聞くようにしています。

就労継続支援B型の支給も本来なら「原則の日数」(週5日余裕で通える日数)でいいものを、ちゃんと実体に合わせて日数を書くようにしています。ここでは長くなるので書きませんが、就労継続支援B型は実際に通所した日数だけ訓練等給付費を請求するので過剰な支給にはならないのですが・・・その辺を市が変なこだわりを持っているので、一応は合わせるようにしています。

 

要は「余計なことを言われたくない」だけのことなんですけどね。

必要なところはちゃんというけど、不毛な争いは避けると言う最近の自分の対処法なだけです。(もちろん今でも納得していないところもありますけど・・・)

 

とはいえ、今日も市役所から「〇〇さんの計画で・・・」と電話。

イラッと思いながらも電話に出ると、計画は出されたもののままいこうとのこと。ただ、その後の言葉が障りました。

 

「これで上(上司)にかけるけど、この人65歳以上だからもしかしたら何か言われるかもしれないから、その辺は伝えてもらえる?」

 

はい、出た〜って感じ。65歳には出し渋り。

何でこんなことを言うのかなぁ・・・って感じです。

 

日本には「介護保険法」と言う法律があります。ご存知ですよね。

65歳以上で介護の必要な方(あるいは40歳以上で特定疾病に該当する方)は介護保険で介護給付を受けることができます。

 

一方で障害を持った人には「障害者総合支援法」と言う法律があります。

これは障害を持った人が生活上の支援を必要とする場合、申請することで支援を受けることができます。ヘルパーさんなどはもちろんのこと、一般就労できない人は就労のための訓練を受けることができます。

 

就労継続支援B型はその訓練の1つで、障害があることで一般就労・一般雇用が難しい場合は契約することで利用することができます。ちなみに就労継続支援にはA型とB型があり、A型は雇用契約(労働基準法が適用される)があり、B型は雇用契約がありません。なので、A型の場合は最低賃金が保証されますが、B型にはそれがありません。

 

ここで問題になるのが「障害を持つ65歳以上」の人。

法律では原則として65歳以上は介護保険の給付が優先され、それでも給付が足りない・あるいは介護保険では支給されない場合は障害者総合支援法からの支給になります。

 

この優先の原則は、介護保険と障害者総合支援法に同様のサービスがある場合です。

例えはヘルパーさんは介護保険にも総合支援法にもあるので、65歳になったら原則として介護保険からの支給が優先されます。デイサービスも総合支援法には「生活介護」と言うサービスがあるので、原則的に介護保険が優先されます。

 

ただ、総合支援法にあって介護保険にないものもあります。

視覚障害をお持ちの方が使える「同行援護」というサービスは介護保険にはありません。なので、このサービスについては65歳を超えても利用することができます。

 

そしてもう1つ、訓練等給付に当たるものも同じです。

就労継続支援B型はその1つで、介護保険に同じようなサービスはありません。ですので65歳を過ぎても希望すれば支給を受けることができます。

 

ところがうちの自治体は、その支給を渋っているのが現状。

どんなサービスに対しても「65歳を過ぎたら原則介護保険」を掲げており、できるだけ介護保険を利用させたがります。なので自分はその対応として必ず「就労継続支援B型の支給は不可欠である」と意見を付します。

 

それでもなお支給されない可能性を見せる姿は・・・何なんでしょう?

多分この人のケースは支給されると信じていますが、もし何か言ってきたら・・・そのときは自分も言いますね。法律や通知には「支給して良い」と言っているのですから、それを拒否するのはどう言う理由なのかをちゃんと問いただす必要があります。

 

それともう1つ、65歳になったら一律介護保険にと言うことにも疑問です。

特に就労継続支援の場合、65歳になったらいきなりデイサービスに行けって・・・今まで仕事をしていることが生き甲斐だった人に、急に「支給できませんので、デイサービスです」って、それってありなの?って思います。逆にデイサービスに行くことで今までの自分を否定されたと思う人もいるはず。自ら進んでデイサービスに行くのであればともかく、就労継続支援B型に通いたいと思っている人に対してはやはり支給するべきものだと思います。だって、本人の意思なんですから。

 

ってか、すでに問題化しようと思っているケースもありますけどね。

その辺は他の人と連携をとなりながら。自分も多少は学習しましたから。

 

