「重要知識」棚上げの理由 | Message

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自然から受け取ったメッセージを中心に発信していきます

・・・前回の続きです。

 

芸術とは何か、ということを書こうとして調べると

 

「すべての人は芸術家である」

 

「芸術を定義することは不可能だ」

 

「芸術は〇〇と△△に分類され」

 

等々、WEBや書籍、さまざまなメディアから実にたくさんの知識が手に入ります。

 

そのような「もしかしたら重要なのかもしれない芸術論」や「一般的に言われている定義づけ」のようなことは省略して、

 

自分の把握している範囲にある芸術について、5感+αで感じていることを、本能のおもむくままに書いていこうと思います。

ただ、過去の人たちが積み上げてきた貴重な「芸術論」があるということを頭のかたすみに置いておきます。そしてある程度の分量の記事を納得の行くまで書き終わった後に読んで、自分の独自の考えと照らし合わせをしようと思います。

以前、日本の古典文学の記事を書いていた時は、概ねそのようにしていました。


今の時代はその気になれば、WEBや書籍・さまざまなメディアから、たくさんの知識や情報を得ることができます。

 

いろいろブログで書いていて私はいつのころからか、

 

知識を仕入れてから記事を書こうとすると

 

「その知識によって自分の考えが微妙に揺れ動いている」

 

と感じるようになりました。

 

自分の持っている知識に心が翻弄されているのです。



知識や情報は、今の社会で生活していくために欠かせません。ですが「自分がどう感じるか」を本当に知りたいとき、ときとして外部からやってくるものを遮断する時間が必要なことがあります。

これが大事、こうあるべきだ、というような一般常識が頭の中にあると、どれが自分の考えかわからなくなることがあります。頭の中にごちゃごちゃとあるそのようなことは夜・睡眠中にきれいにリセットされていたりします。

めざめるとスッキリしていて、本当に感じていることや必要なことが自分の奥からやって来る・・・それが何物にも侵されていない自分の直観・朝一番のインスピレーションです。


・・・とこのような訳で「大事なこと、重要とされている芸術論」は、私の頭の中では棚上げです。


だいぶ横道に逸れました。実は今日、早起きができなかったので本調子ではなく、本当に書きたいことが書けているかどうかという疑問があるのです。

 

ですがそれなりにまとまった内容になっているとは思うので、このままアップします。