8夏ももう終わりますが、多摩川上流にまだ未練がたっぷりです。
お休みが採れた一昨日、お天気も持ちそうだったので行ってきました。
8月の上旬には、「鳩ノ巣渓谷」に行きましたが、
谷の中を流れる多摩川は、ゴツゴツした岩に取り囲まれていて、
神聖な空間ではありましたが、河原に降りていくことができませんでした。
今回は事前調査して河原遊びができるところを選び、「御岳渓谷」にしました。
前回よりは少し下流に戻ってしまいますが、周囲に釣り場もあって、
子供連れの家族などが河原遊びをできる場所が、たくさんあります。
お昼近くになると、レジャーの人たちで賑やかになってしまうので、
少し早めに10時ごろ入って1時間半ほど、
誰もいない神聖な空気の中、
ひざ下まで川の水に浸って過ごす「大人の川遊び」が楽しめました。
川に入って水の流れを感じていると、次第に浅瀬では物足りなくなり、
もっと深い、流れの急な場所に行きたくなります。
そのほうが「川の流れ」をより深く感じることがからだと思います。
水の流れを感じていると、自分がまるで川の一部のようにも思えてくるのは、
自分自身の肉体の中にある「水」が、
川と一緒の方向に流れて行こうとしているからかもしれません。
このような「川遊び」をした日の晩は、とても深い眠りが訪れて、
翌朝目覚めた時は、自分自身が完璧にリセットされたような感じ、
肉体を構成する細胞が全て、入れ替わってしまったようになります。
肩こりや頭痛、関節痛、ちょっとした疲れによる体調不良のようなものは、
これで治ってしまいます。
川は人間の心身を正常に戻す、魔法の力を持っていると思います。
・・・そんな川遊びをして帰って来た私が今、思っていることがあります。
それは、「今度はもっと上流に行きたい」ということです。
川遊びができなくてもいいから、もっと上にいきたいのです。
不思議なもので、川の魅力を知ると、より上流に行きたくなる。
一度上流に行ってしまうと、下流に戻りたいとは思わなくなるのです。
それは、おそらく上流ほど神聖になるからだと思います。
川は山の奥深く入って行くほど、神に近くなるのです。