もしも何か言ってきたときは・・・淡々と対応するのみです。

相談支援専門員は、利用者さんの権利を守っていくのですから。

法律的な話で・・・様々な世界で「六法」と呼ばれるものがあります。

一般的な「六法」では「憲法」「民法」「商法」「民事訴訟法」「刑法」「刑事訴訟法」のことを指すことが多いですが、福祉の世界でも「福祉六法」と言われるのがあります。「福祉六法」の場合は「生活保護法」「児童福祉法」「身体障害者福祉法」「知的障害者福祉法」「老人福祉法」「母子および寡婦福祉法」があげられます。

 

今日話したいのは、生活保護法。

福祉に携わる人、あるいは福祉のことを勉強してきた人にとって「憲法25条」は暗記しろと言われるまでの条文です。

憲法第25条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 ② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

で、これを具体化したものが「生活保護法」になるわけです。

今の職場でもそうですが、今まで自分が仕事をしてきた職場では必ず生活保護を受給している人がいました。つまり、あらゆる福祉の分野(高齢者・障害者など)において生活保護法を知らない・・・というのは、話にならないのです。

 

なぜこんな話題を上げるのか。

特にYahooニュースのコメントを見て感じるのですが、生活保護を受給している人に対しての風当たりが、あまりにも強いことに危惧を感じているからです。先日もこんな記事がありました。

 

 

内容はリンクに任せるとして、Yahooニュースにも同様の記事がありました。

そのコメントを見ると、この記事に対する賛同する意見は少なかったです。福祉に携わっているものとしては、その感覚に違和感を感じました。

 

恐らくそのような考えの背景にあるのは、不正受給や必要性の問題。

「ホントにこの人に必要なの?」と思うような人がもらっていることに不信感を持つ人が、きっとそのような意見を持ち、それに付随する人が多いのだと思います。

 

もちろん、何でもかんでもいいと思ってはいません。

保護費でギャンブルをしている人の理解が得られないのは当然の話ですし、保護を打ち切れと言いたくなる気持ちもわかります。今の自分の職場で生活保護をもらっている人の中にギャンブルで消費している人はいませんが、でも少なからず問題のある人もいます。

 

うちの場合はどうするか・・・問答無用、市役所に報告です。

生活保護をもらっていて、お金の面で問題のある利用者さんについては市のケースワーカーさんに連絡をし、対応を考えます。色々と考えた挙句、どうしようもないとなった時の最終判断が「保護停止」あるいは「保護廃止」になるわけです。

 

ただ、実際に福祉施設を利用している人で停止・廃止になるのはあるのかな?

少なくとも、自分が今まで関わってきた中で停止・廃止になったことはありません。やはり「障害」の特性上、そのような判断になることは少ないのだと思います。

 

自分は生活保護を申請したこともありませんも、もらったこともありません。

恐らく多くの人はそうだと思いますが、生涯申請しないと言い切れるかというと・・・わかりません。別に自分だけでなく、誰でもそうだと思います。いつ何時自分の経済事情が変わって生活に困窮するか、それは誰にもわかりません。

 

だから憲法25条で生きることが保証され、生活保護法があるのです。

普通の人であれば、安易に生活保護の申請なんて心理的に大きな負担になるはずです。本当に困り果てて生活保護を申請するのだと思いますが、そこで心のないお役所対応をされた日には、それはもう「絶望」以外他ならないと思います。

 

もし自分が生活保護を申請しなければならない立場になったとき、Yahooのコメントを受け止めきれるでしょうか。一部の受給者の呆れ果てた生活ぶりによって、生活保護を受給している人全体がそのような目で見られることは、あってはならないと感じています。

 

昨年、生活保護基準額引き下げの裁判の時も、厳しい言葉が並んでいました。

「裁判を起こすくらいなら働け」なんて書き込みもありました。でも・・・それができていれば、やっていると思います。頼るところは生活保護しかない、だから支援してくれる人のもとで戦ったのだと思います。そのことを批判するのは、正直どうなのかな・・・と思います。

 

誤解のないように言いますが・・・明らかにおかしいものは正すべきです。

そのうえで、必要な人にはちゃんと保護をしていく必要があります。生活保護を受給している人は決して贅沢をしていません。誰が見ても明らかに贅沢な生活をしているのであれば、正すべきです。それは、毅然とした対応を取ればいいだけの話です。

 

Yahooのコメントをする前に、今一度相手の立場に立ってほしいと感じています。

今朝、施設長からこんな相談が。

「いやぁ、うちも独自の給与表を作らないとね。これからの宿題だね。」と

 

一応自分は「法人主任」という立場なので、関係ない話ではありません。

と同時に「労働者」であり、管理する立場ではありません。

 

