どうも物分かりが良くない・・・というと、ちょっと聞こえが悪いかも。

物分かり・・・と言うよりは、理解できないと言ったほうが正しいのかもしれません。

 

ここでも何度か話題に上がっている利用者さん。

少し動きがあり、別の就労継続支援B型事業所に行く方向になりました。ただ・・・本人も、担当の相談支援専門員さんもちょっと認識が今一つのようです。

 

元々この利用者さんはうちのB型に長く通っていました。

基本的に悪い人ではないのですが、どうも借金癖が治らない。悪いところから借金をするまでには至らないものの、お金が借りれそうな他の利用者さんがいれば借りてしまう状態。そう言うことが起こるたびに何度も注意をするのですが、正直言って本人には全く伝わっていません。

 

そりゃそうだ、問題行動で入院した時も病院が平然と借金の立ち合いをするし。

本来であれば咎めるべきなのに、当たり前のように立ち会っている状態。返済するときにちゃんと注意をしなければいけないのに、単純に確認のために立ち会っている状態に、こちらとしては「病院は何しているの?」って感じです。

 

さらっと「問題行動」と言いましたが、そんな行動もしばしば。

最近ないのは当たり前ですが、このとき入院したのは地元の小学生に暴力を振るったことがきっかけ。暴力を振るった本人が悪いのですが、なぜか「調子が悪い」と言って入院を希望し、それに主治医も同意して入院させてしまう状態。自分から言わせてもらえば単純に厳しい状況から逃げたに過ぎません。本来は地域の中で反省すべきものを安易に「入院」と言う選択をして保護される環境を選んだに過ぎません。

 

お金に関する問題行動では、無銭飲食に近いことも。

生活保護を受けているのだからある程度慎ましやかな生活が必要にも関わらず、クリスマス前にホールケーキを予約。しかし当日になりお金がないとのことで、お店には

「後で払います」と言って先に商品だけ貰い、平らげる始末。で、数日経ってからお金を払いにいくと言う・・・まぁなんとも言えないこと。

 

つい最近の話では、利用者さんの親御さんが経営するお店に「ツケ」で食事。

その親御さんから「お金、払えるのか?」と言われたことをきっかけに、金銭管理をしている社協に相談して、事実が発覚。その日のうちにツケで食べた分(約1万円分)を返済。

 

しかし翌日、その親御さんに言った言葉は・・・

親父さん、1万円貸してください。

 

流石に親御さんも「バカ言ってんじゃないよ!」と一喝。

そりゃそうだ。1万円支払った翌日に1万円貸してくれなんて・・・普通ならあり得ない話ですからね。でも、そう言う思考になっているんですよね。

 

他の利用者さんからの借用も、相変わらず。

その都度本人にも、貸している利用者さんにも口をすっぱくして言っているものの、改善の見込みなし。「貸して」と言われている利用者さんからは「迷惑」と言われており、もはや迷惑行為の域。金銭管理をしている社協もお手上げ状態。そのことは計画相談を担当している相談支援専門員さんにもつぶさに報告をしているけど、この相談員さんも動きが鈍い。鈍いというか、結構うちの事業所として「困っています」と言っているにも関わらず「○○、できませんか?」と投げかける状態。「困っている」って言っているのに、さらにその以上のことを求めてくる考えにも、正直疑問。ケースカンファレンスの依頼をしても、一向に開かれない状態が続いていました。

 

そんな中、先日ようやく「カンファレンス前のカンファレンス」が開催。

そこで「環境を変えよう」と言う話になり、別の就労継続支援B型を利用する話になり、見学と体験をすることに。そこで通所する方向になったのですが・・・

 

今日の本人のやりとりで出てきたのは、肝心なところが抜けている話。

本人は他の利用者さんに「施設長からクビって言われたから、来週から別のところに行くことになった」と言いふらしている状態。ってか、新しい事業所に移ることに気持ちがルンルン状態とのこと。

 

イヤイヤ、1番重要なことが抜けているでしょ。

そもそもそうなったのは「迷惑行為」があったからであり、それとまだ正式に契約解除は言い渡していない。大事なことや肝心なことは完全に本人の頭の中からは欠落しており、他のB型に行くのも喜ばしいことではない。何か、大きな取り違えをしている状態。

 

相談支援専門員さんも普通に「○日から通所することになりました」と報告。

イヤイヤ、過去の経緯はわかっているの?って感じ。市役所にも今回こうなった経緯の説明もなく、ただ単に事実だけが先に進んでいる状態。今回別の事業所に移ることの理解を本人にさせてなく、本人が理解していないのは明白。この対応、なんか違う。

 

でもねぇ・・・本人を見ている限り、やっぱり理解するのは難しいかな。

迷惑行為をしたとき、最初こそは「すみません」と謝るものの、2・3日経ったらもうそのことは忘れている状態。何かあれば「自分、ここ辞めます」が常套句。その言葉、もう何度聞いたかな。自分達が叱っても、その言葉が本人に伝わっていない感じもして、本当に「暖簾に腕押し」の状態。理解してもらうのは大変なことです。

 

あ、生活保護を受けているので、担当のワーカーさんにも報告しています。

ワーカーさんの考えとしては「地域生活が成り立っていないよね」とのこと。ホント、そうだと思います。個人的には地域での生活はもう難しいのかなと感じます。となれば・・・行く先は、入所施設。既にグループホームも経験しているので、またグループホームに入ると言うのは考えにくい。

 

そうすると、入る先は救護施設?

