こんにちは。
誰かが言ってた。「起こることに理由はない。」
この意味をなんとなーく、理解しつつあるかなー。
起こることに理由はない。自分の内側で感じるところに理由は生まれる。
感情はわきますし、それはそれぞれ正解で、それによって行動するのでしょう。それがまわりの何かをかえる理由になったとして、もしかえられたとしても、そのことによっては自分はかわりません。
もし自分をかえたいなら、思い込みをかえる、その一点と、思います。
自分をかえるのは、環境でもまわりの親切や優しさでもない。それらは協力者(あるいは手段のひとつ)であって当事者にはなり得ない。
自分の思い込みのカタチを知る手段が何通りかあるなら、選ぶことは自由かもしれませんが。方法や手段だけに目がいっては、結局何もかわらないってことになってしまう。
起こっていることに何かネガティブなものを感じているなら、そう感じている自分の中に理由をさがして、思い込みをかえるきっかけにする。しかない。
(これはまだ実感までは至ってないけど、たぶん)自分の思い込みのカタチがかわれば、まわりはかえようと無理しなくてもかわる。と、思っています。
ありがとうございます。
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