そんな話になったのは、施設長が処遇改善加算の取得の打ち合わせをしたため。

うちは小さなNPO法人なので、そこまで整っていないのが現状。社会福祉協議会が作ったモデル給与表をそのまま採用しています。

 

とはいえ、今の自分は今までの中で一番お給料をもらっているので、やや満足。

ただ給与アップを目指すのであれば処遇改善加算を取るのは必要なことで、流れとしては処遇改善加算をとっていくのが一般的です。

 

ただ・・・正直、自分には制度上何の恩恵もない制度です。

というのは、処遇改善加算がもらえるのは「直接支援」をしている職員が対象。「直接支援」というのは読んで字の如く、利用者さんに直接支援を行うこと。要は現場で働いている職員が対象ということ。

 

ならば自分も利用者さんの支援をしている・・・のですが、そうはいかない。

自分の雇用上の立場は「相談支援」の職員。もっといえば、計画相談支援に従事している職員。相談支援は「間接支援」になるので処遇改善加算の対象外の職種。今日なんかもカレーの作業に一緒に関わっていたけど、それでも自分の位置付けは「相談支援専門員」なので対象にはなりません。

 

なので、自分には恩恵のない制度。

ただ法人としては「それでは公平性が保てない」と考えているので、何らかの手当はしてもらえる・・・予定。そう言った意味では、自分の立場は法人的にも微妙な位置にいるのは事実です。

 

でも実際のところ、相談支援に携わっている人も何らかの手当はほしいものです。

自分の働き方は就労支援B型の仕事をしながら相談支援の仕事もしているので変な形ですが、中には相談支援だけで仕事をしている人もいます。でもその人たちが利用者さんに関わらないのか・・・といえば、そんなことはありません。

 

例えば・・・通院同行。

定期的に通院をしている人ではあれば居宅介護の「通院等介助」を利用すればいいけど、何かあった時に主治医の意見を確認するために相談支援専門員が利用者さんについていくことはそれなりにある話。

 

あと・・・行政窓口での支援。

一人で市役所の手続きなどが難しい人には、やはり相談支援専門員がついて行って手続きを支援することもある話。特に生活保護の申請などは施設職員もあるけど相談支援専門員も同行して申請の支援もすることがあります。複雑な手続きなんかは一緒に話を聞きながら、時には窓口になって対応することは普通のこと。

 

施設見学なんかは、典型的な話。

相談支援専門員なんだから、施設の利用を検討する場合は利用者さんと一緒に見学に行くのは当たり前。一緒に見に行って助言もするし、施設にも利用者さんにも確認をして物事を進めていく。1番ある話。

 

こうやって例を挙げただけでも、利用者さんと関わることは数知れず。

でもこれだけやっても、相談支援専門員の対価は書類を作った時ぐらい。今年の報酬改定で「集中支援加算」っていうのができたけど、実際にそれを算定するにはそれなりのハードルがあって、まだ自分は一度も算定経験なし。仮に算定できても、300単位。地域によって単価は違うけど、1単位はざっくり10円〜11円。中とって10.5円としても3150円。計画を作った時やモニタリングをしたときは算定できないから、1ヶ月色々と集中して支援しても、金額は変わらず。時給にしたら3時間程度の金額。でも実際には3時間では収まりません。

 

計画相談支援の報酬は業務量に見合ってないのは、常に感じるところ。

真面目にやっていたら赤字。逆に計画相談だけで黒字の事業をしていることはどうやって黒字にしているのは、知りたいくらいです。単純に人件費だけで400万を稼ぐ方法を知りたいですね。無理でしょ。

 

ちょっと話はずれてしまいましたが・・・

全体的に福祉の仕事は低賃金と言われている中で処遇改善加算をつけるのは当然必要なことではありませんが、本来的には直接支援だけの事業だけでなく、全事業を対象にするべきなんじゃないのかな・・・と思います。あと、サービス管理責任者も現制度は対象外。でも実際には支援に携わってるサビ管もたくさんいますから、そういう人もちゃんと手当てしてあげる必要があるんじゃないのかなと思います。

 

はみ出たついでに・・・

ニュースで「介護・福祉・保育従事者の賃上げ」なんて言いますが、その表現の中に「障がい福祉の支援者」って言葉はほぼ出てきませんね。障がいをもった人の支援って、世の中にはイメージが薄いんですかね。それともなんか別の見方をされているんですかね。ニュースを聞くたびに、いつも歯痒く感じている現実。政治家の方もどう思っているのだろうか・・・

 

