2016年3月の記憶 | 俳茶居

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       煌々と唐十郎の夏帽子 (呑亀〉



2016年3月の記憶


人は、日々の記憶を積み重ねて生きている。ただ、人は忘れやすい。5年前の過酷な地震・津波・原発事故災害から学んだことですら、日々の営為の中、曖昧に流されてしまいそうである。私はこの文章を記し、2016年3月の心の在り様を記憶として残すこととする。

71年前の1945年3月10日、米軍機による東京大空襲は、下町を中心に首都を焼土と化し壊滅的な被害を与えた。死者は10万人を超えた。犠牲者のほとんどが一般市民であった。戦勝国アメリカは、戦争の早期終結に手段を選ばなかった。それは、3月23日から3か月に亘る沖縄戦、8月6日広島8月9日長崎への原爆投下と続き、市民が大量殺戮の犠牲となった。戦後、勝者が開いた裁判(極東軍事裁判)では、戦勝国の戦争犯罪は問われなかった。

2011年3月11日、東日本大震災が起きた。大津波を受けた福島第一原発の事故は、想定されている原発事故の最高レベルのものとなり、5年後の現在でも約10万人の方々が、避難生活を送っている。原子力の平和利用の名のもと続けられてきた原子力発電事業は、一つの大事故で国民に壊滅的損害を与えることが実証された。廃炉作業を進めている福島第一原発に明確な廃炉ビジョンはあるのだろうか。メルトダウンした核燃料を取り出す確固たる技術は確立されていない。安全神話の中で、事故対応は著しく合理性を欠いていたのである。ここに来て政府自民党、電力会社、原子力規制委員会は、停止中の原発再稼働に躍起になっている。2015年8月、九州電力は鹿児島川内原発1号機、10月同2号機を再稼働させ、更に加速させようとしている。一方、2016年年初に再稼働した福井県高浜原発3・4号機は、大津地裁の判決により稼働を止めることが出来た。司法の健全さを辛うじて見た覚えである。しかし権力は、真っとうな判決を出した裁判官に人事介入をするかも知れず監視しなければならない。

3,382億円と言う数字がある。東京電力が発表した、2015年4月~12月までの経常利益である。電力事業がいかに利益を出せる仕組みを作っているかが解る。電力会社は、かかる経費に利益を上乗せし、電気料金を設定することが出来るのである。経費には原発事故で保障に向けられる費用も含まれる。電力会社の売り上げのほとんどは、電気料金である。それは私達が支払っている。原発事故により受けた東京電力の損害や、いつ終了するかわからない廃炉作業の費用も、私達電力需給者が支払っているのである。国が復興の為に予算化した費用も当然国民の税金が主である。しかし、当の東京電力の事故発生当時のトップ役員達は、誰一人責任を取らないまま今日に至っている。許すことの出来ない現代日本の構図である。  20163月の記憶を記すこととする。  俳茶居



新宿御苑2015年3月