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リトル・プーリームのプラスティック・スリル・ブログ

テレビの低級化に抗し、マジで音楽を憂い、予言蔓延する世に悩み、
焦り多き家庭に困り、後悔伴う仕事に苦しみ、レーザー的に精密な
日本語の駆使に迷う中年男の見込み違いとニガリきった日々のアレコレ。

先日、BS朝日『ベストヒットUSA』で、1984年の「年間TOP20」をやっていた。
約30年前のヒット曲が並んだ。


懐かしいものもあれば耳慣れないのもあり、バラエティに富んで面白かった。

参考のため、20位から1位をメモしておく。


20 DURAN DURAN "The Reflex"
 これは、リミックス的な構造の先駆け的な名曲。


19 STEVIE WONDER "I Just Called To Say I Love You"
 メロディの出来が良く、文句の付けようがない平明で素朴な「善良」曲。


18 TINA TURNER "What's Love Got to Do With It"
 重々しく、ドラマティックでイイ曲だが、大御所演歌的な部分はある。


17 STEVE PERRY "Oh Sherie"
 聴きなれない曲だが、ジャーニーのヒット曲と、ソロはどう違うのか?


16 CULTURE CLUB "Karma Cameleon"
 軽快な曲でうんざりするほど耳にしたが、どこか陰気で好きじゃない、暗~いバンド。 


15 YES "Owner Of A Lonely Heart"
 トレヴァー・ホーンさまさまの名曲。エグみがあって、キッチュ。
 本来のYESには書けない、引き締まった面白い曲である。 


14 CHICAGO "Hard Habit To Break"
 (甘いと言われるのを覚悟で)好きな曲だと言っておく。

 一時、シカゴ・バラードには、ハマった。


13 BRUCE SPRINGSTEEN "Dancing In The Dark"
 この頃のブルースには、いまだ親しみがない。

 まあ、オレの年齢不足、勉強不足だろう。


12 WHAM! "Wake Me Up Before You Go-Go"
 ワム!を代表する、謎のヒット曲。ダサい曲であり、ヒットした理由が分からない。

 

11 Deniece Williams "Let's Hear It For The Boy"
 軽快な黒人女性の曲。デニース・ウィリアムズは最近忘れられていると思う。


10 DARYL HALL & JOHN OATES "Out Of Touch"
 ホール・アンド・オーツといえば、この曲。ポップの体現者。

 ズッシリ来るリズムがたまらない。


9 CYNDI LAUPER "Time After Time"
 シンディ・ローパー一世一代の名曲。これがセカンド・シングル。

 はじけた小娘のイメージで飛び出したシンディだが、デビュー当時30歳。 


8 LIONEL RICHIE "Hello"
 聴きなれないし、歴史から消えてもいいような凡曲。


7 PRINCE & THE REVOLUTION "Let's Go Crazy"
 プリンスが、チャートの上位に2曲も。これぞ80年代の新しい音楽世界。
 だが、「パープルレイン」から抜き取ったPVが酷い出来で、観てると寒い。


6 JOHN WAITE "Missing You""
 フツウの曲。ジョン・ウェイトってのは誰だか分からない。


5 RAY PARKER JR. "Ghostbusters"
 ほかにヒット曲があるのか?レイ・パーカーJr.に対して、いつも起きる疑問。


4 KENNY LOGGINS "Footloose"
 うんざりするほど聴かされてきた曲。能天気すぎて困惑させられる。


3 PRINCE "When Doves Cry"
 プリンス=80年代に現れた新現象。異空間的なダークな音世界。
 これまた「パープルレイン」から抜き取ったPVは最悪、
ど素人の演技がかなり寒い。 


2 PHIL COLLINS "Against All Odds"
 フィル・コリンズ、日本でいえば武田鉄矢か、西田敏行的な存在か?

 ちょっと滑稽で、もてない善良男が、ヒトの琴線に触れる歌をうたいあげ、

 おおいに共感を呼ぶという構造があった。


1 VAN HALEN "Jump"
 オレは、デイヴィッド・リー・ロスは過小評価されすぎていると思う。
 あの軽薄なキャラのせいだろう。

 が、しかしユダヤ人家系の生まれで、親戚は医者だらけ。父親も眼科医で大金持ち、デイヴ自身も、若い頃は病院の用務員、ヴァン・ヘイレンを抜けた後は、救命士として働いたらしく、特殊な奉仕精神、というか医者志向の持ち主である。
 しゃべりだせば止まらないが、邪悪さは無く、日本の武道をマスターしており、日本語もペラペラ。

 デイヴ・スペクターに劣らぬ親日家のようだ。

 この曲については、若干物足りない部分はあるが(ふわふわした間抜けなシンセの音、どうにかならないか?)、チープなPVのインパクト(キテレツ・キャラのデイヴと、「人たらし」的なスマイルのエディ)で、年間1位もうなづける。





