ようやく

高校3年生まで

辿りつきました。

今日はもう最後の更新でしょう。


~高校3年生~

3年生でも

A組でした。

2年生から引き続き

担任の先生は同じでした。

当時の私の英語力を買って頂き

色々と提案や指導頂きました。

大学に入学できたのも

先生のご指導のおかげです。

大学は6校受験させて頂き

4校合格。

本命校の合格を知らされた

その後に

受けた滑り止め校は

見事に滑りました。
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経済的に支してくれた

両親にも

とても感謝してます。

卒業式のあと

先生から

一言の手紙を頂きました。

『maSSa君の英語力は、かなり切れる。その武器を使わない手は無い。
錆び付かないウチに使え』

と。

ちなみに

昨年11月に

初めて受けたTOEIC

390点。

先生。

完全に錆び付きましたよ。

ごめんなさい。


いっぽう

部活動は

主なポジション



ベンチウォーマー。

当時から

通らない声でしたが

張り切りウォーマー

でベンチを暖め続けた2年半

一度だけスタメン(練習試合)

最後の大会は

SLAMDUNKさながらの



残り15秒で逆転負け。

ウォーマーとしても

とても悔しかったです。

高校生活を総括すると

色々とありましたが

楽しかったです。



大好きです。


高校生番外編へつづく(予定)






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どんどんいこう!


~高校2年生~

さて

2-Aという進学クラスに入ったからには

勉強も頑張らなくては!

と思いつつ

やっぱり

好きなのは、

部活でした。

入学早々

手の怪我

盲腸で入院と

完全にまわりのみんなに

遅れをとっていましたが

取り戻すべく

朝の自主練習に

励みました。

始発電車に乗るために

朝5時前に起床。

お米を炊いて

炊き上がったら

『早見優の英会話』

を見ながら卵かけご飯を食べ

5:45には出発。

6:24の電車に乗車

7:00過ぎに学校到着。

時には朝起きれず…。

それでもみんなに遅れをとった分を

取り戻そうと頑張っていました。

と頑張っていたのですが

2年生の夏に



持病の腰痛が悪化。

座骨神経痛たる名前を頂きました。
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なかなか順調には

いかないものです。

そうこうしているうちに

秋の修学旅行がやってまいりました。

皆さん

お年頃ですから

修学旅行の自由時間に

一緒に行動するために

即席的なカップルが

チラホララブラブ

私も

そんなタイミングで

初めての彼女が出来ました。

と言っても
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何したら良いかわからん!

