今年度学生翻訳チーム、コラプターズチーフを務めます、理工学部3年の諸岡千恵です。

学生翻訳チームコラプターズとは、シェイクスピアの原文を学生の手で翻訳して、台本を作る部署です。

このコラプターズの由来としては、シェイクスピア『十二夜』第三幕一場における道化の台詞

"I am indeed not her fool, but her corrupter words."

(俺はお嬢様の道化じゃない、ただ彼女の言葉を堕落させているだけなのさ)

にちなんで名づけられました。直訳すると「言葉を堕落させる者たち」になるのですが、「言葉を一度壊して新しく創造しよう」という意味が込められています。

 

さて、今年の記念すべき第二十回目の作品は『ハムレット』です。 

 

(『ハムレット』の既約本や原文を参考にしながら大学生らしい台詞を作ります)

 

コラプターズとして作業を始める前に、あらかじめ演出に大まかにキャラクター設定してもらい、それをメンバーで共有しますあくまでも初期段階なので、役者や演出の魅せ方によって11月の本番までにはまた変わる可能性もあります例えばハムレットは内相的な哲学者オフィーリア16歳ぐらい喜怒哀楽がはっきりしているが箱入り娘、といったかんじです。

その設定を元に、分担された原文を個々人で翻訳し、井上先生に解説していただいたり、既本の注釈を参考にしながら検討会でブラッシュアップを重ねて台本を仕上げていきます。

 

4新歓のブログでもコラプターズについて説明していますのでご興味のある方は是非ご覧くださいませ。

 

 

 

 

 さて、約半年間コラプターズチーフとして、17世紀に書かれた『ハムレット』の原文からの翻訳に携わってきましたが、シェイクスピアのワードセンスの面白さ、台詞を口に出した時の読み易さは、まるで歌のような台詞のリズムはやはり素晴らしいと思いました。しかしそれを日本語にするとなると話は別です。原文では単語同士の音が似ている言葉遊びを、原文に忠実に訳しつつ、かつ雰囲気を壊さないように日本語でも言葉遊びをする、という作業はやはり至難の業でした。  

 

例えば、第一幕二場より

HAMLET “A little more than kin, and less than kind.” …(1)

CLAUDIUS “How is it that the clouds still hang on you?” …(2)

HAMLET “Not so, my lord, I am too much i’th’sun.” …(3)

(括弧はこちらで便宜上付けたものです。)

 

まず、(1)は音の遊びを用いた台詞です。 “kin” (=親族)は血のつながりを意味していて、 “kind”(=情のつながり)の言葉遊びがあります。

(2),(3)では “clouds”  “sun” 『雲』と『太陽』で受け答えになっています。

さらに、(1),(3)では、 “sun”, “son” の音が一緒であることから息子、つまり親族としての意味がかけられています。

直訳すること自体はできますが、原文の雰囲気はできるだけ壊したくありません。

ニュアンスを汲み取るように、検討会でブラッシュアップを重ねた結果、以下の通りになりました。

 

ハムレット 「(傍白)おい(甥)それと叔父が親父とは、おぞましい。」

クローディアス 「顔が曇(くも)っているのはどういうわけだね?」

ハムレット 「まさか。今では苦も(くも)無く胸焼けしてますよ。」  

(検討会で出た意見、本番ではどのような台詞になっているのでしょうか!?)

 

このような言葉遊びですが、物語終盤に出てくる墓堀りも外せません。

第五幕一場墓堀りの台詞より

HAMLET "Thou dost lie in 't, to be in 't and say it is thine. 'Tis for the dead, not for the quick,"

FIRST GRAVEDIGGER "'Tis a quick lie. sir."

 

既約本(大山敏子訳)では該当箇所は以下の通りです。

ハムレット 

「お前はその中にいて、しかもそれがお前のものだと言っているが、それは嘘だ。墓というものは死んだ者のためで、生きているもののためじゃないのだから、」

道化一 「すばやい一本!」

 

この訳ではハムレットの “quick”はliving(生きているもの)の意味ですが、道化の方では、すばやいという意味で言葉を返しています。

 

私たち、コラプターズは “quick” をそのまま訳してしまうと、ハムレットの答えにならないと考え、以下のように訳しました。

ハムレット 

「それは違うな。墓というものは死んだ者が入るところで、まだ生きているお前のものじゃないだろ。」

墓堀り 「俺の墓じゃねぇとは、はかねえこと言うねえ、旦那。」

原文の “quick”のニュアンスを表現することが難しかったために、墓堀りの方で「墓がねえ」→「はかねえ」と言葉遊びとして駄洒落を入れてみました。

 

時代や文化、言葉の違いを消化して台詞として落とし込む、ということの難しさを乗り越えて、一冊の台本が完成した時の達成感は計り知れません。それが少しでも皆様に伝われば、とても嬉しく思います。

 

(手前のはがきは去年オックスフォードに留学した時のお土産です)

 

作業を続けるうちに、一つ勉強になったことがあります。シェイクスピアの時代の英国の法律では、主人を亡くした女性が主人の実の弟と再婚することを含め、義理の兄弟姉妹の結婚は近親相姦に当たるとして禁じられていました。ハムレットの母であるガードルードが、前王の実の弟クローディアスと再婚したことについて、血がつながっていない人同士なのになぜ「近親相姦」という言葉が出てくるのか疑問でしたが、現代の言葉の意味とは少し異なっているということを知りました。

 

最後に墓堀りから問題!

墓堀り 「石屋、船大工、大工よりも丈夫な建物を作るのは誰だ?」

答え合わせは当日アカデミーコモンで、お待ちしております!