☆プロセラピスト(カウンセラー)目指し中♪~鹿児島在住のMです。
しあわせをはかる(ほんとは、しあわせなら、はからないけど)定義のひとつに、お金つかえる度があると思います。
どれだけ持ってるかではなく、つかいたい時につかえるか。ってことです。そして、つかいたくない時にお金が無いからという理由ではなくて、自分には必要無いからときちんと言えるか(どんなにお金があってたくさんつかえても、見栄やストレス解消の為不必要なことにつかったり執着するのは=しあわせとはいえないと思うので)。
ほんとは、欲しい、したいことをお金が無いから(時間がないからも同じだと思いますが)と我慢するのは、嫌なんです。
脳は、自分が払える分しか現実的には欲しいとは思わせないと思う(手に入らない非現実的なものは素敵だと思ってもすぐ欲しいとは思えない)ので、<欲しい、したい=払える>ってことだと思うのです。で、素直につかって、少しずつでもその範囲(つかえば、入ってくるはずだから)を大きくしていけばいい(個人差はかなりあるとは思いますが)。と、思っています。
お金が無いからという理由で我慢続けたら、その範囲は広がらず、入ってくるのもふえないので、ずっと我慢することに。不満も溜まってきて、なにかいやなことがあると他のせいにするとか、生活自体にゆとりがなくなってしまいます。
縁がないから、出来る能力がないからとしたいことを我慢するのも、たぶん同じことなんでしょう。いずれにしてもエネルギーがいることだから。それを出し惜しみしてる、横着してるって意味で。
そこを超えていくのが、この歳になってもよくわからないわけです。ただ意識し続けてたらなんとかなるかな~。なるといいな~。と、日々楽しんではいます。
わりと、しあわせな日常です。
ありがとうございます。