いや、それもやむを得ないと思います。現実的にはその方がきちんと枠のある生活になっていいのかもしれません。地域の中で生活できれば1番いいのですが、その生活に支障があれば、そう言う選択肢も選ばざるを得ないと思います。

ここ最近は、あまり仕事のことを書いていません。

書いていないというか、同じことの繰り返しになってしまうと言うか・・・

 

今月は理事会があるので、その準備もしています。

今年度に入り前年度の活動実績が残っているので、報告書の内容も「前期比」「前年同期比」も検証するようになりました。肌感覚だけでなく、実際に数字としてどんな対応をしているのかを説明するためにも検証作業をするようになりました。

 

前回の理事報告の時も、相談件数は伸びていました。

そして今回も件数は伸びていました。その伸び率、200%に迫る勢い。

 

まぁ「検証する」と言いながら、肌感覚でも今期は動いた実感があります。

報酬になる・ならないに関わらず兎角対応した覚えがあり、実際の相談活動にとどまらず、ご自宅や施設への訪問のほか、一緒に同行しての支援も行ってきました。

 

でも・・・やった分だけ報酬に反映するものではないんですよね。

通所施設の場合、利用者さんが通所すれば通所した分だけの報酬がもらえるので非常にわかりやすいですが、相談の場合はどんなに相談したりして報酬はほぼ決まっています。

 

例えば、ここでよく話している「モニタリング」は、1回1360単位。

1単位の値段は事業所のある場所によって値段が違うから、わかりやすく1単位=10円とすると、13600円。このモニタリングの中には利用者さんと面接をしたり、報告書を作成するために関係する事業所に訪問して話を聞くことも含まれています。どんなに頑張っても利用者さんには「話を聞く」ための面接と「報告書を説明する」ための面接を行うので、自分の場合は最低2回は面接します。人によっては追加で面接をする場合もあるので、自分にとっては簡単なものではないですね。

 

障害福祉サービスを利用するときに作成する「サービス等利用計画」の場合は、モニタリングよりも高く1回1522単位。金額にして15220円。ただ手順はモニタリングの時よりも多く、最初に「計画案」を作成して市町村に提出。それが認められて今度は「計画書」を作成して提出。その間に必要な作業はモニタリングの時と同じか、それ以上。

 

モニタリングにしても計画作成にしても、1連のことに対しての報酬。

なので行動1つ1つに報酬が出るわけではありません。あと、モニタリングも計画作成も基本的に月に1回の作業。なので同じ月に何回も請求できるものではありません。もちろん追加でもらえるもの(加算)もあるけど、その金額も1000円程度。なので計画相談の報酬は、モニタリングや計画作成を行った数に比例して増える仕組み。数をこなせばたくさんもらえるし、少なければもらえません。

 

単純に、10人のモニタリングを行えばその月の報酬は136000円。

20人のモニタリングを行えば、272000円。でもね・・・自分、そんなにできません。1ヶ月に20人のモニタリングなんて・・・それを毎月やったら、体が持ちません。中には「私はできるよ」なんて言う人もいるかもしれませんが、少なくとも今の自分の仕事の仕方ではできません。

 

だって、やっていることって単に書類を書いているだけじゃないから。

書類に関係ないこともやっているし、モニタリングの対象じゃない人からの面談も普通に受けます。必要があれば関係する機関に連絡をして調整をします。でも、モニタリングじゃない人の支援をしても、その月は報酬はもらえません。

 

まさか「報酬がもらえないから、支援しない」なんて話、あり得ません。

相談支援の活動は報酬の有無に関わらず行っていくものであり、その人が必要であれば支援していくのは当然の話です。前にも書きましたが、困っている状況があれば支援をしていくのは当然のことです。

 

そんな風に仕事をしているので、当然ながら対応する件数は多くなります。

何もない人であればそんなに頻繁な対応はないのですが、現実には色々と相談される人が多いので、自分もその都度対応します。自宅に訪問することもあるし、一緒に付き添っていくこともあります。中には計画相談に全くつながらない相談もありますが、その相談も当然受けていきます。

 

対応する件数が多くなると言うことは、それだけ相談は必要なんですよね。

単純に通所できればいい、住む場所があればいい・・・と言うだけの話じゃないんですよね。通所する中で出てくる問題や生活する中で出てくる悩みなど、場面場面で相談が必要なことがあるんですよね。で、その中で自分のところに話が来ることが多いのが現状。話がくれば対応するのは普通のこと。件数が多かったのは、それだけ自分が対応したと言う話。

 

まぁ何かあった時に相談してもらえるのは、いいことです。

いいことなのですが・・・それは決して報酬とイコールではないと言うこと。実績があっても評価に繋がりにくいのも相談。評価の尺度が「お金」と言うことだけで評価うするのであれば、正直相談は評価のされないものなのかなと感じます。

 

あ〜っ、なんかいつも報酬のことしか話していない気がする。

でもこれって、やっぱり切実な問題。一応自分はそれで生活費を稼いでいる訳だから、シビアな問題でもあります。どんなに頑張っても入ってくるものがなければ続けられないし・・・やっぱりこれからも報酬の話はここで続けていきます。

アメブロでブログを書いていると、過去の記事が出ます。

自分もブログを書くときに「どんな記事を書いたんだっけ・・・」と振り返ることがあります。

 

まぁ読んでいると、病んでいるときの記事もあります。

前の職場で管理職になった時の記事は、ホントダメダメな自分の時でしたね。それに比べ今は、ホントのびのび仕事をしていると思います。

 

もともと自分は管理職には向いていないと思っています。

にもかかわらず管理職になったのは、理事長の辞令。そもそも役職にも最初から就くつもりはありませんでしたが、スタートが施設の開設準備室職員として入ったので、施設がオープンした時は必然的に役職についていました。この時は係長に。

 

さらに通常の役職だけでなく、施設長の肩書も。

その時は地域活動支援センターの責任者にもなっていたので、必然的に地域活動支援センターの施設長に。もうそれだけで十分だったのですが、施設長と同時に相談支援専門員としても仕事をしていたので、色んなことをしていました。

 

