今日は精神科の受診日。

ここ最近は落ち着いているので、月1回の受診です。時間も短時間で、近況を報告している感じ。じっくりと相談事をすることもあまりありません。

 

そして先生から「じゃそろそろ、減薬しましょう!」の話。

前回の受診の時も「少し落ち着いたら、また減薬しましょう」と予告をされていたので、いよいよそれを実行に移したわけです。

 

「落ち着いたら」という話は、母親の手術があったから。

手術といっても、今回は白内障の手術。両目とも行ったので、先生もそれが終わってから減薬をスタートするつもりでいました。で、先日手術が終わりそのことも先生に報告。今日、減薬スタートとなったわけです。

 

減薬自体はもうやっており、前回はトリプタノールをなくしました。

そして今回減薬に取り掛かるのは、パキシル。いよいよ、自分の本丸の病気に対してです。

 

そもそも自分が精神科にかかるきっかけになったのは、パニック障害。

てんかんとの鑑別のために今の病院に行き、そこで「てんかんではなく、パニック発作」と診断。そこから治療で様々な薬を使いながら、パニック障害の治療における標準治療薬のパキシルを使っているわけです。

 

先生からも「パキシルとワイパックスだと、どっちがいい?」と聞かれました。

自分は結構即答で「パキシルのほうがいいです」と答えていました。やはり不安に襲われたときに効くワイパックスは、まだ残したい。それならパキシルから減らすというのが自分の考えでした。

 

そんなわけで、今「朝-昼-晩」で飲んでいるうちの「昼」を減らすことに。

朝と晩は飲む量を変えず、昼に関しては今まで飲んでいる量の半分にして減薬を開始。いやぁ、正直怖いです。だって、本丸の薬を減らすのですからね。

 

今までのトリプタノールは、どちらかというと補助的な薬。

もちろん薬を無くすことには不安だったけど、それでもまだ軸になる薬(パキシル・ワイパック)は飲んでいたので完全になくなるわけではありませんでした。

 

しかし今回は完全に軸になる薬の減薬。

たしかに体調が落ち着いてきているのは事実で、稀に発作が起きそうになったりすることもあるけど、それでも一番ひどかった時に比べれば今は全然良いほう。以前にも書いたと思うけど、QOLの向上を考えれば薬をなすしていくのは1つであり、先生としても減薬はQOLの向上につながるものと考えての判断だと思っています。

 

と言っても、まだ完全になくなるわけでありません。

今回は1日3回飲んでいる中の1回の薬の量を減らすだけのこと。きっとこれを少しずつ段階を踏みながらやっていくと思うので、時間をかけながら無くしていくと思います。トリプタノールの時も時間をかけながら無くしていったので、今回も同じようにやっていくのだと思っています。

 

まぁ怖い・不安があるのは当然だと思います。

特に何もなければ何も変えなければいいのだし、変えなければ今の状態を維持できると思います。でも服薬しなくても安定した生活を送れるのであれば、やはり飲まないに越したことはない。そこが「QOLの向上」なんだと思っています。

 

前にも書いたかもしれませんが、自己判断の減薬は厳禁です。

薬は先生の判断のもとで行い、先生の指示に従って行うものです。素人判断で行うのは大変危険な行為で、場合によっては病状の悪化にもつながります。薬のことはちゃんと先生と相談しながらやっていくことですので、しっかりと先生と相談しながら行って下さい。

昨日・今日と、ある利用者さんの対応に考えていました。

その利用者さんは直接自分の担当ではありませんが、気になる利用者さんの1人でもあります。

 

この利用者さんは統合失調症なのですが、ここ最近は幻聴に悩まされている状態。

主治医からも「幻聴が消えることはありません」と言われており、なかなか病状の重い利用者さんであります。それでも何とか頑張ってきたのですがここ最近の様子を見ると、この利用者さんにどこまで求めていくかを考えてしまいます。

 

うちの施設の作業でカレーショップをやっているのはすでに書いている通り。

自分が入職した時もそれなりにこの利用者さんも頑張っていたけど、当時に比べると集中できる時間が明らかに短くなっています。カレーショップだけでなく、作業全体に対してもご本人自身の取り組みが後退気味になっています。

 

特に昨日は、ずっと幻聴に苛まれている状態。

作業に入っても常に幻聴相手に声をあげており、時々で職員が声をかけて幻聴の世界から切り離そうとしていました。自分もあえて「〇〇さん、しっかりやるよ!」と声をかけるものの、この日は周りの声がほとんど耳に入らない状態でした。

 

今日は軽体操のプログラムだったけど、それにも参加せず。

軽体操の参加は個別支援計画にも盛り込まれた内容で、これはご本人も同意して盛り込んだもの。最初はご本人も納得して参加していたけど、徐々に参加への意欲も低下。ここ最近は「行く」「行かない」の綱引き状態。なので「軽体操、やらなくてもいいから、行くだけ行こう。行って何もしなくていいから」と言って誘い出すこともしていました。行けば行ったで参加して「楽しかったです!」と話すのですが・・・そこまでがなかなか難しくなっている状態。

 

なので、軽体操のある日は前々からご本人に動機づけをすることに。

それでも直前になって「やっぱりやめます」と言うことがほとんど。でも今日は本当に抵抗して、結局参加せずに帰ってしまいました。

 

この利用者さん、ここには書けないこともたくさんあります。

それだけ色々と事欠かない利用者さんではあるのですが、自分がこの職場に来てご本人を見ているだけでも、退行しているようにも感じています。踏ん張りがきかない、自分の思い通りに進めたくなる、楽な方に流れる・・・今までならできていたようなことが、ちょっと難しくなってきてるようにも感じています。

