52ヘルツのクジラたち
町田そのこ
2024/08/03
★ひとことまとめ★
誰にも聞こえない、52ヘルツの声
↓以下ネタバレ含みます↓
作品読みたい方は見ないほうがいいかも
【Amazon内容紹介】
「わたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ」
自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。
孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会う時、新たな魂の物語が生まれる。
注目作家・町田そのこの初長編作品!
【感想】
こちらもずっと読みたかった作品です
タイトルになっている"52ヘルツのクジラ"とは、他のクジラには聞き取れない周波数52ヘルツの声で歌う、実在する(した?)クジラのことです。
1989年に米海軍が海中探査システムで録音した周波数52ヘルツの音源。米ウッズ・ホール海洋研究所の分析の結果、この特異な音はクジラの声だと特定された。
1度きりの録音ならクジラではないのでは?と思うけれど、11年間に渡り録音されていて、1シーズンに泳ぐ距離なども特定されているよう。
そして調査の結果、52ヘルツの声を出すのはどうやら世界でたった1頭だけ。
この52ヘルツのクジラの声に応えるクジラはおらず、たった1頭広い海を泳ぐ、"世界でもっとも孤独なクジラ"と呼ばれている。
しかし、そのクジラの姿は目撃されておらず、クジラの種類も特定されていない。おそらく奇形か、ほかのクジラとの混血と推測されている。
そんな孤独なクジラと自分を重ねた登場人物たちのお話。
自身の過ちにより大切な人を亡くしてしまい、すべてをリセットしかつて祖母が暮らしていた大分県の小さな海辺町に移住してきた主人公・貴瑚(きこ)。
人と関わらず生きていくためにここを移住地に選んだが、町内では自分は東京から逃げてきた風俗嬢と噂されており、噂話でもちきりの住民たちに早々に嫌気がさしてしまう。
雨降るある日、貴瑚は1人の少年と出会う。
彼は母親から名前ではなく"ムシ"と呼ばれ虐待を受け、町内の老人会会長である祖父からも見て見ぬふりをされていた。
貴瑚は彼に”52”とあだ名をつけ、彼を保護することを決意する。
これは、あの時あの人の52ヘルツの声を聴くことができなかったことへの贖罪なのかもしれない。
それでも、今はこの子を助けたい。
***
芸者だった祖母は、家庭のある男を好きになってしまい、妾として子を産んだ。
妾の子として産まれた貴瑚の母親は祖母を憎み、決して同じ轍は踏まぬと心に決めるが、祖母と同じように決して結婚できない相手の子を産んでしまう。それが貴瑚だった。
その後、母親は義父と結婚し子供が産まれた。
妾の子である貴瑚が家族から疎まれるのは、当然の流れだった。
両親から虐待される日々。
それでも貴瑚は母親が大好きだった。もう一度愛されたかった。
しかし その願いは叶わず、貴瑚は人生のすべてを両親に搾取されていた。
そんな貴瑚に救いの手を差し伸べたのが、旧友の美晴と、美晴の職場の同僚である岡田安吾、通称"アンさん"だった。
美晴とアンさんの献身的な支えにより、家を出てようやく自分の人生を歩み始めた貴瑚。
しかしその道のりは険しいものだった。
就職活動が上手く行かず、先の見えない不安で押しつぶされそうになる日々。
“52ヘルツのクジラ”の声は、そんな日々を過ごしていたある日、ルームメイトの美音子から教わったものだった。
"52ヘルツのクジラ”の声と出会ってから就職先も決まり、順調に生活を送れるようになった。
アンさんと美晴と定期的に会う中で、貴瑚はアンさんからの好意には気づいていた。
しかし、自分たちの関係は恋愛のそれではなく、もっと超越した関係、例えるなら神を崇拝するのに近い関係だと信じていた。
生活が上手くまわるようになったと感じだした頃、貴瑚はひょんなことから職場の専務である主税(ちから)に見初められ、二人は付き合い始める。
順風満帆な付き合いかと思われたが、貴瑚は職場で「主税には婚約者がいる」という噂を耳にする。
わたしには妾の血が流れている。自分もまた、同じ道を歩むのか。
貴瑚にはすでに答えが出ていた。
主税と付き合い続けることを選んだ貴瑚だったが、ある日職場の社長である主税の父親のもとへ主税の浮気告発文が届く。
差出人は、「岡田安吾」。アンさんだった。
―――
広い広い海原。暗い海の中では相手も見えない。頼りになるのは声だけ。
けれど、自分の声は誰も聞き取るとこができず、誰にも届かない。
広い世界をたった1人で生きていく。
クジラはどういう気持ちだったんだろう。
寂しかったんだろうか。意外と悠々自適に過ごしていたんだろうか。
スマホ一つで簡単に人と繋がれる時代だけれど、だからこそとても孤独を感じる。
SNSを見ればみんな幸せそうで、自分だけが取り残されているように感じる。
自分も含め、そういう人は多いんじゃないでしょうか?