その「色んなこと」の1つに、まだ開設していない事業の開設準備。

地活の運営+相談支援+計画作成に、事業開設準備。やることばっかりで、いくら仕事をしても終わらない状態。当然ながら残業に残業を重ね、施設がオープンしたはずなのに毎月残業は36協定を優に超える状態。

 

そこに新年度になって、係長から課長に。

全然望んでいない昇進。責任だけが増えていく状態。で、自分で採用した部下が思い通りの仕事をしてもらえるわけではありません。

 

特に悩んだのは、なんでも白黒求めてくること。

はっきりと白黒つけられることもあるけど、人相手の仕事では必ずしもはっきりできないことがあるのも事実。そこを白黒はっきりさせろなんて・・・まぁ管理者としては毅然とした対応が求められるのは事実ですが、状況によって柔軟な対応も必要。それをちゃんと指示できなかった自分に問題はあるんですけどね。

 

最終的には病んでしまったため、課長は自分から降りることに。

降りても体調がよくなることはなく、結局は仕事を辞めることに。今思えば、ホントにどんだけ仕事をしていたのかな・・・と思います。自分の弱さもあったと思いますが、覚悟もありませんでしたね。自分が課長として腹を据えることができなかったのもダメだったことの理由の1つだったと思います。

 

そんなこともあって、自分は二度と管理職に就くつもりはありません。

大きな組織に属するつもりもありません。基本的に組織不適合人間なので、組織の中で仕事をすることが苦手なんですよね。自分勝手ですが、自由に仕事ができるのが一番いいんですよね・・・

 

・・・なんてことを言いながら、今は法人主任をしている自分。

いや、もう二度とやるつもりはなかったんですよね。だからその話が来たときは、かなり悩みましたし、精神科受診の時も先生に相談。その結果今も一応の役職に就いているわけですが・・・ただ、前の時のような負担はないので、まだいいですね。

 

そう、やっぱり「組織」の違いかも。

今の職場は前の職場みたいな大きな組織じゃないし、むしろ自分で色々と決めて切り開いていきながら、地域に密着した仕事ができることも、きっと心持が違うのかもしれませんね。

 

白黒答えを求められないのも、違いがあるかな。

ほかの職員から意見や助言を求められても、ちゃんとした答えを導かなくても許されるのは、負担がありません。ただそこに責任がないわけではなく、自分なりの意見や考えはちゃんと伝えています。やっぱり環境によって違うのかもしれません。

 

でも、もうこれ以上の役職には就くつもりはありません。

ありません。ありません・・・が、うん、ないと考えたい。ってか、やりたくない。だから固辞するけど・・・押し切れるかなぁ、自分の考え。そこが自分の甘いところ。でも病んだ経験として、同じことは繰り返さないようにしないといけませんね。

8月の中旬から接骨院に通っています。

体の調子(身体面)が今一つで整形外科に通っていることは話していますが、ここ最近整形外科のリハビリの予約を取ることができず、満足なリハビリを受けれていないのが現実。

 

そこで頼ることがになったのが、接骨院。

正直接骨院の通院は結構悩みました。行ったほうがいいのか、行くのはどうなのか・・・悩んだ結果、接骨院の検索をしていて「ゴルフ肘」でヒットした接骨院に行くことにしました。

 

今自分が抱えているのは「肩関節周囲炎」と「上腕骨内側上顆炎」の2つ。

当初は肩の方が辛かったのですが、次第の肘の方に。で、肘の治療がおっつかない中で肩の痛みも増大。でもリハビリは受けらられず・・・どうしたものかと考えた中、肘の方も接骨院で対処できそうな感じをしたので、行ってみることに。

 

実際の施術は腕だけでなく、不調な肩に対してもアプローチ。

全身アプローチですね。で、色々とやってみるながらできてたのは、肩甲骨の動き。この辺の指摘は、リハビリでの指摘と全く同様。

 

さらにここ最近わかってきたのは、橈骨付近の筋肉に不自然なねじれがあるらしい。

自分の腕はかなりパンパンらしく、ハンパないらしい。で、鍼も打って少しずつ柔らかくしていった中、橈骨近くの筋肉のねじれの不自然さが発見できたとのこと。

 

触ってわかるの、すごいっすね。

まぁそもそも、そんな自分の体が「難敵」な体とは思っていませんでした。でも自分の施術にあたる人が自分の体を触るたびに「おぉ〜」と言う度に、自分の体の強情さを痛感します。

 

で、今日は施術後評価をしましたが、やっぱり自分の体は強情らしい。

当初は3ヶ月ぐらいの施術を目処にしていたけど、実際に触ってみると肩甲骨がなかなか動かない。とにかく肩甲骨を動かすことができるかが、自分の体調を大きく左右するらしい。動かないことにより、肩と肘に負担がかかっているとのこと。

 

いやぁ、接骨院通いはまだまだ続きそうです。

今は仕事が休みの日と、平日1日は残業をせずに接骨院に通っている状態。残業ができないのは実はちょっと大変だったりするけど、でも自分の体のメンテナンスも必要だから、やらないとダメですよね。

 

ただ接骨院の方は信頼しています。

こんな強情な体でも自分の痛みに真正面から向き合ってもらえていますし、毎回色んなアプローチを考えて試行錯誤しながら対応してもらっているので、まずは自分の体を委ねてみようかなと思っています。

 

それにしても、リハビリと接骨院に通うまで、こんなに面倒な体とは思いませんでした。

まぁ仕方ないと言えば仕方ないのですが・・・コツコツやっていくしかありませんね。

一時期、相談支援専門員の受け持ち人数がすごいことになっていました。

相談支援を始めた最初の時は、自分一人の担当数がピーク時に80人に達したことがありました。他の事業所では100人を受け持っていて、さもそのことを自慢している人がいましたが・・・いや、それって別に自慢できることじゃないですよ。

