ほほえみのインドネシア (8)
(つづき)
インドネシアでやや驚きだったのは
アイスやスイーツなどに抹茶味(Macchaと表記)があったこと。
いや、あったなどではなく、かなり幅がきいていました。
(これはジャカルタ市内のローソン。日本系以外のチェーンストアでも定番として置いてありました)
インドネシア地元のコンビニチェーンでも日本の抹茶味チョコ菓子や
韓国、他のアジアの抹茶味も maccha という表記で売られていて
西日本はともかく、北海道よりはたくさん売っている、と驚きました。
(ショッピングモールには専門店も普通にあります)
日本人が多い地区の屋台街には当然抹茶系のものは
多々あり、抹茶ラテを注文。
(抹茶の粉をなんと茶筅で混ぜています。)
抹茶が世界的に広がるにつれて
世界的な「抹茶不足」に陥っている、
という話題を昨年ここでも取り上げましたが、
インドネシアでそれを実感しました。
今シーズンも新茶の季節となり、個人的に楽しみな時期です
新商品の値段が釣りあがらなければよいが・・と思いつつも
ここまで抹茶が広まっていることは驚きで、
日本文化の浸透はもちろん喜ばしいことと思っています。
(そろそろ終了)
ほほえみのインドネシア (7)
(つづき)
印象深いボロブドゥール遺跡と火山を後にして
この日の最終目的地、プランバナン寺院群に向かいます。
ここも世界遺産です。
世界一背が高く、美しいヒンドゥー教寺院、と言われています。
入り口からすぐのところに巨大な寺院群があり、
これがプランバナン寺院です。
ヒンドゥー教といえばインドだけ、と思っていた(知識がない)ので、
最も高さのあるヒンドゥー教寺院がインドネシアにある、
というのは意外です。
入場すると巨大な建築物に圧倒されます。
16の堂があり、その中に3つの主堂がそびえ立っていて
その真ん中にあるのがシヴァ堂です。
ヒンドゥー教の至高神であるシヴァ神などが祀られていて
手の込んだ装飾がなされています。
(シヴァ堂。さすがに大きい。四方向の入り口から内部に入ると
シヴァ神などのご神体(と言っていいのかな?)が祀られている)
プランバナン寺院はヒンドゥー教寺院です。
前にもちょっと触れましたが、この寺院群には仏教寺院が含まれます。
プランバナン寺院から北に500mほど行った同一敷地内に
セウ寺院などの仏教寺院があります。
この二つは驚いたことにほぼ同時代に存在しています。
これだけ隣接しているというのは、この地域の精神性によるものなのか、
ここの人々が寛容であるからなのか、とても不思議に感じられました。
(そしてそれが世界最大のイスラム教徒人口を抱える国にある)
(セウ寺院とその門にあるドゥワラパラ像。この像は一個の岩からできている、とのことでそれも驚き)
インドネシアでは、ジャカルタにカトリックの大聖堂がありました。
モナス(独立記念塔)の中のジオラマには、第二次世界大戦後の独立と復興に
カトリック教会が大きな役割を果たした、ということも書かれていましたが、
そういった事実を宗教に関係なく公平に載せているのは
ありそうでないことだと思います。
さまざまな紛争があちこちに起こっている現代、
無意味な争いを避け、尊重しあうことは知恵としても文化としても
大切なことだと思いました。
(夕焼けのプランバナン寺院。ボロブドゥール・サンライズからプランバナン・サンセットまでの長い一日でした)
(もうちょっとつづく)
ほほえみのインドネシア (6)
(つづき)
ボロブドゥール遺跡を離れた後は
プランバナン寺院に行く、という予定でしたが、
Su-sanは「その途中で山に行く」といいます。
火山に行ってバギーに乗る、というのですが、
どういう意味か分からない・・行ってみたらわかるのかな?