 

昨日・今日とこの利用者さんを見て、果たしてどんな支援がいいのか考えています。

今までは作業に頑張って参加する、決められた予定はきちんと参加するなど、比較的規律を重んじた傾向の支援だったように思います。ただここに来て、この支援の方向性が今のこの利用者さんに向いているのか、悩んでいます。

 

「本人の意思」と言うことを考えれば、その通りにするのも1つです。

プログラムに参加したくなければ参加しない選択もあります。作業に参加したくなければ参加しない選択もあります。うちの施設ではそのような選択を尊重していますが、時として「支援」として意思に反して物事に取り組むことを支えることもあります。それは施設としては当然のことであり、何でも自由にしていたら支援の意味がありませんし、施設の存在意義が問われます。

 

かといって強く抵抗しているにも関わらず支援を継続するのは、いかに?

あまりに抵抗していると「ここまでやる必要があるのか」とも感じてしまう部分があり、非常に悩ましいです。何もしないのも違うし、本人の好きな意思に任せっきりも違う。何が正しいのか、考えてしまいます。

 

相手が子どもであればまた違うのかもしれませんが、相手は大人です。

大人相手に何でもかんでも「言われた通りにしろ」と言うのはなんか違うなぁ・・・と思いながら、何もしないのは支援の放棄でもあり・・・どこで釣り合いを取るのかが非常に難しいです。

 

当然ながら障害者の支援施設なので、障害特性を理解した支援が必要です。

なのである程度の意思決定ができる人であればその意思を尊重するのは当然です。一方意思決定が難しい場合はある程度の道筋を作ることが必要です。しかし意思決定が難しくても「意思がない」ことではないので、選択する権利はあります。

 

重要なのは、ご本人に何を求めるのか。

病状の難しさがあるが故に支援が必要であれば、ある程度の配慮をした上で本人の意思とは違っても引っ張っていく必要もあると思います。一方で現状として本人に強く求めない内容があれば、その点については寛容に対応していくことも必要だと思います。

 

間違ってはいけないのが、「本人が嫌がるから、やらない」と言うこと。

仮に本人が嫌であっても、支援をしていく上でどうしても必要不可欠なことであれば、時として意思に反して支援する必要もあると思います。じゃその判断はどうするのか・・・それを考えるのが、ケース会議だと思います。その人の支援に関わる人が、その人が社会で生活していくために必要なことは何かを考え、そのために何をするべきかを考え支援の方向性を決めていくことで、その人の支援内容が決まっていくと思います。

 

支援をするって、やっぱり難しい。

正直自分でもすぐに正解は出せませんし、何が正解かもわかりません。1人では考えられない・決められないことがあるからチーム支援が必要なのだと思います。同職種で支援することもあれば、他職種を交えての支援もあります。支援がうまく行かないこともありますが、それも含めて支援。支援は試行錯誤の繰り返しです。

今日の出来事。

とあるグループホームから電話があり、利用希望の相談。以下、簡単なやり取り。

 

自分:はい、〇〇(うちの施設名)です。

相手:すみません、××にあるグループホームの職員ですが・・・(その後、何を言っているか聞き取れない状態。ただうちの施設を利用できるかの相談であることは理解。)で、そちらで職員を募集していますか?

自分:職員・・・ですか?ここで働く人ですか?それとも利用される方ですか?

相手:職員・・・?(何やら考えている様子)

自分:利用者、メンバーの募集ですか?

相手:・・・あ、メンバーです。

自分:そうですか。今在籍者が多くなっているので受け入れは止めている状態ですが、どんな障害ですか?

相手:障害・・・はい・・・(何となく理解できていない状態)

自分:障害種別は精神ですか?

相手:あ、はい・・・(何やら書類をめくっている様子)精神障害と知的障害です。

自分:知的障害があるんですね。程度はどのくらいですか?

相手:程度・・・はい・・・(また考えている様子)

自分:(あまりに答えられない状態に)もしよろしければ、その方のことを詳しくご存知の方からご連絡をいただいた方が良いと思うのですが・・・

相手:私、新人なんですが任されたので。

自分:そうですか。知的の程度はどのくらいですか?

相手:知的の程度・・・(また何か何か調べている様子)

自分:手帳の等級はどのくらいですか?

相手:等級・・・1級です。

自分:1級ですか?1級だと難しいですね。

相手:そうですか、わかりました。

 

このやり取りを見て、色々と思う方もいると思います。

正直、今まで受付対応をしていて一番稚拙な内容でした。当然ですが、自分がわかって対応をしていた部分もあります。

 

例えば、一番最後の「1級」という話。

多分、精神の手帳が1級なんだと思います。でもこちらが確認してるのは知的の手帳の等級。東京都の場合、知的障害者の手帳(愛の手帳、制度的には療育手帳)の等級は「〜度」で表しており、1度が最重度で極めて重い状態。逆に一番軽いのが4度。知的の手帳と聞いているにもかかわらず「1級」と答えているので、電話をかけている職員自身が理解していないと判断しました。

 

こっちが聞いていないのに「新人なんです」って言っていました。

でもそんなことはこちらからしたら「だから、何?」で、新人だろうと関係ないです。紹介したい人のことをわかっている人が問い合わせをするべきです。「任された」と言うのであれば、任されたなりに目的を達成しなければいけませんが、それすらできていません。

 