 

今でこそ現状では20名に抑えらえれていますが・・・正直、限界はこれくらい。

ちゃんと丁寧な支援をしようと思ったら、そんなに人数を抱えることはできません。一応の目安として「35人」と言う数字があるので、理屈だけではあと15人は受けられることになります。

 

でも実際にあと15人受けられるか・・・自分の答えは、No。

理屈はできますが、本当に受け持ってしまったら今の支援が維持できません。あと自分の事業所が「就労継続支援B型」の併設事業所というのもあります。相談支援だけでなく、実際の作業支援もしていますし、それ以外の業務も行っています。それらの業務がすべてなくなれば15人という数の可能性が出てきますが、それは現実的ではありません。だから、そんなには受け入れられないというわけです。

 

とはいえ、できるだけ断らない支援を目指すのも自分。

必要性のあると感じる内容であれば、なんとかして受けられる方向性を見出すこともしていきます。しかしここ最近感じるのは、果たしてうちで受けるのが適切なのかということ。

 

こんな小さな事業所でも、よく相談支援の依頼があります。

一応うちの受けられる条件であるかどうかを確認しますが、話として上がってくるのは他の市からの相談依頼。単純にそれだけの理由であれば「住んでいる自治体の相談支援事業所にお願いしてほしい」と話していますが、決まり文句のように返ってくる言葉は「どこの事業所もいっぱいだと断られた」という声。

 

現実問題として・・・それは事実なのでしょうね。

実際、自分が働いている自治体も相談支援事業所が4つしかありませんが、どこの事業所もいっぱいの状態。市から相談支援の委託を受けている事業所すら、新規の対応はできないと断っている状態。そんな現状も知っているので、うちの事業所のある市民や関係者からの相談であれば無碍な対応はせず、検討しています。

 

しかし縁もゆかりもない場合は、やはり色良い返事はできません。

当たり前のことですが、住んでいる場所で支援を受けた方が何かあったときの対応はしやすいはず。仮に自分が受けたとしても、支援先が遠ければ即応支援はできません。

 

自分が考える相談支援のあり方の1つが、即応支援。

何か困ったことがあれば、対応できる範囲で対応していく。それを実現するためには、自分が動ける範囲の中での支援を行っていくこと。機動的な支援を心掛けているので、物理的に距離のある支援は正直かなり大変な支援になります。

 

それであれば、やはり地元の近いところでの支援が望ましいはず。

だから相談の内容によっては断らざるをえません。でも・・・それでも粘られることもあります。そういう時には一度は「ちょっと検討させてください」と話すものの、最終的には施設長と相談して「やっぱり、無理かな・・・」という結論に。

 

他市からの相談は今の職場に限った話ではありません。

本来的な話で言えば、自分の自治体の利用者さんは自分たちで相談支援を充足させていくのが筋だと思います。でも実際のところは相談支援事業所の不足や相談支援専門員の不足により充足できない状態なのだと思います。自分の働いている自治体でも、相談支援事業所の数も相談支援専門員の人数も足りない状態。だから当然ながら、うちの自治体の利用者さんの中には他市で支援を受けている人もいると思います。

 

当然ながら「やむに止まれない理由」もあると思います。

よくある例が、東京都に住んでいた人がが北海道の施設に入所しているということ。障害福祉サービスを利用するための受給者証は東京都の市町村から発行されるので、本来的なら受給者証を発行した市町村が相談支援を担当するのが筋ですが・・・現実はそういうわけにはいきませんよね。だからそういう理由であれば、柔軟に対応していくことも必要だと思います。

 

とはいえ、すべてがこんな例ではありません。

だからできるだけ自分達で社会資源を整備していく必要がありますが、現実はそうではないのでしょうね。自治体によっては計画相談支援を重視せず、計画相談がなくても支給する自治体があるから、いつまで経っても相談支援事業所が増えないこともあると思います。

 

誤解のないようにしたいのですが、「セルフプラン」が悪いわけではありません。

自分で目指していきたいことが明確になっていて、自分でやっていきたいという確固たる意志があるのであれば、セルフプランで利用したいサービスを選んで進めていくことは悪いことではないと思います。ただ自分が問題にしたいのは、セルフプランがあることで安易にセルフプランの作成を勧め、その結果相談支援事業所の整備をしないということは違う、ということです。

 

自分の意思でセルフプランを書くのは、良いと思います。

でもその前に必要なのは「相談支援事業所で作成してもらえる」という情報の提供も合わせて行うこと。「事業所がないから、セルフプランでもいいよ」というのではなく、まず相談支援事業所を整備し、その上で利用者さんが「セルフプランを書く」のか「相談支援事業所にお願いする」のかを選択できる環境を作っていくことの方が重要だと思います。

 

まぁ相談支援事業所が増えない理由に、低すぎる報酬体系もあると思います。

このことは以前から言っている、計画相談支援事業だけで経営を成り立たせていくことはかなり難しいことだと思います。それこそ1番最初に書いたように「私は100ケース持っています!」なんていうのであれば、せめて経営はトントンになるかもしれませんが・・・そこまでしてやりたいとは思いませんね、経営だけで考えたら。

 

それでもうちの事業所が相談支援事業をするのは、やはり必要性があるから。

全然お金にならない事業だけど、それでも社会資源として、地域の障がいを持つ人の生活を支えていくためにも「相談支援」の必要性を感じているからこそ、赤字事業であっても継続をしているのだと思います。

 

自治体によって相談支援事業所の数には差があるように思います。

ただ全体で見たらまだまだ少ない状況には変わらないと思います。そのためには自治体が相談支援を手厚く支援していくことも必要ではないのかと思います。「皆さんで相談支援事業所を作ってください」に任せるだけは限界です。本当に必要性があると思うのであれば、やはり積極的支援は必要です。相談支援に困らない時代になってほしいものです。

「ラポール」なんて言葉を使うの、いつ以来かな?

