言葉や文章で表現する「文学」は、私が語ることのできる芸術のひとつです。
言葉や文章は意思の伝達やものごとの説明など、文学以外のことにも使われますが、
「文学とそれ以外」に分けてみると、正反対のところがあります。
分かりやすいのが、何かの製品の取扱説明書の文章を書くようなときです。
具体的で分かりやすくムダがなく、そのものズバリをあらわすような文章で、
誰が読んでも同じようにわかる書き方でなければなりませんが、
芸術としての文章・文学は、その辺の事情がかなり違います。
たとえば「彼のことが好きで好きでたまらない恋心」を表現したいとき、
説明書のような直接的な表現にすると、たいした文章にならなかったりします。
「好き!」を何度も繰り返したり「好き!!!!」というように「!」マークをいくつもいくつも連ねても平凡な感じにしかならないし、
あるいは「もう好きで好きで、何をやっていても、いつもいつも愛を感じて云々・・・」などと延々と続けると、かえって陳腐な感じになってしまいます。
それよりも、
「彼の背景が全部ピンク色」とか、
「最近、ハート模様の服ばかり選んじゃう」
などのように、
現実的にはあり得ないことや遠回しな表現であっさり終わらせたほうが、かえって伝わりやすかったりします。
これよりももっともっと遠回しにもできます。
たとえば四季の移り変わりの風景の美しさを描写するだけで、主人公や登場人物の心情が手に取るように浮かび上がってくることがあります。
過去記事で取り上げた「風立ちぬ」は、それがよくわかる作品のひとつなのですが、
文学の表現の中には、直接そのものには触れずに遠回しな表現をすることで大切なことを浮かび上がらせるものがあります。
直接的、具体的ではないので、読者(受け取る側)によって受け取るものが同じにはなりません。作者の意図したものが正確に伝わらないわけです。
遠回しであいまいな表現にすればするほど、人によって受け取るものが違います。受け取る側は、想像力を働かせなければなりません。
作者の想像力で生み出された文学作品から受け取ったものによって、読み手の方も想像力を働かせることになります。それは作者が想像したものとまったく同じにはなりません。
作者が創造したものをそっくりそのまま受け取るわけではなく、
読み手が想像することで、それぞれに自分の世界を創造するのです。
・・・長くなるので、ここでいったん区切ります。
次回に続きます。