軒先の花に水をあげている姿を見るのが好きだ。
優しい目をしている。
理屈じゃなく心が洗われ、安心する自分がいる。
以前、花屋をしていた人が
「花は生活に必要とされないから、儲けない」という理由で
花屋を辞めた、と話していた。
なんだか聞いてて何とも言えなかった。
確かに花は生きていくためだけなら必要ないのかもしれない。
でも、花をいたわり、花を美しいという心がなくなってしまったというのなら
なんとも殺伐とした気持ちになる。
“忙しい”世の中である。
“忙しい”という字は、書いて字の如く、“心を亡くす”と書く。
忙しさは、自分の心をも亡くし、ましてや人に心をくだく余裕もなくする。
そんな人が花に水をあげるだろうか。
きっと自分のことで精いっぱいで、自分のことしか考えられなくなっているだろう。
そんな人が増えてきているから、こんなギスギスした世の中になっている。
世知辛い世の中だが、
そんな社会につぶされてしまってはいけない。
自分の心を守るのは自分。
ちょっとした自分以外の他のことに気を配ることは身の回りにいっぱい転がっている。
それを見つけ実践することで
自分の心が広がるはずだ。
それがその人の心の余裕を生み、
品性を生むのだと思う。
家の軒先にたくさん花が咲いている街には
泥棒は入りにくいそうだ。
見えないところにこそ
その人となりは表れる。
表向きだけ着飾ったって、取り繕ったってすぐボロがでるんだから。
醸し出す雰囲気こそが真実なんだと思う。
今日はどんな優しさに触れることができるだろうか。
自分も誰かの心に水をあげられる毎日を過ごしたい。