暑い暑い夏も、暦の上では終わりに差し掛かる頃。
その日の朝、いつものように娘たちを塾やら部活やらに送り出しました。

間もなく母から電話。

入院中の父の血圧が下がっていて、今晩から明日がヤマ」と病院から連絡があったとのこと。

度々見舞いに行っていたので、容態の悪さ、いずれ次に来ることが何かも、覚悟できていました。


会社の旦那の携帯へ電話。
わかった、すぐに実家に行くよね? 今から帰る。」
葬儀に備えて娘の白ブラウス買うから、午後でいいよ。」と私。
でも、お父さんが万が一の事態なら、見届けないと。」 と旦那。


カレンダーを見ると、その日の翌日が「友引」。
万が一の際には「友引」は避け、前後で告別式になる。
旦那はその日の午後と翌々日の仕事をキャンセル。


その間に母より「容態急変」の連絡あり。
そして30分もしないうちに、「臨終」。
 
私は直ぐに、美容院と娘の喪服用の白のブラウスを買いに街まで行きました。
旦那に『すぐ帰ってきて』とは言わなかったのは、仕事のことを気遣ったのはもちろん。


でももうひとつ。


いざ現実に父の死を目の当たりにする。
無意識にそんな瞬間を引き伸ばしたかったんだろうな、と自分でも思います。


14時半。

旦那が帰宅。

父はすでに実家そばの葬儀場に移っているとのこと。
そこに車を走らせる。
夕方、葬儀場には面会時間が終わる間際にどうにか到着。


父の亡骸(なきがら)に対面。
やせ細っているが、きれいに整えてもらっている。
そのほおに手を触れた瞬間、色々な思い出が全速で頭を駆け巡る。
覚悟は出来ていたはずですが、思わず一瞬、声と涙があふれ出た。


その後は、涙を拭き、焼香、合掌。
娘は私の涙を感じてか、いつまでも目を真っ赤にして嗚咽していました。


享年74歳。

今の時代では、若いと感じます。


死亡届の死因は「舌癌」。


たばこを吸う人は、値上げを機に止めた方がよい。
心底そう思いました。

昨年の夏前に、母からの電話で、兄のうつ病をはじめて聞かされた私。


ですが、振る帰って考えると、その前にも、何かが変だと思い起こさせることが、あるにはありました。


昨年亡くなった父に関してです。


ヘビースモーカーの父は、数年前からガンの手術を繰り返していました。


昨年のゴールデンウィークに突然、軽い脳梗塞を起こして救急車で都内の病院に入院。
脳梗塞の再発を防ぐために血液が固まらない薬を投与。
以来は、血が止まらないため大きな手術は無理。
体力低下を防止するため流動食になりました。

それでもやがて痰を切る体力がなくなり喉にもチューブを付けることになりました。

そこからは日に日に衰弱しました。


2ヶ月ほど経つと、母の通院も限界に。
症状が好転しないという心の整理もついてきて。
実家そばの病院に転院を決意。
苦痛を取り除くためのホスピス治療に専念することになりました。


父は、痛み止めのモルヒネで、しばしば朦朧とする。

朦朧とすると、喉のチューブを外してしまうため、自由に動いた右手は縛られてしまったそう。
そんな父に、「悪さしてまた縛られたの」と笑って声を掛ける気丈な母。


この最期の4ヶ月は、いわゆる延命措置。
むしろ回りが辛かった。
父自身はかなり朦朧としていたから。


私の住まいは、実家近くの病院まで電車で数時間
近くはありません。
でも、看病する母も心配なので、1~2週間に1回程度はお見舞いに行きました。


一方、兄は一度も見舞いに来なかったそうです。
そして、兄嫁も、ホスピス治療も末期の時の1回だけ
一回ぐらいはいかないとね。」と兄嫁が母に言ったそう。


...どういう意味


その時には漠然とですが、兄、そして兄夫婦の関係は何かがおかしいのではないかと感じていました。

兄の症状に、シャワーを浴びないお風呂に入らない、というのがありました。


母からそれを聞いたとき、最初はそれがうつ病とは結びつきませんでした。

でも、試しにネットで「うつ 風呂 入らない」で検索。
たくさん出てきました。
これもまた、うつ病の典型的な症状の1つということです。


気持ちが塞いで、やる気、気力が減退し、お風呂に入る気にもならないようです。


去年の夏はとても暑い夏でしたね。


お風呂に入らないと、汗が匂ってきます。

でも、汗臭いままでは、周囲の人にも迷惑でしょう。
特に、いつも身近にいる兄嫁や子供たちもいやになるでしょう。


なので、母には、とにかくシャワーをするようにと言ってもらいました。
(そう言う事がまたプレッシャーになるから無理に入らせないように、と書いてあるサイトもありましたが、言っちゃいました。)


そんなこんなしているうちに、兄は家族に家を追い出され、近所の実家の母の元に来ました。


それからのこと。

やはりシャワーも浴びない兄。
母は強く言って、風呂に入らせたそうです。
しぶしぶ入るのですが、その後もひと苦労。
髪を洗おうとしたらしいのですが、シャンプーを頭にべったりとつけたまま
流さずに出てくるそうです。


そんなことが2、3回あり、たまりかねた母が風呂に押し入り(さすがに服は着たままだったそうですが)、シャワーでジャアジャアと頭を流したそうです。


いい歳して、年老いた母親からそんなことしてもらうのはイヤでしょうに、ふつう。
でも兄は、されるがままだったそう。


子供じゃあるまいし。』
病気とはわかっているけど、不覚ながら私としても、兄をちょっと情けなく思いました。


もしかしたら兄嫁も子供たちも、こんな小さなことが毎日毎日積み重なって、だんだん気持ちが離れて行ったのかな。
これが「心の病」の難しさなんでしょうね。


でも、ちょっと待て。


母はそんな兄のことを不憫に思って、髪を洗ってやったじゃないの。
私も兄を情けなく思ったけど、『早く直せよ』っていう気持ちからで、不快に思ったわけじゃない。


それが家族っていうもんじゃないの?


何となく旦那の言う『家族観』が理解できました。


腹をすえて運命を共にする覚悟があるかないか
-みたいな。


でも、私が兄嫁と同じ立場だったらだったらどうするかな、うーん。

そうなったらそうなったで考えよう(笑)


ともあれこれが、私が兄のうつ病を実感したエピソードの1つです。