で、一番引っ掛かっているのが、最初のあいさつ。

「××にあるグループホーム」と、グループホームのある市区町村こそ伝えたものの、グループホームの名称や自分の名前すら名乗らない状態。その後に「新人」と言ったので、電話をするときのマナーが教育されていないのか常識がないのかと理解しました。こんなやり取りでは、話にならないですよね。

 

まぁこの人はとても恥ずかしい思いをしたと思います。

いや、本人は自分が恥ずかしいことをしたことすら理解していないでしょう。一瞬説教でもするかと考えましたが、それをすることすら勿体無いと感じてしまいました。恥ずかしい思いをしたことは、きっと後々理解するかもしれません。

 

ただ、恥ずかしい思い以上に、大きな失敗をしたのも事実です。

今日みたいな電話の仕方を他の施設に対しても行っているのであれば、B型を希望している利用者さんがB型に繋がるのはかなり難しいと思います。理由は簡単、その人のことが何もわからないから。

 

だって「わからない人」が連絡をしているのですが、わかるはずがありません。

自分もこの電話で理解できたのは、精神と知的の障害を持っているということだけ。それ以上の情報を聞かなかったこともありますが、聞かれてから色々と調べている状態なので、多分電話している本人も利用者さんの基本的なことを理解していないのでしょう。

 

自分が「詳しくご存知の方から」と言ったのも、情報を得るため。

ちゃんとわかっている人から聞いたほうが利用を希望している人の人物像をイメージし、うちの施設を利用できる可能性があるかを考えることができます。しかし「任されているから」と言って話を続けながら、結局その人のことを何も答えられないのであれば、考える材料がないので何の判断もできません。

 

このことは、利用者さんの利益を失っとのと同じことです。

もしちゃんと利用者さんのことを理解した上で説明することができていれば、まだ利用について検討の余地があったかもしれません。でもそれができないと俎上にすら上がりません。もっといえば、インテークとしてすら受けられません。少しでも伝えられる情報があれば、さらにその上(施設長)に繋ぐことができます。でも情報がないと繋ぐことができません。

 

利用者さん本人からの相談なら、また話は違います。

しかし相手は支援者ですから、プロとしてそれなりの準備をしてから相談してほしい。今回の電話では準備できていないことが明白で、基本的な情報ですらすぐに答えられない状態。支援者からの相談であればこれくらいのことを聞かれるのは当然であり、それができないのはアウトです。

 

もっとも、そんな大事なことを任せた方も問題です。

職員の能力をどのようの判断して任せたのかはわかりませんが、任せる以上は交渉ができるだけの力があるかをわかった上で任せないといけません。「経験することも勉強」と言うのもわかりますが、これはあまりにもお粗末です。だって、利用者さんの利益を害しているのですから。経験させるのは構いませんが、利用者さんの利益を害するようなことはやってはいけません。この結果で一番困るのは、利用者さんなのですから。

 

それとも・・・悪い言い方だけど、その程度の施設なのかな。

ちゃんとした施設なら、施設名や所属、名前を最初に言うのは当然のこと。それすらできないのは、施設の問題なのかな。個人の問題として片付けるには、どうなんでしょうね。新人だから許されることじゃないと思いますし、ならちゃんと教育することですし。個人と施設、両方の問題かな。

コロナにやられました・・・

よって、お出かけどころではありません。

 

様子がおかしくなってきたのは、先週の水曜日。

朝は熱もなく、仕事もいつも通り。何となく体の動きが重いなぁ・・・くらいに感じながら前回のブログを書いていたけど、自宅に戻ってから何となく変な感じに。熱を測ってみると、37.2℃。用心と思い早めに就寝。

 

そして翌日・・・のどが痛い。声が出ない。

熱を測ると、38.2℃。あ~、これじゃ仕事はアウトだ。施設長に電話し、病院に行くことを連絡。ただかかりつけの病院は休診日であったため、発熱を診てくれる近くの病院を探し、受診することに。

 

検査はコロナのほか、インフルエンザと溶連菌も検査することに。

しばらくするとレントゲン室に呼ばれ、先生から「コロナ陽性でしたので肺のレントゲンも撮りますね」とさらっと告知。ただの風邪であることを願っていましたが・・・まぁ昨今の状態を考えれば、そんなわけにはいかないですよね。

 

コロナ陽性確定により、仕事は1週間お休み。

さらに自分の場合は重症化リスク該当者として保健所に届け出が出されることに。ゴールデンウィークはそれなりに仕事もあったので、今回の陽性はかなりの痛手。でも、感染を広めるわけにはいかないので仕方がないです。

 

その後保健所からも連絡があり、1週間の健康観察が行われることに。

毎日保健所から連絡が来て、その日の体温やSPO2(酸素飽和度)の値の確認を受けました。

 

そんな風に1週間を過ごし、今日が療養解除。

ただし自主的な行動自粛はしてくださいとのことで、結局ゴールデンウィークは自宅軟禁状態です。もっと言えば、母親にも家庭内感染させてしまいましたので、余計に外に出ることはできません。

 

ただ・・・2類から5類に変わる前で良かったのか、悪かったのか。

最初の医療費こそはかかったものの、コロナ陽性が確定してからの薬は無料。その後席症状が不安であったためもう一度電話したら、その分の電話診療と追加の薬も無料。これ、ゴールデンウィーク後だったら多分全部自己負担が発生していると思うから、変わる前に感染したのは滑り込みセーフだったのかな。

 

いや、そんな滑り込みはしたくないです。

確かに重症化することなく軽症で済みましたが、やっぱりコロナには感染したくないですね。

 