処遇改善加算・・・色々と考えていくことがたくさんです。

そのために準備するものもかなりたくさんあるし、整えていくべきものもたくさん。でも、やらなきゃ始まらないことだから、待ったなしです。

今日は市役所の会議に出席。

正直あんまり出たくないんですけど、一応担当である以上は出ない訳にはいきませんから・・・

 

会議の内容は、計画相談支援について。

年4回、定例で開催されている会議だけど、いつもしっくりこない。というか、半分諦めも入っているのかも知れません。

 

今の職場に来て、市役所の人と合わないことは何度か書いている通り。

まぁ最初の出会いからから「何、この人・・・」って感じでしたからね。こちらから質問したことに対して、ちゃんと答えが返ってこない。でもって、上から目線。今時市役所の職員が上から目線って・・・いつの時代だ、って感じ。(まぁ前の職場の時もトンデモナイ市役所の職員がいましたけどね。その人に比べれば、まだマシですけど。)

 

今日の会議でも、上から目線。

所々で「その発言はどうなの?」と感じる所も。なんか、呆れちゃいます。で、ここ最近話題になっているのは就B(就労継続支援B型)の利用について。短時間利用について市役所の見解が出されているけど、事あることに言っているのは「短時間の利用は認めない」というもの。短期間であれば構わないが、それが長く続くのはダメとのこと。

 

一応、市役所の言い分はわかります。

ただ・・・なんか特定の事業所をターゲットにしている部分があまりにも感じるので、そこに違和感を感じています。市役所が発言したことは、法人の理事会でも報告。理事会でも「それはおかしいでしょ」の声。

 

当然ながら短時間より長時間、半日より1日通所できればいいのはわかります。

ただ障害特性によってその考え方は違ってくる、と自分は考えます。知的障害の方で勤勉に通所できる人はそんなことを言わなくても毎日通所、1日フルで通所できる人が多いと思います。しかし精神障害の方の場合は同じように・・・とはいきません。病状も様々ですし、障害の程度も様々。そもそも「精神障害」と言ってもその中で多岐にわたる病名があるわけで、統合失調症の人とうつ病の人を同じ支援で通用するかというと、そういうわけにはいきません。

 

もちろん同じ統合失調症の方でも程度に違いがあります。

十分に仕事・作業ができる人がいれば、半日来るのがやっと・・・という人もいます。続ければ来れるようになる人もいると思いますが、現実はそうでないことも多いです。それを一律に「通所できるようにさせる」というのは果たしてどうなのか・・・特に「〜させる」という市の考え方に、疑問を持っています。

 

もう1つ疑問といえば「デイケア→地活→就B」という考え方。

デイケアは精神科病院で治療の一環として行われているもの。地活は「地域活動支援センター」の略称で、以前自分が働いていた場所。主に社会との交流や軽作業、レクリエーションや相談など「外に一歩出てみましょう」的な感じでつながっていく場。そして体力がついたら就Bへ・・・と市は考えている様子。

 

ちょっと前なら、そういう考えが一般的。

地活がデイケアと就Bの間の位置付けで、繋ぎ役的な考えがされているけど、今は生活の多様性がある中で絶対にその流れにのらなきゃいけない訳ではなく、どう選ぶかはその人自身に任せられるもの。あと「自立=就労」なのか。就労しなければ自立していないのか。

 

自分達はどうしても「既存の価値観」にとらわれがち。

でも時代は変わっているし、就Bを利用しながら地活を利用しても問題はないはず。地活は卒業ではなく、併用したって何の問題もない。むしろ、息抜きに地活に行ったって全然問題ないはず。デイケア中に就Bを見学して興味が出たなら、地活を経ずに就Bに行っても問題ない。その人個人個人の考え方を尊重するのが、相談支援専門員であるはず。利用者主体で考えるのだから。

 

何となく話を聞いていても「うーん」と思うことばかり。

突っ込みたいところがあるんだけど・・・でも周りの雰囲気的に、ここでいうのも何となく。何ともいえないモヤモヤ感。あ〜、前のところでもそんな事があったなぁ。あの時はまた別の思いだったけど、やっぱり多勢に無勢感。いざという時に言えない自分が、ちょっと情けない。

 

ただ、自分と同じ考えを持っている人がいるのも事実。

できれば今の流れを変えたいのが本音。どこまでできるかわからないけど、自分の信念は曲げずにやっていきたいですね。

施設を利用する人は、本当にそれぞれです。

障害者の種別によって違いますし、年齢によっても違ってきます。

 

今自分が働いているところは、主に精神障害の方を対象にした施設。

年齢層は・・・うーん、結構高めです。若い人もいるけど、喜寿間近の人も。

 

その喜寿が近い男性の方、いつも作業活動に頑張っています。

真面目な方なのですが、口のほうが少々キツい方で・・・普通に「あの人、嫌いだもん」とか平気で言ってしまう方。今日ちょっと面白かったのは、他の利用者さんから「ダメージジーンズ」のことを聞かれたときに、その利用者さんにこんな風に説明と持論を展開。

 

あれはわざとああいう風にデザインしているもので、破けている風にしているだけのことだよ。

本当にあんなに破けたのを履いているのは、ただのバカだよ!

