存在そのものに価値はある | 鹿児島セラピスト目指し中えむのブログ

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プロセラピスト(カウンセラー)目指してます。鹿児島在住、自分らしく生きたいとやっと目覚めた50代。
学ぶなかでの気づき、日常のなかでのひらめき、ただの思いつき、迷い楽しみ心のままに書いてます。

こんばんは。今日も楽しい一日でした。ありがとうございます。
人は何かしないと価値がないのでしょうか?何か持ってるから価値があるのでしょうか。そんな価値観は他人を責めたり比較したり、ひいては自分を責めたり卑下したり、或いは何かに執着したり。いつまでもそんな古くさい価値観でいることは、真実を見誤ることになるとわたしは思っています。
たとえば、病にかかって、或いは年老いて、ひとりでは食べることもままならないとして、人としての価値がないのか。そんなことはない。人はそこにいるだけで価値ある存在です。生まれたばかりの赤ん坊は本能のまま在るだけで素晴らしい。存在の意味はそのまんまかわらないはず。
わたしは、したいことをして、したくないことはしない。自由で、平和で、しあわせです。旦那が仕事してくれて有難いし、息子がわたしを好きでいてくれて有難い。身の回りで助けてくれる人もいて有難い。わたしはわたしの存在が有難い。わたしは価値ある存在です。たとえ、何もしなくても、何もできなくても。
わたしのことを何もしないくせに、と思ってる人に。あなたはわたしが羨ましいのですか?なら、あなたも何もしなければいい。あなたが何かをしたくてしているなら、そのことにしあわせを感じて有難く思っていれば、他人のことなんかどうでもいいでしょ?
自分に価値があると思えなかった頃、したいことではなく、これしかできないと思いこんで、しなければならないと思いこんで、一所懸命仕事しました。プライドだけはあったので、時給に見合うかそれ以上の仕事はしたと思います。が、いつもそれでは足らないと思っていた、楽しいと感じたことはなかったし、いつも疲れていたし、だから家族にもあたっていた。
数年経ちますが、考え方がかわり、意識がかわり、生き方がたぶんこれからかわっていくと思っています。
あ、それからあえて言います。わたしは主婦です。外で仕事してお金を稼いでいる人と同じようにそれは職業です。うまく主人をたてられないし、家事嫌いで、手抜きばかりの駄目主婦ですが子供を自立させることが一番の仕事と思ってます。
☆もし、読んでくれてる方がいるなら、心からありがとうございます♪