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no movie no life

・・・映画を見て思ったことをツラツラと。ネタバレです。

かなり昔に書いたのも。

奇想天外な物語も、ガエルなら許される。


ミシェル・ゴンドリー監督の夢の世界を描いたという奇作。
イラストレーターのステファン(ガエル・ガルシア・ベルナル)はメキシコからパリにやってきた。パリには母親がいるからだ。そこで、アパートの隣人になったステファニー(シャーロット・ゲンズブール)に好意を抱くが・・・シャイな彼はどうにもできない。そして彼の夢は肥大化し、夢と現実の区別がつかない世界に陥ってゆく。


お気づきでしょうか?
ガエル出演3作品を連続鑑賞です。

これは、東京でも1館でしかやってないようでほぼ満席でしたが、劇場にあんなに笑いが出るのは久しぶりに聞きました。


原題「The Science of Sleep」。
「この邦題どうにかならんか」と思ってたんですが、観たあとでは「どうにもならなかったんだろうなあ」と(笑)。


監督の夢の世界がかわいさ爆発。メルヘンな世界。セロファンの水、人形のポニー、タイムマシン、おもちゃ箱をひっくり返したような世界。


ステファンは最初ステファニーの友人に好意を持っていた。確かに彼女の方が魅力的だった。しかし、なんとなくステファニーに惹かれて行く。第一印象って案外当てにならないものかもしれないね。(でも、あのシャーロット・ゲンズブールは、私の目から見てもかわいくない。やせぎすで、老けたな・・・と思ってしまった。)


しかし、ステファンの世界観を一端でも理解できるのは、ステファニーだったのだろう、と思う。意外にも、それは言語ではなかったか。フランス語がうまく話せないステファンは、英語だけが頼りだ。


今夜の夢を作ることが出来る。そんなことが出来たら幸せだよね。
やっぱり、悪い夢は見たくないもの。


ところで、私が気に入ったのは・・・「災害論」のカレンダーです。


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昨日は立川市の「シネマシティ・カウンシル」でやってた「アモーレス・ペロス」観てきました!


山形の映画館でも本作上映を今月メキシコ料理つきでやるそうで、

いいなー観たいなーと思ってたんですが、こっちでもやってました。


映画料金より交通費用の方が高くつきましたが…なんてったって、ガエル・ガルシア・ベルナルのデビュー作。んで「バベル」のイリャニトゥ監督作品だし。

こないだビデオで観たんですが、やっぱりスクリーンで観たいんです。

で、やはり正解!

あの一定していないカメラワークは「バベル」でも酔いそうだったんですが、この作品でもそうだったんですね。(特に最初のカーチェイスシーン)。


最近メキシコをはじめとする中南米映画に注目してます。


なお、レビューはこちら で。


babel


日本にいても、チエコは異邦人だった。


バベルの塔。天に届こうと建設しようとした人間たちは、神の怒りに触れ言語を分かたれた。


モロッコ、メキシコ、日本、アメリカ・・・
彼らは理解しあえない。言語が異なるから?
いや、言語が同じでも理解しあえない。同胞を見捨てる人々。
そして国境が彼らを阻む。
事故が国家と国家の問題に発展する。人が人を助けるのに、国家がそれを妨げる。
国境越えをした人間は、まるで罰であるかのように砂漠を彷徨う。


そんなパラレルな展開も、ひとつのニュースで語られて終わりだ。
そこにどんな物語が展開されようと、他人にとってはただの情報。
自分のライフルが悲劇を生もうとも、自分に関係なければそれで終わり。


人間たちは、また神の怒りに触れたのだろうか?
チエコの住む東京の高層マンションは、まさしくバベルの塔。
映画で描かれたTOKYOは大都市バビロンなのかもしれない。
・・・人間たちは、いつも愚かだ。


そして、都市化にしたがって希薄になる人間関係。
モロッコ、メキシコ、日本、アメリカ・・・
「家族」のつながりも同様だ。
自分の子どもですら、生まれたときからベビーシッターにお任せのアメリカ人夫妻。


それでも、最後には家族で抱き合う姿が映し出される。
人間たちは、そこまで分かたれてはいけない。

それは、神罰でもなんでもないのだ。



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追伸:スーザン、サンチャゴ、チエコの友人がピアスを付けていたのが気になる・・・

東京に引っ越す直前、山形で見た最後の映画。
この映画でホントに良かった―


東西冷戦下、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ。国民を監視し、危険人物を逮捕・拘束するシュタージ(国家保安省)。劇作家ドライマンを危険人物とみなしたシュタージ局員ヴィースラーは、彼のマンションを盗聴・監視する。しかし、監視していくうちに、任務に忠実だった彼の堅い心の中に、何かが芽生え始める。


何が彼を変えたのだろうか。
「この曲を本気で聴いた者は悪人になれない」。
美しくも哀しい響きを奏でるソナタ。


しかし私は、クリスタの、ドライマンを愛する真摯な姿が最も彼を変えたのではと思う。
ヴィースラーは、彼女の演劇を見たときから「ファン」であった。彼女がシュタージの高官に脅迫されたとき、彼は監視者と被監視者という関係を越えて、初めて人間として向き合ったのだ。いや、「人間」に戻ったのかもしれない。
そして、その真摯さのために彼女は事件に巻き込まれてゆく・・・


監視、盗聴、尋問、拘束。つい最近まで、それらが日常的に行われていたという真実。
権利を剥奪された人々の行く末。
そしてベルリンの壁の崩壊。
しかしそれで全てが幸せな方向に回るわけではない。
旧体制の下で就いていた職を失う人々。
闘うべきものを失い、呆然とする人々。


しかし、旧体制であっても、新体制であっても、変わらないものもある。
愛するもののため。
そして、それぞれが自分の信念にもとづいて、なすべきことをした。


それがあの秀逸なラストになったのではないだろうか。
ヴィースラーは、彼にしか出来ないことを。
ドライマンは、彼にしか出来ないことを。


渋い!
それは、幕切れであり、幕開けでもあるのだ。


同時代を全く異なる立場で生きた二人にできた、強いつながり。

それでも、二人は、語り合うことは無い。


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昨夜は山形での映画見納めということで、ギリギリ滑りこみで「善き人のためのソナタ」観てきました。秀作でした。これを見逃さなくて良かったです!
東京で観る第一弾は「バベル」になると思います。

今日、映画ライターを目指して上京します。今後もたくさん映画観ていきますんで、今後ともよろしくお願いします
m(_ _)m