 

いやぁ、面白い発想。笑ってしまいました。

まぁこんな笑えることだけならいいのですが、そうでない時もあります。

 

それはやはり、今日の出来事。この方、結構「思い込み」が強い方。

また自分なりの考えが強固なので、自分の思い通りでなかったり考えていることが違ったりすると、詰問調な口調になるとともに、傍から見ると「怒っている」ようにも見えます。

 

こちらに余裕がある時は対応することもありますが、水曜日は非常に忙しい。

なので1つ1つ処理できないのですが、半ば日常の光景とも感じている自分もいます。

 

するとその日常が、他の利用者さんに飛び火。相手は、2歳年下の女性。

その女性に対して「ここ(の受け持ち)の所は、○○さんがやっているのだから、○○さんが勝手にやっているんだ。でもこっちも必要なことがあるんだから、ちゃんとやってもらわなければ困るんだよ!」と発言。いつものように、やや詰問調・攻撃的な口調でした。

 

こちらとしては「あぁ、またか・・・」って感じ。

ただ自分も別の対応をしていたので、そのまま様子を見ていました。するとしばらく経ってから、今度は女性が反撃。言われたことに対して「○○さん、勝手にそういう風に言われるのはすごく心外ですし、やめてもらえますか!」と。

 

正直、この男性に反論する方はほぼいないので、男性も思わぬ反応をもらった形に。

そしてしばらく経ち、女性の所に行って「○○さん、さっきはごめんね。言い過ぎた。」と

 

男性がこうやって謝っている姿は見たことがなかったので、ちょっと意外な光景。

女性もその謝罪を受け入れ、その後は何事もなく進むことに。でも・・・いつも言いなれた相手に対しては、やはりキツい口調は続いているのですが・・・

 

いや、これって職員は正直なかなかできないことですよ。

やってはいけないことをしたときであればこちらも強い口調で言うこともありますが、感情的に聞こえるだけで職員が感情的に対応しては・・・と思っている自分。利用者さんから感情的に言われたとしても、職員はどこがぐっと飲みこんで対処していると思います。

 

でも利用者さん同士でないと、こういうやり取りにはならないですよね。

本来不本意なことを言われたらそれを返すのが普通の姿であり、女性の反応はごくごく普通の反応。そしてその反応に対して男性が謝罪したのも、普通の反応。普通のことなんだけど、「支援をする職員」という立場ではこの反応はなかなかできません。

 

何かトラブルが起きた時、どうしてもそれを防ぐために職員が介入することがあります。

でもたまにはあえて介入せず、利用者さん同士・当事者同士に任せて様子を見守ることがあってもいいのかもしれません。自分も一連の流れを見ていて、男性に対しては「あ、ちゃんと謝れるんだ」と思いましたし、女性に対しては「ちゃんと言い切って、後腐れを起こしていない」と感じました。この女性の利用者さんも色々とある方なのですが、その後職員に何か言ってくるということもなかったですし、かえって自分の伝えたいことをストレートに伝えられたのがよかったのかなとも思います。

 

もちろんそれ以外にも、年齢の近さやお互いの障害ゆえに乗り切れた部分もあると思います。

「何もしない」というのも支援の一つであり、それができる人の場合はそういう対応をするのも1つなのかもしれません。何もしない結果、プラスに働けばそのままだし、マイナスに進みそうになれば介入する。今の職場では自分も「あえて見守る」の対応することもよくあります。そうやって見ていると、利用者さん同士って結構力を持っているんですよね。

あぁ、これってもしかしたら「にやりほっと」かな?