今年のゴールデンウィークは

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今日はカレーショップの営業日。

営業終了後、現在精神科病院から一時退院をしている利用者さんを入院先に送り届けてきました。利用者さんには「基本的には自分で戻ることが前提ね」と話していましたが、今日の天気など諸々の事情を考慮し送迎することに。

 

正直今の職場に来て、この施設の支援は優しいなぁ・・・と感じています。

自分自身も送迎した利用者さんに「今度は○○日に迎えに来るね」と言って戻る状態。まぁこれもいわゆる「諸々の事情」っていうやつなんですけど。

 

施設の支援って色々あると思いますが、ここまで痒い所に手が届く支援はないかな。

施設によっては「就労面以外の支援は一切しません」というところもあると思うし、そういう人から見たらうちの支援は「やりすぎ」とか「甘い」とかいう人もいるかもしれません。

 

実際のところ、何か突発的なことがあれば送迎対応をするうちの施設。

すでに退所した利用者さんの相談も乗るのがうちの施設。退所した利用者さんが居場所として来ることを認めているうちの施設。行政手続きや生活面の支援が必要であれば支援するのがうちの施設。とにかく、その人にとって必要と判断すればどんなことでも支援するのがうちのやり方です。

 

相談支援の立場である自分も、結構色んなことをしています。

コロナワクチン接種の同行支援もしましたし、ケータイの契約手続きにも同席しました。買い物の同行もしましたし、住民票や戸籍謄本などを一緒に取りに行く支援もしました。引っ越しの手伝いもしましたし、今の職場ではないですが自宅の漬物樽に大量に溜め込んだ小銭の預入支援もしました。その時は小銭が汚れていたので1枚1枚丁寧に綺麗に拭き取ることも。ホント、色んなことをしています。

 

まぁ相談支援という立場であれば相談の範疇外をすることもあるでしょう。

でも就労継続支援B型としてここまでやる支援は、あまりないかもしれません。特にここ近年の就労継続支援B型は働いていることを評価する報酬体系になっているので、生活面のことはほとんど重きを置かれていません。

 

以前にも話したことがありますが、障害者の生活支援って、結構抜けています。

障害福祉サービスの中には「居宅介護」というのがあり、そこで家事の支援や行政などの手続き・病院受診などの支援が提供されますが、当然ながら誰でも使えるものではありません。なので、こう言ったところからこぼれてしまう人が出てくるのも事実です。

 

また「即応性」という点で劣る部分もあります。

俗にいう「ヘルパーさん」をお願いするためには事前に手配する必要があります。相談支援事業所が仲介する場合もあれば、自分で手配する人もいます。しかし突発的に「支援が欲しい」となった時、なかなかその対応をする事業所はほとんど有りません。「突発的」な内容も支援者から見たら大したことがないこともありますが、当事者としては結構大きな問題なんですよね。

 

となった時、普段から通所しているところがあれば、そこが支援することも。

うちの施設なんか、まさにその典型です。受診同行なんかもよくある話で、ヘルパーさんとの関係構築が難しいために、普段から関係ができているうちのの職員で行うこともあります。当然ですが、それに対する報酬はありません。事業所によっては「法外のサービス」として有償で実施するところもありますが、生活保護を受給するような人からお金を取るのは、結構忍びないことですよね。

 

もちろん割り切ってしまえば、それでいいのだと思います。

ただ福祉の専門職である自分たちが完全にドライに割り切ってできるものなのか・・・と考えると、自分はなかなか割り切れない部分があります。ましてや社会福祉士・精神保健福祉士という国家資格を持ちながら困っている人の支援から視線を外すことは・・・ソーシャルワーカーとしてもなかなかできない決断です。

「優柔不断だ」と言われてしまえば、それまでなのですが・・・

 

これも以前書いたことがありますが、困っている人がいれば支援します。

相談支援なんかはまさにその中核にある存在で、あらゆるサービスを使っても網の目から溢れる人がいれば、そこを何とかしていくのが相談支援の役割です。直接的な支援を行うこともあれば、外部に対して働きかけを行なって資源の構築に向けた動きをすることもあります。

 

ただ、そういう支援に限って、お金にならないんです。

例え福祉といえども、赤字になるような事業には手が出せません。相談支援事業が進まないのもそこであり、真面目に計画相談支援を行えば赤字になるのは見えていること。だから事業所が増えないし、国も骨抜きの報酬体系を維持することになっていると思います。(もちろんうちの相談支援事業も、単独事業で見たら赤字です。)

 

就労継続支援B型であれば、就労以外の評価はほぼありません。

基本の報酬は「前年度の月額平均支払工賃額」で決まるので工賃が安い事業所は報酬が低いですし、工賃が高い事業所は報酬が多く入ります。ただそのことと生活支援は決してイコールではないと思います。個人的な肌感覚では、工賃の低い事業所ほど生活支援に力をいれ、工賃の高い事業所ほど作業や仕事に力を入れているのではないかと感じています。

 

工賃の高さ・低さは障害種別や障害の軽重にもよるので、決して一概には言い切れません。

ただ自分が今まで相談支援専門員として色んな事業所を見てきた中で、その傾向が比較的強いのかなと感じています。でも生活支援は必要なものであり、仕事だけでなく生活面も安定してこその就労であり、就労と生活は車の両輪に当たるものではないかと思います。片輪がなければ安定した走行はできません。車輪が両方あって初めて前に進めるものと思います。

 

こういった内容については、賛否両論あると思います。

ただ全ての就労支援事業所が就労だけに特化した支援を行なっていては、間違いなく網の目から溢れる人は出てきます。そう言った意味でも、うちみたいな事業所の必要性もあると思います。でも「経営していく」ことも大事なので、そのバランスをどのようにとっていくかも大切だと思います。

 

国に対して声を大にして言いたいこと。

障害福祉サービスやその従事者の必要性を感じているのであれば、異次元の報酬改定をお願いしたいです!