初めて聞いたのは、専門学校の時。社会福祉援助技術論で「信頼関係の形成」として「クライアントとラポールを形成すること」と聞いて覚えました。

 

特にここで言葉の説明をするつもりはありません。

元々は心理学の言葉ですが、援助関係を結ぶ上で信頼関係の形成が重要とされています。言うまでもないことなのですが、支援を行なっていく上では意識することなく、ごく普通のこととして行っているものです。

 

相談支援の現場に立ち、最近このことの重要性を強く感じています。

言葉1つでその関係は大きく変わってきますし、信頼関係の構築も破壊も言葉1つでできてしまいます。

 

例えば、うちの施設に関係ない対象者とのこと。

基本的に自分の相談支援はうちの施設に通っている人がほとんどだけど、中にはうちの施設とは関係なく、他の相談機関から支援を依頼され入ったケースもあります。話を聞いて「これ、結構大変かも・・・」と思いながら入るケースもあり、事実色々と関係調整のために時間を割くケースもあります。あと、耳にタコができるくらいしつこくここで言っていますが、全く報酬に繋がらないこともしています。

 

でも実はそんなことの積み重ねが、意外と信頼関係につながることも。

他の関係者が日中活動のための「就労継続支援B型」の利用を勧めて断られたことが、自分が案内すると興味を示すことも。その結果、とりあえずは見学までつなげることに。そのことを他の関係者に話したら「ホント?意外!」と言われました。

 

もちろん話すタイミングもあったと思います。

会ってすぐにそんなことを話しても多分受け入れなかったと思いますが、ご本人と時間をかけて関係を構築し、色々と話をしていく中でご本人がふと「ポロッ」と口に出たことをきっかけに「じゃ、見てみない?」と話したらうまくいくこともあるので、関係性の構築はとても大事なものだと思います。

 

逆にうちの施設と関係のある人でも、関係構築に苦慮するケースも。

関係があると言ってもつい最近の話。やはり他の相談機関から依頼され支援を開始したケースだけど、何しろご本人に会えないので関係の構築ができない。連絡をしても反応なく、他の関係機関も対応に苦慮している状態。その対応は親族も苦慮しているのですから、なかなかのものです。この構築は、まだまだ始まったばかり。

 

これらのやりとり、別に意図的に「信頼関係を構築しよう」なんて思っていません。

そんなことを意図的にしなくても、自然と「まずは信頼関係の構築」が頭に浮かぶので、特別な意識を持った行動は一切していません。でも色々話を聞く中では、どうもそんなこと関係なく支援を行う人もいるみたいです。

 

うちの利用者さんで、相談支援の移管に向けたケース会議が開かれることに。

この利用者さんは色々と紆余曲折があり、今後の生活と支援の立て直しが1つの課題に。ところが、移管予定だった相談支援事業所の相談支援専門員さんは話を聞くと「あぁ、あれは〇〇がいい」「いいところ知っているから、それは××にしましょう」と、本人の意向を聞かずに進めようとする状態。

 

結果、この利用者さんの相談支援は、その事業所には移管しませんでした。

で移管した先は・・・自分でした。他の関係者も「あれはマズいよなぁ・・・」と思っており、その話を聞いた自分も「それは・・・ヤバいなぁ」と感じ、B型のケース担当者からも相談を受けたため、自分が手を上げることに。当初は支援の中立性を図るため見守っていくつもりでしたが、このままだと利用者さんの利益が損なわれると判断し、この結果に。この判断が良かったかどうはわかりませんが、一応今のところこの利用者さんは落ち着いた生活を送っています。

 

信頼関係の形成は、どんな仕事でも当てはまると思います。

たまたま自分は「相談支援」と言う仕事だけど、うちの施設で自分が相談支援を担当していない利用者さんであっても信頼関係の構築は必要。もっと言えば、自分のケース担当でなくても、うちの施設に来ている利用者さん全員と信頼関係を構築していくとが必要と思っています。でも実際には・・・なかなか全員とはできていませんね。

 

信頼関係の構築、言葉で言うのは簡単です。

でもそれを実践していくのは難しいことですし、実際に構築するのはもっと難しいです。円滑な人間関係のためにも信頼関係は必要ですし、仕事をスムーズに進めるためには信頼関係は必要。信頼関係はあらゆる場面で必要になります。ある意味、信頼関係1つで物事が決まることがありますし、物事が変わってくることもあるかもしれません。

 

そのためには、日頃からコツコツと積み重ね。

些細なことでさえもアンテナを張って、頼ってもらえるようにすることも必要なのかな。「報酬にならない」ばかり言っていますが、信頼関係は報酬以上に大事なものですね。

うちの施設は就労継続支援B型。仕事が中心の場所。

でも仕事ばかりでは、つまらないです。そんなわけで、今日は外出レクで、工場見学。

 

場所は決して遠い場所ではないのですが、楽しんできました。

自分はこんな感じで、楽しみました。

 

もちろん、自分はドライバーなのでノンアルコールです。

でも久しぶりにノンアルコールを飲んで、美味しいと感じました。ノンアルコールビールが出始めた時に一度飲んだのですが、その時はまずくて「もう飲みたくない」と思いました。そんな印象があるので、どうもノンアルコールは・・・って感じでした。

 

でも今日久しぶりに飲んで、美味しいと思いました。

随分と技術が進化したのか、それともこのノンアルが美味しいのか・・・いずれにしても、この味なら十分満足できます。ここ最近アルコールは飲んでいませんが、これなら十分に楽しめます。「飲めないからなぁ・・・」なんて思っていましたが、思わぬ感じで自分も楽しむことができました。

 