ムラピ山という山を目指すとのことでした。
山の中腹にも巨大な噴火口があり、常時噴煙を上げている活火山です。
高地にありつつも牧畜に適し、海抜1500mのところに村が存在しています。
見た目はきれいですが、見た目通りよく噴火する山で
2010年11月(東日本大震災の数か月前)に大規模な火砕流があって甚大な被害が出た、ということでした。
(ちなみに雲仙普賢岳の火砕流のように溶岩ドームを形成して、それが崩壊して火砕流となるタイプを
この山の名前をとってムラピ型火砕流というのだそうです)
(レジャー施設も併設された観光地ですが、避難シェルターがこの下にありました)
(写真奥、雲に隠れているのがムラピ火山)
山あいの町に観光用のバギーがたくさん停まっているところで
バギーと言うかジープに乗り換えます。
ここからはガイドも交替して急こう配の山を登ります。
路面は凹凸があり、未舗装も多く、ジープで上がるのも納得です。
まず訪れたのは2006年の噴火で犠牲が出た避難シェルター跡です。
避難シェルターに逃げ込んだ二人がそのまま火砕流に飲み込まれたとのことで
その後、ここはそのことを忘れないようにするためのスポットになったようです。
(2010年の大規模噴火の際に火砕流に巻き込まれた家がそのまま記念として残されていました。
もともと医師の家で、かつ3000頭の牛が飼われていた広い敷地でしたが一日で変わり果てました)
おそらくそのことが教訓になったのか、2010年11月の大規模噴火の際は
夜中の噴火で会ったものの住民たちはまっすぐに山を下りてジョグジャカルタの街を目指したのだそうです。
ジープのガイドの方は当時11歳でここに住んでいて、そのことをよく覚えていたようです。
家族は無事だったもののすべて火砕流で失ったと穏やかに語っていましたが、
どんな苦労があったのか想像がつきません。
ちなみに彼は日本での労働経験があり、とても楽しかった、と言っていました。
(それはなんだかうれしい)
(この家の家族は全員無事でしたが、動物たちは逃げられず、火砕流やガスに巻き込まれてしまいました)
インドネシアは日本と同じように島国で海に囲まれていて
風光明媚で比較的穏やかな性質の国である一方、
火山や地震、津波など自然災害の面でも日本と非常に近しい国であることを実感しました。
(つづく)
ほほえみのインドネシア (5)
(つづき)
さて、ホテルに到着したところでガイドのSu-sanから
「明日は 2:30amに迎えに来るからね!」と言われました。
これは何かといえば、ボロブドゥール観光はまず、日の出を見るところから
始まるのだそうです。
目覚ましのアラームを何個も用意してなんとか起床。
真っ暗な中ずっとうとうとしつつ、車が停まって現地につきました。
Su-sanいわく、
ボロブドゥールの中でsunriseを見ると 高い(1-2万円!)けど、外から見れば500円
とのことでストゥンブの丘というところの駐車場からさらに階段を上がっていきます。
前日までは雨で、今日も曇り、という予報でしたが、
うっすらと明るくなって sunrise を感じることができました!
(朝もやの中の幻想的な風景。左側の小高い丘のようなものが
ボロブドゥール遺跡)
今度は山を下りてボロブドゥール遺跡へと向かいます。
その途中はほぼ田園地帯で水田や枝豆、唐辛子などがよく見られました。
ボロブドゥール遺跡はそんな農村風景とジャングルの混ざった中に存在しています。
遺跡の入り口ゲートからバスのような乗り物に乗って公園内に入り、
そこに待機所があり予約時間になったらチケットを買って待ちます。
この時に草履を渡されて履き替えます。
これは遺跡が靴によってダメージを受けないようにするためです。
時間になるとガイドさんが登場して彼についていよいよ遺跡に入ります。
ガイドはすべて英語で訛りも強く、ちょっと難しいところもありましたが、
彼は終始にこやかでガイドを楽しんでいる、ということは伝わってきました。
(初めからずっと笑顔でガイドされていました。
声もハイトーンで、雰囲気はさかなクンです)
世界最大の仏教遺跡、というものがイスラム教国のインドネシアにあり、
この後訪れる予定のプランバナン寺院はヒンドゥー教と仏教の寺院が同居している、
というのは一体どういうことなのかはわかりません。
(高野山もお寺と神社が一体になっていましたが理由はよくわかりません)
ただ、この国民が無駄な争いごとを嫌う気質で、仲良くやることを大切にしている、
ということは感じられました。
和を以て貴しとなす、という国とどこか似ているような気がしてきました。
(ボロブドゥール遺跡全景。さすがに大きい。ここで日本人観光客に初めて会いました)
(このあと、さらに似たようなところがあることを思い知ります つづく)