評論家・加藤典洋って何者だろうかと思い、調べてみたが、経歴がハッキリしない。
今では、早稲田の教授らしい。


だが、加藤には大卒の学歴しかないようだ。


はなから大学院には進学せず、でも、教授になっている人間というのが、この「国際教養学部」には、他にもいる。
オレは調べて驚いた。

北朝鮮の専門家・重村智計や、哲学者・竹田青嗣も、ここの教授で、やはり大卒という学歴しかないのである。

院には行かずに、大学教授になってるわけだ。
まったく怪しげな学部だ。


となれば、さらなる疑問が沸くのも当然で、早稲田の「国際教養学部」って、いったいどういう場所なんだ?と訝ることにもなる。


いちおう、大学院も存在するようだが、2013年に出来立てホヤホヤ(博士課程がまだ出来ていないという中途半端さ)の院で、そして、竹田や重村は、自分は「大卒」なのに、院でも教えているようだ。

むむむ、こういうのはアリなのだろうか?
そして、この学部は、一体何が狙いなのだろうか…


ちなみに、これといった試験なしで、大学院(「国際コミュニケーション研究科」)は入試を行っているらしい。
まあ、ほとんど誰でも入れるに等しいところなのだろう。


検索すると、日本経済新聞の記事に、こういうのがある。


**************************************************
たとえ「9月入学」導入しても… 大学国際化を阻む壁
2011/7/19 7:00
(…)
■英語で講義ができない教員たち
 「えーと、この単語は何と言うんでしたっけ……」。40代後半の教員が英語で講義する授業。電子辞書を引き、授業が中断する回数は90分の授業で5回以上にもなる。それでも単語がわからないときは、前列に座る留学生に質問をする。
(…)早稲田大学国際教養学部3年のAさん(女性)が昨年履修した授業の一場面だ。(…)
 2004年に設立された国際教養学部。 学生の約3分の1が留学生や帰国子女などの海外出身者で、ほぼ全ての授業が英語で行われている。 日本でも国際化が進んでいる学部だが、英語で満足に講義ができる教員の数は足りないようだ。
 同学部の常勤教員の約4分の3は海外で学位を取得している一方で、非常勤教員を中心に英語の能力が不十分なケースが見られるという。
(…) 
**************************************************


クチコミを検索すると、こういう言葉が目に付いた。


「留学生と帰国子女を受け入れたいがための学部だからな
全部英語で授業やるから日本でしか育ってない入学生は、留年者、退学者続出してるがな」


「早稲田の国教はね、大学が政府におもねり大量8千人もの留学生を引き受けるための入れ物として作られたの。 それも、ほとんどが中国・韓国人。」


なるほど…

すると、「国際教養学部」の卒業生たちは、大学院には進学しないのだろうか?

国際企業に就職して、めでたく終わりなのだろうか。


とにかく、なんだかよく分からない学部がアレコレ存在したり、得体の知れない教授たちが幅を利かせていたりするのは、いかにも早稲田らしい。


国際教養学部は、「ゲンダイ早稲田」のシンボル的な場所のようだ。



話は戻るが、加藤典洋は、なぜ村上春樹研究に熱心なのだろうか?


村上春樹の作品は(全部は読んだことはないが)、研究しても仕方がない類のものではないか?

物語のパターンに当てはまります、というだけのことなら、次の作家、ほかの作家を研究するのが、順序であろう。


つまり、もし「研究」する気なら、村上春樹的なものすべてを、まとめて羅列・比較しながら、産業ロック・アーティストのカタログ作りのように、あっさり紹介するのが、「やり方」なのではないかと思う。


TOTOだけを研究しても仕方がないじゃないか。比ゆ的に言えばそういうこと。


ポップ音楽をやるなら、エイジア、ジャーニー、TOTO、フォリナー、ボストンetcを、ひとくくりにして「比較研究」(っていうほどのもんでもないが)しなければダメだ、ということを、オレなら感じる。


村上春樹(だけの)研究家という存在は、相当カッコ悪いぞ……

そのダサさという点で、「TOTO研究家」を看板に掲げて商売するようなもんだ。


だから、加藤の本も読む気が一向に起きないのである。



2013年6月9日……いつ「ロックの日」に決まったのか??

それはともかく、「MUSIC ON! TV」(エムオン)で放送された『ロックの日記念! 伝説の洋楽ロックヒーローズ特集』ってのは、ヒジョーに選曲が優れた2時間番組であった。

その感想を述べる。


まず、1人(組)1曲ずつのPVアンソロジーという構成。

これは良かった。

選曲と曲順には、頭を使ったと思う。

TVを観ながら、次は何だろうという予測の楽しみがあった。


そして、ギターの鳴り具合を重視し、アップテンポのロックの代表曲を、無駄のない配列で流し続けるセンスの良さ、ノリの良さには、パワーがあった。


ヒップホップマニアのオレも、輝かしいロックの歴史をじゅうぶん堪能できた。


下記のオンエア・リストを見れば分かるが、この「ロックヒーローズ」にビートルズは含まれていない。少し意外な点かもしれない。
が、もちろん、ビリー・ジョエルやカーペンターズやサイモン&ガーファンクルは除外されている。エルトン・ジョンも、アバもいない。