それにしても、コロナ禍になって楽しみが少なくなりました。

感染防止が第一になるのでどうして制限のある中でできることをやっていましたが、利用者さんも出かけたいのは山々。なので今日みたいな形で息抜きができたのは良かったです。出来ることなら、もっとレクをやりたいですけどね。

ここで何度か精神医療について触れたことがあります。

前回の内容も少し精神医療のことに触れましたが、今この精神医療のあり方が大きく問われている現状があると思います。

 

参考までに「精神医療を問う」を紹介します。

 

これらの記事は「ルポ・収容所列島」という本が出版されています。

精神保健分野に携わっている自分も、非常に注目すべき内容が色々と書かれています。もちろん全ての精神科医療が悪いとは思いませんが、こう言う実態が存在していることは事実だと思います。

 

だいぶ前にここで書いたこと(どうにかならないものか)も、その1つ。

このことは正直自分にとって「寝耳に水」のことで、本人の意向を完全に無視して家族の意向だけで入院してしまったケース。このケース、まだ今後の流れが全然決まっていません。

 

もちろん、家族の言い分を聞かないわけではありません。

実際のところ、医療につなげたいと思う家族がいるのは事実ですし、本人が通院拒否をするために医療につながらないケースがあるのも事実だと思います。家族が精魂尽きるケースもあると思いますし、そう言う状況下では何とかして入院して治療につなげていきたいと思うのは当然だと思います。

 

ただ、じゃ今の入院医療制度が適切なのかというと、そこも疑問です。

本来的な入院は自発的入院である「任意入院」が基本であると思います。一方で誰が見てもこのままにするのは自傷他害の恐れがある場合は強制的に入院させる「措置入院」で対応をせざるを得ない状況もあると思います。

 

しかしその「間」の対応が、今の日本の場合は課題だと思います。

現状の制度では「医療保護入院」と言う形ですが、最初に紹介した「精神医療を問う」では、この医療保護入院の制度に大きな問題提起をしています。

 

個人的には、医療保護入院のような制度は、状況によっては必要と思います。

一方で恣意的に運用される危険性もあり、その適用は慎重にあるべきだと思います。前述のように、家族が精魂尽きるまで放置していいとは思いません。しかしそれが本当に「入院でなければ対応できない」のかはちゃんと吟味する必要があると思います。要はちゃんと客観性を持った診断・判断をしていく必要があると思います。

 

そのような意味では、医療保護入院も措置入院のように複数の判断が必要かもしれません。

現在の医療保護入院では1人の精神保健指定医の判断で入院が決定できますが、その判断が適切な判断なのかは何らかの形で検証する必要があると思います。他の精神保健指定医が見たら「入院は必要ない」と判断されるケースもあると思います。また医師だけでなく臨床経験の長い看護師や保健師、精神保健福祉士が見て「地域で対応できる」とみなすケースもあるかもしれません。

 

要は「医療の中で縛らない」と言うことも必要なのかなと思います。

当然ながら急性期の状態であれば医療の対応が必要になると思いますが、ある程度症状が落ち着いたら医療だけでなく地域保健・地域福祉の中で支援をして行く方向を考えていくことも重要な視点ではないかと思います。ある意味、医療は「最後の砦」になるくらいの気持ちであってほしいな、と個人的には思います。

 

あ、もちろん医療だけで問題が解決するとは思っていません。

だから地域と連携しながら支援していく必要があるわけで、関係者が協力して支援していくことが今の社会に必要なことなのだと思います。そう言った意味では「できるだけ入院医療を短く」と言うのもあると思います。

 

ただ・・・経営を考える病院の中では、できる限り「効率良く」報酬を取るところも。

それが先日話した「3ヶ月」と言う言葉。「3ヶ月を超えると医療報酬が減る」と言いましたが、厳密には報酬に上乗せできる加算が極端に低くなるのです。

 

国としては、できる限り入院期間を短くすることを目標にしています。

そのため短い期間で退院につなげられるよう、入院期間に合わせて上乗せできる報酬を設定しています。その設定の中で「3ヶ月(90日)」と言うのが大きな境目になっています。

 

診療報酬点数では、精神科の入院について、入院日数で加算できる点数を設定しています。

1番加算をたくさんもらえるのは14日以内の入院。ついで30日以内。その後に90日・180日・1年となっていくのですが、90日と180日には大きな開きがあり、その差は115点。金額にして1日あたり1150円で、入院期間が91日なると1年入院していてもそんなに変わらないんです。だから効率よく3ヶ月ピッタリで退院させる病院も存在しているのではないかと感じています

●精神科病棟への入院に対する、入院日数による加算

・14日以内の入院;465点(金額にして4650円)

・15日位以上30日以内の入院;250点(2500円)

・31日以上90日以内の入院;125点(1250円)

・91日以上180日以内の入院;10点(100円)

・181日以上1年以内の入院;3点(30円)

こう言う形にしたのは、短い入院の方がメリットになるようにしていると思います。

でもこういった加算があるから、逆に必要な医療が終わっているにも関わらずギリギリまで入院をさせる温床が産まれてしまうのかなと感じます。であれば、こんな加算をなくして、入院期間ではなく治療結果や予後で評価できるシステムにしてしまった方がいいのかなと感じます。

 

ただ・・・こうやって言ってしまうと「何もわかっていない」と言われるかもしれません。

でもこれはあくまで「一般的な感情」であり、入院期間や転帰、受け入れ疾患等の治療実績などの情報公開を積極的にやっている病院に対して評価していけばいいのかなと思います。治療実績などの情報公開は病院を選ぶ参考にもなりますし、医療の質を担保するためには必要なことなのかなと感じます。

 

大事なのは、精神医療が「特殊」でなく「普通」になること。

いまだに精神科に受診するハードルは高いと思いますし、精神疾患を世に公表することもハードルが高いと思います。しかし高校の保健体育では精神疾患を教育することになりましたし、精神医療というものが日常当たり前のものになれば、問題のある医療も減っていくのかなと感じています。