 

なんか久しぶりに現場の支援の一つを話すことができました。

最近自分の職場の利用者さんを話すことがなかったので、また何か話せることがあればここでも話したいですね。

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

色々書こうと思いながら、こんなに日時が経ってしまいました。まぁ無理せずのんびりやっていくのも、今の自分。昔は毎日書き続けていましたが、今はそんなことできないですね。若いって、すごいですね。

 

そんな自分も、完全にアラフォー。

無駄に経験だけは重ねてきてしまいました。経験してよかったこともあれば、経験したくないことも。それもまた、人生。

 

今週、1人の利用者さんと計画相談の契約をしました。

当初契約をするかどうか悩みましたが、対局的に判断して計画相談をすることにしました。いつもなら契約することになれば契約して一気に聞き取りまでしてしまうのですが、今回は利用者さんの特性を考え、契約と聞き取りを分離して実施。そして昨日、聞き取りをしました。

 

普段「面談」や「相談」となると、何かの解決・解消が目的。

しかし計画相談の場合はサービス等利用計画を作成するために、その人の生い立ちやこれから希望している生活などを聞き取った上で、相談支援専門員としての見識を交えながら様々な障害福祉サービスを利用していくための計画や目的・役割などを書いていきます。ざっくばらんにいえば、それが「サービス等利用計画」です。

 

自分も今の職場に来て、もうすぐ3年目。

だいぶ利用者さんの様子はわかってきましたが、それでも計画の聞き取りの時は改めてお話を聞かせていただきます。今回も利用者さんからこれまでの歩みや病歴などについても聞き取りました。

 

大体自分が聞き取りをすると、軽く1時間はかかります。

でも正直なところ、1時間では足りないなと思う時もあります。それは決して「時間が足りない」というのではなく「もっと聞きたい」という意味で足りないと感じることがあります。今回もそんな思いがありました。

 

今は精神障害の方を対象に仕事をしています。

他の障害でも同じところがありますが、特に精神障害の方の場合は「精神疾患」というものにフォーカスが向けられます。どんな経緯で精神疾患を患ってしまったのか、その後どういう生活を歩んできたのかなど、自分の聞き取りの中では欠かせない部分です。

 

精神疾患に限らず、1人年て同じ人はいません。

今自分が関わっているメンバーも、同じ疾患でもその病態や内容は違います。なので、聞き取りをするたびに聞く内容は全然違います。時には「へぇ、なるほど〜」って思うこともあります。単純に、面白いんですよね。

 

まぁ面白いというと語弊があるかもしれませんが・・・

話を聞いていて感じるのは、その人の人生ストーリーを教えてもらい、聞かせていただいている感じなんですよね。中には語りたくないこともあるかも知れませんが、それでも「今思えば・・・」なんて話してもらえると、その人の生き抜いてきた思いなんかを感じることがあるんですよね。

 

だから話は真剣に、真摯に聴かせていただいています。

そして聞いたことを自分なりに噛み砕き、その人の想いに沿った計画になるよう作っていくのが、自分の仕事であります。主人公は利用者さん。なので、利用者さんが中心となった計画を立てていきます。

 

役所に提出する書類は数枚ですが、その中にはいろんな思いが詰まっています。

どこかの誰かは単なる報告書のように捉えている人がいるみたいですが、役所のために作ったものではありません。建前上は障害福祉サービスを利用するために作成してる書類ですが、その書類には利用者さんの人生が詰まっています。そこのところも、役所の人には感じてほしいですね。

 

あと、同じ相談支援専門員でも「一言」で済ます人もいます。

せっかく専門職として作るのですから、プライドを持って書いて欲しいなと思うこともあります。

 

話の中には、利用者さんの人生が詰まっている。

そんな思いを感じながら、利用者さんと向き合っています。

今年は病院に行ってばかりの年。

いつも医療費を集計しており、毎年10万円越え。今年は医療費助成が出たから多少は変わるかなと思っていたけど、その分通う病院と薬が増えたので、むしろ例年より多め。まぁ体調が最悪で家族全員が入院したあの時に比べれば、ホント安いもんですが・・・

 

そんな精神科も、先日今年最後の通院をしてきました。

今年1年は本当に穏やかな1年で、ほとんど引っかかることなく終わった1年。珍しい1年というか、ようやくこういう1年がやってきたというか。

 

で、診察の終わりに先生から「睡眠の記録、返しますね」と。

自分が受診するときはいつも寝た時間と起きた時間を書いたメモを持っていきます。最近は本当に寝た時間と起きた時間だけですが、元々は自分の体調を書き記したものでした。

 

この記録を書き始めたのは、精神科に受診するようになってから。

なので、今から17年前から続けていることです。ただ、記録を返してもらったのは今回が初めて。今までは先生のほうで処理していたものでしたが、初めて返してくれたのは何か意味があるのかな・・・とちょっと勘ぐってしまいました。(別に大した理由はないのかもしれませんが。)

 