ぬるい連中をカットしている。


ギタリストの崇拝を受けているようなバンドだけが選出されたわけだ。


【オンエアリスト】
・JUMPIN’ JACK FLASH / THE ROLLING STONES
・I GET AROUND(T.A.M.I PERFORMANCE) / THE BEACH BOYS
・MY GENERATION / THE WHO
・LIGHT MY FIRE / THE DOORS
・GET IT ON / T-REX
・BLACK DOG / LED ZEPPELIN
 (まずここまでは、納得のレジェンダリーなラインナップ)

・DRAW THE LINE / AEROSMITH
・DON’T STOP ME NOW / QUEEN
・I WAS MADE FOR LOVIN’ YOU / KISS
 (上の3組は、ちょっと色物系)

・ANARCHY IN THE UK / SEX PISTOLS
・IN THE CITY / THE JAM
・ROCK’N'ROLL HIGHSCHOOL / RAMONES
・ROCK THE CASBAH / THE CLASH
・DO IT AGAIN / THE KINKS

 (このあたりは、とんがったパンク色が濃厚なバンド)
・SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES / BOB DYLAN
・LOVE OR CONFUSION / JIMI HENDRIX
・BIG TIME / NEIL YOUNG & CRAZY HORSE
・HEROES / DAVID BOWIE
・BORN TO RUN / BRUCE SPRINGSTEEN
 (ここまではソロである)

・HOTEL CALIFORNIA / THE EAGLES
・COCAIN / ERIC CLAPTON
・DON’T BE CRUEL / CHEAP TRICK
・NEW YEAR’S DAY / U2
・LOVE WILL TEAR US APART / JOY DIVISION
 (ここまで、ややソフト)

・JUMP / VAN HALEN
・WELCOME TO THE JUNGLE / GUNS N’ ROSES
・THUNDERSTRUCK / AC/DC

 (最後の3組は、ハード)


鑑賞してみて、こりゃスゴいと感じたのは、フーの「マイ・ジェネレーション」(ピート・タウンゼントの機材の破壊っぷり、マイク・スタンドでギターを弾く荒業)と、確信に満ちたドアーズ(ジム・モリソン)の図抜けたカリスマである(ルックスはイマイチなのだが…)。


そして、ラモーンズ「ロックンロール・ハイスクール」~クラッシュ「ロック・ザ・カサバー」~キンクス「ドゥー・イット・アゲイン」という3曲立て続けのPVの完成度の高さ。
この辺は白眉だったといえるだろう。


不思議だが、面白かったのは、チープ・トリックの選曲(プレスリーのカバー)。

彼らだけは、オリジナル曲に、ロック色の強い代表曲が無かったのか?


まあ、それにしても、なぜ「ロックヒーロー」に、ビーチボーイズが入ってくるのか、世代的に見て、不思議なところがある。

オレには、ビーチボーイズの歴史的な衝撃度がイマイチ分からない。


ところで、改めてロック・ヒーローとは何か?


歌は必要である(その証拠に、ジェフ・ベックは選ばれなかった)。


しかし、抜群の歌唱力というのは、ロックヒーローの条件ではない。
たとえば、ロバート・プラント、スティーヴン・タイラー、フレディ・マーキュリー、ドン・ヘンリー、アクセル・ローズといった面々は、異常に歌の上手い、というか、美声の持ち主であろう。


が、別に、これがなくてもロック・ヒーロたりうるのである。


代表が、ジョン・ライドン、ジミ・ヘンドリックス、ニール・ヤング、デヴィッド・ボウイ(あるいは、ミック・ジャガー、ジョン・レノンやジョイ・ディヴィジョンを入れてもいいかもしれない)。

彼らは、まったく歌わない。

声を出しさえすれば、ロックな味わいが立ち昇る。

上手く歌い上げてやろうとする力みがない。

「歌う」ことに対するコンプレックスが無いのだ。

そこでは勝負をしない、その姿勢が、逆にカッコいい。


残念ながら、近年のロック・バンド、ロック歌手には、この手の堂々たる「語り系」のアーティストが少ないようだ。

磐石の自信が無ければ、大衆に向かって「語りかける」ことは難しい。


いずれにしろ、今回の人選・選曲では、ギターがうなり声を上げるサウンドを、一番重視していると思われた。だから、ジョン・レノンは除外されたのだろう。

そういえば、ザ・ポリスも、はずされていた。
あと、女性ロッカーも出てこなかった(ジャニス・ジョプリン、パティ・スミス、ザ・プリテンダーズなどなど)。なぜだろう……


結局、オレの印象では、この特別番組は、「男性ギタリストのあこがれるロック・ヒーロー・ベスト24」(1960-70年代デビュー(ガンズを除く))という感じだった。

しかし、全編に渡ってテンションが高く、お腹いっぱい感の強い、お得なイイ番組であったと思う。