自分の職場は就労継続支援B型に併設された相談支援事業所です。

くどいほどここでも書いていますが、相談支援事業1本では経営は成り立ちません。ですので相談支援事業は本体事業に併設しているパターンが多いのかなと思います。

 

自分の場合は相談支援で契約した人が、自分の担当利用者さん。

自分以外の職員は就労継続支援B型の職員。職員はそれぞれ「ケース担当」として、就労継続支援B型の利用契約を結んでいる利用者さんを割り振って、職員の誰がその利用者さんの中心支援者になるかを決めています。

 

なので自分は基本的にケース担当にはなりません。

ただ例外的に1人だけケース担当に。とはいえ、自分の中では「全員担当」という認識を持っています。立場的にケース担当を持たないから、俯瞰的に個々のケースを見れますし、また「相談支援」と言う立場からの見解も必要な支援の視点にもなってくると思っているので、何か問題が起きた時には我が事・自分の担当ケースのようにいつも考えています。

 

日々問題が起きたときは職員全員で色々と考えていきますが・・・

中には対応の難しいケースもあります。そのうちの1つについて、今日市役所の保健師さんに情報提供をしてきました。正直なところ、うちの施設ではやれることをやった感があり、これ以上何をすれば・・・と言う状態です。

 

その利用者さんは、ここでも何度か話題に挙げたことがあります。

一言で言えば、生活が成り立っていない状態。成り立たない理由は、他の利用者さんからの借金。今のところ「悪いところ」からの借金はしていないけど、自分たちが支援していることが正直「暖簾に腕押し」のような状態。

 

現在は一人暮らしをしているけど、元々はグループホームを利用していた人。

グループホームに入居していた時からお金のことについては課題になっており、自己管理ができないことが大きな課題になっていました。その結果、グループホームから地域生活になるときに、地域福祉権利擁護事業(日常生活自立支援事業)を利用することで、何とか維持する方向にしてきました。

 

そうやってまかりなりに地域の中で生活を送ってきましたが、あることをきっかけに綻びが出てきました。

それは、精神科への入院。その入院は自分たちから見たら正直必要性の感じない入院でしたが、本人が「どうしても入院したい」とのことで主治医も認めらため入院することに。

 

ところがその入院中に、他の利用者さんを病院に呼び寄せ、借金をすることに。

この利用者さんは生活保護も受給しているので、別に普通に入院生活を送っていれば生活に何の問題もないのですが、なぜかお金を借りる状態。さらに問題なのは、そのことを病院は関知しながら何もせず、普通に見守っていたこと。

 

さらに入院も当初は1ヶ月程度のはずが、なぜか3ヶ月。

実はこの「3ヶ月」と言うのも意味があり、3ヶ月を超えると医療報酬が減ることに。退院したのは、3ヶ月ピッタリ。なぜこんなピッタリ3ヶ月で退院して来るのか・・・正直、色々と勘ぐってしまいます。

 

あ、言うまでもなく生活保護をもらいながら借金したら、それは収入です。

なのでこのことは市役所にも報告済み。市役所のケースワーカーからも何度となく注意をされているのですが・・・効果がないみたいです。もちろんうちの施設も注意していますが、借金はやめられません。

 

まぁこの借金も半ば確信犯的なところもあるんですよね。

大体借金の判明は年金が入る日の前とか、保護費が入る前とか、工賃支給日の前とか・・・それもその中で返せる金額の借金なんですよね。それで返しちゃうから、貸した利用者さんも戻ってきたと変な錯覚をしてしまうんです。貸す側も借りる側も、お互いに癖になってしまっている状態。

 

自分は貸す側の利用者さんの計画担当なので、その利用者さんにも指導しています。

時には厳しい言葉を書けることがあるのですが・・・でもそもそも、悪いことをしている側ではないのに厳しい言葉ばかりをかける必要性にも疑問を感じる状態。正直自分でも「どっちが悪いんだ?」と誤解をしそうになってしまいます。

 

言うまでもありませんが・・・1回2回程度の借金なら、大きな問題じゃありません。

問題なのは、もう数えきれないほどやっていると言うこと。そう言うことがあれば利用者さんからクレームが来て事実確認をし、貸した側はシラを切りつつも最終的には白状。怪しいことがあればこちらからカマをかけると、最初はシラを切りながらもやっぱり白状。どうせ最後はバレるんだから、だったら最初から言え、って感じです。

 

借金をしないように、色々とやってきても、結果はいつも同じ。

正直自分の中では、入院の一件があってからなし崩し的にダメになっていった印象を受けています。もちろんそれだけでなく、そもそも地域で生活を成り立たせることが無理だったのかもしれません。

 

となると、この利用者さんの行く先は・・・どうなるのかな?

地域の中で生活ができなければ、行く先は施設。医療的な対応は必要ないので、入院という選択肢はないし、仮に入院したところで問題の解決にはならないと思います。ただ・・・環境を大きく変えなければ、この問題は解決しないのかなとも感じています。小手先の環境変化ではあまり意味ないようにも感じ、何より貸す側の利用者さんと接触できる環境がある以上、この利用者さんの借金癖はどうにもならないのかな、と感じています。

 

こんな状態で「一人暮らし」が成り立っているとは・・・言えないよなぁ。

もちろん担当の相談支援専門員さんにも伝えているけど、多分その人もこの問題をどう対処していけばいいのか、かなり悩んでいると思います。ここまで来ると1施設でどうにかなる問題ではなく、役所とかも巻き込んで考えていく必要もある内容です。

 

うーん、支援って難しい。

「困っていたら、支援」って言ったけど、支援者も困った。支援者の困ったは、どうすればいいのでしょうかね。

障害福祉サービスに限らず、介護保険や医療保険などは必ず「国保連請求」と言うのがあり、10日までに前の月の実績をまとめ報酬を請求します。医療なら医療報酬、介護なら介護報酬、障害福祉なら・・・なんだ?なんて言うんだ?