孤独を感じている人には、52ヘルツのクジラの話は刺さりますよね。
貴瑚の52ヘルツの声はアンさんに届いたけれど、残念ながらアンさんの52ヘルツの声を貴瑚が聞くことはできなかった。
貴瑚はわかりやすい大きな声を発する主税の元へ行ってしまったけれど、それは仕方なかったんじゃないかなと思いました。
私もそういう人に惹かれた時期があって、そういう人の魅力もわかるから…。
貴瑚もアンさんもクジラではなく人間なのだから、やっぱり言葉にしないと伝わらないことも沢山あります。
アンさんが仮にトランスジェンダーであることを貴瑚にカミングアウトしたいと思っていたとして、貴瑚が尋ねたらすんなりとカミングアウトしたんだろうか。
貴瑚が、私はアンさんが魂の番だと思っていると言ったら、カミングアウトしてくれたんだろうか。
おそらく、「自分は魂の番じゃないよ、でも、一緒に貴瑚の魂の番を探してあげるからね」などと応えたんじゃないかなと思います。
アンさんの場合は、52ヘルツの声というよりも、できるだけ声を発さないようにしていたように思うんだよなあ
貴瑚と出会ったときには、もう声を発する段階ではなかった気がする。
ほんの少しだけの期待はあったかもしれないけれど。
主税のしたことは本当に最悪ですよね〜。
アンさんが発さないようにしていた声を、わざやざほじくり出して聞いたわけですからね。
そして、お得意のわかりやすい大きな声を使って拡散した。アンさんが、声を聞かせないようにとても気をつけていた人にまで聞かせた。
多様性とかポリコレとか色々とあるけれど、どうしても受け入れられないことって人それぞれあると思うんですよね。
受け入れられないという事実を認めてあげるのも、多様性だと思うんです。
アンさんのお母さんもそう。
私は、アンさんのお母さんが娘のトランスジェンダーを受け入れられないこと、別に悪いことだと思わないです。
薬を飲んで療養すれば治るなんて言われて、アンさんからしたら辛いことだと思うけれど、家族でも理解してあげられないことってあると思います。
そんなお母さんの気持ちもわかっているから、アンさんはひっそりと1人で生きてきたんだと思うんですよね。
地に足つけて、自分の身の程をわきまえて生きてきたアンさんのほうが、主税よりよっぽど大人だったと思います。
主税は貴瑚に様々なものを与えているようで、縛り付けて貴瑚の人生を搾取しているだけ。
結局は貴瑚の両親と変わらないと思います。
琴美から虐待を受けている52。結局琴美は52も認知症が進みつつある自分の父親も置いて、男と逃げてしまった。
本当に、どうしてこんなに無責任なことができるんだろうなあ。。
母親を頑張ろうと思った時期もあったんだろうけれど、子供の人生はずっと続いていくわけで…。気まぐれみたいに母親やるやらないは許されないですよね。
私も、もうしんどいと爆発して、夫に任せて家飛び出て息抜きすることも数ヶ月に1回ペースであるけれど、子どもを捨てたいなんて考えたことはない。
子どもには自分以上に幸せな人生を歩んでほしいとはずっと思ってる。でも、そういう親として当たり前な気持ちを持つこともできない親も世の中にはたくさんいるんですよね。
なんなら、子どもがいるから自分の人生ダメになった、って子どものせいにする人もいますよね。
産むのを決めたのは親だし、堕胎できる週数を過ぎていたとしても気が付かず放置していた親の責任だし、産んでどうしても育てられないなら赤ちゃんポストという選択もあったはず。
せっかく児相に保護されても何としても子どもを連れ帰る親もいるし、なぜ虐待してまで自分の手元に置いておきたいのかがわからない。
という話を夫にしたら、
「愛する気持ちもあるけど、それと同じくらい憎しみもあるんじゃないの?
子どもは自分とパートナーの血が半々入っているから、自分に似て・相手に似て愛しいと思うこともあれば、似ているからこそ憎いこともあるんじゃない?」と言っていました。
うーん、そうなのだろうか。
だとしても、子どもは親のストレスのはけ口や八つ当たり先ではないはず。
長く続いていく子どもの人生を軽んじすぎだと思ってしまいます。
こういう作品を読むと、やっぱり親との関係や幼少期の環境というのは、その人の人生に一生ついて回るのだな~と感じます
産みたくて産んだのではなく、育てたくもないのなら、無理して育てる必要ないと思うんですよね。
周りからは人としてどうかと思われると思いますが、虐待だって人としてどうかと思われる行為なので、虐待するくらいなら手放したほうが子どものためでもあると思います。
親に捨てられた子ども。親はいるけれど虐待されて愛されない子ども。どちらがまだマシなんだろう。
マシという言葉しか使えないのが悲しい。
いまでは私の親もすっかり丸くなり、私も子どもが生まれて多少親の気持ちもわかるようになりましたが、それでも今でも許せないことはあります。
酒に酔うと怒鳴り暴力的になった父親。
自分の置かれた環境に不満ばかりで、ヒステリックに喚いていた母親。
良かれと思って手伝っても、「余計な事しやがって」と怒られる。褒められるよりもあれもダメこれもダメと怒られる方が多かったなあ。
いま考えると、私が手伝っても親からしたら手間を増やされただけだったかもなあ、と思いますが、褒められず認められず否定されるばかりなのは悲しかったですね。
よくできたね、ありがとうって言ってほしかった。
こういう記憶は今でも覚えているし、自己肯定感の低さの原因の一つになっていると思います。
52もきっと大人になっても色々と悩んだり辛い記憶が思い出されることもあると思う。貴瑚のように。
でも、貴瑚にアンさんがいたように52には貴瑚がいるから、幸せな人生を送っていってほしいなと思いました