今月の計画相談業務は、とりあえずひと段落。

一方でゴールデンウイーク関係でややバタバタの状態。

 

そんな中、先週今週ちょっと自分の中で考えているのは、1日レク。

これまでコロナの影響でさまざまなレクレーションが制限されてきた中で、なんとかして利用者さんの楽しみを作ろうと思い、やや突貫ですがありますが連休前に1日レクを企画しました。

 

突貫といっても、やるかやらないかは意識はしていました。

ただ他の職員からはなかなか声が上がらない状態で、なんとなく痺れを切らせた自分が声を出した形に。

 

もちろん言い出しっぺである以上、案は考えていました。

そもそも今年度の予算を検討する段階で自分はレクが実施できるよう予算要求はしていました。なのでそれを実施するのも役割だと思っており、いろんな案を考えていました。

 

その中で最終的に2つの案を利用者さんに提示して意見を募ることに。

ただ・・・自分の中で釈然としない思いがいくつか溢れていました。

 

1つは、提示内容を変えること。

色々と意見や参加意思を確認していく中で、提示した内容を実施できるかどうか疑問に感じることに。もちろん職員会議で協議した上で出したものだけど、参加する利用者さんの顔ぶれや思いを聞くと、果たしてこのまま実施して良いのかという疑問が出てきていました。

 

それに付随した2つ目の思いは、職員の温度差。

自分がやる気溢れている・・・というわけじゃないけど、「やる」と決まったらやろうとう考えるのが自分。やる以上は一緒に楽しむことを考えるけど、どうも他の職員の温度差を感じる状態。職員間で協議して実施することを決めたけど「引率します」といってくれる職員がいない。いつも一緒に運営を考えながら仕事をしている同僚は自分と同じ考えなので手を挙げてくれていますが、他の職員からは自主的な手が上がらない状態。もちろん期限のある個々の仕事があるのはわかっているけど、現状をわかっていながら積極的な手が挙がらない現状には、釈然としません。

 

さらに付随した3つ目は、変わらない現状。

このままの実施は難しい、もしここで職員が手を挙げてくれれば多少は解決するけど、手が挙がらない。じゃ内容の変更を検討しようとすると他の職員からは「決めたことが変わるのは・・・」の声。

うーん、それじゃどうすればいいの?

 

いや、前提条件が変わってしまうことはよくない。十分にわかっています。

全体で議論して決まったことを変えてしまうので、極論を言えば裁判の判決を覆すくらいのこと。だからそれはできればしたくないけど、総合的に考えたら見直しの必要性も考える。協議して骨子を作ったけど、実施者が負担に感じることを実施するのはどうなのか・・・そんなモヤモヤ感が今週はずっと頭の中にありました。

 

最終的には、施設長の意見で内容の変更。

ただ自分も、施設長に根回しをしていました。今置かれている現状や肌感覚での職員の反応、利用者さんの声・・・あらゆることを施設長に話しながら、自分も「モヤモヤしています」と本音を打ち明けました。そんな思いを施設長も汲んでくれたのかもしれません。

 

もちろん内容を変更せずにできるものなら実施したいです。

そこで誰か職員が「私、行きますよ!」って言ってくれればきっと解決したと思うのですが、それはなかったですね。それがなければ、やっぱり変更はやむをえないのかもしれません。

 

ただ施設長が変更を認めるとは、正直思っていませんでした。

そのことを同僚の職員に話すと「やりやすさを優先してくれたんじゃないですか」とのこと。確かに、実際にイベントを実施するのが携わる現場の職員。利用者さんの意向や思いを尊重したいのは当然だけど、それができなければ意味のないこと。優先すべきことを判断した結果が、これだったのだと思います。

 

でも今回の目的の変更はありません。変わるのは、手段だけ。

手段を変えて当初の目的を達成するので、その辺は許してもらえるかな。

 

今の立場、やっぱり難しいなぁ・・・

色んな人の意見を聞きながら、どう釣り合いを取っていくか。中間管理職ではないけど、やっていることはそんなこと。課長だった時のようなストレスこそはないけど、施設運営の難しさを感じます。それを今まで一人で担ってきた施設長、大変だっただろうなぁ。もっと施設長をサポートしないと。

今日はモニタリングで利用者さん宅を訪問。

その際、自分だけでなく地域活動支援センターの職員さんにもお願いをして同行していただきました。

 

地域活動支援センターは、自分も以前働いていたところ。

今回は「気になる家庭」として知っておいてもらいたい目的で同行をお願いしました。利用者さん自身も地域活動支援センターに立ち寄っているので、そんなこともあり同行をお誘いした経緯でもあります。

 

モニタリングは利用者さんとご家族両方から聞き取り。

ただ自分の目的としては利用者さんよりもご家族の方がメイン。本来、計画相談の立場としてはご本人主導で考えるべきものだけど、このケースに関して言えばご家族・・・特にお母様のケアが必要なケース。自分が計画相談として入ることを決めた1番の目的も、母親支援です。

 

