この記事は、業務上の所感を記載したもので、「誰が見ても分かりやすいものを」という前提で書かれている、普段の記事とは趣が異なります。普段の記事と差別化をはかるために、文章の語調を変えています。予めご了承ください。
先日、成年被後見人の居住用不動産を売却する案件の依頼を受けたが、後見人いわく、権利書は見当たらず、被後見人は権利書のありかを述べるどころか意思疎通も満足に取れないような状態とのこと。
この場合、登記をするためには、不動産登記法に則れば、成年後見人を本人確認したという内容の本人確認情報を添付するか、登記所から成年後見人あての事前通知を発送してもらうかのどちらかの方法を採ることになる。
しかしそもそも権利書(登記識別情報)は何のために登記申請の際に提出するのか。それは不動産登記簿の所有権登記名義人が、自身の所有権が登記申請によって売却なり担保設定されるのを認容しますという意思表示の真正担保のためである。
であれば、本人は登記の意思どころか通常の意思表示も困難な状態になっているというような場合、本人は登記申請に何ら関与しないのに(実際に関与するのは成年後見人。だからもう一つの登記申請意思の真正担保となる、申請書もしくは代理人宛委任状への実印押印+印鑑証明書の提出の対象となるのは成年後見人である)、本人の権利書を添付する意味があるのか。
これは、本人の法定代理人である成年後見人が、本人の代わりに登記申請をするのだから、権利書は成年後見人の登記申請意思の真正担保の用に供しても不自然ではない、という反論で一応納得できる。
だが、本人の居住用不動産の売却の場合、家庭裁判所の許可は必須であり、許可審判書も登記の際に提出する。とすると、家庭裁判所によって選任された成年後見人が、家庭裁判所の許可に基づき本人の不動産を売却し、その登記申請意思が間違いない証として実印押印の書類と印鑑証明書を提出するのであるから、真正担保としてはこの2点で十分である。この上権利書まで提出を要求するのはあまりにも厳格であり、また無意味である、という見解が前々からあった。
この見解自体は有名で、割と前から一部の司法書士が主張していた。
ただ、登記所を拘束するほどの説でもなく(法律ではもちろん、先例でも上記見解に沿うようなものはない)、実務では依然として「権利書は要る」という取扱いであった。
ところが、今回冒頭の依頼を受け、いざ権利書なしで申請し(無論家庭裁判所の許可書添付)、「事前通知は本人ではなく成年後見人あてに願います」という旨の注記まで入れたところ、管轄登記所(大阪法務局堺支局)から、「当庁では家庭裁判所の許可付きの場合、権利書なしで構わないとするスタンスを取っています。よって今回も権利書なしで申請されたようですが、事前通知は行いません」という旨の連絡を受け、事実登記は間もなく完了した。
正直私は驚き、「いつの間に登記所はそのような見解に変わったのですか」と聞いたところ、いつの間に、という部分には答えてはもらえなかったものの、「うち(堺支局)ではそうだって話で、他はどうか知りません」という回答を得た。
そこで、上述の見解について調べてみたところ、登記研究が779号(平成25年発行)当該見解を採っているということが判明した。登記研究の見解には登記所を拘束する根拠はないが、相当な権威があるのも事実である。堺の登記所の方針転換も恐らくこれが理由だろう。
このように、登記実務では従来の取り扱いが法改正などを経なくても変わることがままある。今回、従来の取り扱いの通りだろうと疑いもしなかった私の姿勢については深く反省しなければならない。特に今回、依頼者から料金を取って本人確認情報を添付していたなら、無用なものを有料で作成していたことになり、大変問題である。
さて、堺の登記所も言っていたとおり、堺では上述のような取扱いだというだけで、他はそうだとは限らない。今後、成年被後見人所有の居住用不動産売却案件で、権利書(登記識別情報)がないケースの場合、登記所への事前確認は必須だと肝に銘じた次第である。
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