『怒れる批評家・宇野常寛』(NHK・Eテレ) | リトル・プーリームのプラスティック・スリル・ブログ

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テレビの低級化に抗し、マジで音楽を憂い、予言蔓延する世に悩み、
焦り多き家庭に困り、後悔伴う仕事に苦しみ、レーザー的に精密な
日本語の駆使に迷う中年男の見込み違いとニガリきった日々のアレコレ。


NHKのEテレで、『“ノンポリのオタク”が日本を変える時 ~怒れる批評家・宇野常寛』という1時間番組があったので、だれだろ?とおもいながらみてみたら、さっぱり感心しない番組で、とにかく番組の構成・編集が酷い。


まさに、近年のNHKの劣化ぶりを無残に露呈した作り、というか、まともにコンテンツになっていないレベルだ。


たんにNHKのディレクターが青いのかバカなのか、ろくにインタビューできないコミュ力ゼロの小役人なのか、対象の宇野という男の話を引き出せないので、彼の背中ばかり撮っている。これには呆れて「だれだか分からない男の背中ばっかり撮るなよ~、寂しいカメラマン(=ディレクター)だな~」と、苦々しさがこみ上げた。


「今は撮らないでください」と繰り返し拒否されながらも、このディレクターは、負け惜しみ的に「200日密着した」と、誇らしげにナレーションで言ってみせるのだから、あまりに空虚・表層的で、情けない。その努力だけは認めてくれと?でも、この薄っぺらい内容では何も撮れなかったに等しいぞ(笑)


タイトルにうたった宇野の「ノンポリ」面も、「オタク」面もほとんど分からない番組で、まあ、とにかくひどい番組作りの一言だった。


いまだよく分からない批評家・宇野の「怒り」についても、番組内では、ほとんどつかめなかったが、ようやく彼の「ノスタルジー」批判と「既得権側」への怒りが滲み出したところまで来て、NHKディレクター中西は呟いた、「ボクはどっち側なんだろう?」いやいやいや、おまえは両方だろ(笑)

歴史あるNHKは、ノスタルジーを売ってればラクに商売ができる既得権側なのだから。


横山由依のほうがよほど聡明で、宇野に向かって「ヒトがなかなか言えないことを言えるのがスゴイ」と述べ、うまくインタビューの端緒を開いていた(が、そこで番組は終了)。


NHKのインタビュアーがいかに下手か、いまさら指摘するまでもないが、これなら最初から横山由依と宇野の対談でも撮っていたほうが良かったのではなかろうか?


とりあえず、宇野という男がAKBの横山のファンだということは分かり、そこから「ノンポリのオタク」ぶりを暗示しえたと満足しているNHKのあさはかさ・無能さだけは、改めて伝わってきたのである。



で、取り急ぎ、宇野のことを調べたら、

彼の図式は、

 原爆のトラウマの時代が『ゴジラ』をうみだし、

 「政治からセックスへ」の時代が68年から始まり、

 米軍頼みの日本を象徴した『ウルトラマン』がうまれ、

 やがて、閉塞状況を打破しようとする世紀末的・終末論的想像力の時代に移行する。

 2000年以降は、膨大なネット世界が個々人を甘美な繭のように包みこむか、とおもわれたが、

 今や、雑談のネタとしてネットが現実を補完しているという状況。

 そこでこれからは、マイナーチェンジの積み重ねが世界を変える可能性に期待をかけよう、

という感じか?


これをもっと簡潔に、

宇野自身のひとことであらわすと、


「物語をぶつけて革命するのではなく、世界をゲームと見做して内部からルールを更新していくというモデルなんですね。」

http://wakusei2nd.com/lp02/taidan


まあ、むか~し、どこかで言われていたことの焼き直しという気がするものの……


しかし、こういうことは、すこしも今回のEテレでは分からなかった。


近年のNHK……ヒドいものである。