そこで記録を処分する前に、改めて自分で見返してみました。

記録は1年8か月の記録で、大きく分けて4つの時期に分かれていました。1つ目は最初の休職が明けてから2回目の休職に入る前までの記録。2つ目は2回目の休職中の記録。3つ目は2回目の休職が明けてから退職するまでの記録。4つ目は退職してから復職するまでの記録。読み返して、興味深かったです。要所要所で、先生もチェックしているんです。

先生がチェックしたところを中心に、当時の記録をピックアップ。(ここからかなりの長文になりますので、覚悟してお読みください。)

 

 

5月31日(木) 就寝23:07、起床7:00

出勤できず。朝から食欲がなく、頭の中で「行かなくちゃ」という思いと「食事が食べられない」現実が葛藤するが、時間はどんどん過ぎていき朝の支度ができず、仕事を休んでしまう。喫茶(注、職場の喫茶コーナー)のことがプレッシャーに感じている部分が少しある。

 

6月9日(土) 就寝22:23、起床6:58

仕事に行くのが、何となくしんどい。自分自身に「大丈夫」と言い聞かせながら職場に出勤する。午前は利用者さんの支援に入る。支援中は無理矢理自分のスイッチを上げているため、支援が終わった後は疲労感が出る。午後は何となく落ち着かないまま1日を終える。

 

6月11日(月)  就寝22:39、起床6:58

健康診断だったが、2時間遅刻して出勤する。朝から気力がわかず、何をするにも動きが緩慢な状態。健康診断があったため出勤したが、職場ではずっと苦しい状態が続く。ワイパックスを1錠を頓服で服用。その日1日物事に対して悲観的な気持ちになり、何もかもが嫌になり、いつもより早く就寝する。起きているのが辛い状態。仕事を辞めたい。いなくなりたい。何をしてもネガティブな考えしか浮かばなかった。

 

6月12日(火) 就寝21:31、起床6:59

昨日より若干気持ちの持ち直しができたが、職場にいるのは辛い状態。午後から早退を考えたが、最終的には早退せずに1日仕事を続けた。昨日ほどの苦しさはなかったが、それでも職場にいるのがしんどい状態だった。

 

6月13日(水) 就寝23:07、起床7:00

出勤できず。月・火と自分の中でいっぱいの状態で仕事をしていたため、仕事に行くことに対して拒絶的になってしまう。食欲なく、吐気多い。

 

6月20日(水) 就寝23:51、起床7:00

出勤してすぐに仕事を始めた状態。自分の気持ちが整う前に滝のように情報が流れる感じで、それを受け止められずにトイレに駆け込む回数が多くなる。午前中は仕事が手につかない状態で、夕方にようやく落ち着けた。

 

6月21日(木) 就寝23:34、起床6:57

午前中で早退する。朝礼から調子が今一つで、自席に戻っても落ち着かない状態。そのため早めに訪問活動に出て、環境を変える。ただ環境を変えても落ち着かない状態は続き、職場に戻っても落ち着かなかった。また吐気が多く止まらない状態で、昼食も食べる気力で出ない状態だったため、センター長と面談し、早退する。

 

6月22日(金) 就寝23:04、起床6:57

仕事に行けず。朝食が全く食べられない。昨日センター長と面談をし、頭の中では無理をしないで進めればいいことはわかっていても、体がついていかない。しんどい状態で、自分のことが情けなくなった。これまでの中で一番辛い状態で、仕事のことが頭の中に浮かんでは苦しい状態になる。いなくなりたいと思うこともあり。考えと体がかみ合わない状態。仕事のことや周囲の職員のことを考えると決断できないと思う一方で、仕事がなければどんなに楽だろうかと思う気持ちもある。一方で中途半端に仕事が残っていると逆に不安になるのではないかという気持ちもある。1日中いろんなことの考えが巡り巡った状態。苦しい。

 

6月23日(土) 就寝21:26、起床6:47

出勤するものの、半日以上は仕事できず。周囲の配慮で休む時間を設けてもらったものの、実際には仕事のできないことに対してのふがいなさを感じてしまい、休むことができなかった。半日で帰るつもりでセンター長に電話したが、最終的には利用者さんの声に止められ最後までいた。センター長との電話の中で、自分が休憩していていることの申し訳なさが自分の中で割り切れないことについて話すと、周りは誰も悪いといわないのだから、それでいい、と説得される。その他、自分が負担に感じていることについても電話で話をして説得を受けるが、夕方には仕事に取り掛かれない状況が辛く感じる。苦しく、自分が壊れてしまいそうな感じに襲われる。自分の中では限界に感じている。

 

