釧路町ランニングフェス
釧路町ランニングフェス、という催し物が
スポーツの日にあわせて開催されました。
声をかけられて某チームで10kmの駅伝に出ることになりました。
今年が第二回、昨年が第一回目だったらしいのですが、
全く知りませんでした。
コースを見てみると釧路町体育館とそのまわりのテニスコート、
野球場のあいだの道を往復する1kmのコースを10往復する、というものでした。
短い距離の方が厳しそうだなぁと思いつつ当日を迎えました。
フェスは短い距離のマラソンと10kmのマラソンと駅伝、
そして長靴マラソンの部というものがありました。
長靴アイスホッケー発祥の地であるので、釧路町らしい種目です。
大きな看板も何もなく、まったく手作りなイベントです。
(仮装の方が多かった長靴の部。来年からは芸術点も争われるという噂?です)
駅伝の部はおもに釧路町内の少年団の子どもたちが多く、
親御さんたちの姿も多数ありました。
ただ、年齢別になってはいないため大人も子どもも一緒で
大人の方はガチランナーも参加していました。(アップから気合が全然違う💦)
(駅伝の部のスタート。よく見ると駅伝と10kmマラソンは同時スタート)
私たちのチームは4人で、若手2人が3回、私たち夫婦が2回、1kmを走ります。
インターバルトレーニングはたまーにやりますが、普段は自分に甘いため(!?)
レースとなるとどうなるのか見当がつきません。
スタートすると子どもたちが勢いよく飛び出します。
(こんなペースになんかついてけない!!)
不安に思っている間にもどんどん自分の番が近づいてきて
走り出します。
(我々のチームも結構頑張ってる!)
スタートすると体がふわふわする感じがするのは
いつもと違うスピードが出ているから? よくわからないうちに折り返すと
強力な向かい風!! ふわふわしてたのは追い風のせいだったのか、
と分析もままならないままに酸欠状態。。
よく知っている子どもたちの顔もたくさんあってみっともないところは見せられない
と思いつつも、まさに息も絶え絶えに襷リレー。
息が整ってきたところで、二回目のランです。
前後にはランナーがまばらでしたが、襷がある、というのは
一人で走っているマラソンとは全く違うメンタリティです。
いつもマラソンではレースプランを考えていますが、
距離も短い上にチームの一員なのだと思うと
全力疾走以外の選択肢が頭に浮かばず・・またまた酸欠・・
結局、チームとしては3位入賞(!!)という望外の結果。
賞品の食券でキッチンカーから昼食を買って帰りました。
大学駅伝の某監督が「駅伝とトラックやマラソンは別物」というのが
なんとなく分かった一日でした。(レベル違いすぎますので、なんとなく、ですよ)
松山城
松山市に来てやはり行ってみたいところと言えば、
松山城です。
現存十二天守のひとつで、そのうち松江、松本、姫路は行ったことがあるので
個人的には4つ目になります。
まったくお城マニアとかではないので、予備知識はもともとありませんでした。
松山に着いて空港からのバスに乗っていた時に山の上に城があるのが見えて、
平山城(平野の中の山に築かれた城)であることが分かりました。
(ふもとから観光客を運ぶリフトとロープウェイ。
外国人観光客とばかりすれ違いました)
お城に行くには、登山道、リフト、ロープウェイの方法がありましたが、
迷わずロープウェイにしました。あっという間に山の上に到着です。
今までで二番目に距離が短かいものでした。
(ちなみに一番は稚内で北門神社から稚内公園までのもので正真正銘日本一の短さでしたが
上にあった「こどもの国」(きしんで恐ろしいローラーコースターがあった)と
スキー場が閉鎖されて現在は廃止されています)
ロープウェイを降りると広場のようなところに出ました。
ここからきれいにお城が見えます。
お城は手の込んだ構造という印象で、迷路のような通路と
どこからでも侵入者を攻撃できるようにできていて
造った人はすごく用心深い人なんだろうなぁ、と思いました。
中でも印象的だったのは石垣の美しさです。
端々は滑らかな曲線で、写真のようにところどころ屏風のように
折り目と言うかうねりのようなものがあり
美しさのみならず、外敵の侵入を防ぐ機能的な面も兼ね備えていたようです。
じっくり見ていきたかったのですが、
なにしろ暑い!!のでクーラーのないお城は長居できず、
残念ながら滞在時間は短めになってしまいました。
今治
また話が前後してしまいますが、
四国に行った際に今治市にも立ち寄りました。
今治市は二回目の訪問です。
一回目はしまなみ海道サイクリングでした。
(コロナ禍の冬で全く人影はなく快適そのものでした!)
