善き人のためのソナタ(06・独) | no movie no life

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・・・映画を見て思ったことをツラツラと。ネタバレです。

かなり昔に書いたのも。

東京に引っ越す直前、山形で見た最後の映画。
この映画でホントに良かった―


東西冷戦下、ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ。国民を監視し、危険人物を逮捕・拘束するシュタージ(国家保安省)。劇作家ドライマンを危険人物とみなしたシュタージ局員ヴィースラーは、彼のマンションを盗聴・監視する。しかし、監視していくうちに、任務に忠実だった彼の堅い心の中に、何かが芽生え始める。


何が彼を変えたのだろうか。
「この曲を本気で聴いた者は悪人になれない」。
美しくも哀しい響きを奏でるソナタ。


しかし私は、クリスタの、ドライマンを愛する真摯な姿が最も彼を変えたのではと思う。
ヴィースラーは、彼女の演劇を見たときから「ファン」であった。彼女がシュタージの高官に脅迫されたとき、彼は監視者と被監視者という関係を越えて、初めて人間として向き合ったのだ。いや、「人間」に戻ったのかもしれない。
そして、その真摯さのために彼女は事件に巻き込まれてゆく・・・


監視、盗聴、尋問、拘束。つい最近まで、それらが日常的に行われていたという真実。
権利を剥奪された人々の行く末。
そしてベルリンの壁の崩壊。
しかしそれで全てが幸せな方向に回るわけではない。
旧体制の下で就いていた職を失う人々。
闘うべきものを失い、呆然とする人々。


しかし、旧体制であっても、新体制であっても、変わらないものもある。
愛するもののため。
そして、それぞれが自分の信念にもとづいて、なすべきことをした。


それがあの秀逸なラストになったのではないだろうか。
ヴィースラーは、彼にしか出来ないことを。
ドライマンは、彼にしか出来ないことを。


渋い!
それは、幕切れであり、幕開けでもあるのだ。


同時代を全く異なる立場で生きた二人にできた、強いつながり。

それでも、二人は、語り合うことは無い。


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