よく言われることなんですが、利用者さんご本人は特に困り事がないんです。

逆にお母様としては、ご本人に外に出て欲しいと思っている。いわば引きこもりの状態。なのでうちの就労継続支援B型にはほとんど通所していませんでした。過去3年間の通所実績は、3回。単純計算で、年に1回の通所。

 

本来こんな通所では、就労継続支援B型には相応しくありません。

自分もお母様から話を聞くまではそんな風に考えていました。ただ実際にお母様から話を聞くと、お母様の苦労がひしひしと伝わってきました。

 

ご本人は外向けにはいい顔をしていますが、自宅ではそうではない状態。

気に入らないことがあれば暴言を吐いたり、時には暴力も振るうとのこと。事実、先月事前に予告して訪問した時もご本人がいなかったためお母様がご本人を呼びに行ったところ「うるせーな!」の怒号が聞こえた状態。お母様、対応に相当苦慮している状態です。

 

これ、いわゆる「8050問題」の典型です。

本人は何かあれば親を頼り、親は本人のためにケアをする。しかし親自身もケアが必要な状態。本来ケアを受けるべき人がケアをしている状態。その状態を目の当たりにして自分たちが支援から撤退する・・・という選択はできませんでした。

 

だから本来相応しくないB型でも、継続した関わりをしています。

うちでは送迎をしていないのですが、例外的にこの利用者さんには実施しています。通所のきっかけを作るとともに、ご本人を通所させている時間だけでもお母様のレスパイトになればと思い、実施しています。

 

もちろんこういうケアを実施してくれるところがあれば、そこに繋ぎたいです。

でも現実問題として、その受け皿がありません。受け皿がないのに支援を切ってしまうのは、やはり専門職としてできない対応。一方で自分たちだけで受け止めるのも限界がきます。

 

そんなこともあって、今回は他の機関の職員にも同行をお願いしました。

もちろん同行してもらってすぐに何かしてもらえるとは思っていませんが、少しずつこの家族につながる機関を増やしていくことで支援を強めていきたいと思っているのが自分の狙いです。やはり自分とうちのB型だけでやっていくには困難なケースです。だから他の機関も巻き込みながら対応していけるのが望みです。

 

現状として、うちの自治体には社会資源が豊かではありません。

さらに地理的な社会資源の偏りもあります。なので周辺地域も社会資源は決して豊かではなく、それが支援の限界を生み出してる状態でもあります。

 

そんな中でできることは、やはり限りある資源をどう活かすか。

うちのB型の使い方も決して本来的な使い方ではないけど、限りある資源の活用という意味では、活用していくことも必要なのだと思います。

 

もちろんうちの経営的には赤字かもしれません。

作業にも参加するのが難しいですし、正直支援を行っても収入的にはなんのメリットもありません。国が示す「就労継続支援B型」のあり方とは完全に真逆の支援です。でも資源がなく、かつそこに支援を必要とする人がいるのであれば、支援しないという選択はあり得ません。支援をしなければ、網の目からこぼれ落ちます。

 

確かに就労継続支援は仕事を通じて支援を行うのが本来の役割です。

でも現実にはそこまで辿り着けない人がいるのも事実で、本来であれば「生活介護」という枠で支えたい人がいるにも関わらず、様々な理由でその枠に入れない人がいるのも事実です。特に精神障害の人に特化した生活介護が少ないため、うちみたいな支援を行わざるを得ない事業所も多いのではないかと思います。

 

本来的にはうちみたいな支援の「セーフティネット」は公でやるべきと思います。

でも実際のところ、直接的な支援をやっている自治体は皆無かなと思います。役所では「相談を受けます」というけど、きっともっと直接的な支援を求めているケースの方が多いとも思います。でも民間では経営の観点から、採算の取れないことはなかなかやりにくいです。それは相談支援も同じで、そのことは何度もここで書いている通り。

 

であれば、やはり財政的な支援は必要です。

公でできないのであれば民間にお願いする分、財政的援助をすることで網の目からこぼれ落ちない支援ができるのではないかと感じるところもあります。困っている人はまだまだいるはず。その辺も国には考えて欲しいものです。

アメブロを始めたのは、以前のブログの延長線上で始めたのですが・・・

そもそものブログを始めたきっかけは、自分の仕事を知ってもらうためです。

 

この仕事を始めて20年目を迎える自分。

当時の自分はなんの経験もなく、学校を卒業したばかりのルーキー。そんな自分が唯一の武器としたのは、社会福祉士という資格。

 

自分が社会福祉士の試験を受けたのは、資格ができて15年目のこと。

当時はまだ社会福祉士に関する情報もそんなに多くなく、今ほど社会福祉士に関する話題は多くありませんでした。そんなこともあって、社会福祉士の仕事を紹介して少しでも多くの人に福祉の仕事を知ってもらいたい、社会福祉士という資格を知ってほしいとの思いからブログを始めました。

 

ブログを始めた当時に掲げたのは「毎日更新」ということ。

某子ども向け通信教育ですら三日坊主だった自分ができるわけない・・・と思っていたのですが、毎日更新の生活は約6年続きました。その後も毎日ではないものの、毎日に近いペースで更新を行い、アメブロに移ってからも細々と続けてきました。

 

前身のブログを始めたのが、2004年1月のこと。

そこから数えると、ブロガー歴は19年3ヶ月。まぁ、大したことは書いていませんけどね。

 

今は何を書いているかというと・・・以前よりは自由かもしれません。

もちろん仕事のことも書いているけど、仕事のことだけでなくちょっと気になったことも普通に書くようになり、仕事に限らなくなりました。

 

