ただのサクセスストーリーとはとらなかった。
サンフランシスコで医療機器のセールスをやっていたクリス(ウィル・スミス)だが、機器が売れず、働けど働けど貧乏な生活。ある日、家賃が払えないためにとうとうアパートを追い出され、妻も出て行った。そこから、クリスは息子クリストファー(ジェイデン・クリストファー・サイア・スミス)との生活のために、超一流証券会社を目指すことに決める。しかし、6か月の無給の研修期間に採用者は1人と言う難関。・・・実話に基く。
原題「the PURSUIT of HAPPYNESS」。PURSUITは「追求」だ。
今日寝るところがない。駅のトイレ?ホームのベンチ?
食べるものがない。子どもがお腹をすかせている。どうする?
駅のトイレにトイレットペーパーをひきつめ、眠る息子を抱いて涙を流すクリス。
その涙に表れている最大のものは・・・「みじめさ」ではなかったろうか。
「何故、(独立宣言を書いた)ジェファーソンは幸福の『追求』としか書かなかったのか・・・僕は、幸福を『手にする』ことはできないのか?」
お金が無いことは、辛い。
人生でお金が一番大切ではないにしても、生活していくうえで少しのお金は必要なのだ。
それがないということは・・・人間を残酷なくらい、精神的に追い詰める。
この映画でもそう。普段は穏やかでユーモアに溢れたクリスでも、時にイライラし、爆発もする。6か月間と言うのはギリギリのラインだったのではないだろうか。
「貧困」ってこういうことなんだ、と思う。
必要なお金が払えない。お風呂なんて入れない。電話もかけられない。友人からの誘いも断る。孤独。
そして、働ける人はまだいいかもしれないが、働けない人はどうなる?病気になったら?
「リトル・ミス・サンシャイン
」でも書いたが、挑戦するチャンスすら与えられない人間もいるのだ・・・
日本も「格差社会」と言われて久しい。
憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」は文章だけのものとなってしまうのか。生活保護等、社会的弱者と呼ばれる人々への援助金の金額もカットされてゆく・・・
主役のウィル・スミスはこの映画のPRのために日本の総理大臣を訪れた。
努力すれば夢が叶う、チャレンジすることが大事などと言ううわっつらならいらない。
もっと、社会の底辺を見てほしい。そう思う。
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