 

いずれにしても、10日までは忙しい日が続くんです。

自分も毎月最初は計画相談の報酬請求のために、請求情報を作っています。で、作るたびに思うのは、結構頑張って仕事していても、月10万円の報酬請求ができることはないんですよね。今月は5万円もいきませんでした、トホホ。

 

計画相談の場合、極端な話報酬としてもらえるのは書類を作ったときだけ。

障害福祉サービスを利用するときに目標などをまとめた「サービス等利用計画書」を作った時と、その計画書をもとに計画の進捗状況や現状把握、課題分析などをまとめた「モニタリング報告書」を作った時が、報酬として請求できるものになります。これらが基本にあった上で、その他の加算が付くのですが・・・そんなに大きなものではありません。

 

特に自分のような「一人職場」は全然報酬がもらえません。

相談支援専門員を常勤で手厚く体制を整えて配置している事業所ほど報酬は高く設定されているのですが、小さな事業所では国の求めるような基準で職員を配置するのはとても困難な話です。

 

もちろん、ただ単に書類を作っているだけならその程度かもしれません。

でも実際には書類を作るためにはご本人から色々とお話を聞かせていただきますし、関係機関から現在の様子を伺うこともあります。これらの書類、自分の独断で書くことなんかできません。作った後はご本人に説明をして同意をもらわないと書類として認められませんし、同意の署名がないと書類として認められません。好き勝手に作れる書類じゃないんですよね。

 

言うまでもありませんが・・・それだけが仕事じゃありません。

その辺はすでにここでもたくさん書いていますので、過去の記事を読まれている方ならもうご存知のことと思います。昨日・今日も色々と動いてきました。

 

昨日は利用者さんの引っ越し作業。

グループホームを転宅することになり、そのための引っ越しを自分を含めたうちの法人の職員3人で行うことに。本来は計画的にやることだけど、色々と事情があるためこのような対応をすることに。半日かけて別のグループホームに転宅し、荷物の運搬や組み立てもすることに。エレベーターのないところだから、キツイキツイ🥵

 

正直な話、別に自分たちがやることじゃないですよ。本業じゃないです。

本来なら自分で引っ越し屋を手配してお金を払ってやるべきものですが・・・でも、いろんな事情があると、うちの法人はやってしまうんですよね。

 

今日はスマホの契約に同行。

利用者さんから同行の依頼を受け、自分が対応。一緒に契約に関する書類を読んだり、どの機種にするか一緒に考えて、必要なところは自分が噛み砕いて説明をして、無事買い替え完了。

 

引っ越しにしろ、スマホの契約にしろ、直接的な報酬にはなりません。

間接的にはモニタリングの時に「こういった支援をしてきました」と言うことにつながりますが、報酬はこれらの行為に評価するものではなく、書類を作成したことに対しての評価。なので、直接的な報酬ではありません。

 

こんなことばっかり書いていたら「やらなきゃいいじゃん」と言われるかも。

確かに「やらない」という選択肢もあります。自立してもらうためにこちらではやらず、自分でやってもらうこともあるでしょう。何でもかんでもやっているわけではありません。

 

でも自分たちが報酬にならないところまでやるのは、何故なのか。

理由は簡単。本人が困っているから。困っている状況は放置できません。

 

相談支援専門員やケアマネさんの中にはドライな人もいるでしょう。

でも自分は、そう言うことができないんですよね。自分がお世話になった、父のケアマネさんも自分が父の対応ができない時に、本来の業務ではないところまでサポートしていただきました。本当に助かりました。

 

困っている人がいたら、助ける。支援する。

サービスや制度の中で対応できればその中で対応するけど、この仕事には必ずサービスや制度の網から抜けてしまう部分があります。今日のスマホ契約もその1つだと思います。判断能力がないわけじゃないけど、1人じゃ不安。かといって家族がいなければ頼る人がいない。それなら、身近にいる人が支援する。それが自分であれば、対処していくのは当然の話です。

 

時にはお金にならないことも誰かがやらなきゃいけない。

相談支援専門員って、そんな役割もあるんじゃないのかなと勝手に思っています。型通りにやっていれば相談支援専門員としての最低限の仕事はしていると思います。でも自分は最低限の仕事で満足できる性分ではありません。手の届かない部分や支援の行き届かない部分があれば、それを補完していく。通所施設で補完できればそれも1つだし、それが難しければ相談支援専門員が補完するのも1つ。相談支援専門員一人で補完するのではなく、関係者全体で補完を目指す。そのリード役は、やはり相談支援専門員になるのかな、と感じています。

 

誤解のないようにしておきたいのですが・・・

結構ここでは「評価されない」とか「報酬にならない」なんてことを多く書いていますが、単なる不満ではありません。こう言うことを何らかの形で問題提起する必要があると思い、厳しい表現で書いています。何でもかんでも「ボランティア精神」に頼るのは違います。小さなことであってもそれらを正当に評価されることがないと、狭間の問題を担う人がいなくなってしまいます。そうなると、いざ本当に困ったことが起きた時に誰も支援しないと言う最悪の状況が訪れます。それを防ぐには、小さなことでもあってもそれを評価する仕組み・システムを作っていく必要があると感じています。

 

まぁ、そんなことを言っても自分は今のスタイルを続けるでしょう。

宮沢賢治ではありませんが、困っている人がいれば支援するのは自分のやり方ですし、時には直接的な支援も行っていく。自分がこの仕事についた時・・・もっと言えば社会福祉士・精神保健福祉士になった時から「何でも屋」との考えを持っていますから、自分のスタンズにブレずにいきたいと思います。