早稲田大学国際教養学部教授・加藤典洋とは? | リトル・プーリームのプラスティック・スリル・ブログ

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テレビの低級化に抗し、マジで音楽を憂い、予言蔓延する世に悩み、
焦り多き家庭に困り、後悔伴う仕事に苦しみ、レーザー的に精密な
日本語の駆使に迷う中年男の見込み違いとニガリきった日々のアレコレ。

評論家・加藤典洋って何者だろうかと思い、調べてみたが、経歴がハッキリしない。
今では、早稲田の教授らしい。


だが、加藤には大卒の学歴しかないようだ。


はなから大学院には進学せず、でも、教授になっている人間というのが、この「国際教養学部」には、他にもいる。
オレは調べて驚いた。

北朝鮮の専門家・重村智計や、哲学者・竹田青嗣も、ここの教授で、やはり大卒という学歴しかないのである。

院には行かずに、大学教授になってるわけだ。
まったく怪しげな学部だ。


となれば、さらなる疑問が沸くのも当然で、早稲田の「国際教養学部」って、いったいどういう場所なんだ?と訝ることにもなる。


いちおう、大学院も存在するようだが、2013年に出来立てホヤホヤ(博士課程がまだ出来ていないという中途半端さ)の院で、そして、竹田や重村は、自分は「大卒」なのに、院でも教えているようだ。

むむむ、こういうのはアリなのだろうか?
そして、この学部は、一体何が狙いなのだろうか…


ちなみに、これといった試験なしで、大学院(「国際コミュニケーション研究科」)は入試を行っているらしい。
まあ、ほとんど誰でも入れるに等しいところなのだろう。


検索すると、日本経済新聞の記事に、こういうのがある。


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たとえ「9月入学」導入しても… 大学国際化を阻む壁
2011/7/19 7:00
(…)
■英語で講義ができない教員たち
 「えーと、この単語は何と言うんでしたっけ……」。40代後半の教員が英語で講義する授業。電子辞書を引き、授業が中断する回数は90分の授業で5回以上にもなる。それでも単語がわからないときは、前列に座る留学生に質問をする。
(…)早稲田大学国際教養学部3年のAさん(女性)が昨年履修した授業の一場面だ。(…)
 2004年に設立された国際教養学部。 学生の約3分の1が留学生や帰国子女などの海外出身者で、ほぼ全ての授業が英語で行われている。 日本でも国際化が進んでいる学部だが、英語で満足に講義ができる教員の数は足りないようだ。
 同学部の常勤教員の約4分の3は海外で学位を取得している一方で、非常勤教員を中心に英語の能力が不十分なケースが見られるという。
(…) 
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クチコミを検索すると、こういう言葉が目に付いた。


「留学生と帰国子女を受け入れたいがための学部だからな
全部英語で授業やるから日本でしか育ってない入学生は、留年者、退学者続出してるがな」


「早稲田の国教はね、大学が政府におもねり大量8千人もの留学生を引き受けるための入れ物として作られたの。 それも、ほとんどが中国・韓国人。」


なるほど…

すると、「国際教養学部」の卒業生たちは、大学院には進学しないのだろうか?

国際企業に就職して、めでたく終わりなのだろうか。


とにかく、なんだかよく分からない学部がアレコレ存在したり、得体の知れない教授たちが幅を利かせていたりするのは、いかにも早稲田らしい。


国際教養学部は、「ゲンダイ早稲田」のシンボル的な場所のようだ。



話は戻るが、加藤典洋は、なぜ村上春樹研究に熱心なのだろうか?


村上春樹の作品は(全部は読んだことはないが)、研究しても仕方がない類のものではないか?

物語のパターンに当てはまります、というだけのことなら、次の作家、ほかの作家を研究するのが、順序であろう。


つまり、もし「研究」する気なら、村上春樹的なものすべてを、まとめて羅列・比較しながら、産業ロック・アーティストのカタログ作りのように、あっさり紹介するのが、「やり方」なのではないかと思う。


TOTOだけを研究しても仕方がないじゃないか。比ゆ的に言えばそういうこと。


ポップ音楽をやるなら、エイジア、ジャーニー、TOTO、フォリナー、ボストンetcを、ひとくくりにして「比較研究」(っていうほどのもんでもないが)しなければダメだ、ということを、オレなら感じる。


村上春樹(だけの)研究家という存在は、相当カッコ悪いぞ……

そのダサさという点で、「TOTO研究家」を看板に掲げて商売するようなもんだ。


だから、加藤の本も読む気が一向に起きないのである。