整備された自転車道を走りましたが、
今のところこれ以上のところを知りません。
今回、今治城に初めて登ってみましたが、
そこから今治側の出発点である来島海峡大橋が確認できました。
サイクリングを思い出して、また行ってみたいと思いました。
(奥にみえる4連の橋が来島海峡大橋。手前は今治城とその堀です。
今治城はかつては海から直接入ることができたそうで、
日本三水城のひとつに数えられています)
今回の主な目的は さとやまスタジアム を見てくることでした。
元日本代表監督の岡田武史さんがオーナーを務めるFC今治のホームスタジアムで
億単位の借金をして建設し、自身の理念を実現させる途上にある、
と聞いていました。
小高い丘の上にあるスタジアム兼運営会社オフィスは
一言で言うと敷居の非常に低い建造物でした。
(非常に暑かったのですが、自由に出入りできるオープンなつくりのせいか
風通しがいいような気がしました。)
近くにはイオンがあって住宅街も背後に控えているのですが、
この周辺だけは別世界のほっとできる、田舎らしさのようなものが感じられました。
岡田さんがサッカーだけを考えてこのスタジアムを造ったのではない、
だがサッカーのことを考えて環境を整備しようとしている、ということが
うかがい知れました。
(一枚数万円の寄付で設置されるプレート。本田さんの言葉が刺さります
岡田さんは「ケイスケにも金払ってもらった」と言っていました)
ここを訪れたもう一つの理由は、
参加した学会の特別講演でお話しいただくことが分かっていたからです。
(つまり予習)
岡田さんはクラブ経営や日本代表のたくさんの興味深いエピソードとともに
失敗して学ぶ、ということを話されて学びになりました。
3回目のフルマラソン (2)
(つづき)
早朝6:00に釧路を出発するバスに乗って別海に向かいます。
釧路駅周辺にはランナーたちが続々と集まって
普段見かけない光景に刺激を受けます。
ひと眠りして目を覚ますと牧場の中にいるような光景で
別海町に入ったことがわかります。
間もなく会場につくとわずかに雨があり、少し冷ややかな空気です。
予想最高気温は23℃、10月の根室管内で目を疑う気温の高さです。
どうにか曇り空が続きますように・・
という願いもむなしく、スタート直前には青空がのぞいてきました。
(きっと暑くなる!!)
(結局最高気温 25℃は全く想定していませんでした・・)
コースはほぼまっすぐ別海の町を東から西へ緩やかに登りながら向かい、
折り返してそのまま下りながら戻ってくる、というシンプルなコースです。
公認コースとしてはタイムが出やすいところ、ということを聞きました。
レースプランとしては、始めから終わりまでイーブンで行くことを目標にしました。
とりあえず、無理なく、ムダなく、を心がけて進んでいきました。
足が軽くなってきてもペースは上げずに、向かい風が強かったこともあり
集団の中にいるように心がけたりして走ります。
ただ、暑さだけはいかんともしがたく、、
給水ポイントも(肌寒かった前回は意識しなかったが)少ないように感じました。
折り返しまで予定通り進み、「あとは下りだ」と気分的にはちょっと楽になりました。
ところが、25-26kmあたりから足が重く感じられるようになり、
30kmくらいからは「足が残っていない」と判断してペースを落とすことにして
目標タイムを捨てて自己記録の更新を目指すことにしました。
しかしながらペースダウンしたところで足へのダメージは回復することなく、
暑さも手伝ってか今度は足がつりはじめ、だましだまし走り続けたものの
37kmで両足がつってしまい、ついに足が止まりました。
今回も足が止まってしまった、というショックはありつつも前進するしかありません。
ただ、両足がつっても歩行は可能だったのは幸いで歩き続けていくうちに
なぜか走れるようになり、最後の2kmは走ってゴールできました。
(C.C.レモンを一気に飲むのはレース後の楽しみ)
結果としては自己ベスト更新できましたが、
目標タイムに遠く及ばなかったことと、止まらずに完走することができなかった、
という悔いというか、反省が残りました。
練習としては計画通り進んでいましたが、
・計画自体に問題があった
・速さを気にしてゆっくり時間をかけて走る、はあまりできていなかった
・不安から来る調整の失敗はなかったか
など検討課題として残りました。
とは言え、
「単に練習足りてないんじゃない?」と言われれば言い返せない・・
今回の実験結果(やっぱり実験と呼んだ方がいい)をもとに
追試の必要がある、と思いつつ、筋肉痛に苦しむ現在です。
3回目のフルマラソン (1)
話が前後してしまうのですが、
先週末、別海パイロットマラソンに参加してきました。
フルマラソンは3回目になります。
初めてのフルは網走で、30kmでぱったり足が止まる、
というよく言われている経験をして呆然としているところに
5時間のペースランナーが来られて「まだ間に合うぞ!」と喝を入れられて
彼らの前を押されるようにして走って、
なんとか最後のやたら大きいひまわり畑を半周してゴールしました。
(最近でもひまわり畑を見ると苦しくなるのはPTSDだと思っている)
2回目は二年前の別海で、涼しくてコンディションは良好だったものの
20kmあたりから失速してそこからの記憶は曖昧・・
それでも10分くらいタイムを縮めて自己ベストではありました。
今回は自己ベストの大幅な更新を目指して100日くらい前から準備する、
という大掛かりな計画(!)を立てて実行してみました。
(計画というより実験に近い)
昨年と今年のハーフマラソンはマラソンの目標タイムの半分を切っていたので
無謀な計画ではない、と考えていました。
100日はハーフマラソンの後からで ジョグ、ビルドアップ、ゆっくり長い距離という
よく書籍や動画などで言われているものを組み合わせてみました。
途中で7月末の湿原マラソン30kmがあり、休診出張の一週間は練習を落とす、というように
予定表は埋まっていきました。
実際やり始めてみると、はじめのうち、あんまり負荷がかかってないような感じがして
少しずつそれぞれのメニューのペースを上げるようになってきました。
釧路と言えども夏はそこそこ暑くなりましたが、コンディションはそう悪くない状況で
湿原マラソンを迎えました。
ところが、練習はほぼ計画通りにここまで来ていたものの、結果は目標ギリギリで
それより最終盤に足が残っていない、という事実に愕然としました。
かと言って、長距離の練習といっても 42.195kmを日常で走るのは現実的ではありません。
本当に足がもつのだろうか、、という不安を抱えながらも
30kmくらいの練習を数回取り入れて本番を迎えることになりました。
(つづく)