あと、自分の体調のことも書いていますね。

自分自身が体調を崩したことのある身、そして今現在も治療を続けている立場として感じることや思うことも書き綴ることがありますね。

 

ここまで自由に書けるのも、基本的に誰にもこのブログを存在を話していないこと。

職場の人はもちろんのこと、古くからの友人にもこのブログの存在は話していません。(まぁ偶然見つかってしまったケースは稀にありましたが・・・)

 

誰にもこのブログのことを明かさないことは・・・ホント、自由に書けます。

「自由」だからといって無責任に書いているわけではなく、自分の素直な気持ちや感情をそのままありのままに書くことができるからこそ、自分の伝えたいことを包み隠さずに話せているのだと思います。

 

それは自分の病気を明かすことも同じかも。

面と向かって「自分って・・・」というのは結構話しにくいけど、こういった場で話すのは比較的ハードルが低いです。なので希死念慮を感じた経験も普通に話せます。なかなかそんなこと、身内には話せないです。やっぱり心配させてしまうという思いが先行してしまうので。

 

そんな「誰にも教えていない」ところだからこそ、色々と書くことができています。

多分「知っている人が見ている」と思ったらこんなに書くことができないと思います。第三者の人が見ているから、現場のリアルや今の自分の本音を書けるのかなと感じています。

 

まぁ19年もブログを続けていたら、書き方にも変化はあると思います。

19年前とは経験値が違いますし、それによって考え方も変わります。以前は資格だけが武器でしたが、今は資格以外の武器も身につけています。立場も変わり、現場で支援するだけでなく指導する立場にもなりました。なので、19年前の内容に比べたらだいぶ変わってきていると思います。

 

ただ「伝えたいこと」を書くことは、変わらずに続けたい。

ブログを書く一番の原動力は「この現実を伝えたい」ということ。自分も知らないことがまだまだあるけど、世間にはまだ明らかになっていない・認知されてないこともたくさんあります。だからこそ「現場の声」「当事者の声」として書き続けたいと思っています。

 

ちょっと今日はイレギュラーですが、書いてみました。

 

ブログを始めたきっかけ

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新年度になりました。

理事会も無事終了し、新しい年度が始まりましたが・・・実際のところはそんなに「年度始まり」を実感しているわけではありません。前回のブログでも書いた通り、今年度はなんとかして収入を上げたいです。

 

そんな中、よくもそんなに・・・なんて話が。

 

いやぁ、ひどいですね。

不正請求の額、2億2800万円。どのくらいの期間をかけてこれだけの不正請求をしたのかは分かりませんが、額としてはあまりにも多すぎます。それだけ、悪質ってことですよね。処分内容を見ると、不正請求の他に工賃の一部を利用者さんに支払わずそれを法人会計に流用していたらしいですから、ひどいものです。

 

ただ、この処分はある種「おまけ」みたいなもの。本当の処分は、こっち。

 

興味ある人はどんどん調べていただければと思うけど、こっちが主たる処分。

この処分をするために監査をし、合わせて関連施設を監査したところ不正請求も見つかったというのが同時処分の顛末だと思います。

 

まぁ個人的には処分されて当然・・・というか、遅いくらいです。

自分がこの地域で仕事をしていた時からこの法人(当時は別名義のNPO法人格や営利法人格で運営。今でもその法人格は存在しています。)の悪い噂は大変多く聞いていました。市も虐待の話を聞いてはいましたが、その時は明確な確証がつかめない状態だったこともあり手が出ませんでした。個人的にも近くで働きながら何もできないことに忸怩たる思いがありました。

 

とはいえ、一方で行政などもこの施設を「利用」していたと思います。

このグループホームの特徴は、他のホームでは支援が困難な人を積極的に受け入れていました。そこには行政も依頼することもあり、対応が難しいケースを受けることで一定の発言力を得ていたような気がします。

 

うん、この構造って「滝山病院事件」と同じですよね。

滝山病院事件も身寄りのない人や他の精神科病院では受け入れの難しい患者さん、行政からの依頼で入院を受け入れていました。その結果ズブズブの関係になり、病院側が力を持つ構造が生まれてしまいました。

 

両方の施設とも言えるのは、どこか「必要悪」の存在としていたこと。

滝山病院の場合は「引き受けてのない患者」を受けることで自分たちを優位な立場に持っていこうとしていた部分があります。自立支援塾も同じように「支援の難しい利用者」を受け入れることで「大変な利用者を受けている」ことを示しながら行政に対して優位な立場を形成していたのではないかと思います。

 

だからこそ、そろそろ「必要悪」を断ち切らないといけないです。

必要悪って、みんな「悪」って認めているんだから、悪いんですよ。悪いとわかっていながら自分たちの力量不足や責任逃れから、必要悪を認めているんです。どこか「仕方ない」「しょうがない」と思っているところがあるんです。だからこういった輩が存在してしまうんです。

 

これ、自分に言っているところもあります。

この法人と同じ自治体で働きながら、何もできなかった自分。一度この法人(この法人の理事長)が運営する施設に見学に行った時、施設に通されて見た光景は驚くものでした。自分は普通に施設に入ったけど、利用者さんの玄関はチェーンを巻かれ自分たちの意思では出られない状態。明らかに異様でおかしい状態。でもその時の自分は何も言えませんでした。

 

