福島に帰省した2日目は、とてもいい天気でした。
買い物や親戚周りで相馬市内を車で走り回るのですが、今回は車がありません。
義母が利用している高齢者向けの無料タクシーに、私も付き添いということで便乗させてもらい、
相馬市内を走り回って買い物を済ませた後、海沿いのお墓のある方面に連れて行ってもらいました。
海岸方面に向かい始めたところです。以前は海水が入って土地がダメになっていたところにも、田んぼや畑が見られるようになっていました。
ちょうど今の時期、稲の穂がずっしりと垂れ下がっています。稲の実りは目に心地よいですね。
運転手さんはこの土地の人でした。気さくで話好きで、福島弁で義母とずっとしゃべりっぱなしでした。
「この年は田んぼがうまくいったっぺ」
「おらどこの実家もそうだよ」
・・・・
これを福島弁というのかどうかわかりませんが、私は帰省のたびに聞かされます。すごくやさしい感じで好きなのですが、、、
、、、ただ、田んぼが、船が、あそこのばあちゃんが、と
早口でまくしたてる「ご当地おしゃべり」になると私は聞き取れないところが出てきて、ついていけなくなってしまいます。今回もあきらめて、
義母と運転手さんのおしゃべりを心地よい音楽のように感じながら、車に揺られていました。
海の方に近くなると景色が変わりました。田んぼや畑がなくなって、メガソーラーと呼ばれる太陽光パネルの大群が現れました。
義母がいきなり言いました。「菊乃さんここはね、先祖代々続く土地を持った立派なお屋敷が、たくさんあったところだったのよ。畑や田んぼはもうできないから、太陽光パネルになったの」
そうなんだ・・・今まで帰省のたびにここを車で通ったのに、義母はそういうことを一度も話してくれたことがありませんでした。3.11より前のことは話す気がしない、と言っていたかもしれません。
「そうだっぺ。うちの兄貴の家もここらへんでよ、あのときはな・・・」
と運転手さんが続けると、また早口のおしゃべりが始まって私はついていけなくなってしまいました。
空がものすごく深い青です。メガソーラーの海に福島弁のやさしいおしゃべりをバックミュージックのように聴いていると、
・・・突然、私の心の中に入ってきた意識がありました。それは運転手さんの、私に対する「思い」で、
都会からやって来て、まるで観光客のようにものめずらしげにこの景色を見ている、だから3.11のことも少し話してきかせてあげよう、
そういうサービス精神でおしゃべりをしているのだとわかりました。
3.11以降、たくさんの人がこの土地を訪れています。援助してくれたりビジネスを展開してくれようとしたり、報道のための取材をしたり、ボランティアのいろんな人がたくさん訪れている、その目的はさまざまで、
そういう人の訪れに、この土地の人はもう慣れている。私のこともその一人としてあたりさわりのないように接してくれている、
そのようなことも、ありありと伝わってきました。
...ふと、「私のこの行いは偽善なのだろうか」と思いました。
メガソーラーが途切れると、黄色い機械と整備途中の土の色がまた見えてきました。
以前の記事に書いたのですが、
福島で寄付を目的としたイベントかなにかをやろうとしている芸能人さんが
「偽善だ売名行為だと言われようと、役に立つなら俺はやります。
いいじゃないですか! 偽善だって!!」
と、泣きそうな顔で怒りながら言っている、というのをテレビのローカルニュースで見たのですが、
この言葉が今、私自身のものとして心に響いてきました。
偽善も、そうでないものもひっくるめて、この世界があります。何と言われようと、行動しなければなにも始まりません。
こうやっていろんな思いのたくさんの行動が入り混じって、少しずつ世界は変わっていく。その変わった世界に影響されて自分自身もまた変わっていく、
だから私のこの行いも、きっとこれでいいんだ。
そんなふうに考ると、自分を納得させることができました。
不思議なのですが、私がこの土地に来るときは、いつも天気がよくて空が真っ青です。メガソーラーを、青空以外のときに見たことがありません。
以前の記事に「富士山の近くに行くといつも曇りか雨」と書きましたが、
それと対照的です。お天気は心を反映していることからすると、なぜこうなのでしょう。考えてもわかりません。
午後になると、青い空に整然と並んだうろこ雲が現れました。太く長く続いていて、私の住む都会まで続いていそうに見えました。
以前読んだ本に書いてあった
沈んでゆく太陽も、明日になればまた昇ってくる。
すべてのことはこうやって続いていかなくてはならないのだ
という1文が、思い出されました。



