むかしから、それがもう、かなり昔から、
いちど読んでいらい、ずっと気になっているフランツ・カフカの超短編
「法の前で(Vor dem Gesetz)」って作品があるのだけれど、
ネット上でも
http://de.wikisource.org/wiki/Vor_dem_Gesetz
ここでなら原文を読めるのだが、
ちょっと難しい。
そこで、さらにネットを漁れば、おなじみの青空文庫に翻訳があるので、
http://www.alz.jp/221b/aozora/vor_dem_gesetz.html
ざっと目を通してみると、
しかしこれはまた、どこかヒドいような、こむずかしいような、奇妙珍妙な訳文、
というか、
独自路線なそのタイトルのせいもあり、困った気分にさせる代物なので、
正直なとこ、あまり参考にしたくない。
だから、
むしろ、おなじ青空文庫の、原田義人訳「審判」のなかの第9章、
http://www.aozora.gr.jp/cards/001235/files/49863_41911.html
ここでの会話に埋め込まれた、
同内容のエピソードが、日本語としては読みやすいと思う、
が、が、やはり、すごく気になる箇所があって、原文で確かめたくなる。
(そういう箇所が、4箇所ほどあるのだ!!)
というよりも、まず、タイトルなんだよね~。
なぜ素直に、「法の前で」、と訳さないのか!?、とおもう。
いやはや、
光文社新訳古典文庫(丘沢静也訳)でも、
「掟の前で」となっているのだから、
なんとなくイヤな先例の踏襲というか、不可解な慣習、因習、旧弊、惰性、
そのようなものが、ふかく根付いてしまっているのであろうか・・・
まったく、
「掟」とは、古臭すぎる・・・とおもうのである。
Gleichheit vor dem Gesetz というコトバがあって、
これは、
「法の前の平等」(法の下の平等)っていう著名な法学上の概念で、
その「法の前」をそのまま使ってあると考えたほうが、
おもしろい。
だって、「法の前の平等」を享受できない、悲惨な主人公の話じゃないの?
コレは、
「ああオレだけ、なんでこんなことになるんだ」、と思いながら死んでいく主人公。
その悲劇性。
(たぶん、主人公の知らない別の門があり、そこでは誰もが、自由に、平等に、往来しているのだ。
それなのに、この田舎者の主人公だけが、選別され、足止めされ、不公平を強いられる。)
法の救済を受けられない人々の苦悩という問題は、いまでも
しばしばニュースになってとりあげられる現在的なテーマだよね・・・