と思いつつ

一緒に帰ったり

デートっぽいことをしたり

付き合うって

こんな感じかな。

と思ってました。

本当に失礼な話ですが

付き合ってる間も

心ここに在らずで

結局

あまり長続きはしませんでした。

他に気になる子が

できちゃってたんです。



最低です。




放課後の学校で

付き合ってた彼女にお別れ告げ

帰りの電車に乗りこもうとした

そのドアから

何故だか

当時気になってた子が降りて来て

なんか気まずくなったのを

覚えてます。

その後卒業まで

彼女はいませんでした。

つづく







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さて

もはや桜の見えかたは

あまり出番は無く

ただの自叙伝になっております。


~高校生其の弐~

おかげさまで

高校進学させて頂きました。

クラスは

初対面の人ばかり

完全アウェーな空気

しかし

ここで何も話さずに

微妙な高校生活は送りたくは無い。

席が近い人に話かけまくりました。

そうこうしているうちに

クラスで1番目立つ女の子に

『maSSaくん、彼女いるでしょ?』

と言われ

中学生時代まで、そんなん言われたことない私は

動揺を隠せませんでした。

いまでもその女の子が何を思って

言ったのかはわかりませんが

その一言で

ちょっと楽しくなるかもしれない。

と感じたのは間違いない。

そして

高校生になり間も無く

神様は私に試練を与えてくれました。

ある雨の日

坂の頂点にあった学校から

駅までの帰り道

私は出来たばかりの友人と話しながら

歩いていました。

馬鹿な私は

『坂道って、大股で歩くと早いよ!』

と、グワッーと歩き始めた瞬間

ツルっと転倒。

とっさに地に着いた左手

結果、骨にヒビ。



入学してから即ギプス装着。
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程無い時期に行われた

学力テスト

クラス46人中



46位。

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駅までの通いのため

親に入学祝いに買ってもらった

マウンテンバイク



盗難。
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そんな神様の試練が重なり

ある意味クラスで

一目置かれる存在になりました。

因みに

音楽で赤点

というレアな経験もさせて頂き

一学期から

三者面談というのもありました。

親も恥ずかしかったことと思います

そして

一年生の12月。

父方の祖母が

亡くなりました…。

ガンでした。

発見された時はすでに

末期でした

にも関わらず

気丈な祖母は

立つ練習のために

自分の身体を

紐で柱に括りつけて

立とうとしていました。

そんな祖母が亡くなった翌日

私は



急性垂涎(盲腸)で緊急入院



手術後

喪服を纏った親族が

揃ってお見舞いに訪れてくれました。

いま思うと

私と同じ病室の方々は

『???』

だったのではないかと思います。


さて

そんなこんなで

また春が来ました。

クラスで

名前の順に

次の学年のクラスが発表されていきます。

いよいよ回ってきた私の順番

先生『maSSa君。A組』

クラスのみんな『え~~~っ⁈』

悲鳴にも似た声があがりました。

何故ならば

A組というのは



進学クラスだったからです。



学年最初の学力テストで

最下位だった男が

進学クラスになっちゃったんで

そりゃ え~~ですよ。

私自身は

A組に入りたくは無かったんですが

当時好きな科目だった英語だけは

学年でも上位だったのです。

ただそれだけ。

そうして2~3年とA組で高校生活を

過ごしました。

つづく














































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本日ブログ更新記録更新中。

どんどん行きます。

プチ自叙伝化してきたぞ。


~高校時代~

楽しかった中学生時代も終わり

いよいよ

思春期に突入。

その前に

うちの親父昔が酔っ払ったときに

口癖のように

『お前は将来、お山(親父の出身校である市立銚子高校)行ってぇ~早稲田か慶応行ってぇ~、郵便局継ぐんだぁ
…べっ⁈』

と言ってました。

それがあったから

というワケでは無いですが

中学から高校進学を考える時

このまま

小さな町で

仲間とともに時間を過ごし

地元で働き

ゆくゆくは結婚し…。



もちろん良いけど

もっと、自分のことを知らない人と

接してみたい!

と思うようになりました。

そして、親父の出身校も視野に入れて

勉強はしてましたが

偏差値及ばず…。

市立銚子西高校へ進学

県外の高校だったため

私の中学から

銚子西高校に進学したのは

男女合わせて4名だったと思います。

3年間

片道自転車で40分

という

最寄り駅

というには

少々遠い駅から

電車に乗り

1時間ちょい時間をかけて

通いました。

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中学では

剣道部だったのに

完全に

SLAMDUNKの影響を

真正面から受け止め

部活はバスケ部へ入部。

高校在学中に

ダンクシュートを決める!

と、当時168cmだった

ハナタレ小僧の私は言ってました。

色々と環境が変わった高校生活が

スタートしました。

もはや桜が咲くのが

楽しみ。

むしろ好き。

な人間になってました合格

つづく





















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本日4度目のブログ更新!

鉄は熱いうちに打て!

ということで



~中学生時代~

中学生になりました。

一緒に過ごす面子は

同じ小学校からの仲間に加え

学区の違いで

小学5年生の時に出来た新しい学校に

転入した

もと同じ小学校の仲間

即ち

ほぼ顔見知りです。

それでも

中学校の入学は

少し緊張しました。

中学校になると

部活動も始まり

急に先輩、後輩という

上下関係が発生すると

分かってたいたからかも知れません。

いまはそんな文化があるか知りませんが

当時は学校内はもちろん

外でも先輩とすれ違う時には、

『こんにちは』

と挨拶しなければいけない

という暗黙のルールがありました。

時には

こちらが気付かないくらい

遠い場所から

『挨拶ねーのか! コラッ!』と

シ◯ナーらしきものを

吸引なさっている先輩方に

怒鳴られることも。



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そんな学校生活ですが

やはり

女子が気になるようになります。

なんせ

田舎の冴えない中学生だった私は

もちろん彼女はいませんでした。

校内で付き合ってる男女は

数組。

しかも、チョイ悪というか

ヤンキーというか

学校の冷やかしなどに耐えうる地位を

持った男女しか公にならなかった。

いま思うと世界が狭すぎる。

そんな中、3年間過ごしました。

そして

いまでも連絡を取り合う仲間ができました。

仲間の中で私は

かなりいじられキャラでした。

『俺はF1レーサーになる!』

と言ったら

休み時間、友人に

『やっぱ、首を鍛えねーとダメだべ』



頭をグルんグルん回されたり。


『どんなガンの付け合いにも負けない!(目を逸らさない)』

と言って、

色んな人と

意味無くガン飛ばし合いをしたり。


『ゼッタイにバラさない!』

という言葉を信じて

当時の好きな女子の名前を打ち明けた
友人が

ソッコーでそれをネタにして

休み時間の度に

その女子のクラスに連れていかれそうになったり。

些細な楽しい思い出が沢山あります。


年度毎にクラスが変わり

仲良しの友人の中で唯一私だけ

別のクラスになった時も

なんとかやっていけるな。

と思えるようになってから

桜の季節は

緊張感より

ワクワク感が湧いてくる季節に変わり

桜の花が咲くのを見ると

ドキドキワクワクするようになりました。








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