先日、車で右折を待っていたら

右側からわがもの顔で猛スピードで車が曲がってきた。

危なくぶつかりそうだった。

それより何より

その車に乗っている女性の顔が醜かった。

全く人を寄せ付けないような我欲の塊のように見えた。


自分が一番正しいと思っている。

自分と違うやり方をしている人は間違っている。

だから人を責める。迷惑をかける。


はたしてこんなことで共に生きれるだろうか。


全てを許せと言っているのではない。

対話が必要だと言っているだけだ。


頭ごなしに自分の理論だけを振りかざし

人を傷つけるのは暴力だ。


共に生きるのなら

自分の考えや気持ちを穏やかに伝えればいい。


対話すればいい。


共に作っていけばいい。


自分の生き方に自信を持っている人、

自分を持っている人は

決して人を責めない。

責めることがいかに人として醜いことかを知っている。


怒りの顔は醜い。

責めてばかりの人は自分で自分を醜くしていることに気づいていない。

たちの悪いことにそれは他人をも傷つけている。


自分のことばかりでなく

相手のことも考えてほしい。


対話しよう。

寛容であれ。



The weak can never forgive.

Forgiveness is the attribute of the strong.


                 - Mohandas Gandhi


弱い人間は決して許すことができない。

許すということは強い人間であることの象徴である。


                     マハトマ・ガンジー

世の中にいろいろなことが渦巻いている。


混とんとしつつも日々の生活は流れている。


しかし、世間の騒ぐ情報や

それを取り巻く人々の思惑や思いや行動も

ひとたびそれらのことを遮断すると

そこにはただ自分という人間がいる。


なんの疑いもなく。

当たり前のように。



生まれ、喜び、苦しみ、悲しみ、死ぬ。

その過程において人は懸命に生きる。

歯を食いしばって生きる。


その人に降りかかったことも

その人に起こらなかったことも

それらのすべてのことに対して、ただただ我々は生きていくのみ。


ならばそれらを受け入れたい。

受け入れてひたすらに命を全うしたい。


そこに優劣があるだろうか。

蔑んだり、威張ったり、批判したりすることができるだろうか。


生を全うしようと動いている人々に対して

何が言えようか。



みんな自分が信じる生き方で生きている。



“生きている”ということ。


我々はあらゆるものに支えられながら生きているということを

忘れてはいけない。

生きていることに感謝したい。


そして、誰かの明日を生きる力になりたいと切に思う。



Learn from yesterday,

Live for today,

Hope for tomorrow.


by Albert Einstein.


昨日から学び、今日を懸命に生き、明日への希望を持て。

アルバート・アインシュタイン










最貧国。

発展途上国と呼ばれる

とある国へ行ってきた。


気持ちのよい国だった。


それはなぜか。


人と人との間に壁がないからだ。


その壁を取り払うもの。


それは“笑顔”。


こちらが微笑みかければ相手も微笑む。


当たり前のようなコミュニケーション。

実は今の世の中にもっとも欠けていることのような気がする。


人に笑顔を分け与えているか。


受けた笑顔に笑顔で応えられているか。


その笑顔に偽りはないか。


人にどれだけ笑顔を分け与えられるか。

笑顔を受けたら、素直に笑顔で返せるか。


それが、幸せの尺度かもしれない。


人は人によって支えられている。


便利になりすぎたことにより

そのことにあまりに鈍感に、横柄になりすぎてしまっているような気がする。


謙虚さを失ってはいないか。


今日はどれだけの笑顔に出会っただろうか。