NHKニュ~スの最近の傾向(?)について | リトル・プーリームのプラスティック・スリル・ブログ

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テレビの低級化に抗し、マジで音楽を憂い、予言蔓延する世に悩み、
焦り多き家庭に困り、後悔伴う仕事に苦しみ、レーザー的に精密な
日本語の駆使に迷う中年男の見込み違いとニガリきった日々のアレコレ。


NHKのニュースを見ていると、次から次に"偽ニュース”

あるいは"偽事件"と私が呼ぶことにしている

各地の「訓練」のようすを

まったりと放送する映像に

出くわすことが、近年とみに多くなった・・・ようだ

私の体感であるが。

(他方、民放の「ニュース」には、飲食店のメニューの話題が多すぎる)


「訓練」

と画面の端に表示されると、私はシラけ、知性の渇きを覚える。


世の中には、防災訓練なり、防火訓練なり、避難訓練なり、

さまざまな「訓練」が存在し、

これらが、毎日のニュース番組には欠かせないらしく、

間が持たない、

という事情があるのだろう(*_*)。

また「偽ニュース」か・・・と、呆れながら、にがにがしく

馬鹿馬鹿しい思いで眺めている日々だ。


"事件性"、"新奇性"、"ニュース性"の全くない退屈な話題で、

時間を費やす「報道」の現場とはなんだろうか?

そこには、ジャーナリスト精神というのはみじんもないではないか?


予告された「訓練」の時間に、いそいそと「取材」に行くことを繰り返しているのは、

ずいぶん、らくなことだろう。


そういえば、尖閣諸島の問題でも、度重なる中国軍の挑発的行動せいで、

自衛隊の「訓練」に支障が出ているらしい、と

ニュースで伝えられていた。

これも、きわめて滑稽で、面白い話である。

いやいやいや、かなり笑わせてもらった。むろん失笑である。


つまり、このところ、報道関係者には、事件性というものへの興味が失われ、

行政の一部と化して、「訓練がありました」旨を連絡することで

自足する、怠惰な脳みそしか見受けられなくなってきたのかもしれない。


それはともかく、

「訓練」ばかりが、立て続けにニュースとして扱われているのを見ると、

日本が、いかに平和で、何も起きない国であるか、

交通事故もなく、火事もなく、汚職もない・・・・・・

そんな現代日本のイメージがくりかえし強化され、

しみじみとした無感覚、あるいは、むなしい幻想へといざなわれてゆく。