市の福祉祭りでも、職員が利用者さんに手をあげる場面がありました。

直接の目撃ではないものの、自分たちが参加していたブースでお客さん対応をしている時に、どこからもなく乾いた音が響き、誰かを引っ叩いた音とすぐにわかりました。周りを見てみると、その施設の職員が利用者さんを引っ叩いたみたいで、直接その光景を見ていたお客さんが引っ叩いた職員を問い詰めていました。そんな状況にも関わらず、引っ叩いた職員の同僚たちは、ただただ取り巻いて見ているだけ。何もせず見ているだけで異様でした。

 

その後もこの法人の理事長と何度か会うことがありました。

しかし運営のおかしさを指摘することはできませんでした。利用者さんへ接する態度も疑問に思う部分がありましたが、指摘することはできませんでした。はっきり言えば、色んな意味で自分が未熟だったんですよね。知識も経験も、技術も心も。

 

きっとこういう施設や病院は、本当に氷山の一角かもしれません。

必要悪を排除するのに、小さな力では太刀打ちできません。排除するためには大きな力が必要です。そのためには社会全体で動くことが必要で、こういった施設や病院があることを社会がしっかりと認識していくことが重要だと思います。なので、自分も言える範囲のことをここで書いて見ました。

 

必要悪、退場です。必要悪に屈しない、強い心を持ちたいです。

自分の収入が上がれば喜ばしいものです。

でもそれ以上に職場の収入も上げたいものです。

 

職場(施設)の収入の多くは、国からの税金。

税金って言うとざっくばらんすぎるけど、国が決めた障害福祉サービスの報酬がほとんど。そこに様々な補助金をもらって施設運営を行なっています。

 

ですが、うちの施設は決して裕福ではありません。

むしろ、赤字がどんどん重なっていると思います。その赤字の理由は、言うまでもなく自分。自分がいることで施設としては赤字になっています。

 

施設を運営するには、さまざまな基準が存在します。

その基準の中に「人員配置基準」と言うものがあり、施設を運営するには最低限この人数の職員を配置しなさい、の決まりに基づいて運営をしています。もちろんうちの施設はその基準を満たしており、むしろ基準以上の人員配置をしています。

 

普通に人員配置をしていればそこまで赤字にならないのですが、うちはちょっと違う。

と言うのは、自分を1人多く配置していることにあります。普通に職員を多く配置してもそう簡単に赤字になることはないのですが、うちの場合は自分を「配置」していないにも関わらず雇用しているところ。

 

普通に聞くと変なことを言っているような感じですが・・・

ここでも何度か話しているように、自分の本職は「相談支援専門員」で、相談支援事業の職員として採用されています。なので配置上は相談支援事業に属しています。しかし相談支援事業は採算の取れない事業で、自分がどんなに頑張って働いても自分の年収分の収入を得ることができない状態。

 

そのため、自分の人件費を別の事業部門から捻出している状態。

赤字の原因はまさにこれで、自分を雇用しなければ赤字にはなりません。自分を雇用することで施設が赤字になっている・・・赤字の理由が自分というのは、そういう意味です。

 

ただ施設長としては相談支援事業を重視しており、それで採用された自分。

そのことが自分でもわかっているので、相談支援事業に属していても、実際には就労継続支援の仕事もしています。配置上として自分のことは位置付けられていませんので、ある意味「影の職員」として働いている状態です。

 

とはいえ、この状況が良いわけありません。

理事会を前にその辺のことを施設長からも相談されました。自分としては、自分さえいなければ頭を抱えないで澄む問題なので、本当に申し訳ないところ。となれば、自分もいかに施設の収入を上げるかを考えなければいけません。

 

そんなところで今年度導入したのは、地域協働加算の算定。

お恥ずかしい話、うちの施設は就労継続支援B型でありながら、月額平均工賃が1万円に至らない事業所。そのため障害福祉サービスの報酬は1番低いランク。1つ上の報酬ランクに上がるには結構大変そうな感じなので、少ないなりに少しでも収入を増やすために考えたのは、条件を満たせば算定できる「地域協働加算」を得ること。

 

その結果、昨年度に比べ少しだけ収入を上げることができました。

しかし・・・自分のお給料を穴埋めできるほどの収入にはなりませんでした。もちろん報酬上は「加算」という扱いなので、莫大なお金を得られる物ではありません。とはいえ自分が思っていたよりも加算が取れなかったと感じたのが実際。

 

もちろんこの加算をもっと取れるようにしていくのも大事。

でもそれだけではまだまだ穴埋めができないので、もっと自分が努力して収入を得られるよう考えていくことも必要。

業種は違うけど、ちゃんと取り組んでいるところもあるんです。

 

そう、こうやって努力しなきゃいけないんですよね。

国の報酬だけを当てにしていてはダメなんですよね。自分たちで努力して収入を増やすことをしなきゃ経営はダメなんですよね。

 

まぁ経営の専門家じゃないのでセンスはゼロだけど・・・

でもこういう話を聞くと、できる努力はしなきゃダメなんだなぁ・・・とつくづく感じます。来年度からは社会福祉士の実習を受け入れる予定だけど、実習は受けられるものなら積極的に受け入れることも必要かなと感じています。

 

大した経験じゃないけど、実習生を受け入れることなら自分も力になれるかな。

特にうちの施設は精神障害の方に特化した施設だから、やっぱり精神保健福祉士の実習生も受けれることがあってもいいのかな。実習生を受け入れることは決して楽なことじゃないけど、でも外の風が入ることは施設にとっても職員にとっても利用者さんにとっても刺激になっていいこともあるはず。ここは一つ、自分も頑張らないと・・・かな。

 

あ、もちろん無理は禁物なので、できる範囲で。

ただ赤字の解消は・・・やっぱり、なんとかしなきゃ。