いや、この記録を見ただけで自分が相当追い込まれている状態ですよね。

もちろん、当時自分がそんなことを書いていたなんて思ってもいませんでした。このメモから見て言えることは、当時の自分は明らかに異常。正常な状態ではなく、精神状態はかなり悪かったと言えるでしょうね。この記録だけで、1つ目の記録。もう、おなかいっぱいです。

 

ちなみに3つ目の記録には「仕事を休む」という言葉が羅列。

退職を決める前も仕事をたくさん休んでいたし、退職を決めた後もほとんど仕事を休んでいる状態。この状態も異常な状態ですね。もちろん当時はすぐ辞めればよかったのでしょうが、就業規則の関係からすぐに辞めずにちゃんと守った結果、こうなったわけですね。

 

ただ、自分の状態をちゃんと伝えるためには、こうやって記録することは大事ですね。

自分もこれまで関わってきた利用者さんに対して、先生にうまく話せないのであればメモを書いてそれを先生に読んでもらうと良い、ということを伝えていたので、自分のやっていることは強ち間違えでもなさそうな感じです。

 

これがもう少し系統的になっていくと、いわゆる「日記療法」的になるのでしょう。

まぁこれは決して日記療法といえるものではなく、あくまでその時の気持ちや精神状態を書き表したものであり、本当に自分の今の状態を伝えるための記録にすぎません。どちらか言うと「健康記録表」といったほうが正しいかもしれません。

 

当時の自分は、その時の自分が正常か異常か判断できませんでした。

だからこそ、こうやって記録に残すことで第三者が客観的に判断することができるのだと思います。自分の場合は精神科医の判断だったわけですが、これは身近な人が判断するのも「こころの状態」を知らせるサインにもなると思います。自分の実例から、参考になればと思います。

かなり書くのが久しぶりになりました。

まず最初に一言・・・元気です。超元気です!

 

とまで言ったら言い過ぎかもしれませんが、元気です。

体調が悪くなるとかけなくなると以前書いたことがありますが、今まで書けなかったのは決して元気がなかった訳ではありません。

 

単純に・・・あつ森をやっていただけです。

仕事から帰り、ご飯を食べて、お風呂に入って、あつ森をやる。ベルを集めて、かせきを発掘して、博物館に行って・・・とあつ森のルーティーンをしていると午前様。午前様を迎えると「もう、いいか・・・」となり、書かなくなってしまっていました。

 

なので、これからはあつ森をする前に書こうかな。

それもパソコンからではなく、iPadから。そう、iPadにキーボードをつけました。Magic Keyboardを。そうすればいいのかな・・・と思いながら、久しぶりに書いています。

 

近況といえば・・・特に大きな変化はありません。

仕事は忙しくなりました。就労支援の仕事をしながら、計画相談の仕事もする。特に変わりありません。計画相談はジリジリと忙しくなり、外回りをすることも多くなりました。それはそれでありがたいことであり、残業もそれなりにしていますが、それでも毎日を楽しく過ごしています。少なくとも前の職場より、精神的には充実した毎日を送っていると思います。

 

変化といえば・・・肩関節周囲炎になりました。

いわゆる、四十肩。まさかこの年て四十肩(一般的には五十肩)になるとは思っていませんでした。ただテレビやネットで書かれているような四十肩とはちょっと違うみたいな、鎖骨と肩関節の動きの影響で痛みが出ているようで、つい先日はかなり痛い注射をしました。ただ、整形通院とリハビリの日々が続いているのがここ最近です。

 

変化がないのは、ある意味ではいい事なのかもしれません。

とはいえ、ブログに書くようなネタが最近見つからないのも事実です。書きたいことがあっても、どうやって守秘義務を守りながら伝えていくか。これは以前管理職になったから故に色々と考えるようになったのかもしれません。あと、やっぱり歳をとったのかな。若い時は何もかもが新鮮で、ちょっとしたことでも書けるネタになっていたと思いますが、ここ最近はある意味「当たり前」に感じていることもあり、自分が新鮮味を感じることが少なくなったのかもしれません。

 

一言で言えば、慣れ。でもこれって、ちょっと怖いな。

当たり前になって、疑うことをしなくなってしまっている証拠。ある意味物事に対して批判的に考えていかなければいけない訳であり、それを忘れてしまっているんですよね。まぁ何でも批判的になれば良い訳ではありませんが、自分の仕事を検証していくことも大事なんですよね。

 

今年も残すところわずかですが、何か書けるといいな。

1つぐらいネタを見つけて書ければと思います・・・と言いながら、明日書いたりして。でも、書かなかったりして・・・😅